臨床学的狂犬病からの回復-カリフォルニア、2011

2012年2月3日 MMWR(原文〔英語〕へのリンク

2011年5月、カリフォルニア州地方郡の8歳女児が1週間増悪する咽頭痛と嚥下困難、倦怠感があり地区の救急治療室(ED)を受診しました。患者は弛緩性麻痺、脳炎を起こした後、以下に基づき狂犬病と診断されました。1)血清中、脳脊髄液(CSF)中の狂犬病ウイルス特異抗体の存在、2)患者の臨床症状が矛盾しないこと、3)他の選択すべき診断が見つからないことです。患者は治療的昏睡状態による治療を含めた高度な対症療法を受けました。治療が奏効し、15日後に抜管され37日後に退院し外来患者としてリハビリを続けています。公衆衛生調査で学校にいたワクチン未接種の野良ネコとの接触が感染源と同定されました。学校でその野良ネコが何匹か捕獲され観察中は元気ですが、少なくとも一匹が観察中にいなくなっています。患者の唾液に曝露した可能性のある合計27人が狂犬病曝露後予防接種(PEP)を受けました。この患者に関係した他の狂犬病患者は認められていません。狂犬病予防対策では飼育動物の予防接種の重要性、野生動物やワクチン未接種の飼育動物を避けること、曝露後の速やかなPEPを受けることを強調すべきです。

症例報告

2011年4月25日、8歳女児が、以前から認められていた上室性の頻拍のためのソタロール内服時に咽頭痛、嘔吐を訴え小児科を受診しました。その後数日間、嚥下困難が進行し、少量の水分しか飲むことができませんでしたが、日常生活は続けられました。初診後3日目に、経口摂取がほとんどできないのでEDを受診し、脱水を治療するため静脈内補液を受けました。2日後、限局しない腹痛、頚背部痛を訴えてEDを再受診し、検査をうけウイルス性疾患疑いで帰宅しました。翌5月1日、咽頭痛、全身倦怠感、虫垂炎を疑わせる腹痛を訴え3回目のED受診をしました。理学所見で、脈拍108回毎分、血圧112/87mmHg、体温96.7°F(35.9℃)という複雑な所見を呈しました。頭部,腹部CTで特記すべき所見はありませんでした。胸部CTでは左肺下葉に無気肺があることが唯一の所見でした。患者は経口で造影剤を飲もうとするとむせました。動脈血分析で呼吸促迫とアシドーシスが認められたため、挿管され人工呼吸器が装着されました。静脈内補液、セフトリアキソン、アジスロマイシンが投与され、3次医療機関へ搬送されました。

小児集中治療室への入院時、神経学的検査の結果、両側下肢の極端な脱力が認められました。5月1日の末梢血の検査室テストでは、白血球19,200 /μLが認められました(正常値:3,700-9,400/μL)。

この時点で、呼吸器検体のライノウイルスがPCRで陽性だったこと以外は、感染症試験は陰性でした。電解質、腎機能は正常でした。CSF分析では白血球6 /μL(正常値:0-5細胞/μL)、タンパク62mg/dL(正常値:10-45mg/dL)、グルコース67mg/dL(正常値:45-75mg/dL)でした。毒性学試験は陰性でした。その後数日間で、弛緩性麻痺が上向し、意識レベルは低下し発熱が見られました。脳の核磁気共鳴画像(MRI)で皮質、皮質下に多発性のT2、フレアシグナル異状を、また脳室周囲の白質部分に拡散制限のある部位が認められました。筋電図ではそれぞれの運動神経刺激に対する遠位筋の電気的シグナルが欠如しており、重症の一次性脱随性、特に多発性運動神経障害と一致するものでした。細菌性肺炎、マイコプラズマ脳炎の可能性に対する治療としてセフトリアキソン、レボフロキサシン、アジスロマイシンの短期投与と、てんかん予防のためのレベチラセタムの投与が開始されました。

2011年5月4日、公衆衛生ウイルスリケッチア症研究所(VRDL)カリフォルニア分室のカリフォルニア脳炎プロジェクトへ至急エンテロウイルス(EV)とウェストナイルウイルス(WNV)の検査をするよう依頼がありました。エンテロウイルス試験の依頼は、EVとライノウイルスの分子学的試験で交差反応のあることがよく報告されているためです。呼吸器検体でのEVとライノウイルスのPCRアッセイが行われましたが、EVのRNAは検出されず、ライノウイルスが検出されました。WNVの血清学的検査は陰性でした。VRDLは臨床症状に矛盾がないことから狂犬病検査を提案し、その結果血清の間接蛍光抗体法(IFA)で狂犬病ウイルス特異的IgGとIgMを検出しました。

