中東呼吸器症候群(MERS-CoV)ーサウジアラビア王国

Disease outbreak news  2022年4月7日

概要

今回の報告は、サウジアラビア王国からWHOに報告された中東呼吸器症候群(以下「MERS-CoV」という。)感染症に関する半年に1度の最新情報です。2021年8月1日から2022年2月28日の間に、サウジアラビア王国から、4人の関連死者を含む6人のMERS-CoV感染症例がWHOに追加報告されました。これらの症例は、リヤド(Riyadh)(4例)、東部州(Eastern)(1例)、ターイフ(Taif)(1例)の地域から報告されました。現在の状況と入手可能な情報に基づき、WHOはすべての加盟国がMERS-CoVを含む急性呼吸器感染症のサーベイランスを強化し、通常とは異なる状況の発生を慎重に確認することの重要性を再度強調しています。

症例の解説

2021年8月17日に発表されたサウジアラビア王国のMERS-CoVに関する前回のDisease Outbreak News以降、サウジアラビア王国の国際保健規則(IHR)に基づく担当は、4人の関連死を含む6人の追加感染者を報告しています。これらの報告された症例の地理的分布を図1に示します。
図1. 2021年8月1日から2022年2月28日までのMERS-CoV感染者の地域別分布(サウジアラビア)(n=6)
 
報告された6件の詳細については、下記リンク先をご覧ください。
MERS-CoV cases reported from 1 August 2021 through 28 February 2022

2012年9月から2022年2月28日までの間に、国際保健規(IHR2005)に基づき、891人の関連死を含む合計2,585人の患者(症例致死率:35%)がWHOに報告されました(図2)。これらの症例の大半はアラビア半島の国々で発生しており、この地域以外では2015年5月に1件の大規模なアウトブレイクが発生し、186人の検査確定症例(185人が韓国、1人が中国)と38人の死亡が報告されました。

図2:2012年から2021年までのサウジアラビア王国におけるMERS-CoVによる症例と死亡の分布[1]。
[1] 2022年1月1日から2月28日の間にMERS-CoVの感染者は報告されていませんが、2022年1月に1名の死亡が報告されています。
 
中東呼吸器症候群(MERS)は、中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)と呼ばれるコロナウイルスによって引き起こされるウイルス性呼吸器疾患です。MERS-CoVに感染すると重症化し、死亡率が高くなることがあります。MERS患者の約35%が死亡していますが、これは本来の死亡率に対して過大に評価されている可能性があります。なぜなら、MERS-CoVの軽症例が既存の監視システムで見過ごされている可能性があり、この病気についてさらに解明が進むまでは、症例致死率は検査で確定された症例のみをカウントしているからです。
 
MERS-CoVの自然宿主であり人獣共通感染源であるヒトコブラクダに直接または間接的に接触することでヒトがMERS-CoVに感染します。MERS-CoVは、ヒトーヒト間でも感染能力があることが確認されています。現在までに確認されている非持続的なヒトからヒトへの感染は、濃厚接触があった場合や医療現場で起こっています。医療環境以外でのヒトからヒトへの感染は限定的です。
 
MERS-CoV感染症は、症状のないもの(無症状)や軽度の呼吸器症状から、重症の急性呼吸器疾患や死亡に至るまで様々です。MERS-CoV感染症の典型的な症状は、発熱、咳、息切れです。肺炎はよく見られる所見ですが、常に見られるわけではありません。また、下痢を含む消化器症状も報告されています。重症化すると呼吸不全を引き起こし、集中治療室での人工呼吸やサポートが必要になることもあります。このウイルスは、高齢者、免疫力の低下した人、腎臓病、癌、慢性肺疾患、糖尿病などの慢性疾患を持つ人に、より深刻な症状を引き起こすと考えられています。
 
現在、ワクチンや特異的な治療法はありませんが、いくつかのMERS-CoV特異的なワクチンや治療法が開発途上です。治療は支持的なもので、患者の臨床状態に基づいて行われます。

公衆衛生上の取り組み

6例すべてについて家庭内での接触者のフォローアップが行われ、二次感染者は確認されませんでした。
農業省が連絡をうけ、ラクダの調査を実施しました。陽性と確認されたラクダは隔離措置がとられました。

