海外感染症情報 (NO.59)
平成25年5月20日
関西空港検疫所
新型コロナウイルスの概要と文献に関する更新
○新型コロナウイルスの概要と文献に関する更新
 2012年4月以降、新型コロナウイルス(nCoV)のヒト検査診断症例が40人報告されています。ヨルダン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)を含む中東の国々が影響を受けています。また、フランス、ドイツ、イギリスの欧州3国でも症例が報告されています。欧州の全ての症例は、直接的又は間接的な中東との関連があります。しかし、フランスとイギリスでは、中東への渡航歴はないものの、最近中東から戻った旅行者と接触した濃厚接触者の間で、限定的な地域内のウイルス伝播がありました。

 直近で報告された症例は、5月10日に発症しました。ほとんどの患者は男性(79%;性別が報告された39人のうち31人)であり、年齢の範囲は24歳から94歳(中央値56歳)です。検査で確定した全ての症例は、病状の1つとして呼吸器症状があり、ほとんどが入院を必要とする重症呼吸器症状がありました。報告された臨床的特徴には、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、血液透析を必要とする腎不全、播種性血管内凝固症候群、及び心膜炎があります。また、多くの患者は、病気の経過中に下痢を含む消化器症状がありました。免疫抑制状態にあった1人の患者は、発熱、下痢、及び腹痛を示していましたが、呼吸器症状はありませんでした(肺炎はレントゲン写真で偶然確認されました)。40人の患者のうち20人が死亡しました。

 2013年4月6日以降、21人の感染確定症例(男性16人・女性5人、年齢中央値56歳)は、サウジアラビア東部州のアル アサハ地域で報告されています。このうち9人が死亡し、6人は危篤状態が続いています。ほとんどの患者において、少なくとも1つの基礎疾患が報告されました。最初に報告された症例の大半は、アル アサハにある単一の医療施設と関連がありました。その後、施設の患者ではない症例が確認されています。3人はその施設の患者の家族であり、2人はアル アサハの施設に関連していない医療従事者でしたが、検査確定例と接触して感染しました。さらに2人の患者が地域で確認されていますが、この2人は同医療施設とは何の関連もありませんでした。今回の流行における感染源の調査は続いていますが、これまでのところ、発症する前に動物と接触していた症例はごく少数であることが示唆されています。

 2013年5月8日以降、2人の症例がフランスより報告されています。1人目の症例は、休暇をドバイ・アラブ首長国連邦で過ごした9日後に発症しました。5月12日に報告された2人目の症例は、1人目の症例と医療施設で同室にいた患者です。最初の患者と行動を共にした旅行者、両方の患者の濃厚接触者について、調査が続けられていますが、それ以上の症例は確認されていません。注目すべきは、患者の鼻咽頭ぬぐい液でウイルスは陰性でしたが、気管支肺胞洗浄液で新型コロナウイルス陽性が判明したということです。

 現在までに報告された全ての集団発生は、家族間もしくは医療施設による接触で起こっています。少なくともこれらの集団内でヒトからヒトへの感染伝播が起こっていますが、その正確な感染経路は不明です。これまでのところ、それらの集団を越えて地域に持続する感染伝播は確認されていません。

○前回の更新以降に発表された最近の査読論文
 ウイルス分類に関する国際委員会のコロナウイルス研究グループは、新型コロナウイルスの新しい名称として、中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)を発表しました。参照:中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV), デ・グルートRJ他:コロナウイルス研究グループ, ウイルス学ジャーナル, 2013年5月15日報告

○評価要約
 新型コロナウイルスは、動物を起源として、未知の経路を介して散発的にヒトへ感染伝播すると考えられています。しかし、ウイルスはヒト-ヒト間で感染伝播することが明らかです。これまでのところ、ヒト-ヒト感染は、医療施設と家族間の濃厚接触でのみ観測されており、市中で持続した感染伝播は観測されていません。集団発生に関連のない症例や動物との接触がない症例が続いている状況は、市中における感染伝播の可能性への懸念を増大させています。この可能性については、サウジアラビア当局によって調査されています。

 感染した患者と接触歴がある2人の医療従事者、他の院内感染による症例は、新型コロナウイルスが疑われた時における最初の患者トリアージから始まる適切な感染防御対策を細心に遵守する必要性を再度強調しています。現在の感染防御の勧告は、以下で確認できます:
http://www.who.int/csr/disease/coronavirus_infections/en/.

 基礎疾患が報告された症例数が多いことは、基礎疾患が感染伝播への感受性を増大させるに大きな役割を演じることが示唆されます。また、現在、免疫不全患者において、新型コロナウイルス感染が型にはまらず呼吸器症状なしに発症することが確認されています。

診断のために鼻咽頭ぬぐい液を用いることは、下気道の検体よりも鋭敏ではないことが限られたエビデンスから示唆されています。可能である時は、鼻咽頭ぬぐい液に加えて下気道の検体を診断に用いるべきです。もし、鼻咽頭ぬぐい液が陰性であれば、痰や気管内吸引、気管支肺胞の検体を用いた再検査を検討してください。呼吸器検体を採取する際には、臨床医は感染予防・管理ガイドラインに厳格に従うことに注意する必要があります。

 最近の症例の増加は、医療現場における意識の高まりに関連して増えている可能性がありますが、このウイルスはヒト-ヒト間で感染伝播し、大規模な流行を引き起こすことができると示されたことで、持続するヒト-ヒト感染への可能性に対し、関心が高まっています。特に、中東の国々は、警戒のレベルを高くして、疑い症例を検査するための閾値を低く維持する必要があります。
現在のサーベイランスの勧告は、以下で確認できます:
http://www.who.int/csr/disease/coronavirus_infections/en/.

 世界保健機関(WHO)は、さらに多くの症例が特定されると予測しています。疾病の制御には、感染源を特定することを目的とした、多部門間の緊急調査が必要です。国際保健規則に従った効果的な国際的警戒、準備及び対応を通達するために、WHOへの症例報告と迅速な情報提供は加盟国にとって重要です。
(2013年5月17日 WHO報告)