エジプトからイタリアに帰国した旅行者にみられた、Alkhurma出血熱

CDC(EID) 2010年12月01日

Fabrizio Carletti, Concetta Castilletti, Antonino Di Caro, Maria R.Capobianchi, Carla Nisii, Fredy Suter, Marco Rizzi, Alessandra Tebaldi, Antonio Goglio, Cristiana Passerini Tosi, Giuseppe Ippolito
情報源:CDC(EID)

南エジプトから帰国した2名のイタリア人旅行者が不明熱で入院しました。検査結果でAlkhurmaウイルスに感染していることが示されました。このウイルスの地理分布は以前により広い可能性があることが疑われます。

Alkhurmaウイルス(ALKV)は、最近になって、フラビウイルス属のダニ媒介性出血熱グループに属することが記載されたウイルスです。初めは、1990年代後半に分離され[1,2]ました。現在、Kyasanur森林病ウイルスの変種であると考えられており、89%のnt系列相同性[3,4]を持っています。この新興病原体は、発熱、頭痛、関節痛、筋肉痛、嘔吐、血小板減少などの徴候や症状を惹起します。重症例では出血症状(鼻出血、斑状出血、点状出血、吐血)や脳炎を起こす可能性があり、致死的な転帰をとる可能性があります(致死率は25%程度にのぼると報告されています[5-8])。ラクダと羊がALKVの自然宿主であると考えられますが、他の哺乳動物が感染サイクルにかかわっているかどうかについては、まだわかっていません。ALKV RNAは、最近、サウジアラビアのジェッダ(Jeddah)近郊で採取されたダニ(Ornithodoros savignyi)で検出されました[9]。アラビア半島でこのダニがみられるのは、ラクダやラクダ用の厩舎で、ALKVのヒト感染症例が報告された場所で見つけることができます。このダニは、複数の動物を宿主とし、夜行性かつ潜行性で、通常、木の下で休んでいる人間やその他の動物を刺咬します[10]。また、蚊がベクターとなりうるという仮説も、2つの研究で提示されました[6,7]。これを証明するデータは欠けていますが、この可能性を否定することはできません。
ALKVは、ヒトに経皮的(感染脊椎動物の血液により、皮膚の創傷部が汚染されるか、あるいは感染ダニの刺咬によって)感染するか、ウイルスで汚染された、未殺菌の牛乳を飲むことにより、経口感染するのではないかと、推定されています。ヒトへの伝播は、羊とラクダの屠殺にも関連して生じています。ヒトからヒトへの感染報告は全くありません。ALKVは、いくつかの国で、バイオセーフティーレベル3か4の病原体として分類されています。
ALKVはサウジアラビアだけで検出されてきましたが、近縁関係が濃厚なKyasanur森林病ウイルスは、インドと中華人民共和国に至るまで、分布の拡大をみせてきました[4]。ここでは、2010年にエジプトからイタリアに帰国した、2名の旅行者に生じた、Alkhurma出血熱症例について記載します。

