2010年における高病原性鳥インフルエンザA型ウイルス(H5N1)ヒト感染症例 最新情報

2011年05月02日:WHO(WER)

2010年にWHOに通知のあった、インフルエンザA型(H5N1)感染と実験室で確定診断された、臨床症状のある48症例の疫学について、ここに報告します。この48例はすべて散発例であって、集団発生ではありません。

時間的、地理的な分布

症例は通年性に発生していましたが、北半球が冬となる12月から3月に明らかピークがありました(図1)。2010年には、赤道にまたがっているインドネシアを除き、ほとんどの症例が北半球の温帯および熱帯地域で発生しました。個々の国の件数は少数であったため、異なった気候の国で、発生の季節性が違っていたかどうかは決定できませんでした。ヒト症例の季節変動は、鳥でのアウトブレイクの季節変動と平行して生じています。

最も症例数が多かったのは、エジプト(29症例)であり、続いて、インドネシア(9件), ベトナム(7件)、中国(2件)そしてカンボジア(1件)でした。これらの国のすべてが、2009年を含むそれ以前に、ヒト症例を報告しています。そして、これらの国々すべてで、インフルエンザA(H5N1)ウイルスが家禽で広く流行していると信じられています。エジプトとインドネシアは、家禽においてA(H5N1)ウイルスが地域感染を起こしていることを明言しており、国連食糧農業機構(FAO)からの情報によれば、インフルエンザA(H5N1)ウイルスは、バングラデシュ、ベトナム、中国の一部地域で、やはり地域感染を起こしているとされています。また、カンボジアでは、H5N1ウイルスが家禽に散発的に再発生しています。

性別と年令による分布

2010年には、ほとんどの症例が小児と若い成人で発症しており、83%(40/48)が40歳未満の人々に生じました。症例は、年令25歳を中央値として、1歳から59歳まで広い範囲に及びました。2010年の症例の年齢である中央値25歳は、すべての国のすべての症例に対する2003年中央値の19歳に比してやや高いものでした。エジプトの2010年の中央値は27歳と、2009年およびそれ以前の10年間を統合した症例群の中央値3歳に比して高値でした。2010年、男性症例は、女性症例の半分ほどでした(男性対女性の比率は、1:2)。一方、この分布比は、国家間で一貫していたものではなく、年齢グループにおける男女比は一様ではありませんでした。20歳から29歳における症例数は、女性の方が圧倒的に多く、前年のデータと一致しています。2010年における男女比は、インドネシアが最も著しく(男性:女性=1:8)、次にベトナムが続きます(男性:女性=1:6)。これに対して、エジプト(男性:女性=1:1.2)のように、男女比があまりない国もあります。振り返ってみると、すべての国のすべての症例を対象にした場合には、男女分布にあまり差はないようです(男性:女性=1:1.1)。

結果

48症例の半数(24症例)が死亡しました。致死率(CFR)は、国によって異なっていました。ベトナムが最も致死率が低く、7症例28%でした。2010年、すべての国を総合すると、女性が男性より高い致死率を示しました(女性:男性=56%:38%)。2003年から516件のヒト鳥インフルエンザ症例が発生しており、すべての年を併せると、女性の致死率は男性よりも高い値を示しました(女性:男性=65%:53%)。しかし、この差はすべての国で見られるものではなく、年齢といった要素に関連しているのかもしれません。
2010年では、致死率は、30歳から39歳で最も高く(70%)、0歳から9歳で最も低値(30%)を示しましたが、その違いは、有意ではありませんでした。2003年から2010年に生じた516の症例をすべて含めた場合、20歳未満の症例は、20歳超に比して、死亡リスクが著しく低値でした(致死率52%対66%; オッズ比0.56; 95%信頼区間, 0.39–0.81)。しかし、この観察所見は、すべての国でも一貫したものではありませんでした。

発症から入院までの時間

疾患の症状発現から入院までの時間は、42症例で入手可能であり、0日間から12日間、中央値4日でした。死亡した症例(中央値5日)では、生存者(中央値2日)に比して入院した時期が遅れていました。2日以内に入院した患者の致死率は、症状出現の2日以降に入院したものに比して低値でした(致死率25%対65%; オッズ比5.6; -95%信頼区間1.4-22.7)。すべての年のすべての症例を対象とした場合、死亡例(発症後入院までの中央値5日)は生存例(同2日)に比して入院が遅れていました(Kruskal–Wallisテスト、p=0.00001)。また、発症してから2日以内に入院した症例では、2日を超えて入院した症例に比べて生存する可能性が高くなっていました(致死率29%対71%; オッズ比5.9; 95%信頼区間3.7-9.3)。

暴露に関するデータ

暴露に関するデータは37症例で利用可能でした。32症例で、病気の、あるいは、死んでいる家禽への暴露が認められました。他の形での暴露は報告されませんでした。病気あるいは死んだ家禽への暴露が報告された症例では、4例が家禽を屠殺したと報告され、2例は死んだ家禽を処理していました。
3症例が職業的な暴露を受けていました。1例は動物を原料とする肥料工場で働いており、1例は生きた鳥を扱っている市場で働いており、1例は家禽の羽むしりに携わっていました。暴露に関するデータが利用可能であった37症例のうちの2例では、生きた鳥を扱う市場での暴露があったと報告されました。暴露に関するデータは、11症例でははっきりしていないか、あるいは利用不可能でした。しかし、これらの中の5症例では、病気であった家禽を含む家禽が家の近くにいたと報告されました。

