アフリカトリパノソーマ症(睡眠病)について(ファクトシート)

2014年3月 WHO (原文[英語]へのリンク

要点

  • 睡眠病は、この疾患を伝播するツェツェバエのいるサハラ以南アフリカ36か国でのみ見られる疾患です。
  • ツェツェバエとこの疾患に最も曝露される人々は、地方に住む農業、漁業、畜産、狩猟で生計を立てる人々です。
  • Trypanosoma brucei gambiense(T.b.g.)ガンビアトリパノソーマが、睡眠病として報告される症例の98%以上を占めています。
  • 継続した制御対策により新患者の発生は減少しています。2009年の報告症例数は50年間で初めて10,000人以下(9,878人)に減少し、2012年の新患者の報告症例数は7,216人でした。
  • この疾患の診断と治療は複雑で、特に訓練されたスタッフが必要です。

疾患の定義

ヒトアフリカトリパノソーマ症は、睡眠病としても知られていますが、ベクター由来寄生虫感染症です。原因寄生虫は、Trypanosoma属に属する原虫です。この原虫はツェツェバエ(Glossina属)の刺咬を介して感染したヒトやヒト病原性寄生虫を保菌する動物からヒトへと伝播します。

ツェツェバエはサハラ以南アフリカでのみ見られ、特定の種だけが疾患を伝播します。これまでに理由はよくわかっていませんが、多くの地域でツェツェバエは見つかっていますが、睡眠病はそれほど多くの地域ではみられません。伝播の起こっている地域に住み、農業、漁業、畜産、狩猟で生計を立てている住民が最もツェツェバエに曝露され、それ故疾患に罹患しやすいのです。この疾患の拡大する範囲は一村から地域全体まで様々です。感染地域内では、疾患の度合いは村毎に異なります。

ヒトアフリカトリパノソーマ症の型

ヒトアフリカトリパノソーマ症には原因寄生虫により2つの型があります。

  • Trypanosoma brucei gambiense(T.b.g.)ガンビアトリパノソーマは西、中央アフリカの24か国で見られます。この型は、現在睡眠病として報告される症例の98%以上を占め、慢性感染症を引き起こします。感染しても数ヶ月又は数年にわたって大きな症状や所見のないことがあります。発症したときには、すでに中枢神経系へ影響が出るほど進行した段階になっていることがしばしばあります。
  • Trypanosoma brucei rhodesiense(T. b. r)ローデシアトリパノソーマは東、南アフリカの13か国で見られます。現在この型は報告症例の2%未満であり、急性感染症を引き起こします。最初の症状や所見は感染後数ヶ月又は数週間で発現します。この疾患は急速に進行し、中枢神経系を冒します。ウガンダにのみ、この疾患の両方の型があります。

他の型のトリパノソーマ症が主にラテンアメリカで起こっています。これはアメリカトリパノソーマ症とか、シャーガス病と呼ばれています。原因寄生虫はこの疾患のアフリカ型の原因寄生虫とは異なる種類(亜型)です。

動物トリパノソーマ症

Trypanosoma属の他の種又は他の亜種が動物の病原体となり、野生動物や家畜のトリパノソーマ症を引き起こします。ウシではナガナと呼ばれています。

動物はヒト病原寄生虫、特にT. b.rhodesiense、の宿主となることがあります;つまり家畜や野生動物は重要な寄生虫リザーバーとなります。動物はまたT. b.gambienseに感染することがあり、リザーバーにもなり得ます。しかし、gambiense型の動物リザーバーの明確な疫学的役割はまだよくわかっていません。家畜、特にウシで、この疾患は感染農村地域の経済発展の障害となっています。

主なヒトでの流行

アフリカでは前世紀にいくつかの流行が起こりました。

  • 1896年から1906年、主にウガンダとコンゴ盆地での流行
  • 1920年のアフリカの多数国での流行
  • 最近では1970年から1990年代の後期まで続いた流行

1920年の流行は移動部隊がリスクのある数百万人の人々をスクリーニングしたおかげで制御されました。1960年代の中頃までに、患者報告数が大陸全体で5,000人未満となるまでに疾患は制御されました。この成功によりサーベイランスが緩和され、この疾患はいくつかの地域で再興しました。WHO、国内制御プログラム、相互協力、NGOの取り組みにより、1990年代と21世紀初頭に新患者発生の増加傾向は止まり、下降へ向かいました。

ヒトアフリカトリマノソーマ症の新患者の報告数は2000年から2012年の間で73%まで減少したため、WHO NTD Roadmapは2020年までに公衆衛生上の問題としてこの疾患の根絶(排除)を目標にしています。