推定診断に基づき、患者をケタミンとミダゾラムで鎮静させ、大脳動脈の血管れん縮を予防するためアマンタジンとニモジピンの投与、Na+濃度を>140mmol/Lに維持するためフルドロコーチゾンと高張生食が投与されました。ヒト抗狂犬病免疫グロブリンも狂犬病ワクチンも投与されませんでした。

入院第一週、患者は自律神経系の不安定により著しい高血圧になりました。エスモロール(β遮断薬)とニカルジピンの静注に加え、断続的なヒドララジン投与、定期的なアムロジピンの投与がなされました。また頻回に上室性頻脈発作があったのでアデノシン投与も必要でした。これらは中心静脈カテーテルの位置を変えることで解決されました。繰り返し施行された経頭蓋骨ドップラー超音波検査や頭部の血管造影CTで大脳動脈れん縮はありませんでした。

5月8日、患者は時々頭部を動かしました。続く2~3日でもっと頭部を動かすようになり、さらに手足を動かし始めました。体力の改善に伴い5月16日に抜管し、1週間後に小児病棟へ転室できました。5月31日、左足下垂が残っていたためリハビリ棟へ転棟になりました。6月22日の退院時、認知障害の所見はなく、歩行可能で日常生活の活動も行えました。

診断学的検査室検査

CSFと血清の抗狂犬病ウイルス抗体の血清学的検査、狂犬病RNAについて唾液と項部生検検体のPCR検査、項部生検検体内の狂犬病ウイルスについて直接蛍光抗体法検査が施行されました。5月3日から6月9日まで何回か採取された血清サンプルから、狂犬病ウイルス特異抗体がVRDLとCDCのIFAで確認されました。血清IFAの抗体価は5月11日にピークを示し、IgGが64倍、IgMで160倍(VRDLでの結果)でした。狂犬病ウイルス特異抗体は、CDCで行われたCSFのIFAで確認され5月8日のピーク時にはIgGが4倍、IgMが8倍でした。狂犬病ウイルス中和抗体は血清中にもCSF中にも認められませんでした。またどの検体中にも狂犬病ウイルス抗原もRNAも認められませんでした。

他の感染症や非感染性病因についての広範囲にわたる検査もなされました。唯一の陽性結果は(M.pneumonia)マイコプラズマIgMが外注の試験機関で出たことです。発症後4ヶ月たってからもM.peumoniaeIgGへのセロコンバージョンは報告されませんでしたが、IgMは陽性のままでした。さらにPCRで呼吸器拭い液中のM.peumoniae核酸が確認されましたが、CSF中には確認できませんでした。呼吸器での核酸の検出は感染と定着の区別ができないこと、中枢神経系内のM.peumoniae存在が認められなかったことから、M.peumoniae陽性結果は狂犬病ウイルスの診断ほど重要とは思われませんでした。さらにIgGセロコンバージョンのないIgM検出は擬陽性の可能性が示唆されました。

公衆衛生調査

患者はHumboldt郡の小さなコミュニティーに居住していて、発症する6ヶ月以内にカリフォルニア州外へ旅行したことはなく、郡の外へも出かけていませんでした。狂犬病ワクチンの接種歴もありませんでした。学校でワクチン未接種の野良ネコと何回か接触のあったことが確認されています。発症の約9週間前と4週間前に違うネコ2匹に引っかかれましたが、咬まれてはいないという報告です。地区の公衆衛生担当官は学校でネコを捕獲し同定する取り組みを行いました。最初のネコは健康であることが確認されましたが、2匹目のネコは信頼できる報告は得られませんでした。学校で捕獲したその他のネコは観察期間中健康でした。

