コレラ - レバノン共和国

Disease outbreak news  2022年10月19日

発生状況一覧

レバノン共和国(以下、「レバノン」という。)の公衆衛生省は2022年10月6日、同国北部から検査確定したコレラ患者2例の発生をWHOに通知しました。10月13日現在、合計18人の患者が確認され、うち2人が死亡したと思われます(CFR 11.1%)。これは、1993年以降、レバノンで初めて発生したコレラの集団感染となります。今回のコレラ発生への対応は、すでに脆弱なレバノンの保健システムを逼迫する可能性があります。

発生の概要

2022年10月6日、レバノン公衆衛生省は、レバノン北部の北レバノン(North)県およびアッカール(Akkar)県から報告された細菌培養検査で確認されたコレラ患者2名をWHOに通知しました。指標となる患者は、北レバノン県ミニエ・ダニーエ(Minieh-Danniyeh)地区の非公式居住地に住む51歳のシリア人男性で、2022年10月5日にレバノン公衆衛生省に報告されました。この患者は、10月1日に米のとぎ汁様便と脱水症状で入院しました。医療関連感染の可能性を受けて、2例目として47歳の医療従事者が報告され、このアウトブレイクにおける最初の院内感染となりました。
 
最初の2症例が確認された直後、指標となる症例が住んでいた非公式居住集落で積極的な症例発見が行われ、細菌培養検査によってさらに10症例が確認されました。さらに、飲料水源、灌漑、および下水からコレラ菌が検出されました。これらの培養陽性検体は10月9日に確認されました。
 
アッカール県の県庁所在地であるハルバ(Halba)では、さらに2人のレバノン人患者が培養検査で確認されました。10月10日には、バールベック( Baalbek)地区のアルサール(Aarsal)の非公式居住地に住むシリア人の間で、さらに4人の感染者が培養検査で確認されました。
 
10月13日現在、合計18人の感染者が確認されています。最も感染者が多い年齢層は5歳未満の子どもで全体の44.4%(8例)、次いで45~64歳(22.2%、4例)、25~44歳(16.7%、3例)、5~15歳(16.7%、3例)です。今回の感染では、女性がより影響を受けており、全体の72%にあたる13例が女性です。全症例のうち、11例(61.1%)がミニエ・ダニーエ地区から、4例(22.2%)がバールベック地区から、3例(16.7%)がA アッカール地区から報告されています(図1)。
 
また、ベイルート(Beirut)のAin Mraisseh、レバノン山のGhadir駅とBourj Hammoudで行われた下水検査では、3つの水源すべてでコレラ菌の存在が確認され、指標例から地理的に離れた2地域(ベイルート地域とレバノン山)に広がっていることが示されました。

図1. 2022年10月18日現在、レバノンの地区別コレラ確定症例分布図(18例)
 
これは、1993年に最後の患者が報告されて以来、レバノンで初めて発生したコレラで、それ以来、地域的な感染は記録されていません。
 
現段階では、患者の検査所での確認は、細菌培養とMALDI-TOF分析によって行われており、これはWHOとの共同センターであるベイルート・アメリカン大学の実験病理学、免疫学、微生物学教室で実施されているものです。

コレラの疫学

コレラは、汚染された水や食品に含まれるビブリオコレラ菌を摂取することで発症する急性の腸管感染症です。コレラの感染は、清潔な水へのアクセス不足や衛生設備の不備と密接に関係しており、また、汚染された食品の摂取と関連する場合もあります。 ビブリオコレラ菌は、曝露の頻度、曝露された人々、環境に応じて、急速に広がる可能性があります。コレラは子供と大人の両方に感染し、治療を受けていない場合は死に至ることもあります。
 
潜伏期間は、汚染された食物または水の摂取後12時間から5日間です。コレラの潜伏期間は短いため、集団の感染が急速に進むことがあります。
 
コレラ菌に感染しても、ほとんどの人は何の症状も現れませんが、感染後1~10日間は糞便中に菌が存在し、再び環境中に排出されて他の人を感染させる可能性があります。症状が出た人のうち、大多数は軽度または中等度の症状ですが、中には重度の脱水を伴う急性水様性下痢症を発症し、放置すると数時間で死に至る可能性があります。
 
コレラは簡単に治療できる病気です。経口補水液(ORS)を速やかに投与することで、ほとんどの人が治療可能です。
 
水と衛生設備の崩壊や、清潔な水と衛生設備へのアクセスが不十分な過密なキャンプへの難民の移住など、人道的危機の結果、一度コレラ菌の感染が発生すると、コレラ感染のリスクが高まる可能性があります。
 
