ボツリヌス菌について (ファクトシート)

2017年10月 WHO(原文〔英語〕へのリンク

要点

  • ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)は、低酸素の環境下で致死性の毒素(ボツリヌス毒素)を産生する細菌です。
  • ボツリヌス毒素は、最も毒性の高い物質のひとつとして知られています。
  • ボツリヌス毒素は、神経機能を阻害し、呼吸と筋肉を麻痺させます。
  • 人でのボツリヌス症は、食品由来、乳児、創傷でのボツリヌス症、吸入によるボツリヌス症、その他のタイプの中毒などがあります。
  • 適正な加工を欠いた食品の消費に由来するボツリヌス症は、稀ですが、早期に診断され、抗毒素で治療されなければ、死に至ることもある疾患です。
  • 自家製の缶詰、保存食や発酵食品は、食品由来のボツリヌス症でよく見られる感染源であり、これらの調理には慎重を期す必要があります。

概要

 食品由来のボツリヌス症は、死に至ることのある重篤な疾患です。しかし、極めて稀にしか起こりません。通常、中毒は、細菌を含んだ食品で産生されたボツリヌス毒素を取り込むことで発生します。この毒素は、強力な神経毒性をもっています。ボツリヌス症は、人から人へと感染するものではありません。

 ボツリヌス菌は、芽胞を形成するため、熱に強く、環境中に広く生息します。また、芽胞は酸素がなくなると出芽し、増殖して、菌体外毒素を排出します。

 ボツリヌス毒素には、AからGまでの7種類の異なる型があります。このうち、人にはA、B、Eの各型(日本ではE型が多い)と稀にF型を加えた4種の型が、ボツリヌス症を引き起こします。C、D、Eの各型は、その他の哺乳動物や鳥、魚などで症状を引き起こします。

 ボツリヌス毒素は、不適切に処理された食品からも取り込まれます。その食品では、細菌や芽胞が生き残り、後に増殖して毒素を産生します。食品による中毒が主な原因とされますが、人のボツリヌス症は、幼児でのボツリヌス菌への腸内感染、並びに創傷感染や吸入によっても引き起こされることがあります。

食品由来のボツリヌス症の症状

 ボツリヌス毒素は、神経毒です。そのため、神経系に影響を及ぼします。食品由来のボツリヌス中毒は、筋力を低下させる弛緩性麻痺を特徴とし、呼吸不全を起こします。初期の症状には、著しい疲労感、衰弱、めまいなどがあり、通常、これに続いて、視力調節の低下、口の渇き、嚥下や会話の障害が起こります。嘔吐、下痢、便秘、腹部の膨満などが起こることもあります。この疾患は首と腕の衰弱から始まり、その後、呼吸筋や下肢の筋肉に影響が及びます。発熱はなく、意識が消失することもありません。

 症状は、細菌そのものによって起こるのではなく、ボツリヌス菌が産生する(菌体外)毒素によって起こります。通常、症状は、細菌への曝露後、12時間から36時間まで(最小4時間から最大8日までの間)に現われます。ボツリヌス症の発生率は低いですが、早期の診断と適正かつ速やかな治療(抗毒素剤の投与と万全な呼吸管理)が行われなければ、死亡する割合が高くなります。この疾患での患者の致死率は5%から10%です。

細菌への曝露と感染経路

食品からのボツリヌス症

 ボツリヌス菌は嫌気性菌で、酸素のないところでしか増殖できません。食品由来のボツリヌス症は、食品を摂取する前に、ボツリヌス菌が増殖し、毒素が産生されていたときに発生します。ボツリヌス菌は芽胞を形成し、土壌中、河川、海水など環境中に幅広く存在します。

 細菌の増殖および毒素の産生は、酸素含有量が低い製品と温度や保存成分が特定の形で組み合わさったときに起こります。これは、簡易の処理で保存された食品や処理が不十分な自家製の缶詰、並びに瓶詰め食品で最もよく起こります。

 ボツリヌス菌は酸性の条件下(pH4.6以下)では増殖しないため、酸性の食品では毒素が産生されません(但し、pHが低くても、それまでに形成された毒素は分解されません)。細菌の増殖や毒素の産生を防ぐためには、低温での貯蔵、塩分の含有、pHを組み合わせることが行われます。

