アフリカトリパノソーマ症(睡眠病)について (ファクトシート)

2015年5月 WHO  (原文[英語]へのリンク

要点

  • 睡眠病は、この疾患を媒介するツェツェバエのいるサハラ以南アフリカ36か国で見られる疾患です。
  • ツェツェバエに最も曝される人々、それ故にこの疾患に罹る人々は、地方に住み、農業、漁業、畜産、狩猟で生計を立てている人々です。
  • ヒトアフリカトリパノソーマ症には、原因寄生虫により2つの型があります。Trypanosoma brucei gambiense(T.b.g.)[ガンビアトリパノソーマ]が、睡眠病として報告される患者の98%以上を占めています。
  • 感染制御を続けた努力により新たな患者の発生は減少しています。2009年の報告患者数は50年間で初めて10,000人以下に減少し、2013年の新患者の報告患者数は6,314人でした。
  • この疾患の診断と治療は複雑で、特別に訓練されたスタッフを必要とします。

疾患の定義

ヒトアフリカトリパノソーマ症は、睡眠病としても知られていますが、ベクター由来の寄生虫感染症です。原因寄生虫は、Trypanosoma属に属する原虫です。この原虫はツェツェバエ(Glossina属)の刺咬を介して感染したヒトやヒト病原性寄生虫を保菌する動物からヒトへと伝播します。

ツェツェバエはサハラ以南のアフリカだけに見られ、特定の種だけが疾患を伝播します。これまでに理由はよくわかっていませんが、多くの地域でツェツェバエは見つかっていますが、睡眠病はそれほど多くの地域ではみられません。伝播の起きている地域に住み、農業、漁業、畜産、狩猟で生計を立てている住民が最もツェツェバエに暴露されており、それ故に疾患にも罹患しやすくなっています。この疾患の拡大する範囲は一村から地域全体まで様々です。感染地域内での疾患の拡がり方は村毎に異なります。

ヒトアフリカトリパノソーマ症の型

ヒトアフリカトリパノソーマ症には原因寄生虫により2つの型があります。

  • Trypanosoma brucei gambiense(T.b.g.)[ガンビアトリパノソーマ]は西および中部アフリカの24か国で見られます。この型は、現在、睡眠病として報告される患者の98%以上を占め、慢性の感染症を引き起こします。感染しても数ヶ月又は数年にわたって大きな徴候や症状のでないことがあります。さらにはっきりとした症状が現れたときには、患者は既に中枢神経系への影響が出るほど進行した段階になっていることが多いです。
  • Trypanosoma brucei rhodesiense(T. b. r)ローデシアトリパノソーマ]は東および南部アフリカの13か国で見られます。現在、この型は報告患者の2%未満ですが、急性感染症を引き起こします。最初の徴候や症状は感染後数ヶ月又は数週間でみられます。この型の疾患は急速に進行し、中枢神経系を侵します。ウガンダにのみ、両方の型の疾患がみられます。

他の型のトリパノソーマ症が主にラテンアメリカで発生しています。これはアメリカトリパノソーマ症またはシャーガス病と呼ばれています。原因寄生虫はこの疾患のアフリカ型の原因寄生虫とは異なる種類(亜属)で、異なる媒介生物によって伝播します。

動物トリパノソーマ症

動物に対する病原体となる他の種類又は亜種のTrypanosoma属がおり、野生動物や家畜にトリパノソーマ症を引き起こします。ウシではナガナと呼ばれています。家畜動物のトリパノソーマ症は、特にウシでは、影響を受ける農村地帯の経済発展に対する大きな障害となります。

動物はヒト病原寄生虫、特にT. b.rhodesiense、の宿主となることがあります;つまり家畜や野生動物は重要な寄生虫のリザーバー(保虫宿主)となります。同様に、動物はT. b.gambienseにも感染することがあり、小規模ですがリザーバーの役割を果たします。しかし、gambiense型の動物リザーバーにおける明確な疫学的な役割はまだよくわかっていません。

主なヒトでの流行

アフリカでは前世紀までに、いくつかの流行が起こりました。

  • 1896年から1906年、主にウガンダとコンゴ盆地での流行
  • 1920年のアフリカの多数国での流行
  • 最近では1970年から1990年代後半まで続いた流行

