ドイツにおける溶血性尿毒症症候群の大規模かつ現在進行中のアウトブレイクについて

Eurosurveillance2011年5月26日

2011年の5月上旬より溶血性尿毒症症候群(HUS)や血性下痢症の発生が増加していますが、これはドイツで発生が認められている志賀毒素産生性大腸菌の感染に関連するもので、ほとんどの症例がドイツ北部で発生したものです。欧州の他国で報告された症例については、いずれもこの領域への渡航者が発症したものです。ハンブルクで行われた症例対照研究の最初の結果は、この病気の発症と生のトマト、キュウリおよびレタスの葉の摂取との関係を示唆するものです。

非常に多数の溶血性尿毒症症候群(HUS)の症例が2011年5月上旬にドイツで認められました。この報告は、2011年5月26日までの予備的な検討結果について報告したものです。

溶血性尿毒症症候群(HUS)は、志賀毒素(ベロ毒素と同意)産生性の大腸菌(STEC/VTEC)による腸管内細菌感染時に起こる重篤かつ場合によっては致死性となる合併症です。HUSの全体的な病像の特徴は、急性腎不全、溶血性貧血および血小板減少です。典型的には、下痢、多くは血性下痢症から始まります。毎年平均1000例の症候性のSTEC様感染とおよそ60例のHUS症例がドイツでは届出されており、HUSの大半は5歳未満の小児に起こったものです[1]。2010年にはHUSで2人が死亡しています[1]。

STECは動物由来性で、直接または間接的に動物より人に伝播する可能性があります。反芻獣、特に牛、羊および山羊が自然宿主であると考えられています。伝播は、動物(または糞)との接触時の糞口感染や汚染された水、食料の摂取によって起こりますが、人と人との直接接触によっても起こりえます(塗抹感染”smear infection”)。STECの潜伏期間は2日から10日で、胃腸症状が始まってから腸管性のHUSが現れるまでの期間はおよそ1週間です。

アウトブレイクの詳細

表に自治体保健衛生課に届出がなされ、連邦内各州からロベルト・コッホ研究所(RKI)に報告されたHUSの症例およびHUS疑い症例の数を示します。この症候群は、症状の過程を表したものであり、通常、HUS疑い症例は数日後にはHUSの完全な臨床像へと進行することからHUS疑い症例はHUSに含められています。

図.症例数の表

これまでに発見された214人の患者の病気の発症(下痢について)は、2011年5月2日から24日までの間のものです。119例(56%)は4つのドイツ北部の州(ハンブルグ、シュレースヴィヒホルシュタイン、ニーダーザクセンおよびブレーメン)から報告されたものです。最も高い累積罹患率が記録されたのは北部の2つの州であるハンブルクおよびブレーメンでした。ヘッセンではさらに31例が発症しています。これらの症例は、ある会社のカフェテリアと住宅関連団体に食品を供給するあるケータリング会社と関係があります。これらの症例はサテライトアウトブレイクを構成しているようです。

地学的な群発とは別に、年齢および性別ごとの症例の分布については特殊なものです。214例のうち186例(87%)は、18歳以上(ほとんどが青年~中年)で146例(68%)が女性です。2006年から2010年までのHUSの届出データによると各年で大人の割合は1.5~10%にとどまっており、感染者の性別は均等でした。

このアウトブレイクに関連する症例は他の欧州諸国からも報告されています。2011年5月25日、スウェーデンは欧州警戒応答システム(European Warning and Response System:EWRS)を通じて9例のHUS症例を報告しました。そのうち4例は、5月8日から10日にかけて30人のツアーのメンバーとして北ドイツを旅行していました。デンマークは4例のSTEC感染症について報告し、そのうち2名はHUSを発症していました。すべての発症例において患者は最近北ドイツに旅行していました。他にも北ドイツを当該期間中に旅行したことのある患者2例のHUS発症例が各1例づつオランダおよび英国から報告されています。

これまでにドイツでのHUS症例2例においてこの病気による死亡例がありました(双方とも女性。80代と20代)

実験室における試験

RKIに属するサルモネラおよび他の細菌性腸内病原体に関する国立レファレンスセンター(“National Reference Centre for Salmonella and other bacterial enteric pathogens”)(ヴェルニゲローデ)でヘッセンとブレーメルハーフェンの2名の患者より分離された病原体を試験した結果、アウトブレイクした系統は血清型O104の大腸菌であり次のような特性を持っていました。すなわち、志賀毒素2型(vtx2a,EQA 命名法2011 WHO血清学研究センター:コペンハーゲン)産生性、インチミン(eae)陰性でエンテロヘモリシン(hly)陰性でした。この系統は、第三世代セファロスポリン耐性(基質特異性拡張型ベータラクタマーゼ(ESBL, CTX-M型)による)で、広範囲の抗生物質に対して耐性を有し、特にトリメトプリム/スルフォンアミドやテトラサイクリンに対して耐性です。

さらに、ミュンスター、パーダーボルン、ハンブルクおよびフランクフルトで分離された13種類の細菌株が、ミュンスター大学病院の衛生学研究所にある溶血性尿毒症症候群のコンサルティングラボラトリで調べられました。全ての菌株は塩基配列に基づくタイピングの結果、ST678(stx1-,stx2+,eae-,flagellinコード遺伝子flicH4)、グループHUSEC41の血清型O104であることがわかりました[2,3]。以上の結果がドイツにおける状況を完全に反映しているかどうか、より多くの分離株を調べることによって確認する必要があります。O104大腸菌は、アメリカで1994年にアウトブレイクが報告されていますが[4]、過去にドイツや他の場所においてアウトブレイクしたHUSのほとんどがSTEC O157系統によることが知られていることから、本件につき血清型O104であることが確認されたということは非常に特殊な事態であると考えられます。

