ペスト:地域別罹患率・死亡率の検討-2004年~2009年

CDC Travelers' Health, Outbreak Notice2010年2月18日

はじめに

ペストは、しばしば、再び現れることのなさそうな、過去あるいは古代に問題となった病気としてみなされます。しかし、世界中で続いているアウトブレイクは、しぶとく存在していることの証拠です。ペストは、野生の齧歯類が感染している広大な地域が存在しており、特に、アフリカ、アジア、アメリカでは地域特有に存在するので、その脅威が継続しています。ペストは、主に農村部の病気ですが、マダガスカルとタンザニアでは、都市部の住民でアウトブレイクが起こりました。ペストが地域特有に存在している国では、ペストが持つ伝染性と、その臨床経過が急速であること、そして治療しなければ死亡率が高いことから、ペストは重要な関心事です。

改正前の国際保健規則では、加盟国はWHOに、人のペストの全数報告を求められていました。しかし、2007 年6月に改正規則が発効し、この要求は変更されました。改正規則では、ペストが存在していると知られていなかった地域でのペストの発生のように、国際的な公衆衛生上の脅威となりうる、いかなる事象でもWHOに通知するように求めています。しかし、ペストの発生に関する一定のデータは、国の保健部門を通じて入手することができます。WHOに報告された人のペスト患者数は、概して、実際の患者数よりも低かったです。過少報告となる理由には、臨床症状がしばしば非特異的で診断がなされていないことや、検査による確定診断の方法がしばしば不足していることがあります。さらに、多くの国では、人での発生例がなかったので、ペストのサーベイランス体制を廃止しました。このことは、ペスト菌がもはや流行していないという誤った印象を与えるかもしれません。しかし、アルジェリア、リビア、ペルーでは、数十年の静寂の後に数回のアウトブレイクが勃発しました。

迅速診断テストの開発と商品化は、アフリカでのより良い患者管理とサーベイランスに貢献しました。これらのテストの有用性の改善と、より広範囲な使用は、他の大陸でも同様の影響を与えると期待されています。さらに、WHOは、地域ごとに異なるペストの生態環境、人の感染における危険因子、保健制度の能力を考慮して、ペストが特有に存在する地域ごとに、特別のガイドラインを製作してきました。このガイドラインは、サーベイランスとコントロール活動の強化を目指しています。症例定義は、2006年にマダガスカルで開催されたペストの国際会議で改正されました。

この検討は、WHOによって集められた、人のペストのデータ分析に基づいています。この分析では、2004年から2009年までを扱っており、国や地域におけるペストの罹患率と死亡率の傾向と同様に、世界的な傾向を強調します。これは、2004年に発表された、以前の分析の追跡調査です。

方法

この分析は、WHOの情報や、保健省からの報告、発表された研究、会議の議事録など、複数の出典から得られた情報の系統的検討に基づきます。抽出されたデータには、ペストの発生数、死亡数、検査、予防とコントロールのための活動についての情報が含まれました。データの図表化と記述分析は、ペストの傾向や分布の様式と同様、世界・地域・国での罹患率や死亡率の規模を測定するために実施されました。

結果

データは、2004年から2009年までの間、アフリカ、アジア、アメリカの16ヶ国から、843人の死亡者を含む、合計12,503人のペスト患者が報告されたことを示しています。世界全体での死亡率は6.7%でした。全体的に見ると、2004年から2009年までの間、ペスト患者が毎年報告されているのは、4ヶ国(コンゴ民主共和国、マダガスカル、ペルー、アメリカ)でした。アフリカが最も強い影響を受けており、8ヶ国で、814人の死亡者を含む 12,209人の患者が報告されましたが、これは、全世界の患者数の97.6%、全世界の死亡者数の96.6%を占めています。患者数と死亡者数では、アフリカに次いで、アジアに多く、4ヶ国で149人の患者が報告され、そのうち死亡者は23人でした。アメリカでは、2ヶ国で145人の患者が報告され、そのうち死亡者は6人でした。

アフリカ

アフリカでは、2005年にペストの発生が増加し、その後、2009年に低下しました。アフリカは、年平均で 2,034人の患者発生があり、世界で最も高い発生率でした。コンゴ民主共和国とマダガスカルの2ヶ国は、最も深刻な影響を受けており、両国で、アフリカの患者数の92.3%を占めました。さらに、この2ヶ国が、アフリカで観察された発生の増加の大部分を占めていました。しかし、両国は2009年に年間発生数の相当な減少を記録し、その結果、アフリカでその年に観察された患者数の減少に寄与しました。6.3%という累計死亡率は、この地域では、異常に低かったです。しかし、死亡率は、国の中や国々の間でかなり変動し、コンゴ民主共和国では、アウトブレイクで40%を超える死亡率を報告しました。

コンゴ民主共和国は、2004年から2009年の間に、累計7,811人のペスト患者を報告し、そのうち死亡者は402人(死亡率5.1%)でした。これは、アフリカの年間発生数の64%を占め、全世界での年間発生数の62.5%を占めました。人のペスト症例はすべて、オリエンタル州からの報告でした。累積死亡率は5.1%と低く見えますが、2005年と2006年に、バ・ウエレ(Bas-Uèlè)とイシロ(Isiro)という地区で大きな肺ペストのアウトブレイクがあり、そのときの死亡率は40%を超えました。コンゴ民主共和国でのペストの高い発生率は、1990年代の紛争に関連しており、紛争に伴う保健医療制度の破壊と人々の移動に関連していました。2005年以降に発生が増加しているのは、戦闘時に衰退した後に、報告の改善が行われ、保健医療制度を復活させる努力が進行中であることが起因しているのかもしれません。別の要因として可能性があるのは、オリエンタル州イツリ(Ituri)地区で、自然界でペストが存在している地域の広がりが観察されたことです。しかし、コントロールの方法を改善することは、影響があるようです。2009年は、2001 年以降最も低い発生報告数(患者618人、そのうち死亡者27人)であり、アウトブレイクは報告されませんでした。

