ポリオウイルスサーベイランス 2009年~2010年

2010年04月30日 WHO(WER)

世界規模でのポリオ根絶に向けての進歩の有無は、15歳未満の急性弛緩性麻痺(AFP)罹患小児を検出し、WHOが承認した研究所で、確実に野生型ポリオウイルスに対する検査を行うことによって、追跡調査されています。AFP症例検出を鋭敏に行えるかどうか、タイムリーに症例調査を行い、便検体の採取ができるか否かについては、標準的なパフォーマンス指標を用いてモニターされています。Global PolioLaboratory Network(GPLN)に所属する実験室は、AFP症例の便検体からウイルスを分離し、分離されたウイルスに対する遺伝子的な確認を行います。GPLNに属する実験室はすべて、毎年、WHOによって承認を受け、標準化されたクォリティー指標を用いてモニターされています。実験室では、AFPのサーベイランスに加え、下水検査(環境サーベイランス)を選ばれた地域で行なっており、ポリオウイルス検出の鋭敏度を高くするようにしています。2009年から2010年にかけて、ポリオウイルス感染がみられた国の77%で、国のAFPサーベイランスに関する指標が、標準的な品質を満たしていました。

県や州といった準国家レベルにおける、サーベイランスの質を分析することによって、2009年から2010年の間に、野生型ポリオ(WPF)感染の再興がみられた4か国中2か国で、また、ポリオウイルスのアウトブレイクが発生した22か国中13か国で、サーベイランスの質が劣っていたことが検出されました。2009年から2010年の間に、Global Polio Laboratory Network(GPLN)は、90%を超えるAPF症例で、検体を受理してから14日以内に初期の結果を提供し、麻痺が生じてから60日以内に最終的なポリオウイルスの検査結果を提供しました。GPLNの中でも専門的な実験室は、アウトブレイクを引き起こしているポリオウイルスの起源を決定し、APFサーベイランスの感度に関して、ウイルス学的評価を行うために、分離されたポリオウイルスに対して遺伝学的なシークエンシングを行っています。準国家レベルでサーベイランスの質に関する指標をモニターすることが、ある地域やある下位集団での野生型ポリオ流行が見過ごされるきっかけとなる、サーベイランスレベルの差異を検出するために非常に重要です。ポリオ根絶の最終段階において十分なモニタリングを可能とするためには、より一層AFPに対するサーベイランスを強化し、対象を絞った環境サーベイランスを実行し、実験室において確実に標準的クォリティーを維持することが必要となります。

AFPサーベイランス

ポリオウイルスが流行していることが知られている国において、AFPサーベイランスを行う目的は、伝播が起こる可能性がある範囲を特定し、補助的な予防接種措置(supplementary immunization activities; SIAs)を可能とすることにあります。ポリオの非汚染地域でAFPサーベイランスを行う場合には、ポリオウイルスが国内に輸入された場合に、それを直ちに検出できなければなりません。AFPサーベイランスのパフォーマンス指標が標準的であり、WPVの報告がみられない地域は、ポリオ非汚染地域と想定することができます。AFPサーベイランスのクォリティーは、AFP症例検出に関する感度について、そして、WHOにより設定されたようにタイムリーに便検体を収集できるかについて、指標を用いて評価することによりモニターされます。

2009年から2010年にかけて、すでにポリオの非流行地域であると承認されたWHOの3地域(アメリカ・ヨーロッパ・西太平洋地域)では、2009年におけるヨーロッパ地域を除いて、15歳未満人口10万人におけるポリオによらないAFP症例検出数が1以上という、地域のサーベイランス感度を維持しています(表.1)。ポリオの地域感染が現在も続いているアフリカ・中東・南アジアの3のWHO地域では、WPVの報告がある国およびその周辺のWPV伝播リスクのある国に対して、非ポリオAFP症例検出について10万人当たり2以上を、国の作業目標として設定してきました。非ポリオAFP症例の検出率10万人当たり2以上という目標は、2009年と2010年ともに、ポリオ感染のみられる国30か国の中27か国90%で達成されました。WHOポリオ非感染地域とポリオ地域感染地域の両者とも、地域レベルで、2009年のアメリカ合衆国を除き、WHOが設定した目標である80%を越える「対AFP症例数便検体採取率」を地域全体で維持できていました。国レベルでは、ポリオ感染のみられる23か国77%が、2009年および2010年に、サーベイランスに関する第2のクォリティー目標値となる、AFP症例数からの便採取率80%以上を達成していました(表1)。

