アフリカトリパノソーマ症(睡眠病)(Fact sheet)

2012年1月 (原文〔英語〕へのリンク

概要

  • 睡眠病は、疾患を伝播するツェツェバエのいるサハラ以南アフリカ36ヶ国でのみ見られる疾患です。
  • ツェツェバエとこの疾患に最も曝露される人々は地方に住む農業、漁業、畜産、狩猟で生計を立てる人々です。
  • Trypanosoma brucei gambiense(T.b.g.)ガンビアトリパノソーマが睡眠病として報告される症例の95%の原因となっています。
  • 制御対策の成果で、2009年の報告症例数は50年間で初めて10,000人以下に減少しました。この傾向は2010年も続き、新患者は7,139人の報告でした。
  • この疾患の診断と治療は複雑で、特に訓練されたスタッフが必要です。

疾患の定義

ヒトアフリカトリパノソーマ症は、睡眠病としても知られていますが、ベクター由来寄生虫感染症です。原因寄生虫は、Trypanosoma属に属する原虫です。この原虫はツェツェバエ(Glossina属)の刺咬を介して感染したヒトやヒト病原性寄生虫を保菌する動物からヒトへと伝播します。

ツェツェバエはサハラ以南アフリカでのみ見られ、特定の種だけが疾患を伝播します。これまでに理由はよくわかっていませんが、多くの地域でツェツェバエは見つかっていますが、睡眠病はそれほど多くの地域ではみられません。伝播の起こっている地域に住み、農業、漁業、畜産、狩猟で生計を立てている住民が最もツェツェバエに曝露され、それ故疾患に罹患しやすいのです。この疾患は一村で発生すると地域全体まで拡大します。感染地域内では、疾患の度合いは村毎に異なります。

ヒトアフリカトリパノソーマ症の型

ヒトアフリカトリパノソーマ症には原因寄生虫により2つの型があります:

  • Trypanosoma brucei gambiense(T.b.g.)ガンビアトリパノソーマは西、中央アフリカで見られます。この型は睡眠病として報告される症例の95%の原因となっており、慢性感染症を引き起こします。感染しても数ヶ月又は数年にわたって大きな症状や所見のないことがあります。発症したときには、すでに中枢神経系への障害が出るほど進行した段階になっていることがしばしばあります。
  • Trypanosoma brucei rhodesiense(T. b. r)ローデシアトリパノソーマは東、南アフリカで見られます。現在この型は報告症例の5%以下で急性感染症を引き起こします。最初の症状や所見は感染後数ヶ月又は数週間で発現します。この疾患は急速に進行し、中枢神経系に波及します。

他の型のトリパノソーマ症が主にラテンアメリカ21ヶ国で起こっています。これはアメリカトリパノソーマ症とか、シャーガス病と呼ばれています。原因寄生虫はこの疾患のアフリカ型の原因寄生虫とは異なる種類です。

動物トリパノソーマ症

他の種又はTrypanosoma属の他の亜種が動物の病原体となり野生動物や家畜のトリパノソーマ症を引き起こします。ウシではナガナと呼ばれ、ズールー語で“意気消沈する”という意味です。

動物はヒト病原寄生虫、特にT. b.rhodesiense、の宿主となることがあります;つまり家畜や野生動物は重要な寄生虫リザーバーとなります。動物はまたT. b.gambienseに感染することがあり、リザーバーにもなり得ます。しかし、リザーバーの明確な疫学的役割はまだよくわかっていません。家畜特にウシで、この疾患は、感染地域の経済発展の障害となっています。

主なヒトでの流行

アフリカでは前世紀にいくつかの流行が起こりました。

  • 1896年から1906年、主にウガンダとコンゴ盆地での流行
  • 1920年のアフリカの多数国での流行
  • 最近起こった1970年の流行

1920年の流行は移動部隊がリスクのある数百万人の人々をスクリーニングしたおかげで制御されました。1960年代の中頃までにこの疾患はほとんどなくなりました。この成功によりサーベイランスが緩和され、この疾患はいくつかの地域で30年にわたり再流行しました。WHO、国内制御プログラム、相互協力、NGOの努力により、1990年代と21世紀初頭に新患者発生の増加傾向を止め、下降へ向かわせました。

