2012年2月 ケニア マサイマラ地区から帰国したベルギー人旅行者のヒトトリパノソーマ症

2012年3月8日 ユーロサーベイランス

J Clerinx1,E Vlieghe1,2,V Asselman1,2,S Van de Casteele3, M B Maes4, V Lejon1

  1. 1.Department of Clinical Sciences, Institute of Tropical Medicine, Antwerp, Belgium
  2. 2.Department of Tropical Diseases, University Hospital Antwerp, Belgium
  3. 3.Department of Nephrology, Hospital St. Jan Brugge, Belgium
  4. 4.Haematology laboratory, University Hospital Antwerp, Belgium

ベルギー人旅行者がケニアのマサイマラ地区の旅行に出かけた9日後にTrypanosoma brucei rhodesienseによるヒトアフリカトリパノソーマ症(HAT)と診断されました。患者は感染性下疳を呈し発熱発症から4日以内にスラミンで治療されました。その2週間前に、マサイマラ地区を訪れたドイツ人旅行者でもHATが報告されました。同地区では12年以上も患者が出ていないので、HATの地区内集団発生を示唆するものかもしれません。

症例報告

2012年2月7日から9日にかけてケニアマサイマラ国立保護区を訪れたベルギー人男性旅行者がTrypanosoma brucei rhodesienseに感染しヒトトリパノソーマ症(HAT)と診断されたので報告します。この症例のサマリーは2012年2月22日のProMED-mailで報告されました[1]。同様の症例が2012年1月マサイマラ地区を訪れたドイツ、フランクフルトの旅行者でも報告され[2]、さらにこの雑誌でも報告されています[3]。

ベルギー人患者はマラ川の南にあるロッジに1晩滞在し、保護区での猟獣見学旅行に2回参加しました。ベルギーへ2月13日に帰国しました。3日間続く高熱、全身倦怠感、頭痛で2月19日にブルージュのSt. Jan病院を受診しました。患者は腕に2日前から無痛性の独立した下疳があることに気づいていました(Figure1)。患者はマラリアを疑われ、血液厚層塗抹のギムザ染色が顕微鏡検査のために準備されました。マラリア原虫は観察されず、代わりにトリパノソーマが厚層塗抹で,続いて薄層塗抹でも確認されました(Figure2)。患者はすぐにアントワープ大学病院熱帯病科へ治療のため転送されました。治療前血液分析で高原虫血症(100倍の顕微鏡下1視野当たりトリパノソーマ1原虫以上)、著しい血小板減少(47,000/μL)、ALATとASATが正常上限の3倍以上、CRPの中等度増加が認められました。トリパノソーマ原虫は、血清抵抗性関連遺伝子確認のPCRでTrypanosoma brucei rhodesienseと同定されました[4]。

100mgの試験投与で問題がなかったので2月20日にスラミン1gでの治療が開始になりました。予定ではスラミンは1週間に1回5週間投与されます。12時間後、心電図で広範囲で一過性のST上昇が見られましたが、これは急性T. b.rhodesienseトリパノソーマ症ではしばしばみられる現象です。しかし、心筋由来酵素の値は正常範囲内で心エコーでも心機能不全は認められませんでした。トリパノソーマはスラミン投与後24時間以内に血中から排除されました。

治療開始36時間後に掻痒性丘疹が全身に出現し4日間続きました。治療開始2日後には解熱し、下疳は5日間続きました。患者は7日目までには臨床的に回復し、血小板数と肝機能試験はほぼ正常値まで回復しました。2回目のスラミンが7日目に投与され、脳髄液検査が行われましたが、細胞数は正常でトリパノソーマは確認されませんでした。

推定される感染から発熱までの時間経過は11日でした。治療は推定感染から13日目に開始されました。このような比較的早期治療が寄生虫の脳への移行を防ぐでしょう[5]。

入院時に認められたトリパノソーマ下疳は、患者の約3分の2で認められる重要な臨床所見です[6]。この症例のように、このまれな疾患に不慣れな臨床家では関連のないものとして簡単に見逃されるかもしれません。

背景

Trypanosoma brucei rhodesienseは東部、南部アフリカに常在し、昼間吸血するGlossina morsitansグループのツェツェバエによってヒトや猟獣類へ伝播されます。輸入HAT症例の大部分の原因となります[6]。ケニアではケニア人でも旅行者でも同様にHATはまれです。今年の症例が報告されるまで、最後に報告された2件の地域内感染は2006年と2009年に報告されたもので、国内北西部で起こりました(2012年2月21日P. Simarroからの情報)。ケニア南西部のマサイマラ保護地域は毎年約300,000人の旅行者が訪れます。最近、この地域はマサイマラ保護区の周囲にある隣接農場を加えました。近隣のタンザニアにあるセレンゲティ国立公園とは対照的に、マサイマラを訪れた旅行者で過去12年間HATは見つかっていません[7]。

熱帯への旅行後発熱した患者で、T. b.rhodesienseHATは大変まれな疾患です[8]。原虫血症は通常、急性発熱時に増加します。寄生虫に不慣れな顕微鏡検査員でも、この事実は診断に有益で、通常の血液厚層塗抹、またしばしば薄層塗抹であってもギムザ染色でトリパノソーマを簡単に見つけることができるでしょう。トリパノソーマは見間違えることのない形状をしています(Figure2)。