疾患の分布

睡眠病はサハラ以南アフリカ36ヶ国の数百万人の人々への脅威です。流行地域に住む多くの人々は、適切な医療へのアクセスが制限される僻地に住んでいて、サーベイランスが難しく、そのため患者の診断や治療が困難です。さらに、住民の移動、戦争、貧困は、伝播の増加を引き起こす重要な要因です。

  • 1998年には約40,000症例が報告されました、しかし、300,000症例が診断されておらず、そのため治療を受けていないと推定されています。
  • 流行時にアンゴラ、コンゴ民主共和国、南スーダンのいくつかの村では有病率が50%に達しました。そのような地域社会では、睡眠病はHIV/AIDSよりも多い1位か2位の死亡原因です。
  • 2009年、制御の取り組みを継続した結果、報告された患者数は50年間で初めて10,000人以下(9,878人)に減少しました。この傾向は2012年も続き、新患者数は7,216人でした。しかし、実際の推定患者数は20,000人で、危険に晒されている人は7,000万人と推定されています。

2000年と2001年にWHOはAventis Pharma(現在のSanofi)とBayer HealthCareとともに公(官)民パートナーシップを設立し、それによりWHO主導の制御とサーベイランスのプログラムの作成が可能となり、流行地の制御活動を支援し、患者を治療する薬剤を無料で支給することができました。

パートナーシップは2006年、最近は2011年に更新されました。睡眠病の症例数抑制の成功は他の民間パートナーが、公衆衛生上の問題としてこの疾患の排除に向けたWHOの初期取り組みを支援することを勢いづけました。

2013年にWHOとビル&メリンダ・ゲイツ財団は、この疾患を起こすgambiense型の持続可能な排除を達成するため、症例の発見とサーベイランスの革新的戦略を支援し実施する同意書にサインしました。

流行地の現在の状況

この疾患の有病率は国によっても、国内の地域によっても異なります。

  • ここ10年では、報告症例の70%以上はコンゴ民主共和国(DRC)で発生しました。
  • DRCは年に1000例以上の新患者数が報告された唯一の国で、2012年の報告症例の83%を占めています。
  • 中央アフリカ共和国、チャド、南スーダンは2012年に100人から500人の新規患者を発表しました。
  • アンゴラ、カメルーン、コンゴ、コートジボワール、赤道ギニア、ガボン、ガーナ、ギニア、ケニヤ、マラウイ、ナイジェリア、ウガンダ、タンザニア、ザンビア、ジンバブエは、新規患者は年に100人未満であると報告しています。
  • ベナン、ボツワナ、ブルキナファソ、ブルンジ、エチオピア、ガンビア、ギニア・ビサウ、リベリア、マリ、モザンビーク、ナミビア、ニジェール、ルワンダ、セネガル、シエラレオネ、スワジランド、トーゴは、10年以上新規患者が報告されていません。疾患の伝播は止まったと思われますが、政情不安や、または僻地へのアクセス困難により、サーベイランスと診断の活動が妨げられて状況を正確に評価するのが難しい地域がまだあります。

感染と症状

この疾患は大部分が感染したツェツェバエに刺咬されることで感染しますが、他の方法で睡眠病に罹患する患者もいます。

  • 母子感染:トリパノソーマは胎盤を通過し胎児に感染することができます。
  • 他の吸血昆虫を介した機械的伝播も起こりえます。しかしながら伝播の疫学的影響を評価することは困難です。
  • 汚染した針刺し事故で検査室感染が起こったことがあります。

第一期では、トリパノソーマは皮下組織、血液、リンパ内で増殖します。これは第一期、または血流リンパ期(haemolymphatic phase)として知られ、発熱、頭痛、関節痛、かゆみのある期間を伴います。

第二期では、原虫が血液脳関門を破り中枢神経系に侵入します。神経期または髄膜脳炎期として知られています。一般的にこの時期はより明らかな所見と症状が現れます;行動の変化(異常行動)、混乱、感覚障害、調整力の低下。睡眠サイクルの障害は、この症状が病名の由来ですが、この疾患の第二期の重要な特徴です。無症候キャリアの症例も報告されてはいますが、治療しない場合、睡眠病は致死的と考えられます。

疾患管理:診断

疾患管理は3段階で行われます。

  1. 1.感染可能性のスクリーニング。これには血清学的試験(T. b.gambienseにのみ利用可能です)と臨床所見-一般的に頚部リンパ節の腫脹-の確認が含まれます。
  2. 2.原虫の存在の診断
  3. 3.疾患の進行段階の決定。これには腰椎穿刺で得られる脳脊髄液の検査を含みますが、治療の成果を評価するためにも使用されます。

