抗微生物薬耐性について (ファクトシート)
2015年4月 WHO (原文[英語]へのリンク)
要点
- 抗微生物薬耐性(Antimicrobial resistance ; AMR)は、増加の一途をたどる細菌、寄生虫、ウイルス、真菌による感染症に対する有効な予防と治療における脅威です。
- これは、すべての行政部門と社会全体にわたって行動を必要とする世界の公衆衛生に対する深刻な脅威であり、脅威は増え続けています。
- AMRは世界中のすべての地域に存在します。新しい耐性のメカニズムが出現し、世界中に広がっています。
- 2012年に、WHOは、HIV薬に対する耐性がまだ危険域には達していないものの、徐々に増加していることを報告しました。その時から既に、第一選択薬に対する耐性の増加が報告され、近い将来、いままでよりも効果な薬剤を必要とする可能性があります。
- 2013年には、約48万人の新たな多剤耐性結核(multidrug-resistant tuberculosis; MDR-TB)の患者が発生しました。広域薬剤耐性結核(extensively drug-resistant tuberculosis; XDR-TB)は100か国で確認されています。MDR-TBは非耐性結核に比べ、治療効果が弱まり、非常に長い治療を必要とします。
- 大メコン川流域の一部では、熱帯熱マラリアの利用可能な最良の治療であるアルテミシニンを軸とする併用療法(ACTs)に対して耐性が検出されました。ACTsに対する耐性を含む、他の地域での多剤耐性の出現や広がりは、この疾患の制御に成功していた最近の成果を損なうことになりかねません。
- 世界のすべての地域で、一般的な感染症(例えば、尿路感染症、肺炎、敗血症)を起こす細菌の抗生剤耐性(antibiotic resistance; ABR)は、高い割合で見られます。院内感染症の大部分を、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcus aureus; MRSA)や多剤耐性グラム陰性菌のような高度耐性菌が占めています。
- 耐性淋病に対する最終手段の治療(第三世代セファロスポリン)の失敗は、10か国で報告されています。淋病はワクチンも新薬も開発されていないため、まもなく治療できなくなるかもしれません。
- 薬剤耐性菌の感染患者は、一般的に治療結果が悪い、死亡するといった危険が高く、非耐性の同じ細菌の感染患者よりも多くの医療資源を消費します。
抗微生物薬耐性とは何か?
抗微生物薬耐性(AMR)とは、元来その微生物によって起こる感染症の治療に有効だった抗微生物薬に対する微生物の耐性です。
耐性微生物(細菌、真菌、ウイルス、寄生虫を含む)は、抗菌薬(例えば抗生物質)、抗真菌剤、抗ウイルス剤、抗マラリア薬などの抗微生物薬の攻撃に耐えることができます。その結果、標準的な治療が無効になり、感染症が持続し、他人へ広がる危険性が高まります
耐性株の進化は、微生物が自分自身を誤って複製したときや、耐性の形質が微生物間で交換されるときに発生する自然現象です。抗微生物薬の使用や誤用は薬剤耐性株の出現を加速させます。お粗末な感染制御の実践、不十分な衛生環境や不適切な食品の取扱いはAMRの拡大を推し進めてしまいます。
抗生剤耐性と抗微生物薬耐性の違いは何か?