コレラの発生を抑え、死者を減らすには、監視、水、衛生設備、社会動員、治療、経口コレラワクチンの組み合わせなど、多部門にわたるアプローチが必要不可欠です。

公衆衛生上の取り組み

公衆衛生省は、エネルギー・水資源省、WHO、ユニセフ、赤十字国際委員会(ICRC)などのマルチセクターパートナーとの調整メカニズムを確立しています。
 
実施された対応策は以下の通りです。
 
1.水質監視(遊離残留塩素)を含む、リスクの高いキャンプ地、非公式居住地、高い確率で発生が疑われる地域での積極的な監視と症例発見の強化。
2.10月10日と11日に監視ユニットの中央と周辺チームのトレーナーのトレーニングが行われ、その後10月19日から25日に中央と周辺レベルの地元の登録医師、病院、医療センター、公衆衛生センター(PHC)のトレーニングが行われる予定です。
3.サーベイランスプロトコルの更新。
4.9つの政府系病院をコレラ治療センターとして指定。
5.WHOとユニセフと協力し、すべての医療パートナーとの合意のもと、以下を含むコレラ対策と対応計画の策定(ただし、これらに限定されるものではありません)。
・症例早期発見のための能力向上と、アッカールでの多部門にわたる統合的な現地ミッションの支援によるWASH対応との適切な連結の確保。
・病院、保健所、医療従事者に対し、感染の疑いがある場合は公衆衛生省に報告する必要があるという通達の発出。
・バイオライン迅速診断テスト1000個の配布。
・400人の患者を治療するのに必要な医薬品の初期在庫を確保。
・公衆衛生省は、ワクチン供給に関する国際調整グループ(ICG)に対して、40万人の難民と受け入れ地域に対する経口コレラワクチン(OCV)の要請を検討しており、刑務所への接種の可能性もあります。
・レバノンのさまざまな地域で迅速かつ分散化された症例把握を可能にするため、第一段階として、8つの病院の検査室で水質検査室の機能性が評価されているところです。
・非公式居住地に住む脆弱なグループを対象に、清潔な水の供給、水質の監視、適切な衛生設備へのアクセスを調整するために、危機管理室が設立されました。
・医師会、看護師会、レバノン細菌病学会に連絡し、医療従事者向けに、特に医療機関内での症例管理や感染予防・管理の方法に関する研修コースを開発しました。
・安全な水と衛生設備を提供するために、関連省庁(特にエネルギー・水、内務、自治体、環境)との連携がすすめられています。

WHOのリスク評価

レバノンの医療システムは、3年にわたる財政危機と、2020年8月にベイルート港で起きた爆発事故により、首都の重要な医療インフラが破壊され、大きな打撃を受けています。このような状況の中、コレラの発生に対応することは、すでに脆弱な同国の医療システムを逼迫する可能性があります。
 
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、レバノンは人口比および面積比で世界最大規模の難民を受け入れており、150万人のシリア難民と約13,715人の他国籍の難民がいます。さらに、パレスチナ難民の人口も多く、ベッカー(Beqaa)、タラーブルス(Trablos, トリポリ)、ベイルート、サイダ(Saida)、スール(Sour)などのさまざまなキャンプでWASH(水と衛生)へのアクセスも不十分かつ安全ではないために彼らは特に危険にさらされています。また、おそらく医療サービスも限定的にしか提供されていないものと考えられています。
 
レバノンと近隣諸国との間の国境は自由に往来できてしまう場所が存在するがため、コレラの症例が流出する可能性が非常に高いです。
 
レバノンで現在発生しているコレラは、隣国シリアでコレラの発生が宣言された6週間後に報告されました。2022年9月15日、WHOはシリアでのコレラ発生のリスクを評価し、レバノンでは飲料水の不足と脆弱で限られた保健システムにより、万が一コレラが国内に持ち込まれた場合には、コレラ発生のリスクがあると予測しました。
 
レバノンでは、停電、水不足、インフレにより、ただでさえ脆弱な医療制度に負担がかかっています。また、多くのレバノン人の貧困も悪化しており、多くの家庭で、家庭用水専用の貯水タンクを購入することができず、頻繁に水の配給が行われています。
 
レバノンで最後にコレラが発生したのは1993年で、コレラの監視と症例管理のガイドラインを更新し、医療従事者を再教育することが必要となります。

WHOからのアドバイス

WHOは、コレラを制御する最も効果的な手段として、コレラ患者の適切かつタイムリーな症例管理、医療施設における感染・予防・制御の改善、安全な飲料水と衛生施設へのアクセスの改善、被災したコミュニティにおける衛生習慣と食品の安全性の改善を推奨しています。
 
経口コレラワクチンは、コレラの発生を制御するために、またコレラのリスクが高い対象地域での予防のために、水と衛生の改善と合わせて使用されるべきです。また公衆衛生に関する大切な通知も住民に提供する必要があります。
 
レバノンの他の県や地域における患者の早期発見・確認・対応のためのサーベイランスを、特に地区レベルで強化し、地域ベースのサーベイランスを拡大する必要があります。
 
WHOは、現在入手可能な情報に基づき、レバノンへの、またはレバノンからの海外渡航や貿易を制限することを推奨していません。

出典

Cholera – Lebanon
Disease Outbreak News 19 October 2022
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2022-DON416