症例

第1例は、スーダン国境近くの南エジプトの観光客向けの村落に、1週間(2010年4月25日- 5月1日)滞在した、64歳のイタリアからの男性旅行者の症例です。4月29日に、Shalatinのラクダとヒトコブラクダ市場を訪問した間に、彼は節足動物に足を咬まれました(確実に同定できた訳ではありませんが、形態上はダニであったとされています)。そのすぐ後に、小さい丘疹様の傷が出現しました。咬まれた48時間後、イタリアへ帰国する飛行機の上で、患者には悪寒戦慄、食欲不振、不快感、嘔気、嘔吐、視力障害が出現し、その後5日間にわたって、これらの徴候や症状が悪化しました。このため、男性は北イタリアの「Ospedali Riuniti di Bergamo」に入院しました。彼の既往歴には特記すべきものはありませんでしたが、頻繁に海外旅行し、1998年に黄熱病のワクチンを受けていました。
検査結果では、白血球減少症(2,250/mm3)、血小板減少(67,000/mm3)、および肝機能の悪化(AST 469U/L(正常参照値3-46U/L); ALT 406U/L(正常参照値3-46U/L))がみられました。アセトアミノフェンが患者に投与され、発熱と全身倦怠はその後5日間で次第に収まりました。 衰弱は続いていたものの全身状態に問題なく、患者は11日後の5月17日退院しました。
デング熱およびウェストナイルウイルス感染の可能性がないか検査するために、ローマ国立感染症研究所「Lazzaro Spallanzani」ウイルス検査室に、急性期と回復期血清(5月10日と27日に採取されたもの)が送付されました。 両者のウイルス学的検査のため、両方のサンプルに対して、蛍光抗体法によるIgG、IgM 抗体価が測定されました。各ウイルスとも、IgG 抗体価は>640、IgM 抗体価は>20でした。回復期血清で抗体価の上昇を示す根拠は全くなく、以前にフラビウイルス属の感染を受けたため、あるいは、黄熱病ワクチンの接種を受けていたことによって、交叉反応を起こした可能性が疑われました。フラビウイルス属特異的、非構造タンパク(NS)5遺伝子のRT-PCR[11]検査では、急性期は陽性、回復は陰性でした。amplicon(GenBank登録番号HM629507)のシークエンス分析では、GenBankのALKVシークエンスと高い相同性がみられました(BLAST [www.ncbi.nlm. nih.gov/blast/Blast.cgi]に登録されたものでは、AF331718に97%の相同性を示しました)。 この予期しなかった結果により、ALKV感染の確定診断のため、さらに詳細な検索を行うことになりました。このため、他の遺伝子(E)のより広い領域に対して、ALKV特異的nested RT-PCRが行えるように、次のプライマーを作成しました:
outer forward5'-TGGAACCCCACACGGGTGACT-3';
outer reverse5'-ATGCCCACTGTCGGTTGGCG-3';
inner forward5'-CCCACAGCAATCGAAAAACGGCATC-3';
inner reverse5'-GCCCACATCACAGGTGACATGACC-3'
生物学的安全手順に則って、患者から入院間に採取された生体試料は、すべて「the Spallanzani Hospital(ウイルス性出血熱ウイルスに対する、バイオセーフティーレベル4のイタリア国家レファレンスラボラトリ)」のウイルス学実験室に送られました。 新しいALKV PCRの結果は陽性でした。また、amplicon(GenBank登録番号HM629508)のシークエンスは、ALKVと高度な相同性(AF331718と99%の相同性)を示しました。そして、NS5(図1)およびE(図2)遺伝子の部分シークエンスによる系統樹解析によって、ALKV感染であったことが確定診断されました。
この論文を提出した後、私たちは、2番目の患者がALKV感染であることを検出しました。この患者は、同じ地域に1カ月後に訪問し、同じラクダ市場を訪れ疾病に罹患しましたが、比較的症状は軽症でした。この患者から得られたNS5(HQ218942)とE(HQ218941)の遺伝子配列も、系統樹に記載されており、両者とも1例目の患者と同じクラスターを形成することが示されます。 (図1, 2)

図1.系統樹


図1
フラビウイルス非構造タンパク質(NS)5遺伝子のRT-PCR(ampliconサイズ208bp; 参照領域AF331718, nt9077-9275) によってえられた、ampliconシークエンスによる系統樹。 オープンアローは、イタリアに帰国した2名の旅行者の急性期血清試料に関する結果で、他のフラビウイルスとの関連が示されている。それぞれのシークエンスは、その名称とGenBank登録番号によって特定化されている。 GenBankで参照可能な、他のフラビウイルスシークエンスは、Bioeditソフトウェアパッケージ(www.mbio.ncsu.edu/BioEdit/BioEdit.html) の中の、ClustalW1.7(www.clustal.org)を使用して多重整列化されている。 系統樹はヌクレオチド配列、Kimura 2-parameter algorithm、およびMEGA4.1ソフトウェア(www.megasoftware.net)で実行された近隣結合法で作成された。分枝パターンのロバストネスは、1,000回のpseudoreplication bootstrap法を用いてテストされている。スケールバーは1サイトあたりのヌクレオチド置換を示す。 DFV:デング熱ウイルス。 JEV:日本脳炎ウイルス。 WNFV:ウエストナイル熱ウイルス。 TBEV:ダニ媒介性脳炎ウイルス。 OHFV:オムスク出血熱ウイルス。 KFDV:Kyasanur森林病ウイルス