考察

急性T. b.rhodesienseHATは医学的緊急事例です。有熱時の早期に多臓器不全を起こす可能性があり、致死率が高く、重症マラリアに類似しています。一連の輸入T. b.rhodesienseHAT症例で、致死率は4.3%、これは急性発熱期の診断の遅れや髄膜脳炎期の治療による毒性に関連したものです[6]。2007年に、タンザニアのセレンゲティでT. b.rhodesienseHATに感染したドイツ人旅行者が急性発熱期の発症5日後に多臓器不全で死亡しました。ザンジバールではトリパノソーマ症は起こっていないので、発熱と下疳があったにもかかわらず死亡する4日前に内科医により間違った診断がなされていました。患者はされるべき血液検査無しに抗マラリア薬で治療されました[9]。患者はスラミンの過敏性確認のための試験量投与の後、迅速な治療が必要です。1日以内にスラミンが入手できない場合、ペンタミジンでの早期治療を考慮すべきです。ペンタミジンはT. b.rhodesienseHATの第一選択薬ではありませんが、輸入T. b.rhodesienseHAT数例でペンタミジンが単独投与され有効でした[6,10,11]。スラミンと他のHAT治療薬がスイスジュネーブのWHO本部に連絡すればすぐに手に入ります。

本症例はマラ川に近いロッジに1晩滞在しましたが、ここはマサイマラ地区の南で、ドイツ人患者が30km北側の別のロッジに滞在していました(2012年2月21日P. Simarroからの情報)(Figure3)。しかし、両旅行者は昼間の猛獣見学旅行で同じ地区を訪れていた可能性もあります。

マサイマラ地区を訪れた後に感染したT. b.rhodesienseHAT2症例の偶然性は地域流行の始まりの可能性を示唆するものかもしれません。同様のことが、2001年、2002年に隣接するセレンゲティを訪れた旅行者で見られ、流行の始まりとなりました[7]。両動物保護区でT. b.rhodesienseHATは地域内流行があり、動物は毎年両地区を移動します。マサイマラ地区の生態系とセレンゲティの北部地区の生態系はほとんど同一です。ある一定期間、ほんのわずかなツェツェバエがT. b.rhodesienseに感染し、ヒトへ伝播します。ほとんどのツェツェバエは動物感染性の種(T.congolense, T. vivax, T. b. brucei)を媒介し、それら原虫は、ヒト感染後の原虫融解に抵抗性のある血清抵抗性関連遺伝子を持っていません。

T. b.rhodesienseHATは輸入感染症の中では本当にまれな疾患ですが早期診断と早期治療がよい予後をもたらします。

謝辞

The pictures of the thick and thin blood smears were kindly provided and prepared by I. Potters, Clinical Laboratory, Institute of Tropical Medicine, Antwerp.

参考文献

  1. 1.ProMED-mail.Trypanosomiasis-Belgium ex Kenya: (Masai Mara).Archive number: 20120222.1049305. 22 Feb 2012.Available from:http://www.promedmail.org/direct.php?id=20120222.1049305
  2. 2.ProMED-mail.Trypanosomiasis-Human Germany ex Kenya:Masai Mara. Archive number: 20120202.1031130. 2 Feb 2012.Available from:http://www.promedmail.org/direct.php?id=20120202.1031130
  3. 3.Wolf T, Wichelhaus T, Göttig S, Kleine C, Brodt HR, Just-Nuebling G.Trypanosoma brucei rhodesiense infection in a German traveller returning from the Masai Mara area, Kenya, January2012.Euro Surveill. 2012;17(10):pii=20114.Available from:http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=20114
  4. 4.Radwanska M, Chamekh M, Vanhamme L, Claes F, Magez S, Magnus E, et al. The serum resistance-associated gene as a diagnostic tool for the detection of Trypanosoma brucei rhodesiense.Am J Trop Med Hyg. 2002;67(6):684-90.
  5. 5.MacLean L, Chisi JE, Odiit M, Gibson WC, Ferris V, Picozzi K, Sternberg JM. Severity of human african trypanosomiasis in East Africa is associated with geographic location, parasite genotype, and host inflammatory cytokine response profile. Infect Immun. 2004;72(12):7040-4.
  6. 6.Simarro PP, Franco JR, Cecchi G, Paone M, Diarra A, Ruiz Postigo JA, et al. Human African trypanosomiasis in non-endemic countries (2000-2010).J Travel Med. 2012;19(1):44-53.
  7. 7.Jelinek T, Bisoffi Z, Bonazzi L, van Thiel P, Bronner U, de Frey A, et al. Cluster of African trypanosomiasis in travellers to Tanzanian national parks. Emerg Infect Dis. 2002;8(6):634-5.
  8. 8.Bottieau E, Clerinx J, Schrooten W, Van den Enden E, Wouters R, Van Esbroeck M, et al. Etiology and outcome of fever after a stay in the tropics. Arch Intern Med. 2006;166(15):1642-8.
  9. 9.Klaassen B, Smit YG. [A fatal outcome of acute East African sleeping sickness in Tanzania].Tijdschr Infect. 2009;4(2):61-5. Dutch.
  10. 10.Gautret P, Clerinx J, Caumes E, Simon F, Jensenius M, Loutan L, et al. Imported human African trypanosomiasis in Europe,2005-2009.Euro Surveill. 2009 Sep 10;14(36):pii=19327.Available from:http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=19327
  11. 11.ProMED-mail.TrypanosomiasisPoland ex Uganda(Queen Elizabeth National Park).Archive number: 20090810.2844. 10 Aug 2009.Available from:http://www.promedmail.com/direct.php?id=20090810.2844

出典

Eurosurveillance, Volume17, Issue10, 08 March 2012
Human African trypanosomiasis in a Belgian traveller returning from the Masai Mara area, Kenya, February2012」
http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=20111