2012年1月 ケニア マサイマラ地区から帰国したドイツ人旅行者のTrypanosoma brucei rhodesiense感染

2012年3月8日 ユーロサーベイランス

T Wolf1,T Wichelhaus2, S Göttig2, C Kleine1,H R Brodt1, G Just-Nuebling1

  1. 1.Department of Internal Medicine2–Infectious Diseases, Hospital of the J. W.Goethe University, Frankfurt, Germany
  2. 2.Institute of Medical Microbiology and Infection Control, Hospital of the J. W.Goethe University, Frankfurt, Germany

2012年1月にケニアのマサイマラ地区の旅行から帰国したドイツ人旅行者でヒトアフリカトリパノソーマ症(HAT)が確認されました。62歳の男性はマサイマラ自然保護地区を2012年1月18日から19日まで滞在し1月28日に発熱しました。その3日後に検査室検査でTrypanosoma brucei rhodesiense感染が確認されました。

症例報告

2012年1月28日、62歳の男性が、39度の熱の急性発症でドイツフランクフルト近くの地方病院へ入院しました。発熱は1月8日から28日までのケニア旅行から帰国した後に起こりました。ドイツへ帰国し病院に入院した際、マラリアを疑われアトバコン/プログアニルを2日間連続投与されました。診断は薄層塗抹で行われましたが、後に患者がフランクフルト大学病院感染症科へ転送された際、再確認されましたがマラリア原虫は確認されませんでした。

患者はフランクフルトからモンバサへ直接航空機で渡航、帰国しました。モンバサの南部のリゾートビーチで過ごしましたが、1月18日から19日だけマサイマラへ旅行しました。この旅行で、モンバサからオルキオンボ空港へ移動しその地区のキャンプに滞在し、その後キャンプから半径約50km以内のサファリ旅行へ出かけました。患者はほとんどの時間を半袖半ズボンで過ごし昆虫忌避剤を使用しました。

マラリア治療にもかかわらず、1月31日まで発熱が続き、フランクフルト大学病院感染症科へ転院になりました。それまでに臨床症状は悪化し強い前頭部痛、めまい、吐き気、関節痛がみられました。熱は39.1℃ありました。前脛部2ヶ所に無痛性皮膚病変(Figure1)がありましたが、局所または播種性のリンパ節腫脹は認められませんでした。

定量的バフィーコート、薄層、厚層血液塗抹標本ギムザ染色でマラリア原虫は確認されず、マラリア抗原試験(BinaxNow)も陰性でした。しかし2月1日の厚層血液塗抹標本のギムザ染色(Figure2)でTrypanosoma brucei rhodesienseが確認されました。

トリパノソーマ症診断の3時間後に治療が開始され1時間以上かけてスラミン1gが投与されました。すぐには薬剤が手に入らなかったため、ドイツヴユルツブルグでスラミンを常備薬として保管している“Missionsarztliche Klinik”からフランクフルト大学病院へ移送しました。同時にアレルギー反応を予防するためにプレドニゾロンが投与されました。治療は第1日目,3日,7日,14日、21日目に行われ、副反応はありませんでした。

第2日目に腰椎穿刺が行われ、脳脊髄液(CSF)は正常像でCSFのTrypanosoma spp特異プライマーでのPCRは陰性で、対照的に末梢血のPCRは陽性でした。患者は白血球減少と、血小板減少があり、補体調節タンパク(CRP)とAST、ALTレベルが正常上限の2倍でした。心電図、心エコーでは異状所見はありませんでした。

治療第2日目には解熱し、第3日目には原虫が検出されませんでした。治療第8日目、すなわち最初の症状が出てから12日目、に関連検査室(Bernhard Nocht Institute, Hamburg, Germany)で行われた免疫蛍光試験で治療第1日目には陰性だったT.b.rhodesiense抗体が検出されました。患者は特に後遺症もなく予定通りに21日目に治療を完了し、退院しました。

考察

ヒトトリパノソーマ症(HAT)を診断したので、文献で最近のケニアでのHATに関する警報を検索しましたが、以前に報告されたのはProMEDでのケニアにおけるHAT報告だけでした。しかしそれはこの症例の約11年前でした[1,2]。この症例の起こった約1ヶ月後にこのEurosurveillanceに掲載されたようにマサイマラ地区で新たなHAT症例が発生しています[3]。
PubMedでの文献検索でトリパノソーマ非常在地でHATに関する2件の論文がありました。

2005年から2009年にヨーロッパへ輸入されたHAT症例のレビューでは11症例が紹介されており、そのうち5症例がT.b.rhodesiense感染でした。ケニアからの症例はありませんでしたが感染者2例はセレンゲティへ渡航しており、そこはマサイマラとの直接の境界地でした[4]。他の報告は、書誌データとして世界保健機関WHOが常在地ではない国の病院で(旅行者を治療するために)抗トリパノソーマ症薬剤が請求されたデータとして補足しているものです。このデータによりますと2000年から2010年の間に94症例が確認されており、その72%がT.b.rhodesiense感染によるものでした。症例の59%がタンザニアで確認されましたがそのほとんどがセレンゲティへの渡航が確認されましたがケニアからの報告はありませんでした[5]。