WHOによるリスク評価

今回の6例の報告によって、全体的なリスク評価が変わることはありません。WHOは、MERS-CoVがヒトコブラクダの間で感染している中東やその他の国から、さらなる感染者が報告されることを予測しています。また、今後も、ヒトコブラクダやその製品(例えば、ラクダの生乳の摂取など)との接触や医療現場でウイルスに曝露された個人が、他国へ感染症を輸出することが予想されるため、このような事態が発生する可能性を予測しています。WHOは引き続き疫学的状況を監視し、利用可能な最新の情報に基づきリスク評価を実施しています。
 
WHOに報告されたMERS-CoV患者数は、現在進行中の新型コロナウイルス感染症のパンデミック以来、大幅に減少しています(図2)。これは、新型コロナウイルス感染症の疫学的監視活動が優先された結果、MERS-CoV症例の検査と検出が減少したためと考えられます。サウジアラビア王国保健省は、現在進行中の新型コロナウイルス感染症流行中においても、MERS-CoVをより良く検出するために検査能力を向上させる努力を続けています。

WHOからのアドバイス

サーベイランス :
現在の状況と入手可能な情報に基づき、WHOはすべての加盟国がMERS-CoVを含む急性呼吸器感染症のサーベイランスを強化し、通常とは異なるパターンを慎重に確認することの重要性を再度強調しています。

医療現場での感染予防と管理 :
医療現場におけるMERS-CoVのヒトからヒトへの感染は、MERS-CoV感染の初期症状の認識の遅れ、疑い例に対するトリアージの遅れ、感染の予防・管理(以下「IPC」という。)対策の実施の遅れと関連しています。したがって、IPC対策は、特に医療施設において、ヒトーヒト間で起こりうるMERS-CoVの拡散を防ぐために非常に重要です。 
医療従事者は、医療現場でのすべての患者に対するあらゆるやり取りにおいて、常に以下のような標準予防策を一貫して適用する必要があります。
・急性呼吸器感染症の症状がある患者をケアする際には、標準予防策に加え、飛沫予防策を追加する必要があります。
・MERS-CoV感染の可能性が高い、または確定患者をケアする際には、接触予防策と目の保護具を追加する必要があります。
・エアロゾルの発生する処置を行う場合、またはそのような環境下では、空気感染予防策を適用する必要があります。

症例管理 :
患者の早期発見、症例管理、隔離、接触者の隔離に加え、医療現場での適切な感染予防対策と公衆衛生意識を高めることで、MERS-CoVのヒトからヒトへの感染を予防することができます。 
MERS-CoVは、糖尿病、腎不全、慢性肺疾患、免疫不全者などの基礎疾患を持つ人に、より深刻な症状を引き起こすと考えられています。したがって、これらの基礎疾患を持つ人は、ウイルスが潜在的に循環している可能性のある農場・市場・納屋などを訪れる際には、動物、特にヒトコブラクダとの密接な接触を避ける必要があります。MERS患者の支持療法は,特に重症化する危険性のある患者に対して,適時,効果的かつ安全に行う必要があります。

地域社会での感染予防と管理 :
動物に触れる前後の定期的な手洗い、病気の動物との接触を避けるなど、一般的な衛生対策を遵守すること。食品衛生を遵守すること。ラクダの生乳やラクダの尿を飲んだり、適切に調理されていない肉を食べたりすることは避けるべきです。

国際的な旅行や貿易:
・今回報告された6例はすべて現地での感染例です。しかし、WHOは、MERS-CoV感染がヒトコブラクダに起きている国から、感染したヒトコブラクダまたはヒトコブラクダ由来製品に触れた後に(例えば、ラクダに接触した後に)感染した旅行者によって、または感染したヒトに(例えば、医療現場で)接触して感染した旅行者によって、さらに感染症が他の国へ輸出されると予想しています。
・WHOは、今回の報告に関連して、入国地での特定のMERS-CoVスクリーニングを助言していません。また、現在のところ、いかなる渡航や貿易の制限の適用も推奨していません。

出典

Middle East respiratory syndrome coronavirus (MERS-CoV) – Saudi Arabia
Disease Outbreak News 7 April 2022
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/middle-east-respiratory-syndrome-coronavirus-(mers-cov)-saudi-arabia-2022