抗生剤耐性は、感染症を起こす一般的な細菌に現れる、特に抗生剤に対する耐性のことを言います。抗微生物薬耐性は、寄生虫(例えばマラリア)、ウイルス(例えばHIV)、真菌(例えばカンジダ)のような、他の微生物が起こす感染症の治療薬剤の耐性を含めた広い用語です。
抗微生物薬耐性に世界的関心事である理由
新しい耐性のメカニズムが現れて世界中に広がることで、一般の感染症を治療する私たちの対応能力が脅かされており、その結果、最近まで通常の人生を送ることのできた人々に障害を起こし、死に至らしめています。
有効な感染症に対する治療がなければ、多くの標準的な医学的治療が失敗し、かなりリスクの高い治療法に切り替えられることになります。
死に至らしめる抗微生物薬耐性(AMR)
耐性微生物によって起こる感染症は、多くの場合標準的な治療には反応せず、その結果、病気が長期化し、医療費が高騰し、死に至る危険が増します。
一例として、病院で治療した一般細菌による重症感染症の患者の死亡率は、同一の非耐性菌の感染症患者の約2倍になります。例えば、MRSA(メチシリン耐性ブドウ球菌、地域社会や病院は重症感染症のもうひとつの一般感染源です)の感染者は、非耐性型の感染症患者よりも64%も死亡する確率が高いと推定されています。
感染制御を妨げる抗微生物薬耐性(AMR)
AMRは治療の有効性を低下させます。このため患者は、より長期間感染症をとどめ、他者にも耐性微生物を広げる危険性を高めます。例えば、大メコン川流域でのACTs耐性を示す多剤耐性熱帯熱マラリア原虫の出現は、マラリアからの負荷を減らす世界的な取り組みを脅かす公衆衛生上の緊急対応を要する懸念材料です。
MDR-TBへの懸念が増しつつありますが、まだ実際より報告がかなり少なく、感染制御への取り組みを損なっています。
医療費を増加させる抗微生物薬耐性(AMR)
感染症が第一選択薬に耐性を示したとき、より高価となる治療法が必要となります。疾患や治療が長引くと家庭や社会に経済的負担がかかるのと同様、病院でもしばしば医療費が膨らみます。
健康管理の向上を危うくする抗微生物薬耐性(AMR)
現代医学の成果はAMRによって危険にさらされています。感染症の予防と治療に対し有効な抗微生物薬がなければ、臓器移植、癌化学療法、大手術の成功は損なわれかねません。
現在の状況
細菌の耐性
2014年にWHOから発出された抗微生物薬耐性に関する世界のサーベイランスの報告では、抗生剤耐性はもはや将来に対する予測ではないことが示されています。それは今まさに今世界中で起きていることであり、地域や医療機関で一般の感染症に対処する能力が危険にさらされていることです。緊急に協調して行動をとっていないため、世界は、何十年間も治療ができた一般感染症や軽い傷が再び死を招く可能性をもつ、抗生剤使用後の時代に向かっています。
- 淋病の最終選択薬-第三世代セファロスポリン-での治療の失敗がいくつもの国で確認されています。治療に反応しない淋菌感染症は、罹患率や、不妊症、妊娠時の有害な転帰、新生児の失明といった合併症の割合を上昇させ、この性感染症の制御における成果に逆行させる可能性があります。
- 大腸菌尿路感染症の経口薬として最も広く使用されている抗菌薬の一つ-フルオロキノロン-に対する耐性は、大きく広がっています。
- 黄色ブドウ球菌-医療機関と市中いずれでも起こる重症感染症の一般的な原因菌-による感染症治療の第一選択薬に対する耐性も、広がっています。
- 一般的な腸内細菌によって起こる生命に危険を及ぼす感染症の最終治療薬-カルバペネム系抗生剤-に対する耐性は、世界のすべての地域で広がっています。抗生剤耐性に対処する重要なツール-このような問題を追跡し、監視する基本的なシステム-はかなりのギャップがあることを明らかにしました。多くの国では、そのツールが備えられていないようです。
結核の耐性
2013年に、世界で推計48万人のMDR-TBに対する新規患者がいました。世界的には、各国での多剤耐性結核の頻度には大幅に違いがありますが、新規結核患者の3.5%と既治療結核患者の20.5%がMDR-TBであると推定されています。
広範囲薬剤耐性結核(XDR-TB、多剤耐性結核で、どんなフルオロキノロンやセカンドラインの注射剤にも耐性を示すと定義されている)は、世界のすべての地域の100か国で確認されています。
マラリアの耐性
大メコン川流域でのACTs耐性を示す多剤耐性熱帯熱マラリア原虫の出現は、マラリアからの負荷減らす世界的な取り組みを脅かす公衆衛生上の緊急対応を要する懸念材料です。治療効力に対する日頃からのモニタリングは、治療方針を立て適応されるために重要です。
また、それは抗マラリア薬に対する熱帯熱マラリア原虫の感受性の変化を早期に検出することにも役立ちます。
HIVの耐性
HIVの薬剤耐性は、抗レトロウイルス薬を服用しているウイルス感染者の体内でHIVが複製されるときに現れます。抗レトロウイルス療法(antiretroviral therapy; ART)プログラムが極めてよく管理されている場合でも、HIVの薬剤耐性がある程度は現れてきます。
