ギリシャにでのウエストナイルウイルスヒト感染アウトブレイクに関する続報(2010年7月~8月)ECDC Eurosurveillance, volume15, issue34, 26 August 2010

情報源ECDC Eurosurveillance2010年8月30日

2010年7月初旬から8月22日にかけて、81例のウエストナイルウイルスによる侵襲性神経疾患が北ギリシアの中央マケドニア(Central Macedonia)から報告されました。症例の年齢中央値は70歳台です。脳炎や脳髄膜炎、無菌性髄膜炎は主に50歳以上の患者で認められました。ギリシアでヒトのウエストナイルウイルス(West Nile virus: WNV)感染の報告は今回が初めてです。サーベイランスの強化や蚊のコントロールなどの対策が行なわれています。

背景

2010年8月4日、北ギリシアのテッサロニキ(Thessaloniki)感染症病院の臨床医からthe Hellenic Centre for Disease Control and Prevention(KEELPNO)に脳炎での入院患者が先月増加していたと報告されました(2010年7月の脳炎入院例は13例でしたが、過去3年の同月の平均入院数は5例でした)。これに対して複数の検査が施行されましたが、病因の解明には至りませんでした。また、多くの患者は高齢(65歳以上)であり、北ギリシアの中央マケドニアに住んでいたそうです。そこで、同じ日に11人の脳炎又は無菌性髄膜炎の患者から11の血清と3つの脳脊髄液(CSF)を採取し、テッサロニキのアリストテレス大学アルボウイルス検査室に送り、詳細に検査してもらうことになりました。後日、WNVに対するIgM抗体が10の血清と全てのCSF検体で認められたことが明らかになりました。ギリシアでは過去にヒトでのWNV感染が報告されたことはありません。

WNVはプラス鎖のRNAウイルスであるフラビウイルス属に含まれ、日本脳炎抗原グループのウイルスに含まれます。WNVは家畜の風土病として鳥とイエカ(Culex)属を中心とする蚊の間で循環していますが、時にヒトや馬、その他の哺乳類が終末宿主となることがあります。殆どのヒトはWNVに感染しても無症状ですが、20%ほどのヒトで発熱を認め、1%以下のヒトで侵襲性神経疾患への進行が認められます。こうした重症例の殆どが高齢者か免疫抑制状態にあるヒトのようです。

このウイルスは1937年に同定されましたが、ヒトへの影響という観点から注目が集まるようになったのは1996年以降であり、ルーマニアでのウエストナイル侵襲性神経疾患(West Nile neuroinvasive disease: WNND)の大発生やアメリカ合衆国での発生が契機になっているようです。地中海諸国では馬やヒトへのWNV感染例がいくつか報告されており、最近のWNNDの報告はハンガリーやイタリアからありました。

方法

サーベイランス

保健省とKEELPNOが11のWNV感染例に関して2010年8月6日に出した警告に従って、ギリシアの臨床医はWNV感染が確定もしくは疑われた症例があれば、標準報告様式を用いてKEELPNOに報告することが求められました。この様式には人口統計学的情報や臨床症状、治療中の慢性疾患、危険因子や検査結果などの記載がなされます。また、正確な住所は病院に登録されたものを用いました。更に、アクティブサーベイランスとして症例の報告があった中央マケドニアの病院へ毎日電話で確認するようにしました。

症例の診断基準

2008年の欧州連合によるWNV感染の診断基準を少し補正したものを用いました。確定例は以下いずれかの臨床症状(脳炎、髄膜炎、敗血症を伴わない発熱)を伴い、更に以下4つの臨床検査の少なくとも一つを満たすものとしました: (i) 血液かCSFからのWNVの分離、(ii) 血液かCSFからのWNVの核酸の検出、(iii) CSFでのWNV特異IgM抗体の検出、(iv) WNV IgMの高値とWNV IgGの検出の中和試験での確認。 上記の臨床症状を呈し、WNV特異抗体が血清から検出された場合は疑い例としています。疫学的な基準は最近の動物のデータがないので使用しませんでした。

検査方法

血清とCSFの検体は市販のELISA kits(Focus Technologies, CA, USA)を用いWNV特異的IgM抗体、IgG抗体の検出を行いました。逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(Reverse transcription-polymerase chain reaction: RT-PCR)は99検体のうち15検体のRNAを対象にのみ行ないました。というのは、多くの検体は採取を行なったのが発症3-15日目であり、ウイルス血症は既になくなっている時期と考えられたからです。また、プライマーとしてはWNVの特異的プライマーとフラビウイルスを広く検出するプライマーを用いました。

