ニパウイルス感染症-バングラデシュ人民共和国

Disease outbreak news 2024年2月27日

発生の概要

バングラデシュ人民共和国(以下、「バングラデシュ」という。)ではニパウイルス感染症の発生は季節的なものであり、例年、ナツメヤシの樹液の収穫と消費のある12月から4月にかけて患者が発生しています。2024年1月1日から2月9日までに、バングラデシュのダッカ(Dhaka)管区で、ニパウイルス感染症の検査確定例2例を報告されており、2例とも死亡しています。WHOは、本疾患の重症度、治療の限界および、コウモリと人獣共通感染症である本疾患の宿主が生息地を共有していること、ニパウイルス感染を予防する認可されたワクチンがないことなどから、国レベルでの全体的なリスクは中程度であると評価しています。

発生の詳細

2024年1月30日と2月7日、国際保健規則(IHR2005)に基づくバングラデシュにおける連絡窓口(NFP)は、疫学的に関連性の認められない2件のニパウイルス感染例をWHOに通知しました。

2024年1月21日―最初の症例
最初の患者はダッカ管区マニクガンジ(Manikganj)地区の38歳男性です。この患者は2024年1月11日に発熱し、呼吸困難、不穏、不眠症を呈し、1月16日に地元の病院に入院しました。1月18日にダッカ市内の病院の集中治療室に移され、症状悪化のため挿管の処置がとられました。

1月21日に血液と咽頭の検体を採取し、咽頭検体から逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)でニパウイルス RNA、血清からは酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)により抗ニパウイルス免疫グロブリンM(IgM)がそれぞれ陽性と判定されました。1月27日、患者はダッカ市内の別の病院に転院しましたが、1月28日に死亡しています。

患者は2023年12月31日に生のナツメヤシの樹液を摂取したとされています。2024年1月30日の時点で、家族から11人、地域住民から20人、さらに、病院の医療従事者から60人、合計91人の接触者が確認されました。いずれの接触者もPCR法およびELISA法による抗ニパウイルス IgM検査でニパウイルス陽性とはなりませんでした。

2024年1月31日―2例目の症例

2人目の患者は、ダッカ管区シャリアットプル(Shariatpur)地区の3歳の女児です。2024年1月30日、発熱、意識変容、痙攣が2日間続き、医療機関を受診しました。脳炎とショックと診断され、同日ダッカ市内の別の病院の隔離病棟に移されています。1月30日と31日に血液と咽頭検体を採取し、咽頭検体からRT-PCR法でニパウイルス RNA、血清検体からELISA法で抗ニパウイルス IgMの検出によりニパウイルス感染が検査室で確認され、同日死亡しています。

この患者は新鮮な生のナツメヤシの樹液を定期的に摂取した既往がありました。2024年2月7日現在、家族3人、地域住民21人、異なる病院の医療従事者46人を含む67人の接触者が確認されています。特定された接触者全員が、PCR法によるニパウイルス検査またはELISA法による抗ニパウイルス IgM検査を受け、陰性が確認されました。

2001年に最初の症例が報告されて以来、ヒトへの感染はほぼ毎年報告されており、症例致死率は2009年の25%から2005年の92%の間で変動しています(図1)。主に同国の中部および北西部で患者の集団発生が報告されています。


図1.バングラデシュにおけるニパウイルス症例報告数と死亡者数(2001年1月1日=2024年2月9日)出典:バングラデシュ保健家族福祉省

ニパウイルス感染症の疫学

ニパウイルス感染症は、コウモリが媒介する人獣共通感染症であり、感染動物(コウモリやブタなど)や感染動物の唾液、尿、排泄物で汚染された食品を介してヒトに伝播します。また、感染者との濃厚接触を通じてヒトからヒトに直接感染する可能性もあります(一般的ではありません)。ニパウイルスの自然宿主はオオコウモリ(Pteropus種)です。
 
潜伏期間は4~14日とされています。しかし、最大45日間の潜伏期間が報告されています。ニパウイルス感染の臨床病歴を持つ患者の検査診断は、急性期および回復期に、いくつかの検査を組み合わせて行うことで可能です。主に用いられる検査は、体液からのRT-PCR法とELISA法による抗体検出です。
 
ヒトにおけるニパウイルス感染は、急性呼吸器感染症や致死的な脳炎など、さまざまな臨床症状を引き起こします。ニパウイルス感染に関する詳しい情報はこちらをご覧ください。
 
バングラデシュ、インド、マレーシア、シンガポールで発生した集団感染における症例致死率は、早期発見と臨床管理に関する現地の能力にもよりますが、通常40%から100%の範囲となっています。抗ウイルス薬は開発中であるものの、ニパウイルス感染症の予防や治療に使用できる認可されたワクチンや治療薬はありません。