入手可能なデータからは、ARTを受けられる環境が持続的に広がっていることがHIVの薬剤耐性の増加と関連していることが示されています。2013年には、1,290万人のHIV感染者が世界でARTを受けていますが、そのうち1,170万人は低・中所得国でARTを受けていました。
HIVの薬剤耐性は、現在使用されているHIV治療の第一選択と第二選択のARTレジメンが無効になるレベルにまで達しており、人々の生命を危険にさらして国内および世界でのARTプログラムの対策資金を脅かす可能性がでてきています。
2010年の時点で、ARTを普及させている国における未治療の成人HIV患者の薬剤耐性のレベルは、世界的に約5%であると判明しました。しかし、2010年以降、治療前の薬剤耐性は増加し、一部の地域では最高22%に達していることを示唆する報告があります。
HIVの薬剤耐性の継続的な監視は、世界および国内での第一選択と第二選択のARTレジメンの決定を周知する上で、また、全体としての集団レベルでの治療効果を最大にするために極めて重要です。
インフルエンザの耐性
過去10年で、抗ウイルス薬はインフルエンザの流行やパンデミック・インフルエンザの治療に対する重要なツールになりました。いくつもの国が、パンデミック対策のための薬剤を備蓄し、その使用に関する国の指針を作っています。インフルエンザの恒常的に変異する性質は、抗ウイルス薬に対する耐性が絶えず出現することを意味しています。
2012年までに、事実上、人に流行するすべてのインフルエンザウイルスAはインフルエンザの予防に頻繁に使用された薬(アマンタジンとリマンタジン)に対し耐性を示しました。しかし、ノイラミニダーゼ阻害薬のオセルタミビルに対する耐性率は低いままです(1-2%)。抗ウイルス感受性はWHO世界サーベイランスと応答システム(the WHO Global Surveillance and Response System)を通して絶えず監視されています。
抗微生物薬耐性の出現と広がりを加速させている要因は何か?
AMRの進行は自然現象です。しかし、特定の人の行動は、AMRの出現と広がりを加速させます。畜産を含めた不適切な抗微生物薬の使用は、耐性株の出現と選択による生き残りを助けお粗末な感染制御の実践はAMRのさらなる出現と広がりの一因となります。
協調行動の必要性
AMRは、多くの相互関連要因に左右される複雑な問題です。単一の孤立した介入それ自体ではほとんど影響を与えません。協調歩調で行動することがAMRの出現と広がりを最小限にすることに必要です。
個々人が耐性に対して取り組むべきことは以下のとおりです。
- 手を洗い、細菌感染やインフルエンザやロタウイルスのようなウイルス感染を防ぐために病気の人と濃厚接触を避け、性感染症を防ぐためにコンドームを使用する。
- ワクチン接種と、ワクチン接種の更新を続ける。
- 資格のある医療従事者により処方された時のみ、抗生剤を使用する。
- 改善したと感じても、治療コース(抗ウイルス薬の場合は生涯にわたる治療が必要かもしれません)を完遂する。
- 決して、抗生剤を他人と共有したり、残っている処方薬を使用したりしない。
医療従事者と薬剤師が耐性に対して取り組むべきことは以下のとおりです。
- 病院や診療所における感染の予防と制御対策を強化する。
- 本当に必要なときにだけ抗生剤を処方し投与する。
- 病気を治療するために正しい抗生剤を処方し投与する。
政策立案者が耐性に対して取り組むべきことは以下のとおりです。
- 耐性の広がりと原因の監視を改善する。
- 感染の制御と予防対策を強化する。
- 薬剤の適正な使用を制御し推進する。
- 抗微生物薬耐性の影響と、公衆衛生行政と医療専門家がどのようにそれぞれの役割を果たすべきか、それらに関する情報を広く利用できるようにする。
- 新たな治療の選択肢と他のツールの革新と開発に報償を与える。
政策立案者、科学者、産業界が耐性に対して取り組むべきことは以下のとおりです。
- 新しいワクチン、診断、感染症治療の選択肢、他のツールの研究、開発、革新を促進する。
WHOの取り組み
WHOは以下のように耐性に対して取り組んでいます。
- すべての利害関係者がともに集まり、協調して対応することに同意し、ともに行動する。
- AMRに取り組むための国の管理責務と計画を強化する。
- 政策指針を作り上げ、加盟国に対する技術支援を提供する。
- 積極的に技術革新、研究開発を奨励する。
WHOはすでに国際獣疫事務局(the World Organization for Animal Health; OIE)と国連食糧農業機関(the Food and Agriculture Organization of the United Nations; FAO)とともに、ヒトと動物の両方での抗生剤の最適な使用を含め、抗生剤耐性の出現と広がりを避けるための最適な実践を推進するために緊密に連携しながら活動しています。
WHOは、抗微生物薬耐性と戦うための世界行動計画の草案を作り、2015年5月に開催される第68回世界保健総会に提出しました。
出典
WHO Fact sheet N°194
Antimicrobial resistance, Update April2015
http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs194/en/