(No.29)

スリナムにおける黄熱の流行
2017年3月28日更新

 2017年3月9日、オランダの国立公衆衛生・環境研究所(RIVM)が、世界保健機関(WHO)に対して黄熱患者が1人発生したことを報告しました。患者はオランダ人女性で、本年2月中旬から3月初旬までスリナムへの渡航歴があり、黄熱ワクチンの接種歴はありませんでした。
 オランダ・ロッテルダムにある、エラスムス大学メディカルセンター(Erasmus MC)で3日間の間隔をおいて採取された2つの血清検体において、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法により確認されました。また、黄熱ウイルスの存在は、本年3月9日にErasmus MCで行ったPCR法およびシークエンシングにより、また、ドイツハンブルグにあるベルンハルト・ノホト熱帯医学研究所において異なる検体においてPCR法により確認されました。
 患者は、スリナムにおいて首都パラマリボに宿泊しながら、コメウィーネ(FrederiksdorpやPeperpot)やブロコポンド(Brownsberg)といった地域を含むパラマリボ周辺を訪問していましたが、ブロコポンドで感染した可能性が最も高いと考えられています。
患者は、2月28日に高熱と頭痛で発症し、3月3日にオランダにある大学の医療センター内の集中治療室に肝不全で入院し、現在危篤状態です。
  スリナムは黄熱のリスク国と考えられており、WHOが発表している黄熱リスク国リストによると、黄熱のリスク国から到着した1歳以上の渡航者は入国の際に黄熱予防接種証明書が必要です。また、WHOは月齢9ヶ月以上の渡航者全てにおいて黄熱ワクチンの接種を推奨しています。今回の事象は、スリナムにおいて1972年以来初めてとなる黄熱報告例です。

公衆衛生上の取り組み
今回のオランダにおける、スリナムへの渡航歴のある黄熱感染例の報告がきっかけとなり、さらなる調査が行われています。今回の事象に伴い、スリナムの保健当局は以下のように調査のためのいくつかの措置と同国におけるアウトブレイクの危険性への対応を実行しています。
● 住民の間でのワクチン接種率を高めるための予防接種活動を強化すること。スリナムは国家ワクチン接種プログラムを引き続き遂行しつつ、ブロコポンド地域に焦点を合わせていきます。また、キャッチアップ(標準的な接種時期を逃した人へのワクチン接種法)ワクチン接種キャンペーンが、Brownsweg地域の接種率向上のために行われています。
● 検査施設の許容能力の強化を含め、疫学的サーベイランスや昆虫学的なサーベイランスを強化すること。
● ブロコポンドにおいて、ベクターコントロールを実施すること。
● 流行の疑いのある地域で、死亡したサルの調査を行うこと。
●(例えば貯水槽や樽を覆うなどして)ネッタイシマカの繁殖地を排除するために社会動員を実施すること。
● 住民に注意喚起を行うために報道発表を行うこと。
● Peperpotリゾートだけではなく、Brownswegにおいても、感染の疑われる地域のマッピングを行うこと。