公衆衛生上の取り組み

バングラデシュ政府とWHOにより、以下の公衆衛生対策が実施されています。
 
・流行地区でのポスターやリーフレットの配布を含め、印刷物や電子メディアを通じた全国的な啓発・健康教育活動が継続中です。
・政府高官、医師、伝道師、農民を巻き込んだリスクコミュニケーション活動も進行中です。1月31日現在、Rajshahi、Jashore、Madaripur、Rajbariの4地区で完了しています。
・WHOは、サーベイランス、感染予防・管理(IPC)、リスクコミュニケーション、迅速な診断、感染者の管理を強化するため、関係機関と協力しています。
・ワンヘルスパートナー(畜産局、バングラデシュ畜産研究所:Bangladesh Livestock Research Institute、森林局、バングラデシュ国際下痢症研究センター(icddr,b))は、注意深く問題に関与しています。また、健康教育メッセージが印刷されたリーフレットが作成されました。

WHOによるリスク評価

WHOは、以下の理由から、国レベルでの全体的なリスクは中程度であると評価しています。

・ニパウイルス感染による致死率は高いものの、ニパウイルス感染の初期症状や徴候は非特異的であり、受診時には診断が疑われないことが多いです。このことは正確な診断の妨げとなり、アウトブレイクの発見、効果的で迅速な感染対策、アウトブレイクへの対応活動において課題となります。
・WHOはニパウイルスをWHO研究開発計画の優先疾患としていますが、現在、ニパウイルス感染症に有効な特効薬やワクチンはありません。 重症の呼吸器系および神経系合併症の治療には、集中的な支持療法が推奨されています。
・食品の安全性と健康へのリスクに対処するため、リスクコミュニケーションと地域社会への働きかけが続けられているにもかかわらず、地域社会では生のナツメヤシの樹液が消費され続けています。
・このようなリスク評価ではあるものの、2006年以来実施されている病院ベースの体系的なヒトニパウイルス感染サーベイランスシステムの運用、中央レベルの国家緊急対応チーム(NRRT)および地区レベルの緊急対応チーム(RRT)を活用し、アウトブレイクを検出し制御するための強力な公衆衛生対策などが実施されています。

WHOは、地域レベルのリスクは中程度であると評価しています。バングラデシュはインドやミャンマーと国境を接していますが、現在感染症が発生している地区は他国と国境を接していません。過去に国境を越えて感染した例は記録がありませんが、ウイルスの自然宿主(オオコウモリ)の生態学的生息地は国境を越えており、バングラデシュとインドの両国で以前に家畜やヒトの間で症例が発生したことを考えると、このリスクは残ります。しかし、インドには過去に発生したニパウイルス感染を制圧した経験もあります。

WHOは、バングラデシュ、インド、マレーシア、シンガポール以外では過去に感染例が確認されていないことから、世界レベルでのリスクは低いと評価しています。

WHOからのアドバイス

ニパウイルス感染症に対して利用可能なワクチンや認可された治療法がない現在、感染を軽減または予防する鍵は、早期発見の監視と接触者の追跡を強化して、危険因子に対する人々の意識を高め、ニパウイルスへの曝露を減らすための対策を講じるよう支援することです。症例管理は、適時の支持療法の提供に重点を置き、優れた検査システムによって補助される必要があります。患重度の呼吸器および神経学的合併症の治療には、集中的な支持療法が推奨されます。

公衆衛生に関する教育メッセージは次のことに焦点を当てるべきです。

コウモリからヒトへの感染リスクを軽減する
感染を予防するためには、まずコウモリがナツメヤシの樹液やその他の新鮮な食品に接触する機会を減らすことに重点を置くべきです。採取したばかりのナツメヤシの果汁は煮沸し、果物はよく洗って皮をむいてから消費してください。コウモリに咬まれた跡のある果物は廃棄する必要があります。コウモリのねぐらとして知られている場所は避けるべきです。

動物からヒトへの感染リスクの軽減
家畜における自然感染は、飼育豚、馬、飼い猫および野良猫で報告されています。病気の動物やその組織を扱うとき、また屠殺や殺処分の手順中には、手袋やその他の保護服を着用する必要があります。人々は感染した豚との接触を可能な限り避ける必要があります。流行地域では、新たに養豚場を設立する場合、その地域にオオコウモリが存在することを考慮する必要があり、一般に、可能な場合は豚の飼料と豚小屋をコウモリから保護する必要があります。

ヒトからヒトへの感染リスクの軽減
ニパウイルス感染症患者との無防備な身体的な接触は避けるべきです。病気にかかった人を看護したり訪問したりした後は、定期的な手洗いを行う必要があります。

医療現場における感染の管理
感染が疑われる、あるいは確認された患者をケアする医療従事者、あるいはその検体を扱う医療従事者は、常に標準的な感染予防策の実施が推奨されます。特に医療現場ではヒトからヒトへの感染が報告されているため、標準予防策に加えて接触予防策および飛沫予防策を用いるべきです。状況によっては空気感染予防策が必要になることもあります。  ニパウイルス感染が疑われる人や動物から採取した検体は、適切な設備を備えた検査機関で働いている訓練を受けたスタッフが取り扱うべきです。 

WHOは、現在の入手可能な情報に基づいて、バングラデシュへの旅行または貿易制限を適用しないよう勧告しています。

出典

Nipah Virus Infection – Bangladesh
Disease Outbreak News 27 February 2024
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2024-DON508