診断は可能な限り早急に、また複雑で困難でリスクのある治療方法を避けるために神経期の前に行われなければなりません。

T. b.gambiense睡眠病の第一期は、長期間比較的無症状であるので、初期段階の患者を見つけ伝播を減少させるために徹底的で積極的なスクリーニングが推奨されます。徹底的なスクリーニングには人的資源と物的資源の大きな投入が必要です。アフリカでは、特に疾患の多くが見つかる僻地では、しばしばそのような資源は乏しい状況です。その結果、患者の何人かは診断され治療を受ける前に死亡するかもしれません。

治療

治療法は疾患の段階によります。第一期で使用される薬剤は毒性がより低く、より投薬しやすいものです。疾患が早期に診断されればされるほど、治癒の可能性はより期待できます。

第二期での治療の成功は血液脳関門を通って原虫に薬剤が届くかどうかにかかっています。そのような薬剤は毒性が強く、投与が複雑です。4薬剤が睡眠病の治療薬として認可されています。これらの薬剤は製薬会社からWHOに寄付されており、流行地では無料で配布されています。

第一期治療:

  • ペンタミジン:1941年に発見され、T. b.gambiense睡眠病の第一期治療に使われます。無視できない不快な副作用にもかかわらず、患者は一般的によく耐えます。
  • スラミン:1921年に発見され、T. b.rhodesienseの第一期治療に使われます。望ましくない副反応が泌尿器系またはアレルギー反応として引き起こされます。

第二期治療:

  • メラルソプロール:1949年に発見され、両方の感染型に使われます。これはヒ素由来で多くの望ましくない副反応があります。最も劇的なのは反応性脳症(脳症症候群)で、致死的となることがあります(3%-10%)。いくつかの地域特に中央アフリカで、薬剤耐性の増加が見られています。
  • エフロルニチン:この薬剤はメラルソプロールより毒性が低く、1990年に認可されました。T. b.gambienseにのみ有効です。投与計画が厳格で適応が困難です。
  • ニフルチモックスとエフロルニチンの併用療法が2009年に導入されました。エフロルニチンの単独療法を簡素化しましたが、残念ながらT. b.rhodesienseには効果がありません。ニフルチモックスはアメリカトリパノソーマ症の治療に認可されていますが、ヒトアフリカトリパノソーマ症には認可されていません。それでも、臨床試験で安全性と有効性についてのデータが提出され、エフロルニチンとの併用療法による使用が認められWHOの必須薬剤リスト(the WHO List of Essential Medicine)の中に加えられました。そしてこの目的のために無料でWHOから流行地域に供給されています。

WHOの対応

WHOは全国制御プログラムを支援し技術的援助を提供しています。

WHOはSanofi(ペンタミジン、メラルソプロール、エフロルニチン)やBayer AG(スラミン、ニフルチモックス)との民間パートナーシップを通じ、流行国へ無料で薬剤を提供しています。

2009年にWHOは、研究者が新しい購入可能な診断ツールの開発を促進できるように、利用できる検体バンクを設立しました。このバンクには、両タイプの感染患者の血液、血清、脳脊髄液、唾液、尿の標本と、流行地の感染していない住民の検体があります。

WHO計画の目的は以下のとおりです。

  • 制御方法の強化、調整と、現場活動の維持を確実にする
  • サーベイランスシステムを強化する
  • 診断と治療へのアクセスを確実にする
  • 治療と薬剤耐性の監視を支援する
  • 情報データベースとデータの疫学的解析の展開、それには国際連合食糧農業機関(the Food and Agriculture Organization; FAO)と協力し、ヒトアフリカトリパノソーマ症の地図を完成させることを含む
  • 訓練活動を提供することで、スタッフの技能を確実にする
  • 治療と診断ツールを改善するために実行中の研究を支援する
  • 動物トリパノソーマ症を担当しているFAOとの協力を促進し、オスのハエを放射線で不妊化しベクターコントロールをするためにIAEAとの協力を促進する。アフリカ連合とともに国連3機関はアフリカトリパノソーマ症対策プログラムPAATを促進する
  • アフリカ連合のパンアフリカツェツェバエトリパノソーマ症根絶キャンペーンPATTECと協力し、ベクターとヒトのコントロール活動を調整、協調する。

出典

WHO Fact sheet N°259
Trypanosomiasis,human African(sleeping sickness)updated March2014
http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs259/en/