疾患の分布

睡眠病はサハラ以南アフリカ36ヶ国の数百万人の人々への脅威です。流行のあった地域に住む多くの人々は、適切な医療へのアクセスが制限される離れた地域に住んでいて、サーベイランスが行えず、患者が出ても診断や治療が受けられません。さらに、人口の移動、戦争や貧困は伝播の増加を引き起こし、保健システムの弱体化や消失により疾患の分布が変化することになります。

  • 1986年、疾患の伝播が起こる可能性のある地域に居住する人は7000万人程度いると推定されました。
  • 1998年には約40,000人の症例が報告されましたが、300,000症例が診断されてず、そのため治療を受けていないと推定されています。
  • 流行時にコンゴ民主共和国、アンゴラ、南スーダンのいくつかの村では有病率が50%に達しました。そのような村では、睡眠病はHIV/AIDSよりも多い1位か2位の死亡原因です。
  • 2005年までにサーベイランスは強化され、大陸での新患者数は減少しました;1998年から2004年の間に両タイプの本疾患は37,991人から17,616人に減少しました。実際の患者数は50,000人から70,000人と推定されています。
  • 2009年、制御取り組みを継続した結果、報告された患者数は50年間で初めて10,000人以下(9,878人)に減少しました。この傾向は2010年も続き、新患者数は7,139人でした。実際の患者数は現在30,000人と推定されています。

2000年と2001年、WHOはAventis Pharma(現在のsanofi-aventis)、Bayer HealthCareと公(官)民パートナーシップを設立し、WHOサーベイランスチームを結成して流行地の制御活動を支援し、患者を治療する薬剤を無料で支給することができました。

パートナーシップは2006年、最近は2011年に更新されました。睡眠病の症例数の抑制成功は他の民間パートナーが、公衆衛生上の問題としてこの疾患の排除に向けたWHOの初期努力を支援することを勢いづけました。

流行国の現状

有病率は国により、また国内でも地域によって異なります。

  • 過去10年、報告された症例の70%以上がコンゴ民主共和国(DRC)で発生しました。
  • 2010年、DRCだけで1年に500人以上の新患者を正式発表しました。
  • アンゴラ、中央アフリカ共和国、チャド、スーダン、ウガンダが1年に100人から500人の新患者を正式発表しました。
  • カメルーン、コンゴ、コートジボアール、赤道ギニア、ガボン、ギニア、マラウィ、ナイジェリア、タンザニア連邦共和国、ザンビア、ジンバブエなどの国々では1年に100人以下の新患者を報告しています。
  • ベナン、ボツワナ、ブルキナファソ、ブルンジ、エチオピア、ガンビア、ガーナ、ギニアビサウ、ケニア、リベリア、マリ、モザンビーク、ナミビア、ニジェール、ルワンダ、セネガル、シエラレオネ、スワジランド、トーゴのような国々では10年以上新患者は報告されていません。疾患の伝播は封じ込められたようですが、まだいくつかの地域については、不安定な社会情勢と僻地のアクセスのため、サーベイランスと診断活動が妨げられ、正確な状況を評価することが困難です。

感染と症状

この疾患は大部分が感染したツェツェバエに刺咬されることで感染しますが、他の方法で睡眠病に罹患する患者もいます。

  • 母子感染:トリパノソーマは胎盤を通過し胎児に感染することができます。
  • 他の吸血昆虫を介した機械的伝播も起こりえます。しかしながら伝播の疫学的影響を評価することは困難です。
  • 汚染した針刺し事故で検査室感染が起こったことがあります。

第一段階として、トリパノソーマは皮下組織、血液、リンパ内で増殖します。これは血流リンパ期として知られ、発熱、頭痛、関節痛、かゆみのある期間を伴います。

第二段階は、原虫が血液脳関門を破り中枢神経系に侵入します。神経期として知られています。一般的にこの時期はもっと明らかな所見と症状が現れます;行動の変化(異常行動)、混乱、感覚障害、調整力の低下。睡眠サイクルの障害は、この症状が病名の由来ですが、この疾患の第二段階の重要段階です。治療しない場合、睡眠病は致死的と考えられます。

