旅行に関連したアフリカトリパノソーマ症による多臓器不全

2012年2月 EID  Vol. 18, No2 (p287-289)

Lucy E.Cottle, Joanna R.Peters, Alison Hall, J.Wendi Bailey, Harry A.Noyes, Jane E.Rimington, Nicholas J.Beeching, S.Bertel Squire, and Mike B. J.Beadsworth

要約

ザンビアのサファリツアーで感染したTrypanosoma brucei rhodesienseによる2次性多臓器不全患者について報告します。この症例は最近ProMED-mailへ投稿されたこの地域への旅行者での症例報告の中の一人です。トリパノソーマ症は旅行者ではまれな疾患ですが、アフリカのトリパノソーマ流行地から帰国した発熱患者では鑑別診断の一つに入れられるべきです。

イギリス人のアフリカサファリ旅行者で、アフリカトリパノソーマ症で多臓器不全、二次性ショックになった症例を報告します。この症例はTrypanosoma brucei rhodesiense感染治療の合併症とザンビアへの旅行者で最近ProMED(www.promedmail.org)へ報告されたトリパノソーマ症の症例が増加してきていることに注目しています。

症例

49歳の女性はザンビアで2週間のサファリツアーからイギリスへ帰国1日後に、5日続く発熱、全身倦怠感、頭痛、めまい、腹部不快感、下痢の症状で受診しました。

サファリ旅行中、South Luangwa国立公園で3日間、Lower Zambezi国立公園で3日間、Kafue国立公園で6日間過ごしました。Furness General Hospitalでの最初の血液塗抹標本で、マラリア原虫は陰性でしたがトリパノソーマが陽性でした。リバプールの熱帯感染症病院へ緊急搬送が準備されました。

到着時、患者は脱水、黄疸、頻脈がありましたが初期の血圧は正常でした。聴診で呼吸音減弱があり、腹部は膨満していましたが圧痛はありませんでした。腹部には軽度の紅斑性発疹が認められましたが、下疳はありませんでした。神経学的所見は特記すべきことはありませんでした。

再度血液塗抹検査で多数のトリパノソーマが認められ(Figure)、患者の渡航歴からT. b.rhodesiense(ローデシアトリパノソーマ)が最も疑われました。PCRの結果からT. b.rhodesiense特殊血清抵抗-関連遺伝子陽性トリパノソーマと確定診断されました(1)。血液検査の結果は以下の通りです:尿素9.2mmol/L、クレアチニン146μmol/L、白血球3.7x109cells/L、血小板13x109/L、CRP234mg/L、ALT179U/L、ビリルビン38μmol/L、PTT13.5s。

緊急補液にもかかわらず、12時間にわたり血圧低下が進行し、ICUへ緊急転床となりました。スラミン100mgの試験投与は耐容性がありましたが、最初の全量投与は副作用で循環虚脱と気管支収縮を起こし、ハイドロコーチゾンやクロルフェナミン(抗ヒスタミン)を投与しスラミン投与を緊急に停止しなければなりませんでした。調査の結果、スラミンの投与が記述(規定された)よりも速い速度で注入されたことが判明しました。残りの容量を記述されたとおりゆっくり投与したところ副反応は起こりませんでした。

低血圧は4日間続きましたが昇圧剤は必要ではありませんでした。Short synacthen test(ACTH刺激試験)、心電図、心エコーは正常でした。

2クール目のスラミン治療の後の血液塗抹標本で寄生虫は認められず、腰椎穿刺が行われました。脳脊髄液(CSF)中の白血球は4/μL、タンパク量、糖も正常値、2回遠心後もトリパノソーマは認められませんでした。

患者は早期病状ステージでのスラミン投与を全コース受け、(Table1)、完全に回復しました。中枢神経系への無症候性侵入を確認するためフォローアップケアとして2年間は3ヶ月毎に腰椎穿刺を受けることになります。これまで3回の腰椎穿刺ではCSN侵入のエビデンスは見つかっていません。

