流行注意報:アメリカでのウマ脳炎の発生

汎米保健機構(PAHO) 2010年7月20日

現在、パナマ共和国はダリエン県とパナマ県東部で人の東部ウマ脳炎の発生ついての調査をしています。
コロンビアでは、マグダレーナ県とコルドバ県で、ウマのベネズエラウマ脳炎のアウトブレイクが3カ所に起こっており、この疾患の土着流行があり、動物間感染サイクルの特徴が示されている地域の流行状況に関連して生じていると考えられます。
この流行状況に対して、汎米健康機構(PAHO)は流行についてのサーベイランス強化、協同体制の強化、この地域でのベクターのモニタリングと制御強化を行うように、注意を促しています。

1.はじめに

ウマ脳炎は節足動物によって人に感染する、一群のウィルス性疾患です。東部ウマ脳炎、西部ウマ脳炎、ベネズエラウマ脳炎の三種が、アメリカ大陸における分布上、また公衆衛生上、最も重要であると考えられています。
これらのウィルス疾患の病原体は、トガウィルス科、アルファウィルス属に属しています。
この疾患は、ウィルスに感染している蚊による刺咬によって感染する可能性があります。東部ウマ脳炎で最も重要と考えられるベクター蚊は、Culiseta melanura、Aedes(シマカ)のいくつかの種、そしてCoquillettidia(ヌマカ)です。ベネズエラウマ脳炎ウィルスは、Culex(イエカ)のいくつかの種 (Melanoconion)、シマカ、ヌマカ、Psorophora, Haemagogus、Sabethes、Deinocerites、Anopheles(ハマダラカ)で分離されています。
東部ウマ脳炎はアメリカ合衆国の東部地域および中部の北部で報告されており、またメキシコ湾地域およびカナダ近隣地域でも報告されています。また、中央アメリカ、南アメリカ、カリブ海諸島で散在的に報告があります。
西部ウマ脳炎はアメリカ合衆国の西部および中部、カナダ、中央アメリカ、南アのアメリカのいくつかの地域で流行が起きたことが記載されております。
ベネズエラウマ脳炎は、南アメリカ、中央アメリカ、トリニダード・トバゴの熱帯雨林地域および湿地帯で動物間に流行しています。この疾患は、主として南アメリカの北部および西部で流行する形で発現します。1971年には一時的にアメリカ合衆国の南部まで拡大しました。1995年には、ベネズエラウマ脳炎による人に対するアウトブレイクが起こり、ベネズエラの7つの州およびコロンビアの県で、400,000人以上の症例と、46人の死亡例が起こりました。
東部ウマ脳炎の動物間流行は、突然始まり、突然終わり、2から3カ月間の短期持続します。一方、ベネズエラウマ脳炎のアウトブレイクは突然始まりますが、数年に渡って拡大し続け、おびただしい数の動物に感染します。動物間のウィルス循環は、蚊およびげっ歯類、そしておそらく鳥によって維持されています。そして、ウマや人そしてその他の脊椎動物が、ウィルスが循環している地域に侵入した際に、偶発的に感染します。

2.ヒト症例に対しての検査診断

ベネズエラウマ脳炎、東部ウマ脳炎、西部ウマ脳炎のウィルス学的診断は、この疾患の急性期に血清あるいは脳脊髄液から、ウィルスを分離同定すること、あるいはRT-PCRによる特異的な核酸の検出によって行います。 また、診断は血清あるいは脳脊髄液からELISA法を用いて、特異的なIgM抗体を検出することで行います。血清サンプルは症状が出現後5日以内に採取しなければなりません。また、中和抗体法、補体結合法、血球凝集阻止法、蛍光抗体法、IgG ELISA法などによって、ペア血清での抗体価上昇を確認することで行えます。同じグループのウィルスの中では交叉反応が生じることがあり、このため最も特異的な診断法は、プラーク減少中和試験になります。 診断を確定するためには、全血、血清、脳脊髄液からのサンプルが必要です。検体を検査室に送る際には、冷凍容器に梱包する必要があります。検体を直ちに処理することができない場合には、ドライアイスで-70℃に保存する必要があります。 血清サンプルや脳脊髄液は急性期(症状出現後5日まで)に採取し、血清サンプルをさらに一回、回復期(14日経過して)に採取することが推奨されます。