図2.系統樹


図2
この系統樹は、エジプトに旅行した患者の急性期血清試料からえた(オープンアロー)、Alkhurma出血熱ウイルスE遺伝子ampliconシークエンス(ampliconサイズ516bp; 参照部位AF331718、nt1398-1913)に基づいて、他のフラビウイルスと対照させた形で作成されている。それぞれのシークエンスは、その名称とGenBank登録番号によって特定化されている。系統樹はヌクレオチド配列、Kimura 2-parameter algorithm、およびMEGA4.1ソフトウェア(www.megasoftware.net)で実行された近隣結合法で作成された。分枝パターンのロバストネスは、1,000回のpseudoreplication bootstrap法を用いてテストされている。スケールバーは1サイトあたりのヌクレオチド置換を示す。 DFV:デング熱ウイルス。 JEV:日本脳炎ウイルス。 WNFV:ウエストナイル熱ウイルス。 TBEV:ダニ媒介性脳炎ウイルス。 OHFV:オムスク出血熱ウイルス。 KFDV:Kyasanur森林病ウイルス。系統樹上で、問題としている部分を右側に拡大している。

結論

2人の患者は、ALKVが以前に報告されていなかった地域に旅行していました。ウイルス血症が症状出現後10日の時点でみられたことが示され、ウイルス血症は、発熱と悪寒が現れた時点に始まったと確実に想定できますが、ヨーロッパに感染を媒介するベクターが存在する可能性は非常に少ないと考えられ、感染がヒトからヒトへと伝播することはないと思われます。
この感染症の検査室診断は、フラビウイルス科の他のウイルスとの抗体交叉反応性があること、商業的に入手可能な血清学試験法がなく、それを開発するにしてもレファレンスとなる生物試料がないことから、容易ではなく、専門の研究所が必要です。 しかしながら、非常に危険な伝染病の風土病地域から戻る旅行者に対して、サーベイランス手段は改良されるべきであり、ALKVの場合もこれに含まれるべきです。 このウイルスの分布が、以前考えられたより広範囲で、アフリカ大陸も含まれるということは、ダニ媒介性フラビウイルスがアフリカ起源である [12]という仮説に沿うものです。 エジプトとサウジアラビア由来のウイルスの遺伝子配列の差異が遺伝子的に小さいことは、最も近縁のフラビウイルスである、森林病ウイルスから最近分岐した、という仮説を支持するものです[5]。また、ALKVの小進化は、他のダニ媒介性フラビウイルスのように[13]、緩徐であるということを支持しています。ALKV 株で、NS5遺伝子の遺伝的多様性が、E遺伝子より大きいことは、ヒトの試料から分離されたALKV 株を子ネズミに接種することによって観察された現象[5]を再確認するもので、今後、より詳細な進化解析を行う必要があります。
限られた期間に、同じ地域を訪ずれた旅行者に、2回、別個に感染例が確認されたことにより、ALKVの地域性流行が持続しているという仮説が強く支持されます。ALKVの地理分布に関する理解を広げるため、また、地元住民や訪問者の危険性を評価するために、更に獣医学的な、また、昆虫学的な調査を行うことが必要です。ウイルスの存在が報告された地域では、感染動物と接触するリスクがあることを旅行者に知らせるのが妥当でしょう。最も効果的な予防策として、感染したダニへの暴露を回避するか、最低限にすることを推奨すべきです。

文献

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