トリパノソーマ症は地域での群発として起こる疾患ですが、2002年にTropNetEurop Sentinel Surveillance Network(ヨーロッパ輸入感染症監視システム)を通して常在国ではないヨーロッパと南アフリカの国で2例の初発症例とそれに続く7症例が確認されたことがありました[6]。これらの症例はマサイマラにごく近いセレンゲティとタランギル国立公園を訪れていましたが、マサイマラに起因する文献報告はありませんでした。

上述の報告書は非常在国での診断を輸入症例として報告しています。しかし国内で診断された症例に関してのデータはあります。ケニアのアループはビクトリア湖北側でウガンダとの国境にありますが、そこの睡眠病関連施設では、2000年から2009年の間にT.b.rhodesienseによるHAT症例31例を報告しています。そのうち22症例は後期段階と診断され、同時感染や同時罹患が多くみられました[7]。さらに、WHOは2000年から2009年の間のアフリカにおけるHATの疫学マップを広範囲に広げました。ケニアに関して、ニアンザ州と同様、ウガンダとの国境を接する西部のブンゴマ州、テソ州、ブジア州でも散発症例が報告されています。1950年から2007年のケニアにおけるHATの疫学解析では感染はもっぱらこれら西部州で起こっており、1990年以降、流行は低いかほんの散発的にしか起こっていないと推定されています[8,9]。

結論

ケニアマサイマラ地域から帰国した旅行者でT.b.rhodesiense感染によるHAT症例を確認しました。この症例の1ヶ月後に、さらに同地域からの輸入HAT症例が診断され世界的に報告されています[10]。マサイマラ地区ではこの10年間症例報告がなかったことは注目すべきことです。以前、ケニアでは西部地区州に限られたこの疾患の報告があり、マサイマラに近接するセレンゲティでも報告がありました。

この報告は同地区に関連する地域から帰国した旅行者を診察する臨床家にHATへの注意を促すものとなるでしょう。すでにスイス、ジュネーブのWHOと連絡を取り、担当者はケニアの地域保健当局へ情報を提供しWHOチームの専門家は状況を明確にするため現地へ赴いています。

謝辞

We would specifically like to thank Prof. Dr. med. August Stich, affiliated with the “Missionsärztliche Klinik Würzburg, Germany” for his generous and swift support in providing us with suramin. The authors would also like to thank all the medical staff and the diagnostic team involved in the treatment and diagnosis. We would like to extend our gratitude to the patient for agreeing to this publication.

参考文献

  1. 1.ProMED-mail. Trypanosomiasis–Kenya.Archive Number: 20010511.0912. 11 May 2001.Available from:http://www.promedmail.org/direct.php?id=20010511.0912
  2. 2.ProMED-mail Trypanosomiasis, Human-Germany ex Kenya: Masai Mara.Archive Number: 20120202.1031130. 2 Feb 2012.Available from:http://www.promedmail.org/direct.php?id=20120202.1031130
  3. 3.Clerinx J, Vlieghe E, Asselman V, Van de Casteele S, Maes MB, Lejon V.Human African trypanosomiasis in a Belgian traveller returning from the Masai Mara area, Kenya, February2012.Euro Surveill. 2012;17(10):pii=20111.Available from:http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=20111
  4. 4.Gautret P, Clerinx J, Caumes E, Simon F, Jensenius M, Loutan L, et al.Imported human African trypanosomiasis in Europe,2005-2009.Euro Surveill. 2009;14(36):pii=19327.Available from:http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=19327
  5. 5.Simarro PP, Franco JR, Cecchi G, Paone M, Diarra A, Ruiz Postigo JA, et al.Human African trypanosomiasis in non-endemic countries (2000-2010).J Travel Med. 2012;19(1):44-53
  6. 6.Jelinek T, Bisoffi Z, Bonazzi L, van Thiel P, Bronner U, de Frey A, et al.Cluster of African trypanosomiasis in travelers to Tanzanian national parks.Emerg Infect Dis. 2002;8(6):634-5.
  7. 7.Kagira JM, Maina N, Njenga J, Karanja SM, Karori SM, Ngotho JM.Prevalence and types of coinfections in sleeping sickness patients in Kenya(2000/2009).J Trop Med. 2011;2011:248914.
  8. 8.Rutto JJ, Karuga JW.Temporal and Spatial Epidemiology of Sleeping Sickness and use of geographical information System(GIS) in Kenya.J Vector Borne Dis. 2009;46(1):18-25.
  9. 9.Simarro PP, Cecchi G, Paone M, Franco JR, Diarra A, Ruiz JA, et al.The atlas of human African Trypanosomiasis:A contribution to global mapping of neglected tropical diseases.Int J Health Geogr. 2010;9:57.
  10. 10.ProMED-mail.Trypanosomiasis-Belgium ex Kenya: (Masai Mara).Archive Number: 20120222.1049305. 22 Feb 2012.Available from:http://www.promedmail.org/direct.php?id=20120222.1049305

出典

Eurosurveillance, Volume17, Issue10, 08 March 2012
Trypanosoma brucei rhodesiense infection in a German traveller returning from the Masai Mara area, Kenya, January2012」
http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=20114