三日熱マラリア根絶宣言後、スペインで初めての三日熱マラリア地域性感染例が発生

Eurosurveillance 2010年10月13日

2010年10月に、スペインで一例の三日熱マラリアの地域性感染例が診断されました。この症例はスペイン北東部アラゴンで発生しました。この地域にはハマダラカが生息しています。この症例の感染源は確定されていませんが、この事態により、ヨーロッパ大陸で蚊媒介性疾患の地域性感染がおこりえることが明らかになりました。また、サーベイランスを強化する必要性、媒介昆虫の制御を行う必要性があります。

背景

マラリアはアフリカ、アジア、中央および南アメリカで流行する、Plasmodium属寄生虫によって起こる、蚊媒介性寄生虫疾患です。WHOによると、2008年には世界のマラリア罹患数は2億4700万例で、およそ100万例が死亡しています。そのほとんどがアフリカの小児症例です。Plasmodium属で人に感染すると認められているものは、4種類あり、熱帯熱マラリア、三日熱マラリア、四日熱マラリア、卵形マラリア(Plasmodium falciparum, P. vivax, P.malariae, P. ovale)です。また、東南アジアの一部の地域ではサルマラリアの原因である、P. knowlesiがヒトマラリアの原因になることが分かりました。世界的には、熱帯熱マラリアおよび三日熱マラリアがマラリアの原因として主要なものです。マラリア原虫は雌のハマダラカによって媒介されます。およそ430種類あるハマダラカのうち、20種類だけが感染に関して重要です。

マラリア原虫感染の症状は、全くなかったり、軽度の症状のみであったりする場合から、熱帯熱マラリアの場合のように重症症状から死亡に至る場合まで広範囲に渡ります。主なマラリアの症状には、周期的あるいは不規則な発熱、悪寒、頭痛、倦怠感、悪心、嘔吐などがあります。ほとんどの症例の潜伏期は、蚊に刺されてから7日から30日の範囲です。三日熱マラリアの場合潜伏期は通常10日から21日の間で、時に1年近くになることもあります。熱帯熱マラリアと異なり、三日熱マラリアが致死的になることはほとんどありません。しかし、三日熱マラリアは最初の感染から数週間から数か月おいて再発することがあります。再発は、肝臓内での休眠型マラリアによって生じ、完全に治療するにはこの肝臓ステージを標的にした、プリマキンによる特異的治療を行う必要があります。

ヨーロッパおよびスペインでの事態

2008年にWHOヨーロッパ地域内で、三日熱マラリアによるによって起きた地域性感染は6カ国で報告されています。それは、アゼルバイジャン、グルジア、キルギスタン、タジキスタン(この国はこの地域で熱帯熱マラリアが報告されている唯一の国です。)トルコ、ウズベキスタンです。ヨーロッパ連合(EU)およびヨーロッパ経済圏(EEA)諸国の国内では1975年以来マラリアは根絶されており、報告されたマラリア症例のほとんどが輸入症例でした。2008年には5,848のマラリア症例の報告があり、原因となった原虫種が明らかになった症例のほとんどが熱帯熱マラリアによるもので、三日熱マラリアによるものは10%未満でした。この10年間の間、EUおよびEEAで報告された地域性感染症例は200未満でした。媒介する可能性があるハマダラカが分布しているにもかかわらず、EU大陸諸国では持続性の地域性感染は認められていませんでした。

スペインで地域感染マラリア症例が報告されたのは、1961年が最後で、公的に1960年にマラリアは根絶されたと宣言されました。スペイン国立サーベイランスネットワークによれば、毎年報告される輸入マラリア症例は平均400例で、三日熱マラリアによる症例は5%未満でした。スペイン在住者でも、過去にマラリア原虫と接触し免疫を持つことがなかったり、過去の免疫が消失していた場合には、マラリアに対して感受性があります。スペインにおけるマラリアを媒介しうる主要なハマダラカはAnopheles atroparvusで、スペイン全土に分布しており、アジアタイプの三日熱マラリア株を媒介する可能性があります。この種は熱帯熱マラリアのアフリカ株は媒介しません。

症例報告

2010年10月5日、アラゴン地域保健当局は、スペイン保健省健康注意危機調整センターに1例の三日熱マラリア実験室診断確定症例を報告しました。この患者は40歳代のアラゴン地域Huesca県在住症者でした。この患者は2010年9月20日に発熱症状がみられ、9月25日に急性扁桃炎と診断され、アモキシシリンとイブプロフェンによる治療を開始されました。4日後に、発熱および黄疸を伴って臨床状態が悪化したため入院しました。入院時の血液塗抹標本でマラリア原虫が検出され、抗マラリア薬としてクロロキンとプリマキンの投与が開始されました。10月1日に臨床症状が軽快したことからこの患者は退院しました。