患者の家ではダルマブタ、小鳥、イヌ、ウマを飼っていました。報告によりますとイヌと小鳥は健康でしたが、一頭のウマが2010年11月に腸捻転疑いで死んでいました。患者はこの馬とほとんどまたは全く接触がなかったと報告されていましたが、2011年5月に狂犬病の検査のためにウマが掘り返されました。脳組織は検査に適した材料ではなく、結果も決定的なものではありませんでした。郡環境衛生担当官による患者住居の調査でもコウモリの出没やコウモリの侵入可能な建物の構造上の欠陥を見つけることはできませんでした。

患者の通学していた学校の生徒や濃厚接触した可能性のある人たち208人のリスクアセスメントが行われ、4月17日から27日の間に2人が患者の唾液に曝露されていた可能性があることが判明しました。2人はレスリングの練習中に患者と接触しており、患者の唾液が粘膜や傷口についたことを除外できなかったので、曝露後予防接種PEPが完全に行われました。さらに患者家族8人も患者の唾液が粘膜や傷口についた可能性があるのでPEPが完全に行われました。紹介病院の小児ICUの看護師3人と、地区EDの14人のスタッフもPEPを開始されましたが、そのうち3人のEDスタッフは、調査後PEPの必要な曝露定義に該当しないという理由で、途中で接種を止めました。

報告者

Jean Wiedeman, MD, PhD, Jennifer Plant, MD, Univ of California-Davis Medical Center; Carol Glaser, MD, DVM, Sharon Messenger, PhD, Debra Wadford, PhD, Heather Sheriff, Curtis Fritz, DVM, PhD, California Dept of Public Health.Ann Lindsay, MD, Mary McKenzie, Christina Hammond, MPH, MSN, Eric Gordon, County of Humboldt Public Health Br; Charles E.Rupprecht, VMD, PhD, Div of High-Consequence Pathogens and Pathology, National Center for Emerging and Zoonotic Infectious Diseases; Brett W.Petersen, MD, EIS officer, CDC.
Corresponding contributor:Brett W.Petersen,
bpetersen@cdc.gov, 404-639-5464.

編集ノート

狂犬病は神経学的ウイルス性疾患で、多くは感染した動物に咬まれることでヒトに感染します。狂犬病はPEPで予防できますが、発症してしまうと確立された治療法はありません(1)。高度な対症療法を行っても致死率は100%に達します(2)。その結果、一般的に治療は緩和療法となります(1,3)。しかし、2004年、曝露前ワクチン接種を受けていない若い女性が新しい治療法で臨床学的狂犬病から生還した最初の症例となりました(4)。2009年、もう一人のワクチン接種を受けていない若い女性がコウモリに曝露し、脳炎症状がでました。基本的な対症療法のみを受けた後、血清学的に狂犬病ウイルス陽性の結果から非定型狂犬病が疑われました(5)。今回報告の患者はワクチン未接種で臨床学的狂犬病から回復したアメリカ合衆国で3番目の症例です。

ヒト狂犬病の生前診断は、一試験では不確実な陽性になるおそれがあるので診断確率を高めるために、血清、唾液、CSF、項部皮膚生検の検査を含むべきです。直接蛍光抗体法によるウイルス抗原の検出、唾液や中枢神経系組織からの狂犬病ウイルスの分離、CSF中の狂犬病ウイルス特異抗体の検出、ワクチン未接種の患者血清からの狂犬病ウイルス特異抗体の検出、唾液、他の体液、組織中にウイルスRNAを検出することは急性感染の強力な指標になります。臨床的に狂犬病と矛盾しない症例で以上の所見のどれかがあれば、州及び地域疫学審議会の策定したヒト狂犬病の症例定義に合致します(6)。ウイルス分離、ウイルス抗原の検出、ウイルス核酸検出、狂犬病ウイルス中和抗体の検出は診断に必須ではなく、ヒト狂犬病患者全てで一貫して認められるものでもありません(2)。感染性ウイルス、ウイルス抗原、ウイルス核酸はともに合衆国内で臨床狂犬病から回復したどの患者からも検出されていません。まれですが、マウス実験的研究で非定型狂犬病のマウスを作製し回復しましたが、狂犬病ウイルス中和抗体は検出されませんでした(7)。

