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成田空港検疫所のホームページ

熱帯雨林に潜む致死的な感染症
(エボラ出血熱、マールブルグ病)

【エボラ出血熱>>もっと詳しく知りたい方
この病気は、今までほぼアフリカの中央部を中心に発生しており、感染した人、動物の血液、体液との接触により感染するもので、ウイルス性出血熱の一つです。

●ウイルス性出血熱
ラッサ熱、エボラ出血熱、マールブルク病、およびクリミア・コンゴ出血熱など
【ラッサ熱>>もっと詳しく知りたい方
【クリミア・コンゴ熱>>もっと詳しく知りたい方
●自然界でのウイルスの宿主動物
ラッサ熱 ・・・ヤワゲネズミ(マストミス)
クリミア・コンゴ出血熱 ・・・ダニ、ヒツジなど
エボラ出血熱とマールブルク病 ・・・宿主は不明

●1976年に初めて流行が確認
これまでにスーダン、ザイール(現コンゴ民主共和国)、コートジボアール、ガボン及びウガンダで流行しています。
エボラ出血熱の最近の流行は、ウガンダでの2000年8月〜2001年初頭まで続いた流行です。
●人が感染すると・・
インフルエンザ様の症状から重篤化し、様々な症状を呈します。エボラ出血熱に特徴的な症状はないともいわれています。

エボラ出血熱とはどのような病気か?
ザイール(現コンゴ民主共和国)で発生した流行の経過から、その一面を紹介します。

ザイールの首都キンシャサから北へ500キロメートルほどのところにヤンブクという村があります。1976年8月末、ヤンブク村に住む44歳の教師が熱を出し、ヤンブク伝道所病院でマラリアの治療薬の注射を受けました。しかし、嘔吐、下痢、歯茎、 鼻、消化器からの出血という症状を示し9月8日に死亡しました。その後同じような 症状の患者が続々と現れ、最終的には患者数318名、うち280名が死亡するというかつてない致死率の感染症となりました。
※この病気はヤンブクの近くを流れるコンゴ川の支流であるエボラ川にちなんで、エボラ出血熱と名付けられました。

●この流行で患者数が増えた最大の原因
・病院での医療行為→数本しかない注射器を水でゆすぐ程度で繰り返し使っていた。
・この地方にある風習で死者を埋葬する前に死者の胃や腸の内容物を出して清めていた。(女性が素手で行っていたため、患者は男性より女性が多かった)

【マールブルグ病】>>もっと詳しく知りたい方
ウイルス性出血熱の一つであるこの病気は、ドイツのマールブルク、フランクフルト、及びユーゴスラビアのベオグラードで、実験動物としてウガンダから輸入されたアフリカミドリザルから研究職員が感染して、初めて知られるようになり、病名もマールブルク病と名付けられました。
その後アフリカのケニア、ジンバブエ、ザイール(現コンゴ民主共和国)などで発生していますが、エボラ出血熱のように一度に多数の感染者・死者を出した例はまだありません。

発端となった事件について紹介します

1967年8月、ドイツのマールブルグ市にあるベーリング研究所で、原因不明の病気が発生しました。突然の高熱、頭痛、結膜炎、筋肉痛、のどの痛みに続き、皮膚に発疹が現れた後全身に出血斑が現れ、皮膚がはがれ落ちるという症状でした。続いてフランクフルトにある研究所でも患者が出て、そのうち何人かは死亡しました。死亡した患者の多くに激しい出血が見られました。また、ユーゴスラビアのベオグラードにある研究所でも患者がでました。

●これらの発生に共通する感染源
アフリカのウガンダから実験動物として輸入されたアフリカミドリザル
●感染経路
患者の多くはサルの解剖や採血などのために直接サルに触っている人
サルの体液が付着した器具などを洗った人
患者を治療した人
●アフリカミドリザルも被害者で、自然宿主は不明
ウガンダのエンテベ空港から英国ロンドンに空輸され、ここで貨物の積み換えを行い、そこからマールブルグ、フランクフルト、ベオグラードに輸送されていました。
ベオグラードやマールブルグに運ばれたアフリカミドリザルは、多くが死亡していたため、アフリカミドリザルは自然界におけるマールブルグウイルスの自然宿主ではなく、輸送中に自然宿主から感染を受けた被害者であると考えられました。
アフリカミドリザルは、ロンドン空港の動物保護室に長いもので36時間入れられており、約50種の動物と接触する機会があったので、ここで感染したものと考えられました。
その後アフリカの野生動物で数回行われた調査でも自然宿主は見つかっていません。
※自然宿主:病原体が栄養や生活を依存している相手を宿主といい、自然界で宿主となっている生物を「自然宿主」といいます。動物の他、植物や昆虫も自然宿主になります。