2004 年から2009年の間に、マダガスカルでは、累計3,454人のペスト患者が報告され、そのうち死亡者は364人(死亡率10.5%)でした。マダガスカルにおける、人のペストの発生数は、2004年に98人の死亡者を含む1,214人の患者が報告されてから減少し続けています。2009年では、前の5年間(2004~2008年)に比べて、報告された患者数と死亡者数は最も低い数(患者数289人、そのうち死亡者数38人)でした。この減少は、アフリカでの全体的な発生数の増加を和らげました。特に、2005年以降に減少がみられ、主に、コンゴ民主共和国での発生数の増加が、アフリカの発生数の増加に起因しました。

2009年、ウガンダでは、死亡者1人を含む26人の散発例が報告され、リビアのトブルク(Tobruk)では、死亡者1人を含む5人の患者が発生したアウトブレイクが報告されました。トブルクは、自然界でペストが存在している地域ですが、25年以上、人でのペストは報告されていませんでした。2007年、ウガンダでは277人の患者、ザンビアでは425人の患者が報告されました。アルジェリアの最近のアウトブレイクは、2003年に起こりましたが、その後、2008年に4人の患者と1人の死亡者が記録されました。タンザニアでは、4年間発生報告がなかった後、2008年に133人の患者が報告されました。

アメリカ

2004年から2009年までの間、アメリカ大陸では、145人の患者が報告され、そのうち死亡者は6人でした(死亡率4.1%)。この時期における全世界のペスト患者数の1.2%を占めました。発生が報告されたのは、ペルーとアメリカだけです、この2ヶ国は、この期間、毎年発生報告がありました。 2009年、ペルーでは、Ascope郡で15人の患者が発生したアウトブレイクが起こりました。ペルーでは、全体で128人の患者が報告され、そのうち死亡者は2人でした(死亡率1.6%)。アメリカでは、全体で27人の患者が報告され、そのうち死亡者は5人でした(死亡率18.5%)。ボリビア、ブラジル、エクアドルは、自然界にペストが存在していることが知られ、以前には患者発生報告のあった国ですが、この期間の発生報告はありませんでした。

アジア

アジアは、全世界のペスト患者の1.2%を報告しました(患者数は149人、そのうち死亡者数は23人;死亡率は15.4%)。全体として、アジアでは、 1999年から2003年の期間に比べて、かなり低下しました。2004年、インドでは、ウッタルカーシー(Uttarkashi)のDangud Villageという地域で、腺ペストの局地的なアウトブレイクが報告されました。2007年、インドネシアでは、東ジャワ(East Java)州のパスルアン(Pasuruan)という地域でアウトブレイクが報告されました。パスルアンのアウトブレイクでは、71人の患者が出て、そのうち1人が死亡しました(死亡率1.4%)。中国とモンゴルでは、特に、伝統的に狩猟とマーモット(タルバガンというリス科の齧歯類、別名モンゴルマーモット)を食べる時期に関係した季節である夏と秋に、アウトブレイクが報告されました。2008年、中国の林芝県(チベット自治区)で、肺ペストの死亡者 2人が出たアウトブレイクが報告されました。2009年、中国西部の青海省で、3人の死亡者を含む12人の肺ペスト患者のアウトブレイクが報告されました。

終わりに

示したデータの信頼性は、国のペストのサーベイランス体制や、第一線の医療スタッフの診断能力、検査室の能力によって、かなり変化します。アフリカの常在国の大部分では、また、検体が採取されなかったり、適切に採取されなかったり、検査室が脆弱で処理できなかったりするので、確定診断率が最も低くなっています。ペストの患者を管理するために、関係する分野のスタッフにどの程度の臨床経験があれば、検査室の能力の乏しい状態を補えるのかを推計することは困難です。このことは、流行した国のうち、数ヶ国で報告された死亡率が著しく低いことを説明するかもしれません。

我々の調査結果では、人でのペストの発生は、2005年以降、全体的に増加傾向にあることを示しており、全世界で年間平均2,083人の患者が発生していました。全世界での平均発生数は、1998年以降、大きな変化がないようにみえます。我々は、また、コンゴ民主共和国とマダガスカルでは、人でのペストという負荷が高い状態が続いており、相当数の肺ペストのアウトブレイクが、コンゴ民主共和国のオリエンタル州で起こったことを確認しました。しかし、2009 年には、両国ともに、発生数はかなりの低下が報告され、コントロール手段の改善がなされ続けています。特にコンゴ民主共和国では、継続した下降傾向となるかどうか注意されています。

リビアとペルーは、両国とも、長い静寂の後に、人のペストのアウトブレイクを経験しました。これらのアウトブレイクは、2003年のアルジェリアのアウトブレイク同様、長年にわたって発生がなくても再度発生することが知られているので、疾患の報告がない状態が続いている国や地域であっても、人でのペストの発生がないということで安心してはならないことを示しています。人でのペストの発生がないということは、単に、自然界で流行しているペスト菌と人の接触が減ったということを意味するのかもしれません。したがって、ペストの常在地、特にアフリカでは、人のペストを管理するために、サーベイランスを強化し、コントロール手段を改善していく、断固とした努力を続ける必要があります。同時に、すべての地域において、あらかじめ、自然界のペストの存在が静かなうちに、起こりうるアウトブレイクに対応するために、適時に発見してコントロールを行うための十分な能力を整える必要があります。

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