ダニ媒介性回帰熱(Tick-borne relapsing fever:TBRF)

ECDC 2010年6月25日英文

Ⅰฺ 病原体

ダニ媒介性回帰熱(TBRF)はボレリア属のスピロヘータによって起こる疾患です。これには生物系統的に3つの主要なグループがあります。それは、ライム病ボレリア、新世界TBRFボレリア、旧世界TBRFボレリアで、現在まで17種類のTBRF種が記載されています。ダニ媒介性回帰熱はヒメダニ科軟マダニ(Ornithodoros)によって人に伝播します。

ダニ媒介性回帰熱を起こすボレリア種は、哺乳動物宿主の発熱期間に血液中から検出される可能性はありますが、発熱の間欠期にはまず検出されることはありません。株によっては病原体が脳、腎臓、肝臓、脾臓といった実質器官に感染巣を形成することがあり、赤血球を凝集することで組織の毛細血管に塞栓や出血病変を引き起こします。これらの病原体には外膜タンパクの抗原性変化が生じることがあり、これが人でこの病気の再発原因となる免疫回避を起こします。赤血球凝集はもう1つの免疫回避法で、これにより赤血球に覆われたスピロヘータは免疫細胞に接触しないようになります。少なくとも6種類のダニ媒介性回帰熱が、ヨーロッパあるいはその国境地域で起こっていることが知られています。もっとも流行リスクが高いヨーロッパの地域は、イベリア半島、特にその地中海地域、小アジアに見られます。ダニ媒介性回帰熱の輸入症例が、イギリス、ベルギー、フランスから報告されています。ボレリア種によるダニ媒介性回帰熱の報告は、この疾患の地域流行がある国からの帰国者の中で増加しています。ほとんどの感染は経過良好で診断がつかないため、症例数は過小評価されています。ダニ媒介性回帰熱は熱帯地方から帰国し、反復する発熱がある患者の場合、特にマラリア原虫が検出されない場合には、すべての患者で考慮されなければなりません。

Ⅱฺ 臨床的な特徴と続発症

潜伏期間はダニに刺咬された後、3日から18日に渡りますが、潜伏期間後に39度から40度を超える高熱が突然出現し、3日から6日間続きます。それ以外の症状として、高度の衰弱、頭痛、関節痛、筋肉痛、項部硬直、心窩部痛、嘔気などがみられます。肝脾腫が観察され、通常黄疸が見られます。また、脈圧や血圧の上昇がよく見られます。患者の中には皮膚の発疹や皮膚表面の点状出血がみられる場合があります。出血症状、特に鼻出血、尿路系出血、出血性下痢症などが報告されています。アメリカ合衆国では呼吸器合併症も報告されています。初期の発熱期に引き続いて、無熱性の期間が続きますが、これはボレリアによる免疫回避を示しており、その後の再発の原因となります。再発する回数には0~15回と大きな差があり、通常再発時には期間が短く、軽くなります。発熱間欠期は4日~14日の範囲です。

スピロヘータによる臓器内虚血や高度のスピロヘータ血症による、神経学的合併症、関節炎、眼科的合併症が報告されています。神経学的症状(2%)は主としてB. duttoniおよびB.turicataeで起こり、せん妄、顔面神経麻痺、髄膜炎、神経根障害などを呈します。幼若小児や妊婦の場合には病気がより遷延し、重篤な経過をとることがあります。妊婦の場合には、新生児の低出生体重や早期産、自然流産や新生児死亡がみられることがあります。ダニ媒介性回帰熱では理論的には死亡するリスクもありますが、死亡例の報告は稀です(0~8%)。死亡率が最も高いのは治療中にJarisch-Herxheimer反応を起こす患者です。

Ⅲฺ 伝播

保有宿主

いくつかの理由から、Ornithodoros(ヒメダニ:soft tick)はダニ媒介性回帰熱ボレリアの保有宿主として最適のダニであると考えられます。それは、血液を吸血しなくても非常に長く生存できること。ダニ媒介性回帰熱ボレリアを数年にわたって持ちつづけることができること。trans-stadial(注:ウイルスまたはリケッチアのような微生物寄生体が,特にダニで認められるように特定宿主の一発育段階から次の段階または状態へ進行して伝染すること。Steadman医学大辞典)の伝播様式、Transovarial(注:経卵伝播,経卵巣感染(雌宿主から卵巣を通して卵へ寄生虫または病原体が伝播されること。リケッチアやウイルスを保有するダニ幼虫による感染のように,次世代の幼虫が病原体を伝播する能力をもつことの説明のため,一般にある種の節足動物について用いられる。Steadman医学大辞典)の伝播様式、また有性生殖によって、ダニからダニへとダニ媒介性回帰熱ボレリアを伝播することができること。そして、寄生能力が高いことによります。多くの脊椎動物がダニ媒介性回帰熱ボレリアに自然感染を受けることが報告されておりますが、それぞれが保有宿主としての役割を果たせるかどうかについての研究はほとんどされていません。内部寄生性という特徴をもつことから、Ornithodorosダニは地面に近いところで生活する小哺乳類や鳥、爬虫類、コウモリなどによく寄生し感染を起こします。