1920年の流行は移動部隊がリスクのある数百万人の人々のスクリーニングを実行したおかげで制御されました。1960年代の中頃までに、患者報告数が大陸全体で5,000人未満となるまでに、疾患は制御されました。この成功によりサーベイランスが緩和された後、1970年までにいくつかの地域で流行状態に達し、この疾患は再興しました。1990年代から21世紀初頭にかけたWHO、各国の感染制御プログラム、相互協力、NGOの取り組みは、カーブを下向きに転換させました。

ヒトアフリカトリマノソーマ症の新患者の報告数は2000年から2012年までに73%減少したことから、WHO NTD Roadmapは2020年までに公衆衛生上の問題としてこの疾患の根絶(排除)を目標に立てました。

疾患の重圧

睡眠病はサハラ以南アフリカ36か国の数百万人の人々への脅威です。流行地域に住む多くの人々は、十分な公衆衛生サービスが整っていない離れた農村地帯に住んでいて、サーベイランスが難しく、そのために患者の診断や治療が困難です。さらに、住民の移動、戦争、貧困が、感染伝播を助長する大きな要因となっています。

  • 1998年には約40,000人の患者が報告されました、しかし、300,000人の患者が診断を受けず、そのため治療も受けていなかったと推定されています。
  • 最近の流行時に、アンゴラ、コンゴ民主共和国、南スーダンのいくつかの村では有病率が50%に達しました。そのような地域社会では、睡眠病は死亡原因の1位か2位で、HIV/AIDSよりも多くなっています。
  • 2009年、感染制御の取り組みを続けた結果、報告された患者数は50年間で初めて10,000人以下(9,878人)に減少しました。患者が減少する傾向は続き、2012年(原文まま掲載)に報告された新たな患者数は6,314人となりました。しかし、実際の推定患者数は20,000人程で、危険に晒されている人は6,500万人と推定されています。

現在の疾患の分布

この疾患の発生率は国によっても、ひとつの国の中の地域によっても異なります。

  • ここ10年では、報告された患者の70%以上はコンゴ民主共和国(DRC)で発生しました。
  • DRCは年に1,000人以上の新たな患者が報告されている唯一の国で、2013年には報告された患者の89%を占めています。
  • チャドと南スーダンは2013年に100人から200人の新たな患者がいたことを発表しました。同様の患者数は中央アフリカ共和国でも予測されています。しかし、政情不安定が通常の患者発見活動を妨げています。
  • アンゴラ、カメルーン、コンゴ共和国、コートジボワール、赤道ギニア、ガボン、ガーナ、ギニア、ケニヤ、マラウイ、ナイジェリア、ウガンダ、タンザニア、ザンビア、ジンバブエは、年に100人未満の新たな患者を報告しています。
  • ベナン、ボツワナ、ブルキナファソ、ブルンジ、エチオピア、ガンビア、ギニア・ビサウ、リベリア、マリ、モザンビーク、ナミビア、ニジェール、ルワンダ、セネガル、シエラレオネ、スワジランド、トーゴからは、10年以上新たな患者の報告はありません。この疾患の伝感染播は止まったと思われますが、政情不安や、または遠隔地へのアクセスの困難がサーベイランスと診断の活動を妨げていて状況を正確に評価することが難しい地域がまだあります。

感染と症状

この疾患は大部分が感染したツェツェバエに刺咬されることで感染しますが、他の方法で睡眠病に罹患する患者もいます。

  • 母子感染:トリパノソーマは胎盤を通過し胎児に感染することがあります。
  • 他の吸血昆虫を介した作用機序でも感染伝播は起こり得ます。しかし、感染伝播の疫学的な影響を評価することは困難です。
  • 汚染した針による針刺し事故で検査中偶発的に感染が起きたことがあります。
  • 性交渉による寄生虫の感染伝播が報告されました。

第一期では、トリパノソーマは皮下組織、血液、リンパ内で増殖します。これは血流リンパ期(haemolymphatic phase)とも呼ばれ、発熱、頭痛、関節痛、かゆみを伴います。