これまで発生が確認されたエボラ出血熱の流行状況(米国CDC情報より)

ウイルス型

発生国

患者数

死亡率

その他

1976

ザイール

ザイール

318

88%

最初に認知された流行

1976

スーダン

スーダン

284

53%

多数の医療従事者が感染

1976

スーダン

英国

1

0%

実験室の針刺し事故

1979

スーダン

スーダン

34

65%

1976年と同じ場所

1989

レストン

米国

0

0%

フィリピンからの輸入サル事例

1990

レストン

米国

0

0%

フィリピンからの輸入サル事例

1992

レストン

イタリア

0

0%

フィリピンからの輸入サル事例

1994

ザイール

ガボン

44

63%

熱帯雨林中の集落で発生

1994

アイボリコースト

アイボリコースト

1

0%

科学者がサルから感染

1995

ザイール

コンゴ

315

81%

熱帯雨林の労務者由来で流行

1996

ザイール

ガボン

37

57%

サルの摂食者が感染し流行

1996

ザイール

ガボン

60

75%

狩人が初発、サルの感染も確認

1996

ザイール

南アフリカ

2

50%

医療従事者が感染

1996

レストン

米国

0

0%

フィリピンからの輸入サル事例

1996

レストン

フィリピン

0

0%

フィリピンの輸出検疫施設におけるサル事例

2000-1

スーダン

ウガンダ

425

53%

エボラ患者の葬儀出席、家族介護、不適切な医療が感染原因

2001-2002 ザイール ガボン/コンゴ 97 75% 不明(ゴリラ?)

<関連リンク>
国立感染症研究所のエボラ出血熱の解説ページ
米国CDCのエボラ出血熱の情報ページ
米国CDCのウガンダ流行情報ページ
米国CDC及びWHO作成のアフリカ地域におけるエボラ出血熱対策マニュアル
国立感染症研究所のマールブルグ病の解説ページ
米国CDCのマールブルグ病の情報ページ
動物検疫所HP

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黒死病も動物由来感染症(ペスト)

【ペスト>>もっと詳しく知りたい方
黒死病ともいわれ、中世ヨーロッパで猛威をふるったこの病気、ご存じの方も多いと思います。日本では1926年横浜で発生した8例を最後に、現在まで患者の発生はありません。
世界的にみると、アフリカ、南北アメリカ、アジアでは未だに局地的に発生しています。
●WHOの1997年のデータ
世界14カ国で、5419人が感染し、そのうち274名が死亡しています。特にアフリカ地域では全体の94.1%にあたる5101例の発生が報告され、特にマダガスカル(2863例)、モザンビーク(825例)、タンザニア(504例)、ザンビア(319例)で発生が多くみられます。世界の患者数は、1985年の522例を底に増加の一途をたどっています。

本来、この病気は、野生げっ歯類(例えば野ネズミ)が持つペスト菌という細菌の感染で発病します。自然界でペスト菌はげっ歯類→ノミ→げっ歯類…という感染のサイクルを渡り歩いていま す。このペスト菌には人間を含めた多くの哺乳動物が感染するため、人がこのサイクルに巻き込まれるとペスト菌に感染してしまいます。

●人への感染経路
ペスト菌保有のノミ刺咬(78%)
ペスト菌感染動物の体液に傷口等が触れる(20%)
ペスト菌含有のエアロゾールの吸入(2%)があります。
流行地でのペスト患者の発生はノミの活動期に集中しています(例えばマダガスカル の高原地域では9月〜4月が多発期)。
●人のペストの臨床症状の型(潜伏期間は2〜7日です。)
・腺ペスト(80〜90%の患者がこの型)
主にペスト菌保有のノミに刺咬され感染し、症状は急激な発熱(38度以上の高熱)、頭痛、悪寒、倦怠感、不快感、食欲不振、嘔吐、筋肉痛、疲労、衰弱等の強い全身症状。さらに鼠径部、脇の下、頸部などのリンパ節の腫脹及び膿瘍形成。
・ 敗血症ペスト(10%)
腺ペストから敗血症への移行による。急激なショック症状及びDIC(昏睡、手足の壊死、紫斑)。
・ 肺ペスト
腺ペストの末期や敗血症ペストの経過中に起こる。また肺ペスト患者の咳等のエアロゾールを吸い込み二次的に起こる。強烈な頭痛、嘔吐、高熱、呼吸困難、血痰。
●治療方法
抗生物質が有効であり(ストレプトマイシン、テトラサイクリン等)、早期に使用すると高い効果がありますが、遅れると効果が期待できないとされています。治療を行わない場合は、非常に高い致死率を示します。

