アフリカ・トリパノソーマ症(睡眠病)について(ファクトシート)
2017年1月 WHO (原文[英語]へのリンク)
要点
- 睡眠病は、この疾患を媒介するツェツェバエのいるサハラ以南アフリカ36か国で見られます。
- ツェツェバエに最もよく接触し、この疾患によく感染する人々は、それ故に、田舎に住み、農業、漁業、畜産、狩猟で生計を立てている人々です。
- ヒト・アフリカ・トリパノソーマ症には、原因寄生虫により2つの型があります。このうち、Trypanosoma brucei gambiense(T.b.g.)[ガンビア・トリパノソーマ]が、睡眠病として報告される患者の98%以上を占めます。
- 感染制御への努力を続けたことにより、新たな患者の発生は減少しています。2009年の報告患者数は50年間で初めて10,000人以下に減り、2015年の記録は2,804人でした。
- この疾患の診断と治療は複雑で、特別に訓練されたスタッフを必要とします。
疾患の定義
ヒト・アフリカ・トリパノソーマ症は、睡眠病としても知られ、昆虫が媒介する寄生虫感染症です。原因寄生虫は、Trypanosoma属の原虫です。この原虫は、感染した人や人に病原性をもつ寄生虫を保虫する動物から感染寄生虫を獲得したツェツェバエ(Glossina属)が刺咬することで人に伝播します。
ツェツェバエは、サハラ以南のアフリカだけに見られ、(その中でも)特定の種だけが疾患を伝播します。これまで、ツェツェバエは多くの地域で見つかっていますが、睡眠病はそれほど多くの地域ではみられません。この理由はよくわかっていません。感染伝播が起きている地域に住み、農業、漁業、畜産、狩猟で生計を立てている住民が最もよくツェツェバエに接触しているため、この疾患にも感染しやすくなっています。この疾患の拡大する範囲は一村から地域全体まで様々です。感染地域内での疾患の拡がり方は村毎に異なります。
ヒト・アフリカ・トリパノソーマ症の型
ヒト・アフリカ・トリパノソーマ症には原因寄生虫により2つの型があります:
- Trypanosoma brucei gambiense(T.b.g.)[ガンビア・トリパノソーマ]は、アフリカ西部および中央部の24か国で見られます。この型は、現在、睡眠病として報告される患者の97%を占め、慢性の感染症を引き起こします。感染しても、数ヶ月から数年にわたって大きな徴候や症状が現れずに、感染し続けることがあります。しかも、明確に症状が現れたときには、患者はしばしば中枢神経系への影響が出るほどに進行した段階に陥っています。
- Trypanosoma brucei rhodesiense(T. b. r)[ローデシア・トリパノソーマ]は、アフリカ東部および南部の13か国で見られます。現在、この型は報告患者の3%未満ですが、急性の感染症を引き起こします。最初の徴候や症状は感染後数か月間又は数週間でみられます。この型の疾病は急速に進行し、中枢神経系を侵します。ウガンダにだけは、両方の型の疾病がみられますが、(それぞれの感染)地域は離れています。
その他の型のトリパノソーマ症が、主にラテンアメリカで発生しています。これはアメリカ・トリパノソーマ症またはシャーガス病として知られています。この原因寄生虫は、この疾患のアフリカ型の原因寄生虫とは異なる種類(亜属)で、異なる媒介昆虫によって伝播されます。
動物のトリパノソーマ症
動物に対して病原性をもつ他の種類や亜種のTrypanosoma属があり、野生動物や家畜にトリパノソーマ症を引き起こしています。ウシではNagana(ナガナ)と呼ばれています。家畜動物のトリパノソーマ症、特にウシのトリパノソーマ症は、感染が発生した農村地帯の経済発展に大きな障害となります。
動物は、ヒト病原寄生虫、特にT. b.rhodesienseの宿主となることがあります。即ち、家畜や野生動物は寄生虫の重要なリザーバー(保虫宿主)となります。同様に、動物もT. b.gambienseに感染することもあり、小規模ですがリザーバーの役割を果たしています。しかし、この疾患のgambiense型における動物リザーバーの疫学的な明確な役割は、まだよくわかっていません。