第二期では、原虫が血液脳関門を破り中枢神経系に感染します。これは神経期または髄膜脳炎期として知られています。一般的にこの時期にはより明らかな徴候と症状が現れます:行動変容(異常行動)、混乱、感覚障害、協調性の低下などです。この症状が病名の由来である睡眠サイクルの障害は、この疾患の第二期の有力な特徴です。無症候キャリアの患者も報告されてはいますが、治療しない場合、睡眠病は致死的と考えられています。

疾患管理:診断

疾患管理は3段階で行われます。

  1. 1.感染可能性のスクリーニング。これには血清学的試験(T. b.gambienseにのみ利用可能です)と臨床所見-特に、頚部リンパ節の腫脹-の確認が関係します。
  2. 2.体液中に原虫が存在することを確認、診断します。
  3. 3.疾患の進行段階の決定。これには腰椎穿刺で得られる脳脊髄液の検査が含まれます。

診断は、また複雑でリスクのある困難な治療方法を避けるために神経期への進行の前に、できるだけ早く行われなければなりません。

T. b.gambiense睡眠病の第一期は比較的無症状の期間が長いため、初期段階の患者を発見し、リザーバー(保虫宿主)の患者の状態を解消し感染伝播を減らすために、徹底的かつ積極的なスクリーニングが推奨されます。徹底的なスクリーニングには大規模な人的資源と物的資源の投入が必要です。アフリカでは、特に疾患の多くが見つかる農村地帯では、しばしばそのような資源が不足している状況です。その結果、何人もの患者が診断され治療を受ける前に死亡している可能性があります。

治療

治療法は疾患の段階に依存します。第一期で使用される薬剤は第二期で使用されるものよりも比較的安全で、投薬しやすいものです。同様に、疾患が早期に診断されればされるほど、治癒の可能性は高まります。治療効果の評価には24か月の治療継続を必要とし、腰椎穿刺によって採取される脳脊髄液などの体液を検査で確かめる必要があります。寄生虫は長期間にわたり生き残り、治療を止めた後、数ヶ月を経て再生してくる可能性があります。

第二期での治療の成功は血液脳関門を通って原虫に薬剤が届くことにかかっています。そのような薬剤は毒性が強く、投与が複雑です。5種類の薬剤が睡眠病の治療薬として使用されています。これらの薬剤は製薬会社からWHOに寄付されており、流行地では無料で配布されています。

第一期治療:

第二期治療:

官と民のパートナーシップ(連携)

2000年と2001年にWHOはAventis Pharma(現在のSanofi)とBayer HealthCareとともに官民パートナーシップを設立し、それによりWHO主導での感染制御対策とサーベイランスのプログラム、流行国での感染制御活動への支援の提供や無料での薬剤の提供が可能となりました。

パートナーシップは2006年と2011年に更新されました。睡眠病の患者数を抑制することへの成功は、他の民間パートナーに、公衆衛生上の問題としてこの疾患の排除に向けたWHOの率先した取り組みを引き続き支援することを促進しました。

2013年に、WHOとビル&メリンダ・ゲイツ財団は、この疾患のうちgambiense型の継続的な排除に向けた患者発見とサーベイランスのための革新的な戦略を支援し、実行する同意書に署名しました。

WHOの取り組み

WHOは国の上げての感染制御プログラムの支援と技術的援助を提供しています。

WHOはSanofi(ペンタミジン、メラルソプロール、エフロルニチン)やBayerAG(スラミン、ニフルチモックス)との民間パートナーシップを通じて、流行国へ薬剤を無料で提供しています。

2009年に、WHOは新しい入手可能な診断ツールの開発を促進するために、研究者が利用できる検体試料バンクを設立しました。このバンクには、両タイプの感染患者からの血液、血清、脳脊髄液、唾液、尿の検体と、流行地における未感染の住民からの検体があります。

2014年に、この疾患の排除への力強い絶え間ない努力を確かな者にするために、眠り病(HAT)に対する協力体制ネットワークが、WHOのリーダーシップの下で設立されました。この関係者には、国家的な眠り病感染制御プログラム、眠り病(HAT)に立ち向かう新たなツールを開発するグループ、感染制御に関わる国際機関および非政府組織、試料提供者が含まれます。

WHO計画の目的は以下のとおりです。

出典

WHO Fact sheet N°259
Trypanosomiasis,human African(sleeping sickness)updated May2015
http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs259/en/