感染経路

ダニ媒介性回帰熱は、成育過程のあらゆる時期で吸血性を示すOrnithodorosによって感染します。Ornithodorosダニがその宿主に吸着するのは1時間未満です。ただし、幼虫の中には1~2日間吸着している場合もあります。吸血している間、Ornithodoros種の中には(O. sonraiなど)ダニに咬まれたことが分からないようにするために、局所的麻酔作用がある分泌物を作っているものもあります。哺乳動物や人間が感染するのは、ダニが吸血している間に刺咬部位を唾液やダニの基節腺(coxal gland)の分泌液によって汚染することで生じます。治療を受けていない人は、幾年にもわたり無症候性のキャリアとなり、再発に際して病原体を産生し感染性を示すようになると考えられています。その他の脊椎動物でスピロヘータが感染し続けるかどうかは、全く分かっていません。ダニがダニ媒介性回帰熱の感染を受けるのは、スピロヘータ血症がある脊椎動物(げっ歯類)を吸血している間です。ボレリアはダニの卵巣(経卵伝播の原因となる)、唾液腺、分泌などすべての組織に拡散します。ダニはその生存期間(5から10年)にわたってダニ媒介性回帰熱ボレリアを持ち続けます。

リスクグループ

疫学的にはダニ媒介性回帰熱には2つの型があることが記載されております。
1.散発性ダニ媒介性回帰熱は、兵士、漁師、キャンパー、野外作業をする人、旅行者など「リスクのあるグループ」が、野外活動の際にダニや動物保有宿主とまれに接触した場合に見られます。このタイプは通常先進国で起き、先進国で診断を受けます。
2.土着性のダニ媒介性回帰熱は、主として軟マダニが存在し、保有宿主であるげっ歯類が営巣できるような住居構造のある農村で暮らすことにより、感染したダニと頻度は少ないものの定期的な接触を持つことによって生じます。これは通常発展途上国で起こります。

この二つの場合とも、年齢や性別による人に対する感染性の差異が、暴露の違い(たとえば、家あるいは屋外で過ごす時間、睡眠を取る環境など)や内因性の感受性の差(免疫機能や先天性感染など)によって生じる可能性があります。

Ⅳฺ 予防手段

ダニ媒介性回帰熱が散発的に見られている国では、主として次のような推奨法により、人とダニの接触を避けることに力を注がなければなりません。"ダニに汚染されている地域に行くことを避ける(特に夏季)。長ズボンを身に付け、ズボンの裾を靴下の中に入れる。DEET (N,N-diethyl-m-toluamide)を含んだダニ忌避剤を皮膚につけ、permethrinを衣服につける。地面に寝たり、キャンプをしたりする際にはベッドネットを使用する。リスクのある人に対して注意を喚起する。"などがその方法です。カタダニ(hard tick)と異なり、ダニをできる限り速く除去するように勧めてもあまり効果はありません。これは、ヒメダニは短い間しか吸血しないこと、病原体を直ちに伝播してしまうことによります。

ダニ媒介性回帰熱が流行する国では、ダニのベクターやボレリアの脊椎動物自然保有宿主を建物から駆逐したり、数を減らすことが推薦されています。それに加えて、殺鼠剤やダニ殺虫剤などの化学薬品を使用したり、ねずみを捕獲するペットとして猫を使ったり、建物内外でげっ歯類が好む環境をなくすようにすることなどが推薦されます。

診断

この疾患が濃厚に流行している地域では、血液中、骨髄、脳脊髄液から発熱の見られる期間にスピロヘータを検出することにより診断します。最初の発熱時に、薄層あるいは厚層血液塗抹標本に対して、暗視野顕微鏡を用いたり、通常の染色法を用いたりすることによって、スピロヘータを観察することができます。ボレリア血症を検出する上で、定量的バフィーコート蛍光分析(Quantitative buffy coat(QBC)fluorescence analysis)は非常に感度が高く、特異的な方法であることが記載されております。しかしこの方法は高い技術的な専門性が必要で、ある程度インフラストラクチャーが整った検査室を必要とします。またボレリアの種類を確定できません。分子生物学的な方法は感度が高く、次第に用いられる頻度が高くなっています。これによってボレリア種を同定でき、スピロヘータ量が非常に少ないサンプルでも検出が可能となります。現在知られているダニ媒介性回帰熱のほとんどについて、今のところ特異的な血清学的分析法はありません。

Ⅴ.ฺ管理と治療

ダニ媒介性回帰熱の治療に対する薬剤としては、テトラサイクリンあるいはドキシサイクリンが勧奨されます。テトラサイクリンが禁忌である場合には、マクロライド系抗生物質が処方されることもあります。薬剤投与後2時間の間にJarisch–Herxheimer反応が起こることがあります。これは、大量のサイトカインの放出で起こり、全身倦怠感、頭痛、発熱、発汗、全身硬直、脳虚血、頻脈、低血圧などの症状を呈します。

Ⅵ.今後確定していかなければならない重要領域

異なるダニ種のベクターとしての機能や能力、また、たとえば土地利用の変化や景観の変化をきたすような構造による影響のように、特定の地域でダニが侵入したり、はびこったりする要因について、さらに研究する必要があります。早期の診断や治療に対しては、診断法のさらなる発展が助けとなるでしょう。

(注:このデータ集に含まれる情報は主として一般的な情報提供を目的としたもので、それぞれの専門家の知識や医療専門家の判断に代わるものではないことをお断りします。)

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