 ボツリヌス毒素は、緑豆、ホウレンソウ、キノコ、カブなどの酸性度の低い保存野菜、マグロの缶詰、発酵させた魚・塩漬けの魚・燻製の魚などの魚介類、ハムやソーセージなどの肉製品など、さまざまな食品からみつかります。関係する食品は国によって異なり、現地の食習慣や食品の保存方法などが反映されてきます。時には、商業用に調理された食品が関係することもあります。

 ボツリヌス菌の芽胞は熱に耐性がありますが、嫌気性条件下で芽胞から増殖した細菌によって産生される毒素は、煮沸によって破壊されます(例、内部温度が85℃を超える温度で5分間以上)。したがって、低酸素包装ですぐに食べられる食品は、食品由来のボツリヌス症の事例と関係することが(他を原因とする事例よりも)多くなります。

 (中毒の)疑わしい事例が関係する食品サンプルは、すぐに入手して、密閉された容器に適切に保管し、原因を特定し、さらなる事例発生を防ぐために検査施設に送付しなければなりません。

乳児ボツリヌス症

 乳児ボツリヌス症は、主に生後6か月未満の乳児に起こります。食品に予め産生されている毒素を摂取することで起こる食品由来のボツリヌス症とは異なり、ボツリヌス菌の芽胞を取り込み、毒素を放出する細菌を腸内に定着させてしまうことで起こります。成人のほとんど及び6か月を超える幼児では、時間の経過とともに腸内での自然防御が発達し、芽胞の発芽と細菌の増殖を抑えるために、発症することはありません。

 乳児でのボツリヌス菌は、便秘、食欲不振、衰弱、泣き方の変化、頭部の制御の著しい喪失などを起こします。乳児ボツリヌス症には、いくつかの感染源が考えられますが、芽胞を含む蜂蜜が多くの事例に関係しています。そのため、両親や保護者には、1歳未満の幼児に蜂蜜を与えてはいけないと警告されます。

創傷ボツリヌス症

 創傷ボツリヌス症は稀で、芽胞が開放創に入り、嫌気性の環境下で増殖したときに発生します。症状は食品由来のボツリヌス症に似ていますが、発現までに2週間かかることもあります。このタイプの病気は、薬物の乱用、特にブラック・タール・ヘロインの注射と関係しています。

吸入ボツリヌス症

 吸入ボツリヌス症は稀で、自然には起こりません。例えば、エアロゾルで毒素を放出する偶発的な事故や意図的に(放出する)事件(例、生物テロ)などが関係します。吸入ボツリヌス症は、食品由来のボツリヌス症と同様の臨床経過を示します。人での致死量の中央値は、体重当たりのボツリヌス毒素2ng/kgと推定されており、食品からの事例の約3倍となります。

 毒素の吸入に続いて、1日から3日で症状が現れます。細菌の取り込みレベルが低いほど発症までの時間は長くなります。症状は、ボツリヌス毒素を摂取したときと同じように進行し、筋肉の麻痺と呼吸不全に至ります。

 エアロゾルの吸入による毒素への曝露が疑われた場合、患者および他の人々には、それ以上の曝露を防がなければなりません。患者の衣類は、石けんと水で十分に洗える状況になるまでは、脱いで、ビニール袋に入れて保管する必要があります。患者はシャワーを浴び、直ぐに(細菌)汚染を除去しなければなりません。

その他のタイプの中毒

 理論的には、水に由来するボツリヌス症が、予め産生された毒素を摂取することで生じる可能性があります。しかし、通常の水処理プロセス(例えば、煮沸や0.1%次亜塩素酸塩漂白剤溶液による消毒)で毒素は破壊されるために、リスクは低いと考えられています。

 感染源を特定できないボツリヌス中毒には、通常、食品や創傷からの感染源が確認できない成人の事例が含まれます。これらの事例は、乳児ボツリヌス中毒と同様に、外科的な処置や抗生物質による化学療法の結果として正常な腸内細菌叢に変化が起きたときに発生することがあります。