データ解析

データはEpidata software(Epidata association, Denmark, version3.1)で設計したデータベースに入力しGNU Rで解析を行いました。発生率の計算の際、2007年半ばにHellenic Statistical Authorityから得られた人口を分母として用いました。

結果

2010年8月22日までに、KEELPNOは99例のWNV感染を確認しました。これらのうち、81例で中枢神経系の症状があり(WNND)、18例は発熱や頭痛のみの軽症例(8例は疑い例、10例は確定例)でした。私たちは81例のWNNDに関して解析を行いました。これらの症例のうち39例は確定診断がなされましたが、42例は疑い例です。全体でのWNNDの発生率は人口100,000に対して0.72という結果でした。 全体で77の血清検体と47のCSF検体が得られました。81例のWNND例のうち45例でCSFと血清の両方が得られましたが、4例はCSFのみの入手となりました。WNV特異的IgMは77の全ての血清で検出され、47のCSF検体のうち39検体で検出されました。一方でWNV特異的IgG抗体は77の血清検体のうち42検体から検出され、47のCSF検体のうち17検体で認められました。45例の血清とCSF両検体が得られた症例のうち39例でIgMが両者から検出され自己抗体が含まれることが証明されました。IgGに関しては検査していません。フラビウイルスでは交差反応がよく見られるので、検体はダニ媒介性脳炎ウイルス(tick-borne encephalitis: TBE)に関しても調べましたが、いずれも陰性でした(この地域でTBEは流行しておらず、またダニに刺された患者はいませんでした)。デングウイルスとの交差反応は低度です。デングウイルス抗体が陽性であった検体もWNVの高値に比べると極めて低い力価でした。黄熱のワクチンを受けていた患者はいませんでした。RT-nestedPCRは検査対象全てにおいて陰性でした。 最初のWNND症例が発生したのは7月初旬です(Figure 1)。

Figure 1. 報告があったWNNDの発症日(ギリシア, 2010年7月1日-8月22日)

表、報告があったWNNDの発症日

WNND例の年齢中央値は70歳(12-86歳)、殆ど(71例)が50歳以上でした(Table 1)。WNND全体で男性が占める割合は45例(56%)でした。

Table 1. 報告があったWNND例の特徴 (ギリシア, 2010年7月1日-8月22日)(81例)

表、 報告があったWNND例の特徴

WNNDの発生率は人口100,000に対して1.7であり、50歳以上での発生率は50歳以下に比べて12倍も高い結果になりました(危険度12.2, 95%信頼区間4.9-28.5)。WNNDのリスクは男性の方が女性より27%高い結果となりました (Table 1)。

WNND症例の居住地をFigure 2に示しています。30例は都市部に在住しており、51例は田舎に住んでいました。殆どの患者(79例)は中央マケドニア内に住んでおり、2例のみがテッサリア内の地域(ラリッサ地方)からの報告でした。また、注目すべき点として多くの例(58例)が川の近くに住んでいるもしくはアリアコモナス(Aliakomonas)川とアキソス(Axios)川の間の灌漑された平原の住人でした (Figure 2)。

Figure 2. WNND症例の報告のあった地域 (ギリシア, 2010年7月1日-8月22日)(80例)

図、WNND症例の報告のあった地域

発症前2週間以内にWNV流行地に旅行した例はありませんでした。室外での行動内容に関して55例から情報が得られました。27例が毎日、田舎の室外で多くの時間を過ごしていたようです。発症前2週間以内に輸血や組織/臓器移植を受けた例はありませんでした。
中枢神経系の症状を呈した例は全て入院となりました。そのうち65例は脳炎もしくは髄膜脳炎であり、16例が無菌性髄膜炎でした (Table 2)。

Table 2. 年齢層別WNNDの臨床症状 (ギリシア, 2010年7月1日-8月22日)(81例)

表、年齢層別WNNDの臨床症状

65例の脳炎もしくは髄膜脳炎を示した65例のWNND症例のうち60例は50歳以上でした。治療中の慢性疾患に関する情報は81例中60例から得られました。このうち、26例は高血圧、17例は免疫抑制があり、11例は冠動脈疾患、9例は糖尿病であったようです。2010年8月22日までに8例が死亡したため、報告されたWNND例の致死率は9.9%という結果になりました。死亡例は全て70歳以上で高血圧や糖尿病といった合併症がありました。