WHOによるリスク評価
 黄熱はウイルスによる急性出血性疾患で、免疫を有しない集団においては急激な拡大と公衆衛生上の重大なインパクトを生じる疾患です。感染防御にはワクチン接種が最も重要な手段となっています。 スリナムは流行地域において黄熱の感染伝播が起こるリスクのある国です。スリナムに渡航しようとする9ヶ月以上の年齢のすべての旅行者は渡航前に黄熱の予防接種をうけることが推奨されます。スリナムでは同国を訪問する1歳以上の渡航者にはすべて黄熱ワクチン接種証明を要求しています。
 2014年、スリナムでは、1歳になる全ての小児を対象とした定期予防接種プログラムに黄熱ワクチンが導入されました。同国における予防接種率は86%と見積もられていますが、これは1歳の小児のみから算出されたものです。流行地域に住む未接種の住民は、黄熱感染の危険性が高いと言えます。
 渡航に関連した今回の黄熱感染者発生の報告は、同国において地域内感染が起きていることを考慮すべきであることの証左となっています。獣疫分野においても、さらなる調査が必要です。 以上に加え、スリナムはブラジルと国境を接していますが、そのブラジルでは2017年1月以来、黄熱のアウトブレイクが継続しています。(このブラジルのアウトブレイクはアメリカ大陸における過去30年間での最大のものです)
 その他の国の様々なケースとの関連や比較は現在も調査中ですが、今回の事象はブラジルにおけるアウトブレイクとは関連がないようです。
 現在南米では、ヒト以外の霊長類およびヒトにおいて周期的な感染者数の増加を認めるため、南米の侵淫地域から帰還したワクチン未接種の渡航者における感染者数の増加は予測されないわけではありません。ワクチン未接種者がスリナムから帰国後に媒介蚊の生息する国で黄熱を拡大させる可能性は低いと思われますが、除外はできません。
 現在、南米の5カ国(ブラジル、ボリビア、ペルー、コロンビア、エクアドル)で黄熱感染の活性化が報告されています。多国家間にまたがる黄熱感染の活性化は、野生動物の間で黄熱ウイルスの感染力が上昇しヒトにも流出してきているという、現在の広範囲におよぶ生態系の変化を反映している可能性があります。現在、ブラジル、ボリビア、コロンビア、ペルー、エクアドル、スリナムで流行しているウイルス株のシークエンシング分析を行うことで、これらの国におけるヒト感染例の発生が、疫学的に関連性があるのか、あるいは、コミュニティレベルの感染が継続し拡大することなしに多発的に独立して野生動物から感染が流出してきているのか、いずれかの洞察を得ることができるはずです。

WHOからのアドバイス
ブラジルにおいて黄熱感染の危険性がある地域への渡航を計画している渡航者に対するアドバイスとして以下のものが挙げられます。
● 渡航の最低10日前に黄熱ワクチンの接種を受けること。黄熱ワクチンの単回投与により、持続的な免疫と生涯にわたる黄熱に対する防御を獲得することが十分可能であり、ブースター投与は必要ありません。
● 黄熱ワクチン接種が禁忌となる渡航者(9ヶ月以下の小児、妊婦あるいは母乳栄養を行っている母親、卵抗原に対する重篤な過敏症や重篤な免疫不全症のある人々)や60歳以上の渡航者は、医療専門家に相談しリスク便益分析に基づいたアドバイスを求めるべきです。
● 蚊刺を避けるための手順を遵守すること。
● 黄熱の症状と徴候に注意すること。
● 黄熱感染の危険性のある地域、特に感染の地域内サイクルの確立が起こり得る国(例えば媒介蚊が存在する国)、への渡航中や帰還時において、医療機関への受診行動を促すこと。
● 黄熱感染の危険性のある地域へ渡航中および帰還時に、黄熱の症状や徴候を認めた場合は、受診すること。

本症例報告は、数十年にわたり報告がなくても黄熱感染の危険性がある国々への渡航者に対する黄熱ワクチン接種の重要性を例証しています。

以上より、WHOは加盟国に対して、ある国々への渡航者に対する黄熱ワクチン接種の要求を満たし、黄熱感染の危険性のある国あるいは地域への全ての渡航者への推奨を受け入れるよう強く促しています(以下の関連リンク参照)。
http://www.who.int/ith/ith_country_list.pdf?ua=1&ua=1

ウイルスを保持したまま帰還した渡航者により、特に媒介蚊が存在する地域において、黄熱感染の地域内サイクル確立の危険性がもたらされます。もし、ワクチン接種を受けられない医学的理由がある場合は、そのことを関係当局から証明を受けなければなりません。 WHOは、今回の事象に関して利用可能な情報に基づきますと、スリナムに対する渡航や貿易のいかなる制限をも推奨しません。

【出典】
Emergencies preparedness, response
Yellow fever – Suriname
Disease outbreak news 28 March 2017
http://www.who.int/csr/don/28-march-2017-yellow-fever-suriname/en/