3.医療部門での感染防御対策

ウマ脳炎に対する特異的なウィルス治療はありません。ほとんどの感染は軽い臨床症状を示すだけで、この場合には症状に対しての治療を行います。中枢神経症状がある患者では、専門家による評価と、十分なモニタリングを行う必要があります。 医療機関での感染防御については、通常の注意事項、たとえば、石鹸や水、アルコールによる手洗い、患者の粘膜や皮膚が触れた場所、分泌物に対してのグリセリンと手袋の使用、などを厳密に守ることが強く推奨されます。周囲の環境を、石鹸や水で清潔にすることも推奨されます。 ウマ脳炎の患者に対しては、疾患の発症後少なくとも5日間隔離することが、ウマ脳炎の拡大防止に役立ちます。

4.発生率に影響を与え、症例数の増加を決定する可能性がある要因

・ベクターの分布や密度に影響を与えるその地域の地政学的、気候学的、植生上、あるいは土壌の特徴。 脊椎動物宿主の多様性。人やウマの免疫状態。
・自然界に感染がげっ歯類、野鳥、コウモリで持続している局在地域があること。
・ベクターの密度が増加していること。これによって、家畜や感受性を持つ人への暴露機会が増加する。
・感受性があるウマの分布。
・リスクの高い地域への人の移動や地域内の住居地域があること。感染を増幅させる家畜類が周囲にいると、これらの疾患のどれについてもアウトブレイクを起こす可能性が増加する。

5.推奨事項

・公衆衛生、動物保健などの多数の部門を統合して、流行状況に対するサーベイランスを強化し、強力で効果的な防御および制御行動をとること。
・ウマ脳炎の疑い例や確認例が生じた地域で、プライマリケアを行う施設および病院でサーベイランスを強化すること。
・ベクターの地理分布上の変化を検出し、種の同定および分布密度の同定を行うため、昆虫学的なサーベイランスを強化すること。

防御のための推奨事項

・リスクのあるグループに対して、情報や推奨事項についての注意を喚起すること。
・感染のリスクがある人に対して昆虫忌避剤の使用を推奨すること。

東部ウマ脳炎および西部ウマ脳炎について

これらの疾患は脳の一部や脊髄、髄膜を侵す持続の短い急性炎症性疾患です。症状や徴候は似通っていますが、重症度と進行性には差があります。ほとんどの疾患が無症候性で、軽い症例では発熱をともなって頭痛や無菌性髄膜炎が生じます。東部ウマ脳炎の潜伏期間は4日から15日間で、西部ウマ脳炎では5日から10日です。
疾患の重症例では、突然の症状発症、頭痛、高熱、髄膜刺激症状、混迷、失見当識、昏睡、振戦、時にけいれんや痙性麻痺が生じます。致死率は0.3%から33%です。東部ウマ脳炎の致死率が最も高く、生存者に神経学的後遺症が最も残りやすいタイプです。

ベネズエラウマ脳炎について

ほとんどの感染症例は軽症で、症状の持続期間は3日から5日です。臨床症状はデング熱やインフルエンザに似通っており、突然激しい頭痛、悪寒、発熱、筋肉痛、後眼窩痛、悪心、嘔吐が出現します。潜伏期間は2日から3日間です。
症例の中には二峰性の発熱パターンを示すものもあります。小児では多くの症例で、意識の低下から失見当識、けいれん、麻痺、昏睡から死に至るまでの脳炎症状まで、中枢神経症状を起こす可能性があります。致死率は10%にまで至ることがあります。多くの症例で後遺症が残る可能性があり、ベネズエラウマ脳炎に罹患した妊婦では、流産の増加や、新生児の先天奇形を起こしたことが報告されています。