アフリカトリパノソーマ症は原虫T. bruceiが原因となる疾患で、ツェツェバエが伝播します。2亜科でヒト病原性があります:中央アフリカと西アフリカで見られるT. b.gambienseと東アフリカと南アフリカで見られるT. b.rhodesienseです。

病状は2段階で進行します。第一ステージは寄生虫が血中からリンパ節、肝、脾、心、内分泌系、眼に侵入します(4)。治療しない場合、CNSへ侵入し第二段階へ進むかまたは髄膜脳炎となって睡眠障害になります。第二ステージへ移行するのにT. b.gambiense感染の場合数ヶ月かかりますが、T. b.rhodesiense感染ではほんの数週間です。

旅行者でのトリパノソーマ症はまれですが、アフリカのトリパノソーマ流行地からの帰国者で発熱のある患者では鑑別診断で考慮すべきです(5)。最近の報告ではザンビア、特にSouth Luangwa Valleyからの帰国者で患者が増加していることが示唆されます(Table 2)(6)。これらの症例がその地域での感染リスクの増大を反映しているのか、トリパノソーマ流行地への旅行が増えたためかは不明です。旅行者での感染は通常急性発熱、時に一過性の斑状発疹や下疳を伴う症状を呈します(2,4)。検査結果ではしばしば貧血、血小板減少、白血球減少、腎機能障害、電解質異状、凝固系異状、肝酵素とCRPの上昇が認められます(2,7)。

低血圧の続く患者で考慮しなければならない状況は副腎機能不全と心機能不全です。副腎機能不全はウガンダのトリパノソーマ患者の研究で27%と高値でした(8)。心筋炎、心膜炎、うっ血性心不全が報告されており、心電図や心エコーで除外診断されるべきです(4)。

T. b.rhodesiense感染の第一段階の治療は静脈内スラミン投与で、20mg/kgを5回、3-4週で静注します(2,4)。スラミンに対する早期過剰反応(例えば吐き気、循環虚脱、じんましん)が、0.1%-0.3%の患者でみられます:つまり、初期試験投与が必要です(9)。

T. b.rhodesiense感染第二ステージは、メラソプロールでの治療を行いますが、この薬剤は非常に毒性の高いヒ素で患者の10%程度は重症の反応性脳炎を起こし、その半数は死亡します(10)。患者に対するこの毒性は、CSF検査で決定されル正しいステージングの重要性を強調するものです。WHOガイドラインによりますとCSF内に白血球>5/μLまたはトリパノソーマ原虫が認められた場合第二ステージと診断されます(11)。腰椎穿刺は血中に原虫が認められなくなるまで待たなければなりません。

今回の患者が高濃度の原虫血症で急性発症したことを考慮し、トリパノソーマ感染症の遺伝学的感受性の可能性について検討してみました。ヒト血漿はアポリポタンパクL-1(APOL1)と呼ばれるトリパノソーマ溶解因子を含んでいます(12)。このタンパクはrhodesiensegambiense以外のT. bruceiを溶解しますが、rhodesiensegambienseの2種は抵抗性を獲得しています(13)。2006年、Vanhollebekeらは(14)、通常APOL1に感受性のT. evansiに感染した患者について報告しています。この患者はAPOL1遺伝子に変異があり血清中のAPOL1が欠損し、ヒトに病原性のないとされる種に感受性になったと報告されています。私たちは今回の患者についてAPOL1遺伝子の解析を行いましたが、感受性を高めるような実際的な変異は認められませんでした。

結論

要約すると、トリパノソーマ症は旅行者ではまれな疾患ですが、アフリカのトリパノソーマ流行地から帰国した発熱患者では可能性のあるものとして考えるべき疾患です。トリパノソーマ症症例を早期にProMED-mailへ報告することで、サファリ旅行者へ感染リスクが高いことを適宜知らせることができます。T. b.rhodesiense感染患者は早期ステージから多臓器不全に進展するかもしれません。そのような患者の治療は厳密な治療支援で管理されなければなりません。また急速なスラミンの静注は循環虚脱を招くことを肝に銘じるべきでしょう。

謝辞

Anthony Macheta from Furness General Hospital.
Dr Cottle is a specialist registrar in infectious diseases at the Tropical and Infectious Disease Unit in Liverpool, UK.

