ライムボレリア症(Lyme borreliosis:LB)

ECDC 2010年6月25日英文

Ⅰฺ 病原体

ライムボレリア症(Lyme borreliosis:LB)はダニによって媒介される、スピロヘータ群に属する、広義のBorrelia burgdorferiによって起こる細菌性疾患です。この疾患はヨーロッパ、北アメリカおよびアジアの温帯地方でダニによって感染する疾患の中で、最も頻度の高いものです。その地理分布は常に拡大を続けています。

B.burgdorferi群には世界中で少なくとも15種類の遺伝種があります。しかし、人に明らかな病原性を示すのは5種類に限られます。病原性のある遺伝種はすべて移動性紅斑(erythema migrans)をきたします。これはライムボレリア症による初期の皮膚発疹です。Borrelia afzeliiおよびB. gariniiはヨーロッパで主に見られる病原性の遺伝種で、それぞれ皮膚および中枢神経系合併症を起こします。狭義のB.burgdorferiは、北アメリカでは唯一の病原性遺伝種ですが、ヨーロッパでも存在する地域があり、神経系の合併症や関節炎を起こすことがあります。ヨーロッパではさらに2種類の病原性を示す遺伝種があります。それは、中枢神経系合併症をきたすB.bavariensisおよびB.spielmaniiです。Borrelia valaisianaと B.lusitaniaeは人に病原性を示すことはほとんどありません。

遺伝種B.burgdorferiのヨーロッパのダニにおける平均的な感染率は約12%と推定されており、若虫(nymph)よりも成虫に高い感染率を示します。中央ヨーロッパはヨーロッパのなかでもダニの感染率(若虫10%以上、成虫に20%以上)が最も高い地域で、特にオーストリア、チェコ共和国、ドイツ南部、スイス、スロバキア、スロベニアが高率です。

Ⅱฺ 臨床的な特徴と続発症

初期症状

移動性紅斑は局所的感染所見として早期に見られる皮膚発疹であり、80から90%の症例で見られます。これはダニの刺咬部位から徐々に拡大する紅斑性発疹で、周囲から明らかに盛り上がったり、痛みがあることはありません。患者の中には同時に呼吸器症状をともなわないインフルエンザ様の全身症状をきたす人もいます。ボレリア性リンパ細胞腫は初期感染としてはまれな皮膚症状で、通常耳朶や乳首や陰嚢に見られます。これは治療を行わなければ数か月持続することもあり、リンパ浸潤が著しいため皮膚リンパ腫と間違えられる可能性があります。

晩期症状

中枢神経系の疾患である神経ボレリア症(Neuroborreliosis)が主要な合併症で、症例の約10%に見られます。急性神経ボレリア症では、症状として顔面神経麻痺、リンパ細胞性髄膜炎、神経根炎が発現する可能性があります。これは感染第6週から12週の間に通常起こります。髄膜脳炎は比較的頻度の少ない症状です。主として高齢者で数か月に渡ってゆっくりと神経根障害が生じる症例が時に見られます。この場合、神経根性の疼痛が非常に高度ですが、通常抗生剤治療によって速やかに軽減します。その他、まれな播種性感染の症状として、多発性移動性紅斑、間欠性関節炎、調律障害をきたすこともある心筋炎などが見られます。このような症状も感染後2,3週から数か月の間に見られます。

未治療のライムボレリア症の晩期症状として、皮膚、神経系、筋肉骨格系の症状が見られることがあります。症状の一つとして慢性萎縮性肢端皮膚炎が見られることがあります。これは通常四肢を侵す持続性の皮膚感染で、炎症を起こし、最終的には病変部位の皮膚の菲薄化とその部位のニューロパチーをきたすものです。晩期神経ボレリア症は通常脊髄脳炎の形で現れ、多発性硬化症に似ていることがあります。ライム病関節炎は通常大関節に病変が見られ、最もよく見られるのは膝関節です。これらの症状は急性感染によるもので抗生剤治療に反応しますが、治療に至るまでの組織の障害の程度によっては完全な回復が見られないこともあります。

Borrelia burgdorferi感染は無症候性である可能性もあります。

Ⅲฺ 伝播

保有宿主

ユーラシア大陸の流行地域では、B.burgdorferiIxodes ricinus群のカタダニ(hard tick)と脊椎動物宿主の間で感染サイクルを保っています。脊椎動物宿主としては、多くの小哺乳類や地面から餌をとる鳥(幼虫や若虫が寄生する主要宿主)などがあります。