<関連リンク>
国立感染症研究所のペストの解説ページ
米国CDCのペストの情報ページ
国立感染症研究所の人獣共通感染症ページ

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人の天然痘は根絶されても(サル痘)

痘そう(天然痘の学術用語)という病気の名前をご存じの方も多いと思いますが、有史以来人類を悩ませてきたこの痘そうは、1980年に地球上から根絶されました。
ここで取り上げるサル痘は、この根絶された痘そうによく似ているサルの病気で、人も感染します。

この病気は中央アフリカ及び西部アフリカのジャングルの中で、主に霊長類に感染を起こしております。
1958年に初めて原因ウイルスが発見されました。
1970〜1971年にはザイールと西アフリカで人に病気を起こしたとされています。
1996年、1997年にザイールの地方で流行がみとめられました。
1996年の流行では71名の患者と6名の死亡が認められ、野生動物との接触により人への感染がおきたことが示唆され、さらに感染した人から人への感染がおきたこ
とも認められました。

サル痘の症状は痘そうと極めて似ており、痘そうが撲滅された後も上記地域での監視が続けられています。

●サル痘とげっ歯類
平成15年5月、米国公衆衛生当局を慌てさせた動物由来感染症の事件が発生しました。全米各地で天然痘に似た症状の患者が報告され、米国CDCの調査の結果、患者の病気は天然痘と同じオルソポックスウイルス属のサル痘であることが判明しました。そして人にサル痘ウイルスを媒介したのは、ペットのプレーリードッグだったことが分かりました。
ところで、サル痘とは一体どんな病気でしょうか。この病気のウイルスは、アフリカ中西部に拡がる熱帯雨林地域の野生げっ歯類が持っており、ここ数年も、度々、現地で流行が発生しています。人が感染すると、発熱、発痘して臨床的には天然痘と区別が付きませんが、天然痘とは異なり、感染力は弱く、死亡率も低いものです(1〜10%)。しかし、サル痘ウイルスが米国に拡がり、今後患者の発生が続くことになれば、万が一、生物テロに天然痘ウイルスが使用された場合、サル痘と区別が付かずに検知が遅れ、危機管理に問題が生じることから、米国では徹底した封じ込め対策が取られました。
それでは何故米国原産のプレーリードッグがアフリカに分布するサル痘に感染したのでしょうか。米国CDCは、プレーリードッグを始めとしたペット動物の追跡調査(ペット・トレース)を行い、米国原産のプレーリードッグの感染源となったのは、事件の一月前の4月にアフリカから輸入された約800匹の野生げっ歯類(ガンビアンジャイアントラット、アフリカヤマネなど)であることを突き止めまたした。アフリカからペット用に輸入されたこれらの野生げっ歯類が、テキサス州のペット動物流通施設でプレーリードッグにサル痘を感染させ、そのプレーリードッグの購入者もまたサル痘ウイルスに感染してしまったのです。全米で約80名の患者が発生し、一部重症者もでましたが、幸いのことに死亡者はありませんでした。
しかしこの事件によって、外国からペットとして輸入される野生げっ歯類が病原体を持ち込む危険性と、持ち込まれた病原体が他のペット動物によって拡散される危険性が、改めて注意喚起されることとなりました。米国は、この事件を踏まえ、アフリカからの野生げっ歯類の輸入を禁じるとともに、感染の疑いのあるアフリカ産野生げっ歯類、プレーリードッグを殺処分にするなど厳重な対策を行いました。
一方、我が国では、平成15年3月よりプレーリードッグは全面輸入禁止とされており、またこの年はアフリカからの野生げっ歯類の輸入実績が無いことから、米国での事件が日本に波及することは無いと思われていました。しかし、その後7月になってWHOより、「米国で事件を起こしたアフリカ産げっ歯類の一部のアフリカヤマネが、米国にいた他のアフリカヤマネと合わせて17匹、日本に再輸出されている」旨、厚生労働省に通報がありました。そこで、厚生労働省では自治体の協力を得て、米国より規模は小さかったものの、米国と同様の緊急動物追跡調査を行いました。幸運のことに、輸入された17匹は全て特定され(多くが共食い、温度管理不備により既に死亡)、生存していた2匹については、サル痘ウイルスのPCR検査、抗体検査の結果、陰性が確認されました。
我が国に影響が及んだこの事件によって、ペット動物の国際、国内流通経路の複雑さが浮き彫りとなり、輸入ペットについては個体の来歴を把握する必要性が認識されました。なおこの事件を踏まえ、我が国へのサル痘流行地からのげっ歯類の輸入がないよう、措置が講じられています。また、EUもこの事件を踏まえ、アフリカ産げっ歯類の輸入を禁止し、また米国産プレーリードッグの輸入も禁止しました。