人での主な流行
アフリカでは、前世紀に、いくつかの流行が起こりました。
- 1896年から1906年、主にウガンダとコンゴ盆地で流行
- 1920年にアフリカの多数の国で流行
- 1970年から1990年代後半まで続いた最近の流行
1920年の流行は、リスクのある数百万人の人々に移動部隊がスクリーニング検査を実施したことで制御されました。疾患は、1960年代の中頃までに、患者報告数が大陸全体で5,000人未満となるまでに制御されました。(しかし)この成功の後、サーベイランスが緩和されるとともに、1970年までにいくつかの地域で流行状態に達し、この疾患は再興してしまいました。1990年代から21世紀初頭にかけて、WHO、各国の感染制御プログラム、相互協力、NGOが対策に取り組み、カーブを下向きに転換させました。
ヒト・アフリカ・トリパノソーマ症の新しい患者の報告数は2000年から2012年までに73%減少したことから、WHO NTD Roadmapは公衆衛生上の問題として2020年までにこの疾患を撲滅させる目標を立てました。
疾患の脅威
睡眠病は、サハラ以南のアフリカ36か国に住む数百万の人々にとって脅威です。感染が発生する地域に住む多くの人々は、十分な公衆衛生サービスが整っていない僻地に暮らし、調査活動が難しく、そのために患者の診断や治療が困難です。さらに、住民の移動、戦争、貧困が、感染伝播を助長する大きな要因となっています。
- 1998年には約40,000人の患者が報告されました、しかし、300,000人の患者が診断を受けず、そのため治療も受けられなかったと推測されています。
- 最近の流行時に、アンゴラ、コンゴ民主共和国、南スーダンのいくつかの村では有病率が50%に達しました。このような地域では、睡眠病が死亡原因の1位か2位で、HIV/AIDSよりも多くなっています。
- 2009年には、感染制御の取り組みを続けた結果、報告された患者数は50年間で初めて10,000人以下(9,878人)に減りました。患者数の減少傾向は続き、2015年に報告された新たな患者数は2,804人となり、世界で体系的にデータを集め始めた75年前からの最低となりました。しかし、実際の推定患者数は20,000人程で、危険に晒されている人は6,500万人と推定されています。
現在の疾患の分布
この疾患の発生率は国によっても、ひとつの国の中の地域によっても異なります。
- この10年では、報告された患者の70%以上はコンゴ民主共和国(DRC)で発生しました。
- DRCは年間に新たな患者1,000人以上が報告されている唯一の国で、2015年には報告された患者の84%を占めています。
- 中央アフリカ共和国は、2015年に100人から200人の新たな患者が発生した唯一の国です。
- アンゴラ、ブルキナファソ、カメルーン、チャド、コンゴ共和国、コートジボワール、赤道ギニア、ガボン、ガーナ(原文ではGjanaと記載されていますが、入力ミスと判断しました)、ギニア、マラウイ、ナイジェリア、南スーダン、ウガンダ、タンザニア、ザンビア、ジンバブエでは、年間100人未満ですが、新たな患者が報告されています。
- ベナン、ボツワナ、ブルンジ、エチオピア、ガンビア、ギニア・ビサウ、ケニヤ、リベリア、マリ、モザンビーク、ナミビア、ニジェール、ルワンダ、セネガル、シエラレオネ、スワジランド、トーゴでは、10年以上新たな患者の報告はありません。この疾患の感染伝播は止まったと思われますが、政情不安や、遠隔地へのアクセスが困難なことから診断と調査の活動が妨げられており、まだ状況を正確に評価することが難しい地域があります。
感染と症状
この疾患は大部分が感染したツェツェバエに刺咬されることで感染しますが、他の経路で感染する人もいます。
- 母子感染:トリパノソーマは胎盤を通過し胎児に感染することがあります。
- 他の吸血昆虫を介した作用機序でも感染伝播は起こり得ます。しかし、感染伝播の疫学的な影響を評価することは困難です。
