トルコからの帰国者でみられた野兎病症例(ドイツ、ベルリン)

Eurosurveillance2011年05月05日

原題

Tularaemia in Berlin–two independent cases in travellers returning from central Anatolia, Turkey, February2011

野兎病は、ドイツではまれにしか見られない疾病ですが、近年その発生報告が増加してきています。ほとんどの症例は、国内常在の病原体から感染したものです。この報告書は、疫学的に独立したFrancisella tularensissubspeciesholarctica2つの感染例について述べたもので、これらの患者は2011年2月にトルコ・中央アナトリアで感染し、ベルリンで見つかったものです。トルコでは2000年より野兎病が繰り返し発生していることから、トルコから帰国した旅行者が発症した場合においては鑑別診断が行われる必要があります。

症状と診断

2011年3月、トルコから帰国した2人の20代の旅行者は、ベルリン(ドイツ)で野兎病と診断されました。 二人は、Ak山系アンカラ東部218km東に位置する中央のアナトリアのヨズガト(Yozgat)でアンカラに居住する別々の家族を訪問するために、2010年から2011年初めの間のトルコに滞在しました。2008年のヨズガトの人口は7万1768人で、州全体の人口は49万2127人でした[1]。

両患者とも、発熱、咽頭炎、耳炎、および頸部リンパ節腫脹を含む類似した症状が認められましたが、野兎病において特徴的な潰瘍は、両患者では異なる部位に認められました。 両感染における臨床症状の進行は緩慢であり、亜急性でした。 患者1は2010年7月25日から2011年1月29日の間トルコ滞在しました。2010年12月15日に、最初の症状が認められました。 患者2は、2010年12月24日から2011年1月8日までトルコに滞在し、2011年1月10日に発症しました。

両患者はベルリンに戻った後の2011年の2月中旬に診断されました。 患者1は、咽頭部型野兎病(oropharyngeal tularaemia)、患者2は、潰瘍リンパ節型(ulceroglandular form)と診断されました。 後者は野兎病に最もよく見られる症状型です。 典型的症状は病原体が侵入した部位の近傍における潰瘍と、化膿性リンパ節炎です。 広範囲における頚部リンパ節炎と複数のリンパ節における化膿性の潰瘍が認められるより進行した段階では、感染部位を特定することは困難です。しかし、初期臨床症状の正確な記録は、感染経路とより詳細な疫学的リンクを解明するために非常に重要です[2,3]。

患者2をさらに問診した結果、新たな疫学的情報が明らかとなりました。それは、患者と彼の兄弟のひとりが、2011年1月10日に発症し、別の兄弟もその2日後に発症したというものでした。 しかし、これらの患者はトルコに留まりました。

実験室での確認

細菌培養による病原体の検出は困難で、特別な培地が必要であるとともに、増殖は概してゆっくりとしています。PCRのような感度の高い検査手法は、少数の専門の研究室でのみ実施可能です[2,3]。上記2症例に関する実験結果が出たのは3月4日でした。ミュンヘンのドイツ政府野兎病レファレンスラボラトリーはF.tularensissubspeciesholarctica(Jellison type B)を両症例について検出することができました。 特異的なDNA配列が、化膿リンパ節病変からの穿刺試料から検出されました。

以前に患者2についてベルリンの病院で実施された血清診断では、野兎病菌のリポポリサッカライドに対するIgG抗体とIgM抗体が認められました。患者1については病院での血清学的検査では感染を証明することができませんでしたが、政府のレファレンスラボラトリーで特異的な抗体が確認されました。

公衆衛生との関連性

診断が確認された後、世界保健機関(WHO)国際保健規約(IHR)に従って、情報は直ちにロバートコッホ-研究所(RKI)に報告されました。その時点においては、データもトルコにおける野兎病の発生状況に関していかなる情報も取得できていませんでした。トルコまたは近隣諸国への旅行に関連して起こった野兎病感染に関するデータは存在しませんでした。

トルコ移民のドイツにおける海外からの移民に占める割合は高率です。2010年末では、ドイツの人口のおよそ2%はトルコからの移民(162万9480人)でした[4]。2009年末ではベルリン人口の3%がトルコからの移民(10万8000人)でした[5]。 さらに、トルコ出身のドイツ人が、移民後も自分の家族とトルコで濃厚接触したり、トルコへ頻繁に旅行したりしています。

このため、海外旅行者による輸入感染症をこれ以上阻止することができないことを考慮し、ドイツ全16州の保健当局に対して、3月8日の疫学週例電話会談(EpiLag)の際に情報提供がなされました。RKIは、トルコで状況に関して詳しいデータを得るとともに、他国に必要な注意を促すために、本感染症についてIHRのトルコ国内におけるfocal pointとWHO地方事務局に情報を送付しました。 さらに、ヨーロッパ連合のEarly Warning and Response System(EWRS)に情報を送付しました。 政府は、野兎病が潜在的生物学的リスクのある疾患として分類されていることから、RKIのドイツ生物安全管理国家センター(German National Centre for Biological Security)の参加を決定しました。総合的には、さらに病原体が伝播するリスクとドイツの公衆衛生に対する脅威は低いと評価されました。