ウイルス学的情報

インフルエンザA(H5N1)ウイルスは、遺伝上あるいは抗原上、多様化し続けてきました。2010の間、ヒト症例から採取され特徴が同定されたウイルスは、クレード1(カンボジア)、クレード2.2.1、グループC(エジプト)、クレード2.3.2(中国、香港特別行政区)、およびクレード2.3.4(ベトナム)のものでした。これらのクレードのウイルスは、それぞれの国で家禽から分離されています。2010年に分離された9のウイルスは、いずれも、オセルタミビルへの耐性を獲得すると予想されているノイラミニターゼ変異を持っていませんでした。

考察

インフルエンザA(H5N1)ウイルスのヒト感染は、ウイルスの家禽への感染が継続的かつ広範囲に広がっているにもかかわらず、あまりみられず、いくつかの国で散発的に生じるに留まっています。以前と同様に、ここ数年でヒト症例を報告した国は、ウイルスが家禽に流行している国々でした。ヒトからヒトへの感染が持続しているという証拠は、依然としてありません。インフルエンザA(H5N1)のヒト感染について、一般的な疫学的状況には変わりがありません。女性は男性より予後が悪いように考えられ、小児でより軽症であるように思えます。全体的に見て、小児や若年成人はより頻繁に、感染について診断されるように思われます。一方、年齢中央値は2010年に増加しましたが、主としてエジプトでの症例増加と関連しているようです。感染を初期の段階で検出し入院させた場合、予後が改善する可能性があります。エジプトでみられた、2006年以降の119症例の最近の分析結果は、上記の傾向を再確認したものです。エジプトの研究者は、年齢増加にともない、また、男性と比較した場合は女性で、致死率が有意に増加したことを確認しました。さらに、早めの入院させることにより、生存率に良い影響があることがわかりました。WHOは、インフルエンザA(H5N1)の地域感染のある国では、臨床医が、インフルエンザA(H5N1)感染に合致する臨床的特徴や、疫学的特徴がある場合には、A(H5N1)感染を考慮し、適切な抗ウイルス薬によって、早期に患者を治療するように推奨しています。

インフルエンザA(H5N1)ウイルスは出現して以来、人畜共通感染症的なふるまいをみせている点で、実質的には鳥のウイルスのまま変化していません。しかしながら、流行しているインフルエンザA(H5N1)ウイルスに、遺伝上の、また、抗原上の多様化がみられることから、パンデミックに備えるために、複数のワクチンウイルスの開発が必要であると考えられます。インフルエンザA(H5N1)ウイルスには、オセルタミビルへの抵抗が増加する徴候や、流行しているヒトインフルエンザウイルスとの遺伝子再集合を起こしている気配はみられていません。
ほとんどのヒト症例は、家禽や汚染された環境との直接の、または、間接的な接触で暴露を受けています。そして、ここ数年では、症候性の感染をもたらす暴露は、(商業的)養鶏よりも、家庭や市場といった環境でもっぱら生じています。感染した人は、消費目的に鳥を屠殺したり調理したりしたと報告されていることが多く、生きた鳥をあつかう市場へ訪問することが、潜在的に感染暴露を受ける機会になっているとの報告が続いています。しかし、ヒト症例が報告された地域の大部分では、感染した家禽がいる可能性が潜在的にあり、家禽が生息する環境に対して何重にも暴露を受けることが、日常生活の一部となっています。従って、どの暴露がヒト感染と疾患につながるっていくのかについて決定するのは困難です。このため、動物保健機関および公衆衛生機関が協同して、共通のリスクを特定し管理し、特に家庭や生きた鳥をあつかう市場で、ヒトと動物が接しヒトが暴露を受ける機会を減らすことが重要となります。ウイルスが家禽の中で広く流行する限り、ヒトが暴露を受けるリスクは残るので、動物保健部門が、ウイルスをその供給源である動物集団のレベルで制御する努力を続けることが重要となります。

ヒトのインフルエンザA(H5N1)感染に関する現在の知見は、症例に関する情報を収集し、広く共有してくれた国々のおかげで得ることができました。WHOは2010年に症例を報告してくれた国の貢献について謝意を表明します。しかし、第1に包括的なデータ収集を行い流行状況に関する解析を行うこと、第2にリンクを持ったウイルス学的、疫学的、また臨床的データを共有すること、その両者に関してやるべきことがたくさんあります。これに加えて、動物に関するこの疾患の疫学について、不明な点が数多くあり、動物保健部門で答えが見いだされつつあります。さらに、ヒトでのこの疾患のふるまいについて、また、ヒトと動物の相互作用に関しては、ヒトに対する伝播を容易にする要素の同定作業、疾患のスペクトラムと軽症あるいは無症候性疾患の重要性についての決定、ヒトにおけるウイルスの易伝播性や毒性を決定するウイルス学的、遺伝学的マーカーの同定作業といった、対象を絞った研究を行うことによって回答を導き出すべき、特殊な問題があります。最後に、検査機関に対して、季節型でないインフルエンザA型ウイルスを同定した場合には、さらに分析を行えるように、そのサンプルをWHO Collaborating Centreに提出するよう推奨します。