- 汚染した針による針刺し事故で検査中偶発的に感染が起きたことがあります。
- 性交渉により寄生虫の感染伝播が記録されています。
第一期では、トリパノソーマは皮下組織、血液、リンパ組織内で増殖します。これは血流リンパ期(haemolymphatic phase)とも呼ばれ、発熱、頭痛、関節痛、痒みを伴います。
第二期では、原虫が血液脳関門を破り中枢神経系に感染します。これは神経期または髄膜脳炎期として知られています。一般的にこの時期には、行動変容(異常行動)、混乱、感覚障害、協調性の低下などのより明らかな徴候や症状が現れます。病名の由来である睡眠サイクルの障害が、大きな特徴です。無症候キャリアの患者も報告されてはいますが、治療しない場合、睡眠病は致死的であると考えられています。
疾患管理:診断
疾患管理は3段階で行われます。
- 1.感染の可能性のスクリーニング。これには血清学的検査(T. b.gambienseにのみ利用可)の実施と臨床所見(特に、頚部リンパ節の腫脹)の確認を行います。
- 2.体液中に原虫が存在することを確認し、診断します。
- 3.疾患の進行段階の決定。これには腰椎穿刺で得られる脳脊髄液の検査を行います。
診断は、複雑でリスクのある治療方法を避けるために、できるだけ早く神経期への進行の前に行う必要があります。
T. b.gambienseの睡眠病の第一期は、無症状の期間が比較的長いことから、(この間に)初期段階の患者を発見し、患者のリザーバー(保虫宿主)の状態を解消し、そして、感染伝播を減らすために徹底的かつ積極的なスクリーニングが推奨されます。徹底的なスクリーニングには大規模な人的・物的資源の投入が必要です。アフリカでは、特に疾患の多くが見つかる僻地で、しばしば、そのような資源が不足している状況がみられます。そのため、何人もの感染者が診断され治療を受ける前に死亡している可能性があります。
治療
治療法は疾患の段階に依存します。第一期で使用される薬剤は、第二期で使用される薬剤よりも比較的安全で、投薬しやすいものです。また、疾患が早期に診断されればされるほど、治癒の可能性が高まります。治療効果の評価には24か月の治療継続を必要とし、腰椎穿刺によって採取される脳脊髄液などの体液を検査して確かめる必要があります。寄生虫は長期間にわたり生き残り、治療を止めた後、数ヶ月を経て再興してくる可能性があります。
第二期での治療の成功は、血液脳関門を通って原虫に薬剤が届くことにかかっています。そのような薬剤は毒性が強く、投与が複雑です。5種類の薬剤が睡眠病の治療薬として使用されています。これらの薬剤は製薬会社からWHOに寄付されており、流行地では無料で配布されています。
第一期治療:
- ペンタミジン:1940年に発見され、T. b.gambienseの睡眠病の第一期治療に使われます。無視しがたい不快な副作用がありますが、概ね患者には許容できるものです。
- スラミン:1920年に発見され、T. b.rhodesienseの第一期治療に使われます。不快な泌尿器系の副作用やアレルギー反応が起こります。
第二期治療:
- メラルソプロール:1949年に発見され、gambienseとrhodesienseの型の両方に使われます。この薬剤はヒ素を含むために、好ましくないたくさんの副作用があります。その最も劇的なものは反応性脳症(脳症症候群)で、生命にかかわることがあります(3%-10%)。薬剤への耐性が増加しており、特に、中央アフリカのいくつかの地域で(耐性の増加が)確認されています。現在、rhodesiense型の第1選択治療薬、およびgambiense型の第2選択治療薬のとして推奨されています。
- エフロルニチン:この薬剤は、メラルソプロールよりも毒性が低く、1990年に登録されました。T. b.gambienseにのみ有効です。投与計画が複雑で投薬が困難です。