感染源特定のための研究

非常に多くの患者が短期間に発生し、地理学的かつ人口学的分布と患者の初診時の主訴からみてSTECに汚染された食品が感染を広めたと考えられます。過去のSTECで感染源と特定されてきた生乳や生肉のような食品は、今回のアウトブレイクに関係しないと考えられています。RKIとハンブルク保健衛生当局によって行われた予備的な症例対照研究の結果は疾病の発症と生のトマト、キュウリおよび葉野菜の摂取と有意に相関していました。この研究結果は、HUS(n=20)のために入院した20例の患者もしくは血性の下痢をきたしてSTEC感染が研究室で確認された5例の患者が発症する前一週間に摂取した食物がまとめられたものであり、全ての人が5月9日から25日の間に発症していました。それに加え、年齢、性別および住所から対照群として選ばれた96例について過去1週間に摂取したものについて聴取されました。彼らに対して聴取した食品の品目は、過去のHUS症例の徹底的な調査において度々名前が挙がっているものが選ばれました。関連があるとされた食品(トマト、キュウリ、葉野菜)が有症者の90%において摂取されているのに対し、対照群においては60%が摂取しているのみで、オッズ比はおよそ4~7倍であり、統計学的に有意でした。しかし、他の食物が感染源であることや、上に指摘した食物に加えて別の食物が感染源である可能性もあります。この結果はハンブルグに限定した研究結果であり、必ずしもドイツ全土にあてはめることはできません。疑いのある食品の供給元について、研究結果から統一した見解は得られませんでした。ある店やレストランが汚染源であったことは否定できます。この結果に基づいて食品の追跡調査が行われています。

状況の評価

今回の出来事は、歴史的には世界で最大級のHUS/STECのアウトブレイクの一つであり、またドイツにおいては最大のもので、過去の例からみても発症者の年齢および性別の分布は特異なものです。HUS症例や疑い症例の発症は、少なくとも北ドイツでは現在も続いており、血性下痢症で救急外来する人の数が増加し続けています。このことから、感染源は未だ活動していると推測されるべきです。血性下痢症をおこしている多くの人々は入院することが必要で、HUS患者は透析や血漿交換(プラズマフェレーシス)を必要とすることが多く、一部の地域では医療施設が逼迫しています。州と地方自治体の保健衛生課の協力により進められている疫学調査は、重要なヒントとなる情報、すなわち特定の食品がアウトブレイクと関係がある可能性について緊急に伝えてきました。さらなる疫学調査、実験室での試験や疑わしい食品のトレースが、以上の結果を確認し感染源の可能性を絞り込むために必要とされています。

消費者および患者への勧告

アウトブレイクが現在進行中であることと、多くの症例が重症であることから、RKIと連邦リスクアセスメント研究所(BfR)は、生のトマト、キュウリおよび葉野菜サラダの摂取を控えることと、特に北ドイツにおいて注意すべきであることを勧告し、特に通知するまでこれを継続すべきであるとしています。従来行われている食品衛生上の規則については現在においても有効です[5]。

下痢を呈している人は特に手指の衛生状態に注意しなければなりません。血性下痢症を呈している患者は医療機関での診察をただちに受けるべきです。内科医に対してはこれらの患者に便のSTEC検査を行い、HUSの進行について詳しくモニターすることについて注意を喚起します。HUSの進行が疑われる患者については、適切な入院施設に移送すべきです。

検査診断施設は、分離したSTECをサルモネラおよび他の細菌性腸内病原体に関する国立レファレンスセンター(“National Reference Centre for Salmonella and other bacterial enteric pathogens”)に送付するよう求められています。

感染症防御条例2001は、自治体の保健衛生課に対して検査施設がSTECの確認された場合や、臨床医学的にHUSの診断あるいはHUSの疑いが診断された場合には届出を行うことを規程しています。

参考文献

  1. 1.SurvStat. Berlin:Robert Koch Institute. German.Available from:http://www3.rki.de/SurvStat. [Accessed: 24 May 2011].
  2. 2.HUSEC Referenzstammsammlung. [HUSEC collection of reference strains]. Muenster:Konsiliarlabor für Hämolytisch–Urämisches Syndrom(HUS). German.Available from:http://www.ehec.org/index.php?lang=de&pid=HUSEC
  3. 3.Mellmann A, Bielaszewska M, Köck R, Friedrich AW, Fruth A, Middendorf B, et al.Analysis of collection of hemolytic uremic syndrome-associated enterohemorrhagic Escherichia coli.Emerg Infect Dis. 2008;14(8):1287-90.
  4. 4.Centers for Disease Control and Prevention(CDC).Outbreak of acute gastroenteritis attributable to Escherichia coli serotype O104:H21--Helena, Montana, 1994.MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 1995;44(27):501-3.
  5. 5.Verbrauchertipps:Schutz vor Lebensmittelinfektionen im Privathaushalt. [Consumer advice:Protection from food-borne infections in the private household]. Berlin:Bundesinstitut für Risikobewertung;2007. German.Available from:www.bfr.bund.de/cm/350/verbrauchertipps_schutz_vor_lebensmittelinfektionen_im_privathaushalt.pdf[PDF形式:780KB]