本症例における診断基準は、臨床学的に矛盾のない症状、高リスクの動物との接触、選択できる他の診断がないことに加え、血清とCSFから狂犬病ウイルス特異抗体検出されたことです。本症例では咽頭機能不全が著明であったため挿管しましたが、特に狂犬病を疑わせる所見でした。この嚥下困難の程度は他原因の脳炎ではあまり見られず、狂犬病試験を行う決定要因となりました。狂犬病の診断は入院後3日目につきました。この比較的早期の診断は、患者がウイルスを拡散させたかもしれない期間、無防備に患者に接触した看護者やその他の人数を最小限にすることができたようです。早期診断はまた、早期段階での治療に注目したことで臨床転帰へも影響を与えたかもしれません。急速に進行する脳炎患者を診察する主治医は鑑別診断として狂犬病を考慮すべきで、それが示唆された場合は検査室診断のため保健担当部署と調整を行うべきです。狂犬病と診断がついたら臨床的管理はまず患者の苦痛緩和と適切な鎮静に焦点を当てるべきでしょう(1,3)。実験的な治療は特に患者が若くて健康で臨床症状が早期段階の場合は患者、家族、法的代理人との詳細な話し合いとインフォームドコンセントの後に考慮してもいいかもしれません(1)。

唯一報告された患者の接触した疑わしい動物は学校にいたワクチン未接種のネコです。学校のネコに狂犬病は認められませんでしたが、カリフォルニアでのネコの狂犬病は最近では2008年にこの患者の住んでいるカリフォルニア州同郡で報告されています。2010年アメリカ合衆国では合計で303匹のネコの狂犬病が報告されていて、ネコに関連したヒト狂犬病は1960年から2人報告されています(8-10)。すべての飼いネコ、イヌ、フェレットは狂犬病ワクチンを受けるべきです。公衆衛生教育では、すべての野生の動物やワクチン未接種の可能性のある動物を避け、狂犬病を疑われる動物に曝露した場合は医学的な評価を受ける重要性を強調すべきです。

謝辞

Staff members of the Humboldt County Dept of Health and Human Svcs; Edward Powers, DVM, and other staff members of the California Dept of Public Health.Rodney Willoughby, MD, Medical College of Wisconsin.Jesse Blanton, MPH, Richard Franka, DVM, PhD, Ivan Kuzmin, MD, PhD, Felix Jackson, MS, Michael Niezgoda, MS, Lillian Orciari, MS, Sergio Recuenco, MD, DrPH, Andres Velasco-Villa, PhD, Pamela Yager, Div of High-Consequence Pathogens and Pathology, National Center for Emerging and Zoonotic Infectious Diseases, CDC.

参考文献

  1. 1.CDC.Human rabies preventionUnited States,2008:recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices. MMWR 2008;57(No. RR-3).
  2. 2.Petersen BW, Rupprecht CE.Human rabies epidemiology and diagnosis. In:Tkachev S, ed. Non-Flavivirus encephalitis.Rijeka, Croatia: InTech; 2011.
    http://www.intechopen.com/articles/show/title/human-rabies-epidemiology-and-diagnosis.
  3. 3.Jackson AC, Warrell MJ, Rupprecht CE, et al.Management of rabies in humans.Clin Infect Dis2003;36:60–3.
  4. 4.Willoughby RE Jr, Tieves KS, Hoffman GM, et al.Survival after treatment of rabies with induction of coma.N Engl J Med2005;352:2508–14.
  5. 5.CDC.Presumptive abortive human rabies-Texas, 2009. MMWR 2010;59:185–90.
  6. 6.Council of State and Territorial Epidemiologists.Human rabies case definition.Atlanta, GA:Council of State and Territorial Epidemiologists;2011.
    http://www.cdc.gov/osels/ph_surveillance/nndss/casedef/rabies_human_current.htm.
  7. 7.Bell JF.Abortive rabies infection. I.Experimental production in white mice and general discussion.J Infect Dis1964;114:249–57.
  8. 8.Blanton JD, Palmer D, Dyer J, Rupprecht CE.Rabies surveillance in the United States during2010.J Am Vet Med Assoc2011;239:773–83.
  9. 9.Ross E, Armentrout SA.Myocarditis associated with rabies.Report of a case.N Engl J Med1962;266:1087–9.
  10. 10.Sung JH, Hayano M, Mastri AR, Okagaki T.A case of human rabies and ultrastructure of the Negri body.J Neuropathol Exp Neurol1976;35:541–59.

出典

CDC;MMWR
Recovery of a Patient from Clinical RabiesCalifornia,2011
http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm6104a1.htm?s_cid=mm6104a1_w