サーベイランスの質は、準国家レベルでは大きな差異がありました。ポリオ発生国30か国中23か国(73%)は、両年とも、州や県単位で80%の地域で、国当たり非ポリオAFP症例率2以上を達成していました(表1)。一方、州や県単位で、80%以上の地域において、APF症例の80%以上から十分な便検体を採取できるとした基準を達成できたのは、30か国中18か国(60%)だけでした(表1)。人口分布と関連させた分析では、2009年と2010年の両年で、AFP報告数に関する基準と便検体採取に関する基準の両者を満たすことのできた州あるいは県が人口の50%を超えたのは、15か国(50%)だけであったことが示されました。アウトブレイクが発生した22か国中10か国、地域感染のある4か国(アフガニスタン・インド・ナイジェリア・パキスタン)、再度伝播が発生した2か国(アンゴラ・スーダン)がこれに相当しています。ポリオの感染がみられた国の多く、感染のある国の隣国、また、カメルーン、チャド、ニジェールの国境地帯のように、国境地域にもサーベイランスが不十分な場所が存在することは、危惧される状況です。

Global Polio Laboratory Network

WHOによる調整を受けているThe Global Polio Laboratory Networkは、97カ国の146の実験室からなっています。これらの実験室は、ウイルス血清型に基づいて世界でのポリオウイルス疫学情報の提供を行い、タイムリーにウイルスを分離し、分離されたウイルスが予防接種に由来するもの(VDPVs)であるか野生型ウイルスかを、型内分別検査(intratypic differentiation: ITD)や包括的な遺伝子配列検査を用いて特定することにより、根絶計画活動の舵取りを行っています。2008年に導入された、新しい実験室検査アルゴリズムでは、検体を受理してから14日以内に、検体の80%以上からポリオウイルスを検出することが目標とされています。ポリオレファレンスラボラトリーにRT-PCRが導入されたことによって、ITDが7日以内に完了できるようになります。

WHOは、ネットワーク内のすべての実験室に対して、推奨されている技術的手順、操作手順を順守しているかどうかを評価するため、毎年、実験室評価プログラムの管理を行っています。また、実験室のパフォーマンスについても、熟練度に関する試験や、正確さやタイムリーなものかについての報告指標をモニターして、評価を行っています。全体として、146か所の実験室のうち142か所(97%)が、2010年、WHOによって認定されました。認定されなかった実験室で検査されるサンプルは、再度認定されるまで、認定実験室でも分析されることになります。ポリオウイルス分離をタイムリーに結果報告できるかについては、2009年にはWHO 6地域の全てで、2010年には6地域のうち5地域で達成されていました(表2)。2010年、ヨーロッパ地域の研究所における検査結果提示の遅れは、中央アジア4か国で発生したポリオウイルスのアウトブレイクの間、多数の検体を一括処理したことによって生じたものでした。AFP症例における麻痺の発症から60日以内に、80%以上に症例についてITDの結果を報告するという目標は、2009年のWHO4地域(67%)に対して、2010年は6地域中5地域(83%)で達成されました。アフリカ地域でのITD目標値の達成が失敗した一因は、検体の輸送が困難であることによりました。
2010年にネットワークは、193,742件の検体を検査しました。2009年には178,968件でしたので、作業量は9%増加していました。さらに、AFP症例検体ではない検査対象(下水や健康小児の検体など)からの標本は、2009年の15,215検体から、2010年の17,348検体へと14.6%増加しました。2010年には、1,679件の野生型ポリオウイルスを含む、合計9,092件のポリオウイルスが検出され、2009年の9,813件(野生型ポリオウイルス2,963件)に比して、7%減少していました。2009年1月から2010年12月まで、予防接種関連ポリオウイルス(vaccine-related virus)が疑われたAFP症例14,263件を対象に、VDPVに関するスクリーニングが行われ、297件の予防接種関連株がVDPVsとして分類されました。
分離されたポリオウイルスの遺伝的リンクと伝播に関するリンクを調査し、国際的な拡散状況を追跡し、検出された野生型ポリオウイルスの流行持続期間を推定するために、ウイルス・ゲノムのVP1領域のヌクレオチド系列の分析が用いられています。この分析によって、現在特定のウイルス株で生じている伝播リンクについて、AFPのサーベイランスシステムが機能していない可能性がウイルス学的に証明されるかもしれません。実験室ネットワークによって、2009年から2010年の間、4つの野生型ポリオウイルスの伝播が継続していることが確認されました。遺伝子配列の分析によって、AFPサーベイランスがクォリティーについての標準指標を満たしているにも関わらず、アンゴラ・チャド・コンゴ民主共和国・ナイジェリア・パキスタンで起きている伝播リンクを検出できなかったということが、ウイルス学的に証明されました。