- ニフルチモックス:ニフルチモックスとエフロルニチンの併用療法が2009年に導入されました。1日4回の注射でエフロルニチンの治療期間を減らし、簡素化しています。残念ながらT. b.rhodesienseに対しては研究されていません。ニフルチモックスはアメリカ・トリパノソーマ症の治療薬として登録されており、ヒト・アフリカ・トリパノソーマ症の治療薬ではありません。それでも、臨床試験で安全性と有効性についてのデータが提供され、エフロルニチンとの併用療法によるその使用はWHOの必須薬剤リスト(WHO List of Essential Medicine)の中に加えられ、現在、gambiense型に対する第一選択治療法として推奨されています。その投薬に必要となる全ての物品を梱包したキット器材がWHOから無料で流行地域に提供されています。
官と民のパートナーシップ(連携協定)
2000年と2001年に、WHOはAventis Pharma(現在のSanofi)とBayer HealthCareとともに官民パートナーシップを設立しました。それによりWHO主導での感染制御対策と調査活動計画、流行国での感染制御活動への支援の提供や無料での薬剤の提供が可能となりました。
パートナーシップ(連携協定)は2006年、2011年と2016年に更新されました。睡眠病の患者数低下にの成功したことは、他の民間パートナーにも、公衆衛生上の問題として、この疾患の撲滅に向けてWHOが主導して取り組くことへの支援の継続を促しました。
WHOの取り組み
WHOは、国の上げての感染制御計画の支援と技術への支援を行っています。
WHOは、Sanofi(ペンタミジン、メラルソプロール、エフロルニチン)やBayer HealthCare(スラミン、ニフルチモックス)との官民連携協定を通じて、流行国へ抗トリパノソーマ薬を無料で提供しています。医薬品の管理と出荷は、MSFロジスティクスと(国境なき医師団の物資輸送)の協力で行われます。
2009年に、WHOは新しく安価な診断ツールの開発を促進するために、研究者が利用できる検体試料バンクを設立しました。このバンクには、両タイプの感染患者から採取された血液、血清、脳脊髄液、唾液、尿の検体と、流行地における未感染の住民からの検体があります。
2014年に、この疾患の撲滅への力強く絶え間ない努力を確かな道とするために、WHOのリーダーシップの下で、ヒト・アフリカ・トリパノソーマに対する共同ネットワークが設立されました。この関係者には、国内の睡眠病に対する感染制御プログラム、この疾患に立ち向かう新たなツールを開発するグループ、感染制御に関わる国際機関および非政府組織、試料提供者が含まれます。
WHO計画の目的は以下のとおりです。:
- 感染制御の対策を強化し協調して活動を行うこと、および現場での活動を引き続き確実に実行すること
- 調査活動を強化すること
- 診断と最善の治療を行える環境を確実に整備すること
- 治療と薬剤耐性への監視体制を支援すること
- ヒト・アフリカ・トリパノソーマ症の分布地図を完成させることを含めた疫学解析のための情報データベースの作成と、国際連合食糧農業機関(the Food and Agriculture Organization; FAO)との協力体制を完成させること
- 訓練を行う場を提供することで、スタッフの技能を確実なものにすること
- 治療と診断ツールを改善するために実施されている研究を支援すること
- 動物トリパノソーマ症に関わるFAO、オスのハエを放射線で不妊化しベクター・コントロールを行うIAEAとの協力体制を推進すること。アフリカ連合とともに国連3機関がアフリカ・トリパノソーマ症の感染対策プログラム(PAAT)を促進すること
- アフリカ連合の汎アフリカ・ツェツェバエ・トリパノソーマ症の撲滅キャンペーン(PATTEC)と協力して、媒介昆虫と疾患の感染制御、両方の活動を協調させること
出典
WHO.Media Center.Fact sheet.Updated January2017
Trypanosomiasis,human African(sleeping sickness)
http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs259/en/