ヨーロッパにおける渡航者および移民の感染症 EUROTORAVNET 2010年のまとめ

2012年6月28日Eurosurveillance原文〔英語〕へのリンク

渡航に関連した罹患率の傾向を、特にヨーロッパに入ってくる可能性のある新興感染症に重点をおいて調査するために、2010年にEuroTravNet(ヨーロッパの渡航医学のネットワーク)の16か所を受診した7,408人の帰国者の診断結果を2008年および2009年と比較しました。熱帯熱マラリア、三日熱マラリア、デング熱が著しく増加しました。急性の下痢症では、ジアルジア症が多くみられたのは例年と同様ですが、カンピロバクターが増加しました。肺結核の罹患率は2008年から2010年に3倍に増加しました。また、慢性のシャーガス病や住血吸虫症、皮膚幼虫移行症も報告されました。EuroTravNetによって把握される疾病傾向は、ヨーロッパにおける公衆衛生上懸念される感染症の発生の把握や、渡航の際の医学的なアドバイスの提供と特異的で適切な予防法を実施するにあたって重要なデータです。

はじめに

EuroTravNetは熱帯医学や渡航医学の専門家のネットワークで、2008年に設立されました。渡航医学や熱帯医学の訓練を受けて経験を積んだ臨床医や著名な発表を行った臨床医のいる16か所の機関も含まれています。フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、スウェーデン、スイス、英国の機関では、GeoSentinelというプラットフォームを用いて、帰国した病気の渡航者の疫学データを集め、渡航に関連した疾病のサーベイランスとモニタリングをしています。ネットワークによるサーベイランスデータは、患者の診断、渡航歴、標準化された暴露状況の詳細を集めているので、渡航に関連した疾病の罹患率を詳しく分析することができます。さらに、このようなネットワークは、渡航者を通じて疾患のアウトブレイクを発見することができ、サーベイランスの強化や、医療従事者や公衆衛生関係者との迅速なコミュニケーションや対応と情報の普及が可能となっています。渡航者におけるアウトブレイクを検出できた事例として、最近、マレーシアのティオマン島から帰国した渡航者の急性筋肉胞子虫症の集団発生が報告されました。

結果

2010年は7,408人の病気の渡航者のデータが集められました。各機関を受診した患者数と年齢・性別分布は、2008年から2010年の間で大きな変化はありませんでした。2009年と2010年は2008年に比べ、VFR(友人や親類を訪ねるための渡航)でない短期の渡航者の入院が多く、渡航前に受診した患者が少なかったことがわかりました。この結果は、新しい機関を除いても同様でした。

輸入感染症による死亡

2010年は5例が報告されました。30代のフランス人がマルティニークに渡航した後、類鼻疽になり、敗血性ショックと多臓器不全と急性呼吸窮迫症候群を合併し、スイスで死亡しました。30代のインドからの移民が化膿性肝膿瘍と糖尿病により、ブレシア(イタリア)で死亡しました。50代のスイス人がプエルトリコから帰国した後に、サルモネラ・エンテリカの播種性感染症で死亡しました。60代のノルウェー人がチェコから帰国した後にレジオネラ症で死亡しました。50代のポルトガル人が商用で4か月間アンゴラに滞在した後、熱帯熱マラリアと急性呼吸窮迫症候群で死亡しました。この患者はマラリア予防薬を服用していませんでした。2010年の全体の死亡率は、渡航者1,000人あたり0.7であり、2009年は0.3(内臓リーシュマニア症とアシネトバクターによる肺炎で2人が死亡)、2008年は0.4(熱帯熱マラリアによる脳マラリア、デングショック症候群、大腸菌による腎盂腎炎で3人が死亡)でした。マラリアに関連した死亡率は、マラリア患者1,000人あたり、2010年は1.7、2009年は0、2008年は2.7でした。

輸入感染症の種類

病原体が特定された発熱性疾患の多くがマラリアとデング熱でした。病原体が特定された急性下痢症のうち、最も多かったのはジアルジア症で、続いて、カンピロバクターとサルモネラが多くみられました。他に、寄生虫の感染症でよくみられるものとして、鉤虫に関連した皮膚幼虫移行症、住血吸虫症、慢性シャーガス病が含まれていました。

発熱性疾患

マラリア

EuroTravNetに参加している機関から報告されたマラリア患者数は、2008年中旬以降に新たに参加した医療機関のデータを除いても、2008年から2010年の間に増加しています。マラリアの病因別罹患率は、他のグループに比べて、VFRで劇的に高かったです。患者数と病因別罹患率は、VFRでも他のグループでも、経年的に増加しています。マラリアに感染した国別でみると、主な国すべてで患者数が増加していましたが、ブルキナファソでは変化がありませんでした。EuroTravNetに参加している機関のうち、マラリアの患者が著しく増加したのは、フランスのパリ、イタリアのブレシアで、患者の半数以上(2010年の患者の57%)を占めています。ドイツのミュンヘンとハンブルグ、スペインのマドリードでも患者が著しく増加しました。

