マルタからスイスに帰国した渡航者におけるサシチョウバエ熱ウイルス感染の初めての報告 2011年10月

2012年7月5日Eurosurveillance原文〔英語〕へのリンク

はじめに

2011年の秋にマルタからスイスに帰国した渡航者におけるサシチョウバエ熱ウイルス感染の初めての症例報告です。この事例は、地中海のマルタから帰国した発熱患者の鑑別診断としてサシチョウバエが媒介するウイルス感染症を考慮に入れることの重要性を示しています。特に、現在、夏の旅行シーズンの始まりを迎えており、臨床医の認識が高まることは重要です。

2011年10月17日、地中海のマルタのゴゾ(Gozo)島に2週間滞在して帰国したスイス人が、帰国後2日目に発熱、悪心、嘔吐、増強する頭痛で入院しました。この患者は、入院する9日前に背部痛、倦怠感、微熱がありましたが、非ステロイド性抗炎症薬のイブプロフェンを内服した後に回復しました。患者の妻にも同様の症状がありましたが、この患者よりも軽症でした。2人とも昆虫による刺し傷が複数みられ、検査診断でサシチョウバエ熱と診断されました。患者のこども2人と、旅行の同行者2人は小さな昆虫に頻回に刺されましたが、無症状でした。

症例1

患者は40代後半の男性で、マルタから帰国した2日後にスイスの病院に入院しました。全身状態が悪く、発熱(38.4℃)、全身性の発疹、髄膜刺激症状を伴わない頭痛がありました。昆虫に刺されたことによる多数の皮膚病変は四肢にみられました。

この患者のCRP、電解質、トランスアミナーゼなどの検査は基準値内で、血算(全赤血球算定検査)は、相対的リンパ球減少(17.9%; 基準値は20~52%)を示していました。

最近の地中海の国への滞在歴と複数の皮膚病変があったため、サシチョウバエ熱ウイルス(SFV)感染(パパタシ熱)が疑われました。入院日当日、つまり、マルタで最初の症状が出現してから10日後に採取された血清で、SFVが陽性でした。ブニヤウイルスに対するイムノブロット法では、TOSV(トスカーナウイルス)バンドがカット・オフよりも強い反応性を示し、TOSVに対するIgMとIgG抗体が存在することを示していました。間接免疫蛍光法では、トスカーナウイルスとナポリ型のSFVに対する抗体価が高く、SFNV(ナポリ型サシチョウバエ熱ウイルス)の複合型に属するフレボウイルス属に感染したことが示されました。

発症後52日目に採取された回復期血清では、抗TOSV IgM抗体は8倍増加しており、抗TOSV IgG抗体は5倍増加していました。

患者は鎮痛薬と制吐薬による治療を受け、徐々に改善しました。発症後15日目にリハビリテーション・センターに転院することができ、発症21日目に完全に回復しました。患者は、その後、8か月間、再発しませんでした。

症例2とその他の人

2人目の患者は50代前半の女性で、発症後11日目に採取された血清で、抗TOSV IgM抗体と抗SFNV IgM抗体が陽性でした。また、発症後52日目に採取された血清で、抗TOSV IgM抗体が10倍増加しており、抗TOSV IgG抗体が陽転していました。

2人の患者のこどもと、旅行の同行者2人の血清も、2人の患者が発症後52日目に採取されました。検体は、すべて、間接免疫蛍光法とイムノブロット法で検査されましたが、TOSV、SFNV、SFSV(シチリア型サシチョウバエ熱ウイルス)、SFCV(キプロス型サシチョウバエ熱ウイルス)に対する抗体は、IgM抗体もIgG抗体も陰性でした。

マルタでは、ユウガイサシチョウバエ(Phlebotomus perniciosus)がリーシュマニアを媒介することが知られています。患者には、リーシュマニアは感染しても数か月間は症状が出ずに、遅れて発症するため、注意をするように伝えられました。しかし、8か月後までにリーシュマニアの臨床症状が出現した患者はいませんでした。

背景

ブニヤウイルス科フレボウイルス属は、ヨーロッパ、アフリカ大陸、中央アジア、アメリカ大陸で発見されており、節足動物によって人に感染します。ヨーロッパの地中海では、トスカーナウイルス(TOSV)、ナポリ型サシチョウバエ熱ウイルス(SFNV)、シチリア型サシチョウバエ熱ウイルス(SFSV)、キプロス型サシチョウバエ熱ウイルス(SFCV)がサシチョウバエによって感染します。TOSVは地中海沿岸の国(アルジェリア、キプロス、フランス、ギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペイン、トルコ)に存在しています。

TOSVは、急性で致死的ではないインフルエンザ様症状を引き起こしますが、無菌性髄膜炎や髄膜脳炎が起こることがあります。SFNVやSFSVとそれらと近い種類のウイルスは、いわゆる“三日熱”または“パパタシ熱”と言われる疾患を起こします。患者は、発熱、眼窩後部の疼痛、筋肉痛、倦怠感といったインフルエンザ様症状を発症しますが、通常は1週間以内に回復します。しかし、これらのウイルス感染が軽症であっても、感染した患者には、日常生活に大きな影響が出ることがわかりました。

夏の旅行シーズンに向けて

TOSVの感染事例は、ほとんどは、イタリア中部とスペインの住民または渡航者で報告されており、ポルトガル、キプロス、フランス南部、ギリシャといった他の地中海地域でも散発的に報告されています。また、無症候感染も報告されています。他のSFVの血清型と異なり、TOSVは特有の神経症状を引き起こすことがあります。通常は7日から10日で回復しますが、髄膜炎や髄膜脳炎を起こすことがあります。TOSVの感染は、特に、夏に発生しますが、これは媒介昆虫のライフサイクルと関係しています。

TOSVは2種類のサシチョウバエから分離されていますが、そのうちの1種類は地中海沿岸の全地域に分布しています。SFNVはイタリア、セルビア、エジプトのサシチョウバエから分離されています。マルタでもサシチョウバエが発生していますが、これまでTOSVの感染例もSFNVの感染例も報告されていませんでした。夏の旅行シーズンの始まりを迎えており、マルタから帰国した発熱患者には、サシチョウバエに媒介されるフレボウイルス感染症を鑑別診断として考慮することは重要です。

出典

Eurosurveillance, Volume17, Issue 27, 05 July 2012

http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=20209