疾患管理:診断

疾患管理は3段階で行われます。

  • 感染可能性のスクリーニング。これには血清学的試験(T. b.gambienseにのみ有効です)と臨床所見のチェック-一般的に頚部リンパ節の腫脹。
  • 原虫の存在の診断
  • 疾患の進行段階の決定。これには腰椎穿刺で得られた脳脊髄液の検査を含み、また治療方針のために使用されます。

診断は可能な限り早急に、また複雑で困難でリスクのある治療方法を避けるために神経期の前に行われなければなりません。

T. b.gambiense睡眠病の第一段階が、長期の、比較的無症状であることは、初期段階の患者を見つけ伝播を減少させるために徹底的な積極的なスクリーニングが必要となる理由の一つです。徹底的なスクリーニングには人と資材(資源)の大きな投入が必要です。アフリカでは、特に疾患の見つかる僻地では、しばしばそのような資源は乏しいのです。その結果、多くの感染者が診断され治療を受ける前に死亡するかもしれません。

治療

治療法は疾患の段階によります。第一段階で使用される薬剤は毒性が低く、投薬しやすいです。疾患が早期に診断されればされるほど、治癒の可能性はより期待できます。

第二段階での治療の成功は血液脳関門を通って原虫に薬剤が届くかどうかにかかっています。そのような薬剤は毒性が強く、投与が複雑です。4薬剤が睡眠病の治療薬として認可されており流行地では無料で供給されています。

第一段階治療:

  • ペンタミジン:1941年に発見され、T. b.gambiense睡眠病の第一段階治療に使われます。無視できない不快な副作用にもかかわらず、患者は一般的によく耐えます。
  • スラミン:1921年に発見され、T. b.rhodesienseの第一段階治療に使われます。望ましくない副反応が泌尿器系またはアレルギー反応として引き起こされます。

第二段階治療:

  • メラルソプロール:1949年に発見され、両タイプの感染に使われます。これはヒ素由来で多くの望ましくない副反応があります。最も印象の強いのは反応性脳症(脳症症候群)で、致死的となります(3%-10%)。いくつかの地域特に中央アフリカで、薬剤耐性の増加が見られています。
  • エフロルニチン:この薬剤はメラルソプロールより毒性が低く、1990年に認可されました。T. b.gambienseにのみ有効です。投与計画が厳格で適応が困難です。
  • ニフルチモックスとエフロルニチンの併用療法が最近導入されました(2009)。エフロルニチンの単独療法を簡素化しましたが、残念ながらT. b.rhodesienseには効果がありません。ニフルチモックスはアメリカトリパノソーマ症の治療に認可されていますが、ヒトアフリカトリパノソーマ症には認可されていません。それでも、臨床試験で安全性と有効性についてのデータが提出され、エフロルニチンとの併用療法による使用が認められWHOの必須薬剤リストの中に加えられました。この目的のために無料でWHOから供給されています。

WHOの対応

WHOは全国制御プログラムを支援し技術的援助を提供しています。対応の重要な部分は、sanofi-aventis(ペンタミジン、メラルソプロール、エフロニチン)やBayer AG(スラミン、ニフルチモックス)とWHO民間パートナーシップを締結し、流行国へ無料で薬剤を提供していることです。サーベイランスや制御に参加し新薬や診断方法の開発の研究プロジェクトを行うため、拠出国、民間基金、NGO、地域研究所、研究センター、大学との間にネットワークを構築しました。

WHO計画の目的は:

  • 制御方法の強化、調整と、確実な現場活動を維持する;
  • 現在のサーベイランスシステムを強化する;
  • 診断と治療へのアクセスを確実にする;
  • ネットワークを通じて治療と薬剤耐性の監視を支援する;
  • 情報データベースとデータの疫学的解析を展開させる;
  • 訓練活動を実行する;
  • 治療と診断方法を改善するために実行中の研究を支援する;
  • 動物トリパノソーマ症の管理でFAOと、オスのハエを放射線で不妊化しベクターコントロールをするためにIAEAとの協力を促進する。アフリカ連合とともに国連3機関はアフリカトリパノソーマ症対策プログラム(PAAT)を促進しています。
  • アフリカ連合のパンアフリカツェツェバエトリパノソーマ症根絶キャンペーンのリードするベクターコントロールを調整、協調する。

ことです。

出典

WHO:Fact sheet
African trypanosomiasis(sleeping sickness)
http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs259/en/index.html