ダニ媒介性脳炎(Tickborne encephalitis)

ECDC 2010年6月25日英文

Ⅰฺ 病原体

ダニ媒介性脳炎(TBE)は中枢神経系を侵すウイルス性感染症で、長期にわたる神経症状やさらには死をも引き起こす可能性がある疾患です。ダニ媒介性脳炎はフラビウイルス科フラビウイルス属のウイルスによって引き起こされ、これには3種類の亜型があります。
1.ヨーロッパ型:Ixodes ricinusによって媒介され、ヨーロッパの中央部、東部、北部の農村地帯や森林地帯で流行します。
2.極東型:主にI.persulcatusによって媒介され、ロシア極東地域、中国および日本の森林地帯で流行します。
3.シベリア型:I.persulcatusによって媒介され、ウラル地域、ロシアシベリア地帯、ロシア極東地域で流行します。ヨーロッパ北東部のいくつかの地域でも見られます。
ダニ媒介性脳炎はヨーロッパや世界の他の地域で、公衆衛生上の問題として重要になりつつあります。ダニ媒介性脳炎の人症例数は、ヨーロッパのすべての流行地域でこの30年の間に400%まで増加しました。リスクのある地域は広がっており、新たに流行地が見つかっています。

Ⅱฺ 臨床的な特徴と続発症

ダニ媒介性脳炎の潜伏期間は平均7日です。しかし、潜伏期は28日までありうるとされています。経口感染による潜伏期間は通常短く、4日程度です。

人のダニ媒介性脳炎のおよそ3分の2の症例は無症候性です。臨床症状が現れる例では、ダニ媒介性脳炎は通常二相性の経過を示します。最初のウイルス血症を示す期間がおよそ5日間(2~10日)持続し、発熱、倦怠感、頭痛、筋肉痛、悪心など非特異的な症状を呈します。これに引き続いて、第二相の前に症状のない間欠期が7日(1日~33日)程度持続します。第二相で髄膜炎、髄膜脳炎、脊髄炎、麻痺、神経根炎などの中枢神経系の症状が見られます。

ヨーロッパ型は比較的軽症で、第二相に至る患者は20から30%で、死亡率は0.5%から2%です。重症後遺症は患者の10%までに起こります。小児の場合第二相は通常髄膜炎にとどまりますが、40歳を超える成人の場合には脳炎を発症するリスクが上昇し、60歳を超える人では死亡率や後遺症が高い傾向があります。

極東型では重症度が高くなります。神経症状をきたす前の無症候性の間欠期が見られず、死亡率は35%までになります。また、重症神経系後遺症の発症率が高くなります。

シベリア型は死亡率1から3%と重症度が低く、慢性あるいは非常に長期の感染持続が見られる傾向にあります。

Ⅲฺ 伝播

保有宿主

ダニ媒介性脳炎の保有宿主は主として小げっ歯類(ハタネズミ、ハツカネズミ)ですが、昆虫を捕食する動物や肉食動物の場合もあります。ダニを増殖させることで間接的にウイルスの循環を助けているインジケータホストには、さまざまな種類の野生哺乳類や家畜があります(たとえば、キツネ、コウモリ、ノウサギ、シカ、イノシシ、ヒツジ、ウシ、ヤギ、イヌなど)。人は偶発的に宿主となり、行き止まり宿主(dead-end host)です。

感染経路

ダニ媒介性脳炎ウイルスは感染したダニに咬まれることで感染します。人には汚染された未殺菌の乳製品を摂取することで感染する可能性もあります。ダニ媒介性脳炎ウイルスは、感染した母体から胎児へと感染する可能性はありますが、それ以外、人から人へ直接感染することはありません。検査室での針刺し事故によって、またエアロゾルによる感染の報告があります。

感染したダニは森林地帯‐落葉樹森林と森林草原境界地域で観察されます。感染を受けたダニ(主として若虫と成虫)は、一生を通じてウイルスを感染させる能力を持ちます。ダニの活動性や生活サイクルは気温、土壌の湿度、相対湿度などの気候要因によって変わります。夏の湿気が多く、冬が温暖であることが、ダニの密度上昇と関連してきます。中央ヨーロッパではI. ricinus の活動性に、4月~5月および9月~10月の二つのピークが見られます。北ヨーロッパや山岳地帯など、温度が低い地域では、夏のピークだけが見られます。Questing tickは主として灌木地帯で見られます。寒い季節にも散発的に症例が報告されています。

リスクグループ

地域性流行地帯でレクリエーションや仕事(狩猟、魚釣り、キャンプ、キノコがりや野いちごがり、林業、農場、軍事訓練など)のために野外活動する場合、感染したダニに暴露を受け、感染するリスクがあります。

Ⅳฺ 予防手段

次のような手段でダニによる刺咬を避けることで、ダニ媒介性脳炎ウイルスの感染を防ぐことができます。
1.不活化ダニ媒介性脳炎ウイルスワクチンは、流行国でダニ媒介性脳炎を防ぐのに最も有効な手段と考えられています。
2.DEET(N,N-diethyl-m-toluamide)を含んだ虫忌避剤を皮膚の露出部に塗る。
3.長袖や長ズボンを身に付け、ペルメチンなどの殺虫剤で処理した靴下にズボンの裾をたくしこむ。
4.屋外活動した後には体にダニがついていないか調べ、ダニをピンセットで取り除く。
5.リスクのある地帯で殺菌されていない乳製品を摂取しない。

診断

ダニ媒介性脳炎の診断は、主としてELISA法により、脳脊髄液もしくは血清から特異的なIgM抗体を検出することによってなされます。ダニ媒介性脳炎抗体は症状出現後0~6日間たって検出されるようになり、通常神経症状が見られる時期には検出できます。特異的IgM抗体は予防接種を受けた人や、自然感染を受けた人に最大10カ月間持続して見られます。他のフラビウイルスとの間で、IgG抗体の交叉反応が見られる可能性があります。ダニ媒介性脳炎を初期に鑑別診断するためにはPCRによる検出法が有用です。

Ⅴฺ 管理と治療

ダニ媒介性脳炎に特異的な抗ウイルス治療はありません。治療は支持的なものになります。髄膜炎や脳炎、髄膜脳炎を起こしている場合は入院する必要があり、症状の重症度による支持治療を行います。

Ⅵฺ 今後確定していかなければならない重要領域

症例の定義、検査室診断、疾患報告および文書化様式など、標準化しなければならないことがあります。ダニ媒介性脳炎の報告に関して国によって対応が異なることも、サーベーランスデータの比較を困難にしています。ダニ媒介性脳炎はEUでは報告義務のある疾患ではありません。

(注:このデータ集に含まれる情報は主として一般的な情報提供を目的としたもので、それぞれの専門家の知識や医療専門家の判断に代わるものではないことをお断りします。)

Ⅶฺ 参考資料

CDC のデータ集がオンラインで利用できます。:http://wwwnc.cdc.gov/travel/yellowbook/2010/chapter-5/tick-borne-encephalitis.aspx
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