検査結果

入院時の最初の血液標本で大赤血球症(macrocythemia)がみられたことから、ギムザ染色が行われ、予想外にもマラリア原虫が確認されました。さらに免疫クロマトグラフィー法による迅速検査が行われ、熱帯熱マラリアではないマラリア原虫であると診断されました。10月4日にマドリッドの国立微生物研究所で、顕微鏡検査およびPCR検査で三日熱マラリアであると確認されました。この原虫についての遺伝学的分析が現在行われています。

疫学的調査

疫学的調査によって、この患者は今までに地域性流行や流行がみられる場所に旅行したことも、そのような地域に行った人や居住者にも接触してないことが判明しました。外科的な治療や侵襲的な検査あるいは診断、輸血を受けたことはありませんでした。この患者は注射薬の投与や、注射を伴うような処置を受けたことはありませんでした。この患者は2008年夏にバルセロナ空港、2009年夏にザラゴサ空港に行ったことがありました。この患者の住居近くでは養豚場があり、しばしば蚊に刺されていました。それに加えてこの患者は、近隣地域数か所でAn.atroparvusが生息しているHuesca 県に住んでいます。この症例への接触者や地域住民に、マラリアの症例は今のところ報告されていません。2010年を含む近年、この地域でマラリアの輸入症例は報告されていません。

制御手段

実施された制御手段として、同一世帯家族に対するマラリアの検査、この症例の近辺でのマラリア症例の積極的な確認作業、この地域の病院を含む保健関連施設に対する徹底的な周知、昆虫学的なサーベイランス、媒介蚊の制御などが行われました。これまでに行われた昆虫学的サーベイランスによれば、この地域の蚊にマラリア原虫が存在することは示されていません。

スペインでのリスク評価

細かい調査が行われたものの、この感染の原因の特定にはつながっていません。現在施行されている寄生虫の遺伝学的分析によって、その起源が特定できる可能性があります。感染は、地域性感染が起きている地域からきた、血液中ガメトサイトがみられるヒトによって感染を受けた、その地域のハマダラカ蚊によって起きた可能性があります。空港マラリアの可能性に関しては、この地域の近隣の国際空港からはおよそ100kmと距離があり、この地域のハマダラカの飛翔力が4.5kmと低いことから、地域性感染地域から輸入された感染蚊による事態とは考えにくい状況です。
この報告症例に端を発した二次症例が生じることは、この患者が治療され、広範にわたる制御手段が実行されており、患者が献血していなかったたことから考えにくい状況です。スペインでは1964年のマラリア根絶後の状況は、「マラリアなきハマダラカ生息」、つまりマラリア原虫のベクターとなりうる蚊(主として熱帯熱マラリアを媒介することのまれなAn.atroparvus)が生息しており、生殖するのに適した環境条件があり、ベクターの発生および持続がみられる状況、と定義されています。地域性流行が起こるリスクは、ある次期ある場所において、寄生虫血症を示している人が存在するかどうか、媒介できるベクターが存在するかどうかによって違います。このリスクは、早期に適切な性質を行い、症例の治療および適切なベクター制御手段を講じることによって減少させることができます。しかしながら、今後もさらに散発的な地域性感染症例が確認される可能性はあります。

結論

前述のスペインでの事態から、マラリアの地域性感染症例の発生はありえないことではありません。ヨーロッパの他の国で起きた媒介性再興感染症出現などの前例から、ヨーロッパ大陸において地域性感染性媒介性疾患の散発がありうることが分かっています。入手可能な疫学情報から、この地域でヒトの健康リスクがあることが示されているわけではありません。疫学的調査によると、この症例はこれ以上地域感染が起きるという証拠のない散発例と考えられます。現在の情報からは、この事例によって、EUおよびEEAの市民にとってリスクが生じている、とされるものではありません。過去にEUにおいて散発的に地域性感染症例が報告されてきたという事実はありますが、いずれも二三症例を超えて地域性流行がみられることはありませんでした。
EUでマラリアのベクターとなりうる蚊がみられることから、将来同じような事態が生じる可能性は除外できません。臨床医に対する注意を促すなどにより、マラリアの疑いのある症例を迅速に確認、関連当局に報告するため、また確実に適切な公衆衛生的な対応をとるため、ハマダラカの生息地域の状況を引き続きモニターする必要があります。

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