考察と結論

今回、北ギリシアの中央マケドニアで7月初旬から8月22日にかけて報告されたWNND、81例を調査報告しています。感染してもWNNDが発症する例が少ないことから、実際のアウトブレイクの規模は更に大きいものと考えられます。2010年8月26日までに、更に多くのWNNDの報告があり全体で108例となりました。加えて、強化サーベイランスを通じて情報収集が行なわれており、特にアウトブレイク初期の未報告の情報が期待されます。
1980年台と2007年にギリシアで行なわれた血清学的調査によると、中央マケドニアの特定の人々(農業従事者、林業従事者、畜産業者)のWNV抗体保有率は約1%であったそうです。また、2007年に392の血清検体が中央ギリシア都市部のイマシア地方(Imathia)の住民から採取され、6検体でWNV抗体陽性であることが判明、更にそのうち4検体はマイクロ中和試験で確認されました。この著者らによると、ギリシアでも田舎ではWNVや関連ウイルスの流行サイクルが形成されているそうです。一方、9590の献血検体や115の無菌性髄膜炎由来のCSF検体を2005年から2007年にかけてギリシアで調べましたが、WNVの核酸が検出された例はなかったようです。ただ、これらの臨床検体は主要な検査室からのもので、献血検体はアセン市(Athens)やロアニナ市(Loannina)由来であったそうです。
ギリシアでも動物でのWNV感染に関するモニタリングは定期的に行なわれており、いくつかの臨時的な検討があります。1980年に行なわれた動物の血清調査では羊の8.8%、山羊の8.7%、牛の3.9%、馬の20.4%、豚の1.4%、鳥の24.5%でWNVに対する抗体が陽性でした。2001年5月から2004年12月にかけての未発表の調査では、馬の血清7549検体が調べられ、302(4%)検体でWNV陽性であることが中和試験で確認されました。この馬血清の調査はギリシアの全地域(49地域)を対象に行なわれ、36地域で陽性検体が認められました( O.Magana, 農業省、私信、2010年8月10日)。
まとめると、これまでのヒトや動物を対象とした研究から何年も前からWNVは中央マケドニアや恐らく他のギリシアの地域でも循環していたものと思われます。降雨量の増加や気温上昇、ここ数カ月の多湿が中央マケドニアの一部の地域の地理的特徴(河川デルタ、田、灌漑された平野)と重なり、イエカの繁殖を促し、ヒトのWNV感染例の増加に繋がったものと考えられます。

公衆衛生学的対応

初めにWNV感染集団を見つけた後、the Hellenic Centre for Disease Control Preventionは国内の臨床医に警告を発し、保健従事者へ検査室での診断方法を記載したガイドラインを準備しました。ヒトWNV感染に関するサーベイランスの方法は確立されており、個人的な防御処置に関する情報は一般に公開されています。
ヘレニックの輸血センターは血液や血液製剤を安全に供給するためのガイドラインを準備し、この中でドナーがWNV感染の確認された地域の住民である場合や、流行地を1日以上訪問した場合は28日待機するように指示しています。また、7月初旬以降に同地域で集められた血液はPCRでWNV汚染がないか検疫しましたが、これらの血液からWNVの検出は認められなかったため、使用可となりました。最後に、献血者へは15日以内に発熱が認められた場合、献血をした施設に連絡をするように依頼しました。国立移植機関にもこのことは通達され、ドナーの居住地や流行地への訪問歴によってWNVの検査をすることが求められています。
保健省や社会団体は協力して県レベルの既存の蚊コントロールプログラムの強化を行っています。同省はヘルスセクターとの協力と農業省畜産部との連携を行っています。トラップを用いた蚊のWNVの調査も既に行なっています。 ギリシアでのWNV感染症例や死亡例に関する情報更新は疫学サーベイランス日報で行なっております(英語での情報源http://www.keelpno.gr/eng/wnv)。

謝辞

この度、ギリシアWNV感染のサーベイランスに関して、ご協力頂いた全ての臨床医、公衆衛生業務従事の方々に感謝いたします。また、テッサロニキのアルボウイルス研究室には技術的な支援を頂き、深く感謝致しております。