<関連リンク>
米国CDCのサル痘の情報ページ

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病院内のアウトブレイク
(クリミア・コンゴ出血熱)

クリミア・コンゴ出血熱という名前は、中央ロシアのクリミア地方で旧ソ連軍兵士に 流行した病気と、アフリカのコンゴで流行した病気が同じものであったことから、つけられたものです。

【クリミア・コンゴ出血熱ウイルス】>>もっと詳しく知りたい方
●病原体
クリミア・コンゴ出血熱ウイルス・・・ダニと羊などの家畜の間で維持
●感染経路
感染ダニの刺咬により、牛や羊などの動物や人が感染します。
感染した動物の体液に接触することによっても感染します。動物に接触する機会の多い作業に従事する人に感染が多くみられ、その家族、そして医療従事者にも感染がおよんでいます。
●患者の発生した地域
広くアフリカ、中近東、東欧、アジア(中国)、ロシアに拡がっています。

一人の患者から病院内でアウトブレークがおきた事例
1984年、南アフリカに住む26歳のクリミア・コンゴ出血熱の男性患者が入院した病院で、医師や看護婦など8人が感染し、最初の男性を含め2人の死者が出ました。
この26歳の男性は、日常、家畜の世話をしており、発病当初はのどの痛み、筋肉 痛、発熱の症状を示し、4日後に吐血し、5日後には下血しました。6日目、家の近くの病院からケープタウンにある病院に移送され、出血熱が疑われたので集中治療室に入れられました。そこで輸血などの治療を受けましたが治療の甲斐なく、発病後1 1日目に、多臓器不全のため亡くなりました。
その後、患者と接触があった35名の病院スタッフのうち、8名が同じ病気に感染 し、そのうちの1名が亡くなりました。

病院に移送されてきてから最初の数時間看護にあたった看護婦3人は、彼と最初に接触してから5日後に発病しました。
彼と直接接触はしていなかったものの、彼の体液に汚染された物を処理した看護婦2人は、処理の5日後に発病しました。
やはり彼と接触はなかったものの、防護服を着用せずに集中治療室に立ち入った医師は、5日後に発病し、発病の8日後に亡くなりました。
8人目の患者は、上述の患者全員の治療にあたった看護婦で、患者に使った針を自分に刺してしまった人でした。
発病した8名のうち、亡くなった医師を除いた7名は、患者と接触する機会が多かった人達でした。

<関連リンク>
国立感染症研究所のクリミア・コンゴ出血熱の解説ページ

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フリカからドイツに運ばれた動物由来感染症
(ラッサ熱)

ラッサ熱とは、西アフリカ一帯に生息するマストミス(和名 ヤワゲネズミ)というネズミが媒介するウイルス性の出血熱です。なお、2003年11月から、マストミスの日本への輸入は禁止されています。

ラッサ熱>>もっと詳しく知りたい方
●人への感染ネズミの尿や血液などに触れたり、尿などに汚染された食品を通じて、また直接ネズミに咬まれたりしておこります。
●発症状況
ナイジェリアからギニアにかけての西アフリカでは、年間10〜30万人が感染し、そのうちの15〜16%が発症し、発症した人の10数%が死亡していると推定さ れています。
●予防ワクチン
ありません。しかし、リバビリンという薬が早期の使用でよく効きます。

ドイツ人の女学生が西アフリカを旅行したあと
ドイツに帰って発症し、亡くなったケース
1999年、11〜12月にガーナとコートジボアールを旅行し、リスボン経由の空路で ドイツに帰国した女子学生が、ラッサ熱で死亡しました。死亡した学生は、帰国時に発熱とインフルエンザ様症状を呈したため、はじめは総合病院で治療を受けていました。しかし全身の臓器から出血が起こるなどして、症状が急速に悪化したため、熱帯医学科のある病院に移り、隔離病棟で治療を受けましたが、多臓器不全のため帰国後8日目に死亡してしまいました。
※日本でも1987年に、シオラレオーネから帰国した男性がラッサ熱を発症した事例がありましたが、治癒し快復されました。

●ラッサ熱のその他の人への二次感染
患者の血液や体液との接触がなければ起こりません。
このドイツの帰国者の例では二次感染の危険性は極めて低いと考えられましたが、患者の関係者に対して接触がなかったか調査が行われ、また、コートジボワールからポルトガル、およびポルトガルからドイツへの航空機に患者と乗りあわせた旅行者に対して、体調の異常がみられた場合、保健当局に連絡するよう警告がだされました。

<関連リンク>
国立感染症研究所のラッサ熱の解説ページ
米国CDCのラッサ熱情報ページ

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