引用文献

1.Welburn SC, Picozzi K, Fèvre EM, Coleman PG, Odiit M, Carrington M, et al.Identifi cation of human-infective trypanosomes in animal reservoir of sleeping sickness in Uganda by means of serumresistance-associated (SRA) gene. Lancet. 2001;358:2017–9. http://dx.doi.org/10.1016/S0140-6736(01)07096-9

2.Brun R, Blum J, Chappuis F, Burri C.Human African trypanosomiasis. Lancet. 2010;375:148–59. http://dx.doi.org/10.1016/S0140-6736(09)60829-1

3.Abramowicz M.Drugs for parasitic infections. In:Abramowicz M,editor.The medical letter on drugs and therapeutics.New Rochelle(NY):The Medical Letter, Inc;2000. p. 1–12.

4.Kennedy PG.The continuing problem of human African trypanosomiasis(sleeping sickness).Ann Neurol. 2008;64:116–26. http://dx.doi.org/10.1002/ana.21429

5.Gautret P, Clerinx J, Caumes E, Simon F, Jensenius M, Loutan L, et al.Imported human African trypanosomiasis in Europe,2005–2009.Euro Surveill. 2009;14:pii:19327.

6. ProMED-mail.Archive nos. 20100915.3338, 20101022.3833, and 20101111.4093 [cited 2011 Sep 22]. http://www.promedmail.org

7.Sinha A, Grace C, Alston WK, Westenfeld F, Maguire JH.African trypanosomiasis in two travelers from the United States.Clin Infect Dis. 1999;29:840–4. http://dx.doi.org/10.1086/520446

8.Reincke M, Arlt W, Heppner C, Petzke F, Chrousos GP, Allolio B.Neuroendocrine dysfunction in African trypanosomiasis.Ann N Y Acad Sci. 1998;840:809–21.http://dx.doi.org/10.1111/j.1749-6632.1998. tb09619.x

9. Burri C.Chemotherapy against human African trypanosomiasis:is there a road to success?Parasitology. 2010;137:1987–94.http://dx.doi.org/10.1017/S0031182010001137

10.Rodgers J.Human African trypanosomiasis, chemotherapy and CNS disease.J Neuroimmunol. 2009;211:16–22. http://dx.doi.org/10.1016/j.jneuroim.2009.02.007

11.World Health Organization.Control and surveillance of African trypanosomiasis.Report of a WHO expert committee.WHO Technical Report Series. 1998;881:I–VI, 1–114.

12.Vanhamme L, Paturiaux-Hanocq F, Poelvoorde P, Nolan DP, Lins L, Van Den Abbeele J, et al.Apolipoprotein LI is the trypanosome lytic factor of human serum. Nature. 2003;422:83–7. http://dx.doi.org/10.1038/nature01461

13.Pays E, Vanhollebeke B.Human innate immunity against African trypanosomes.Curr Opin Immunol. 2009;21:493–8. http://dx.doi.org/10.1016/j.coi.2009.05.024

14.Vanhollebeke B, Truc P, Poelvoorde P, Pays A, Joshi PP, Katti R, et al. HumanTrypanosoma evansiinfection linked to a lack of apolipoprotein L–I.N Engl J Med. 2006;355:2752–6. http://dx.doi. org/10.1056/NEJMoa063265

FigureとTableは原文参照

出典

CDC:Emerging Infectious Diseases
Volume 18, Number 2-February 2012,p287-289

Multiorgan Dysfunction Caused by Travel-associated African Trypanosomiasis
http://wwwnc.cdc.gov/eid/pdfs/vol18no2_pdf-version.pdf[PDF形式:4923KB]