ダニ成虫は、通常より大きいシカのような動物から吸血します。このような動物はボレリアにとっては保有宿主とはなりませんが、ダニの生殖サイクルを維持するのに寄与しています。

ダニが発生し、生存するのに最も適した生活環境は、相対湿度が85%を超える環境です。最も適しているのは落葉樹林や混合樹林ですが、I. ricinus種のダニはヒースの茂った地域や牧草地、都市の公園など郊外や都市部環境でも見られます。

感染経路

人へのB.burgdorferi感染は、主として感染したダニの若虫や成虫に刺咬されることによって起こります。幼虫による刺咬は大きなリスクとはなりません。これは幼虫に感染がみられることがまれだからです。感染したダニは吸血している早い段階では病原体を感染させることは少ないのですが、吸血時間が長くなるほど確実に感染リスクは増加します。このため皮膚についているダニを、早期に初期の数時間のうちに除去することが感染のリスクを減らすために有用です。

リスクグループ

ダニによる刺咬に暴露される人はすべて感染するリスクがあります。

Ⅳฺ 予防手段

認可されたワクチンは現在ありません。このため感染を防ぐ主要な手段は、ダニによる刺咬を防ぐことと、早期に皮膚に付着したダニの除去となります。ダニによる刺咬を避けるのに最も効果的な手段としては、長ズボンや長袖のシャツを身に付けるなど皮膚を防護できるような服装をすること、DEET (N,N-diethylm-toluamide )を含んだ虫忌避剤を皮膚や衣服につけるなどがあります。時々、ダニがついていないか皮膚を観察し、ダニがついているようならば、毛抜きや先の細いピンセットを用いて出来る限り皮膚に近い部位でダニをつかみ、ダニの口の部分を壊さないようにゆっくりと上に持ち上げ、ダニを除去しなければいきません。ボレリア感染を起こすリスクは、ダニの口吻部分が残った場合に高くなることはありません。化膿性感染を予防するために、除去後には殺菌剤を皮膚に使用しなければなりません。

ダニの有無をチェックする場合には、ダニが刺咬する際に探す、湿度の高い大腿部や腋窩部、乳房下部、ウェスト、膝窩部といった皮膚のたるみのある部分に注意しなければなりません。小児ではダニの刺咬は頭皮を含む頭部、頸部に比較的多く見られるため、この部分を注意深くチェックしなければなりません。

林業従事者や軍事訓練中の軍人など頻繁に濃厚なダニ暴露を受ける人の場合、Permethrinを染み込ませた衣服を使うこともあります。

診断

移動性紅斑の診断のための検査は必要ではなく、診断は臨床的な評価およびダニ暴露リスクの評価によって行われます。

晩期の感染を確定診断するためには検査が必要です。B.burgdorferiに対する抗体は通常感染4から8週間の間で検出できるようになります。晩期感染の患者が血清学的に陰性であることはほとんどなく、通常抗体検査は強陽性になります。しかし、自己免疫疾患のように、他の感染症や疾患による問題がある患者では偽陰性になる可能性もあり、誤診や不適切な治療につながる可能性もあります。

症例によってはその他の特殊な検査も有用です。たとえば、神経ボレリア症が疑われる患者の脳脊髄液に対して抗体検査をしたり、DNA検査をしたりするなどがあります。ボレリアDNA検査は、移動性紅斑や慢性萎縮性肢端皮膚炎が疑われる患者からの皮膚生検標本、ライム病関節炎が疑われる患者の関節液の検査にも有用です。

Ⅴฺ 管理と治療

症状のあるB.burgdorferi感染では、すべての患者に対して適切な抗生剤治療(AMPCおよびセファロスポリン、全身感染では+マクロライド)を行わなければなりません。初期治療を行うことで晩期の合併症を防止できます。しかし、晩期ライムボレリア症の患者でも抗生剤治療は有効です。しかし、治療前に重篤な組織障害が起こっている場合には、臨床的に完全に回復しない可能性があります。

Ⅵฺ 今後確定していかなければならない重要領域

今後、研究すべき領域としては、ライムボレリア症の局所的、地域的、また広くEUレベルでの生態学的な側面に対する細かい知識の集積(これには、病原性のある遺伝種および非病原性の遺伝種の分布や流行状況などがあります。)、ライムボレリア症の疫学に関するデータの集積などがあります。また、診断を目的とした検査の改良も必要です。

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