熱帯熱マラリアが最も多く、2010年には426人の患者が報告されました。熱帯熱マラリアの病因別罹患率(病気の渡航者100人あたりの熱帯熱マラリア患者数)は、2008年には4%でしたが、2010年には6%に増加しており、主にサハラ以南のアフリカへの渡航者でした。患者の多くがVFRまたは他の短期渡航者でした。重症の熱帯熱マラリアは、2010年に35人(1人死亡)、2009年に13人(死亡者なし)、2008年に12人(1人死亡)でした。2010年は、重症マラリア患者の平均年齢は40.6歳(最低年齢は3歳、最高年齢は73歳)で、4人が小児でした。そのうち8人が一般の渡航者でした。また、8人が商用やボランティア、調査・研究、支援活動のために渡航していました。残りの19人が移民かVFRでした(54%)。

三日熱マラリアの病因別罹患率(病気の渡航者100人あたりの三日熱マラリア患者数)は、2008年には0.5%でしたが、2010年には1%に増加しました。患者の多くがインドからの帰国者で、VFRまたは他の短期滞在者でした。

デング熱

デングウイルスは病気の渡航者の発熱性疾患の原因のうち2番目に多く、2010年には357人が報告されました。病因別罹患率は、2008年には2%でしたが、2010年には5%と、統計学的に有意に増加しました。患者の多くがVFRではない短期の渡航者でした。2009年から2010年の増加は、主に、2010年5月から10月に患者発生のピークがあったことによるものです。2010年のデング熱患者は、東南アジアからの帰国者が40%、カリブ海諸国からの帰国者が24%、南米からの帰国者が12%を占めました。季節変動は、さまざまな渡航者のグループが優先する目的地があることで、一部は説明がつくかもしれません。結果的に、2010年9月は患者が多く、主にドイツ人が東南アジア(主にタイ)で感染しました。2010年6月から9月にはグアドループやマルティニークで感染したフランス人が多く報告されました。2010年10月の患者の増加は、EuroTravNetに参加しているさまざなま機関から報告があり、感染した国もさまざまでしたが、インドネシアから帰国したドイツ人が大きな割合を占めていました。2010年は、ブラジル、スリナム、インドから帰国した渡航者からも患者が報告されました。コモロ諸島、タンザニアのザンジバル、ベナンといった予想外の場所での感染も報告されました。デング出血熱は、マルティニークから帰国したVFRで、53歳のフランス人男性が1人報告されました。

チクングニア熱

チクングニアウイルス感染の病因別罹患率は、2008年には0.2%でしたが、2010年には0.4%でした。多くの患者はインドとインドネシアで感染しており、2010年上旬に発生しました。

胃腸疾患

2010年には合計215人のジアルジア症が報告されました。ジアルジア症とサルモネラ症の病因別罹患率は経年的に変化がありませんでしたが、カンピロバクターの病因別罹患率は2008年には1.3%でしたが、2010年には2%に増加しており、患者は、主にインド、タイ、パキスタンからの帰国者でした。ジアルジアは急性下痢症患者の16%で検出されました。急性下痢症患者のうち、カンピロバクターによる割合は、2008年の7%から2010年の12%に増加しました。

呼吸器疾患やその他の疾患

結核

活動性結核の病因別罹患率は、2008年には1.5%でしたが、2010年には3.1%に増加しました。2010年には合計121人の肺結核患者が報告されましたが、肺結核の病因別罹患率は2008年から2010年の間に3倍増加しました。患者の多くは、主にインド、パキスタン、ルーマニア生まれの移民とVFRでした。

他の寄生虫の感染症

2010年には、住血吸虫の感染が152人報告され、多くの患者がアフリカから帰国した渡航者でした。エジプト、ガーナ、マラウイ、マリ、ウガンダでの感染が41%を占めていました。6人の患者は東南アジア、2人の患者はブラジルで感染したと推定されています。住血吸虫の感染の多くは宣教師、ボランティア、支援活動のために渡航した人(40%)で、次いで、一般の渡航者(19%)、VFR(16%)、移民(13%)の順に多かったです。

2010年には、112人の皮膚幼虫移行症が報告されており、多くの患者はタイ、ブラジル、マレーシアで感染していました(46%)。また、患者の多くは一般の渡航者(80%)であり、次いで、商用で渡航した人(6%)が多く報告されました。

2010年には、60人のシャーガス病が報告されました。パラグアイとエクアドルからの移民が2人で、それ以外の患者はすべてボリビアからの移民でした。患者のうち、3分の2(67%)はシャーガス病による症状が出ており、そのうち21%は内臓障害が確認され、79%は不確定の段階でした。

住血吸虫症、皮膚幼虫移行症、シャーガス病の病因別罹患率は2008年から2010年の間に著しい増加はみられませんでした。

出典

Infectious diseases among travellers and migrants in Europe, EuroTravNet2010

Eurosurveillance, Volume17, Issue 26, 28 June 2012

http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=20205