シャーガス病(アメリカトリパノソーマ症)について (ファクトシート)

2017年3月 WHO(原文〔英語〕へのリンク

要点

  • 世界中で、推定で約600万人から700万人がシャーガス病を引き起こす寄生虫Trypanosoma cruziに感染していると見込まれており、その大部分はラテンアメリカで発生しています。
  • アメリカ大陸では、媒介昆虫によって伝播されて発症します。この寄生虫を運ぶ媒介昆虫は、Trypanosoma cruziというサシガメ(triatomine bug)です。
  • シャーガス病は、かつて、アメリカ大陸に限局し、主にラテンアメリカで発生していました。しかし、現在では他の大陸にも広がっています。
  • Trypanosoma cruziへの感染は、早期に治療が開始されれば、治癒します。
  • 慢性期でも、駆虫剤の治療で疾患の悪化や進行を防ぐことができます。
  • 慢性感染者のうち、30%で心疾患が進行し、10%で消化器疾患、神経疾患、複数の疾患などが進行します。(このときには、疾患臓器に合わせた)特異的な治療が必要になります。
  • ラテンアメリカのシャーガス病を予防するために最も有効な方法は、媒介昆虫の防御と駆除です。
  • 輸血や臓器移植による感染を防ぐために、血液のスクリーニングは必須です。
  • 妊娠女性や新生児、並びにその兄弟の感染に対する診断も重要です。

概観

シャーガス病はアメリカトリパノソーマ症としても知られ、原生寄生虫Trypanosoma cruziの感染によって引き起こされ、潜在的に生命を脅かすこともあります。

世界中で約600万~700万人が、シャーガス病を引き起こす寄生虫Trypanosoma cruziに感染しているとみられています。シャーガス病は主にラテンアメリカの21か国でみられます。"kissing bugs"、 または、地域によって他にもたくさんの名前で呼ばれていますが、主に媒介昆虫はサシガメで、糞や尿に人が触れることによって感染伝播します。

シャーガス病の治療費は相当な額になります。コロンビアだけでも、2008年にシャーガス病の患者全員に必要となった医療費は、推定で約2億6,700万米ドルでした。また、媒介昆虫の制御と駆除に必要な殺虫剤の散布には、年間で2%よりもやや少ない約500万米ドルかかっています。

シャーガス病という病名は、1909年にこの疾患を初めて発見した、医師であり研究者でもあるブラジルのリベイロ・ジュスティニアーノ・シャーガス(Carlos Ribeiro Justiniano Chagas)の名前にちなんで命名されています。

分布

シャーガス病は、主にカリブ海諸島を除くラテンアメリカ大陸地域で発生しています。しかし、この数十年間は、アメリカ合衆国、カナダ、ヨーロッパの多くの国々や、西太平洋のいくつもの国でも患者の発見が増えています。これは、主に、ラテンアメリカと他の地域で人々が往来していることによります。

所見と症状

シャーガス病の病期には2つの時期があります。第1期は急性期で、感染後から約2か月間、症状が続きます。急性期には、多くの原虫が血中を循環していますが、ほとんどの患者は無症状か軽症です。最初にみられる所見としては、皮膚病変または紫色の一側性眼窩周囲の浮腫がみられますが、それもサシガメに刺された50%未満の人だけです。また、発熱、頭痛、リンパ節の腫脹、蒼白、筋肉痛、呼吸困難、浮腫、腹痛、胸痛がみられることがあります。

慢性期には、原虫は主に心臓や消化器系の筋肉内に潜んでいます。患者の30%は心疾患、10%は消化器疾患(典型症状は食道や結腸の肥大)、神経疾患、複数の疾患を患います。数年後には、心筋や神経系で組織破壊が起こり、不整脈や進行する心不全によって突然死を起こします。

感染経路

ラテンアメリカでは、T. cruziは、主に吸血性のサシガメの糞尿によって伝播されます。原虫を運ぶこのようなサシガメは、一般的に、農村や郊外の粗末な作りの家の壁や屋根のひび割れなどに生息しています。サシガメは、通常、日中は隠れており、人の血液を餌として夜間に活動します。サシガメは、通常、顔のような皮膚が露出した部位を咬み、咬んだ部位の近くに糞尿を排泄します。人が無意識にサシガメの糞尿に触れ、刺し口、目、口、傷口に(これらを)擦りつけたときに原虫が体内に入ります。