環境サーベイランス

野生型ポリオウイルスの地域共同体での感染は、70年間に渡って先進国のいくつかで、人口集中地域からの下水に対して検査することで、モニターされています。ポリオウイルスに関する環境サーベイランスは、最近いくつかの発展途上国においても実行され始めました。
2009年に、インドのムンバイで、毎週、下水のサンプリング検査が行われましたが、ムンバイでは野生型ポリオと同定されたポリオの症例はみられなかったにも関わらず、検出された多数の野生型ポリオウイルスが、インドの他の地域で流行している野生型ポリオウイルスに密接なリンクをもつことがわかりました。2010年には、下水サンプルから野生型ポリオウイルスが検出されたのは11月の1件のみでした。2010年5月からは、下水のサンプリングはデリー市内まで拡大され、5月から8月にかけて野生型ポリオウイルスが陽性でしたが、その後は陰性となりました。

パキスタンの6つの都市では、2010年に毎月の下水のサンプリング検査が始まりました。2010年に検体が採取された検体157件のうち80件(6都市すべてが含まれる)51%が、野生型ポリオウイルス陽性でした。これには、野生型ポリオウイルス陽性のAFP症例が見つかっていない、カラチおよびラホール市からの検体も含まれています。パキスタンでの環境サンプルから分離されたウイルスの遺伝子の配列からは、複数のリンクがあることがわかりました。

編集者注

世界ポリオ根絶計画(the Global Polio Eradication Initiative)における活動は、AFPサーベイランスの結果によって舵取りされており、GPLNによるウイルス学的検査や遺伝子配列同定と、対象を絞った環境サーベイランスによって補強されています。現場でのAFP症例の検出、および、調査に対する標準化されたアプローチ、標準化された実験室手技と試薬によって、国家間で、また、WHO地域間で結果を比較することが確実にでき、ポリオ根絶に向けた進歩をモニターすることが可能となります。2009から2010年にかけてのGPNLのパフォーマンスは、作業量が増加したにもかかわらず、向上し続けていました。ウイルス分離とITDの結果の90%以上が、目標期間以内に実験室から報告され、新しく改定された実験室処理アルゴリズムと処理法の導入以来、おのおのの期間とも半減しました。実験室での結果をより迅速に提供することにより、さらに的確な時期に補助的予防接種(SIA)を実行するためのプログラムを強化できます。毎年実験室に対して能力テストを行い、認可のために訪問評価を行うには、資金投入が必要ですが、ネットワーク所属施設の質を担保するのに不可欠です。
補助的に行った環境調査は、野生型ポリオウイルス伝播が低いレベルで起きているインドや、準国家レベルでのAFPサーベイランス指標の目標が達成されていたパキスタンで価値があることが証明されましたが、ウイルスの分析によって、ウイルス検出には大きな地域差があることが示されました。2011年には、ナイジェリアで環境サンプルの採取がおこなわれる予定です。ポリオ根絶の最終段階では、環境サンプリングの役割が大きくなり、潜在的リスクであるVDPVsを検出するためのサーベイランスも必要となってくるでしょう。
依然として持続している、地域感染および再興感染によるウイルス伝播や、最近の以前ポリオがみられなかった国でのアウトブレイクによって、全世界でAFPサーベイランス指標をモニターし続けることの重要性が強調される結果となりました。タイムリーな調査と検体採取は、重要なポリオ保有国であるチャド、コンゴ民主共和国などで減少しています。国によっては、ポリオがないと最後に確認されてから10年以上の間に、AFP症例検出や検体採取が減少しているところもあります。標準的時間枠やAFP症例の調査手順、検体の輸送、検査方法などが順守されていない場合には、野生型ポリオウイルスが輸入されたことに気づかれるのが遅れるため、結果として大規模なアウトブレイクが生じる可能性があります。このことは、コンゴ民主共和国やタジキスタンでの近年のアウトブレイクで例証されています。

加えて、多くの国において準国家レベルで、サーベイランス態勢が欠如しています。これには、国家レベルでのサーベイランス指標が、作業目標として達成されている国も含まれます。現在ポリオ感染のみられる国の中には、ウイルス学的に伝播リンクが見いだせないという証拠が示されたことによりわかったように、地理上の地域ないしは人口のサブグループ(移民など)の中でのAFP検出に問題があったため、また、AFP症例に関する調査や検体搬送に問題があったため、サーベイランスの地域差が生じていた可能性があります。
世界ポリオ根絶計画に描かれた、野生型ポリオ伝播阻止に関する、2010年から2012年の戦略的計画目標に則って、ポリオがない状態を維持し、今後いかなるアウトブレイクに対してもその規模を最小限にできるように、全ての国はポリオサーベイランスを強化し、いかなる行政レベルにおいても、ポリオ予防接種率を高いレベルに維持するように努力していかねばなりません。