疫学的考察

ヨーロッパにおける野兎病の発生は、ノルウェー[6,7]、スウェーデン[8]、スペイン[9]、および、1999年の安全保障理事会Resolution1244に基づく国連統治が行われたコソボ自治州[10]におけるものが文献上記載されています。トルコの一部は野兎病の再興感染による感染の強い影響がみられており、2000年以来みられた数多くのアウトブレイクに関する論文が発表されています[11-16]。 ドイツでは野兎病の症例はあまり認められませんが、2007年以来報告数が年々増加しています。旅行関連の野兎病症例がいくつかドイツで報告されています(2001年から2009年までの74症例のうち10症例)が、2003年までさかのぼると1つの症例のみがトルコに由来するものでした[17,18]。2001年以来ドイツで報告された野兎病症例と病原体に感染した国を図に示します。

図.ドイツ国内における野兎の発生:各年度における発生数と感染国2001-2011(n=111

ドイツとトルコのIHR Focal Pointsを介して、トルコ保健省プライマリヘルスケア局長と情報交換を行ったところ、トルコ国内における現状と考えられる感染源についてより詳細な情報(個人的連絡を介したもの: Dr.Tamer Sami Pelitli2011年3月18日)を得ることができました。特に重要な2010年のヨズガト州での症例を含む、100例以上の野兎病症例がトルコ中部地方からナショナルレファレンスラボラトリーに報告されていました。これらの症例は、アンカラとブルサの2つのレファレンスラボラトリーでの血清学的試験およびPCRによって確認されました。 この情報に基づいて、トルコ保健省は、2010年に野兎病の拡散を阻止する行動計画を実行しました。 この行動計画は水道の復興に焦点を合わせたものです。2011年の野兎病の症例数が、前年までの各年と比較して減少しているという有望な結果が報告されました。ベルリンの2つの症例がドイツのIHR Focal Pointから通知された後に、トルコの保健省は、ヨズガト州で積極的なサーベイランス業務を開始しましたが、野兎病伝播のリスクは今のところ認められていません。

ベルリンにおけるどちらの症例においても、最終的に感染源を特定できませんでした。 しかしながら、判明している疫学的情報に基づいて、最も可能性が高いと考えられる原因は、トルコ国内における野兎病流行地域に滞在した際に飲んだ汚染水であることが疑われいます。貯水槽や飲用として不十分な処理しかなされていない表層水のような集中管理されていない飲用水供給源があり、このような飲用水供給源を媒介とした感染が度々発生してきました[15]。ベルリンで診断された患者のうち少なくとも一人の症例は、このような可能性があることを支持しています。咽頭部の野兎病は病原体の経口摂取に関連すると考えられているからです。

臨床的考察

野兎病の一般症状が比較的疾病特異的なものではないことと、初期症状が多様であること(感染経路による)に伴い、臨床診断は容易ではありません。したがって、早期に野兎病の可能性を疑うことができるかどうかは、正確に病歴や疫学データ、特に旅行歴、動物との接触、職業、および虫さされに関するデータを得ることができるかどうかによっています。これに引き続き、血液、リンパ節穿刺液、外傷部スワブからのPCRのような高感度の生物分子的手法による同定や、特異性の高い血清学的試験結果に基づいて診断結果は確認されるべきで、これらの検査は専門的な研究室で実施することができます。

早期に診断できれば、ドキシサイクリンやフルオロキノロンのような効果的な抗生物質で直ちに治療を行うことが可能で、重篤な場合にはアミノグリコシド系抗生物質を併用することができます。原因が明らかではないリンパ節炎の多くに経験的に使用される、セファロスポリン、アモキシシリン/クラブラン酸やマクロライド系抗生物質は、野兎病に対して有効ではありません。腫瘍が疑われる症例に対する手術が、野兎病患者に対して行われることがあります。これらの症例においては、レトロスペクティブな診断として行われた組織病理学的試験および/または野兎病特異的抗体の検出によって野兎病であることが判明することがよくあります。

今日の臨床医は、トルコから帰国した旅行者が野兎病に感染している可能性があることを知っていなければなりません。野兎病を示唆する症状を示す症例においては、効果的な診断手法が遅滞なく適用されるべきです。診断が遅れは患者の容態の悪化を招く可能性が高いのです。本疾病に関わる公衆衛生上の問題と取り組むことに加え、疫学は野兎病の早期かつ効果的診断および処置を可能にする重要な役割を演じています。

著者

A Schubert(Amadeus.Schubert@lageso.berlin.de)1,W Splettstoesser2, J Bätzing-Feigenbaum1

  1. 1Infectious Disease Protection and Epidemiology Unit, State Office for Health and Social Affairs(LAGeSo), Federal State of Berlin, Berlin, Germany
  2. 2German Reference Laboratory for Tularaemia, Bundeswehr Institute of Microbiology, Munich, Germany

参考文献

  1. 1.Adrese Dayalı Nüfus Kayıt Sistemi(ADNKS) Sonuçları 2008. [Address-based population registration system for 2008] Ankara: Turkish Institute for Statistics.
    http://tuikapp.tuik.gov.tr/adnksdagitapp/adnks.zul
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