T. cruziは、次のようなことでも伝播します。

  • 寄生虫を保ったサシガメや有袋類の糞尿の付着など、T. cruziによる汚染物のついた食品の摂取
  • 感染した人からの血液の輸血
  • 妊娠中や出産時の母親から新生児へ感染(母子感染)
  • 感染した提供者からの臓器を使った臓器移植
  • 検査室での事故

治療

シャーガス病は、原虫の駆除に、ベンズニダゾールやニフルチモックスを用いて治療されます。どちらの薬剤も、先天性の感染を含めて急性期症状の出現後、直ぐに投与されれば、この疾患をほぼ100%治癒させる効果があります。しかし、どちらの薬剤も感染経過の長い患者では効果が減弱します。

この治療は、感染症の再発(免疫不全等による)と慢性期初期の患者に対しても行われます。感染した成人、特に症状のない成人感染者には、疾患の悪化や進行を防ぐために駆虫薬治療を投与する必要があります。シャーガス病の悪化を防ぎ進行を遅らせるために行う薬剤の効果への可能性は、対象となる人々の中で(2か月間までの)長い治療期間と起こりうる副作用(治療を受けた患者の40%に起こる)とを比較して検討されることになります。

ベンズニダゾールやニフルチモックスは、妊娠女性、腎不全、肝不全の患者には投与すべきではありません。ニフルチモックスは、神経疾患や精神疾患の既往がある人にも禁忌です。さらに、心疾患や消化器の症状出現に対しては、その臓器を対象とする治療が必要になることもあります。

制御と予防

シャーガス病に対するワクチンはありません。ラテンアメリカでは媒介昆虫の制御と駆除が最も有効な方法です。血液のスクリーニング検査は、輸血や臓器移植による感染を防ぐために必須です。

元来(9000年以上前)、T. cruziは野生動物のみに感染していました。その後、家畜に、そして人に広がりました。アメリカ大陸の野生動物がT. cruziの大きな保有宿主であるということは、この原虫は根絶できないことを意味します。代わりとなる感染制御の目標は、感染した人や発症した人々からの感染経路を遮断し、早期に医療施設の利用を確保することになります。

T. cruziは数種類ものサシガメに感染しますが、その多くはアメリカ大陸で発見されています。地域にもよりますが、WHOは、感染予防と制御の方法として、次のような対策を推奨しています。

  • 家屋やその周辺での殺虫剤の散布
  • 媒介昆虫の侵入を防ぐための家屋の改修
  • 蚊帳などの個人的な感染防御
  • 食品の準備、輸送、貯蔵、摂取時の衛生対策の励行
  • 献血者のスクリーニング検査
  • 臓器、組織、細胞の移植の際の提供者と移植者の検査
  • 感染した母親から生まれた新生児と母親の子どもの早期診断及び治療のためのスクリーニング検査

WHOの取り組み

1990年代以降、汎米保健機構(PAHO)事務局と連携し、南米最南端の地域、中央アメリカ、アンデス共同体、アマゾン川流域で、政府間で取り組みを行うことで、ラテンアメリカで原虫と媒介昆虫の制御に対し大きな成功を収めてきました。これらの多国間の取り組みによって、媒介昆虫による感染が大きく減少しました。

さらに、ラテンアメリカ全体で輸血による感染リスクも大きく減少しました。この進歩は、たくさんの国際的な関係団体の支援とともに、この疾患が常在する加盟国の力強い取り組み、調査・研究の強化、組織の運営によって実現できました。

同時に、以下の更なる課題にも直面しています。

  • 疾患の制御対策の維持と進展への地盤強化
  • アマゾン川流域など、以前にはシャーガス病の発生がないと考えられていた地域でのシャーガス病の発生
  • アルゼンチンとボリビアに跨るチャコ地域など、疾患の制御対策が進んでいる地域での感染症の持続
  • 主に、ラテンアメリカとその他の地域間での人の往来が増加することによって起こる疾患の拡大
  • 感染した何百万人もの人々に対する診断環境と治療環境の向上

シャーガス病の感染経路を遮断し、感染した人や発症した人々への医療支援を確保するという目標を達成するために、WHOは、以下のことに焦点を当てて、世界的なネットワークを増やし、地域や国の対応能力を強化しています。

  • 世界での疫学的なサーベイランスと情報収集システムの強化
  • 流行国と非流行国両方における輸血や臓器移植による感染の防止
  • 感染のスクリーニング検査や診断検査の普及の促進
  • 先天性の感染者からの経路を軸として予防することの拡大と先天性および後天性感染者の患者管理
  • 適切な患者管理に関する統一見解の推進

出典

WHO.Fact sheet, Media Centre.Updated March2017
hagas disease(American trypanosomiasis)
http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs340/en/