 医療および/または美容における患者への使用の結果として、精製毒素の有害な作用が、報告されています(以下の「ボトックス」を参照のこと)。

ボトックス

 医療および美容目的で主に注射剤として使われる医薬品であるボトックスの製造に使用される細菌とボツリヌス菌は同じものです。ボトックス治療は、精製され、高度に希釈されたボツリヌス神経毒素A型を使用しています。治療は、患者の必要性に合わせて調整され、時に副作用がみられるものの、医療環境下で投与されており、十分な忍容性があります。

診断と治療

 通常、診断は、臨床経過と理学所見に基づいて行われます。それに続いて、血清、便、食品中のボツリヌス毒素の存在または糞便、創傷、食品からのボツリヌス菌の培養で存在を示すなど、確定診断のための臨床検査が行われます。ボツリヌス症の誤診は、しばしば、脳卒中、ギラン・バレー症候群、重症筋無力症と混同されたときに生じます。

 抗毒素は、臨床診断後、できるだけ早く投与する必要があります。早期の投与は、死亡率の低減に有効です。重度のボツリヌス症状には、数週間から数か月間におよぶ対症療法、特に人工呼吸器管理が必要となります。(創傷ボツリヌス中毒の場合を除き)抗生物質は必要ありません。ボツリヌス症にはワクチンがありますが、有効性が完全に評価されておらず、(有効性の利得を超える)有害な副作用も示されているため、ほとんど使用されていません。

予防

 食品由来のボツリヌス症の予防は、食品の調製、特に加熱/滅菌および衛生手順の中での適正な調理・製造の実施に基づきます。食品由来のボツリヌス症は、加熱殺菌製品(例えば、レトルト製品)、缶詰による細菌およびその芽胞の不活化や、その他の製品における細菌の増殖および毒素産生の阻止によって、予防することができます。増殖過程にある細菌は煮沸によって破壊できますが、芽胞は数時間の煮沸の後でも生存しています。但し、芽胞は、商業用の缶詰などの非常に高い温度での処理ならば死滅させることができます。

 商業用の低温殺菌(真空パックされた低温殺菌製品および高温による燻製製品など)は、どれも芽胞を死滅させるには不十分であり、これらの製品の安全保持は、細菌の増殖および毒素産生の阻止に基づかなければなりません。冷蔵温度や塩分および/または酸性環境の条件を組み合わせれば、細菌の増殖や毒素の産生を阻止することができます。

 WHOの「食品をより安全に保つ5つの鍵」が、食品取扱業者の訓練と消費者の教育に対するプログラムの基礎要件として役立ちます。特に、食中毒の予防には重要です。5つの鍵は、次のとおりです。

  • 清潔の保持
  • 生鮮物と調理物とを分けて扱うこと
  • 調理は徹底して行うこと
  • 食品を安全な温度に保つこと
  • 安全な水と新鮮な材料を使用すること

WHOの取り組み

 ボツリヌス症の発生は稀です。しかし、これは、病気の原因を特定し、(自然発生か、事故か、または意図的な可能性があるのか)感染発生の種類を識別し、新たな患者の発生を予防するとともに、感染した患者には有効な治療を行うことが必要となるため、素早い確認を必要とする公衆衛生上の緊急事態です。

 治療の成功は、早期の診断と速やかな抗毒素の投与に大きく影響されます。

 国際的な懸念となり得るボツリヌス症の感染発生に対応するためのWHOの役割は、次のとおりです。

調査活動と(患者の)発見

 WHOは、発生地での素早い感染の発見と効率的な国際対応を確実に実行するために、国の調査活動と国際的な警戒体制を強化することを支援します。調査、(対策の)調整および実施といった活動に対してWHOが取る主な手段として、食品安全の案件を管理・担当する加盟国の国家当局とをつなぐ国際食品安全機関(INFOSAN)を利用します。このネットワークは、FAOとWHOが共同で管理しています。

リスクの評価

 WHOの対策は、感染の発生が自然発生か、事故か、または意図的な可能性があるのかを考慮した上でのリスク評価の手順に基づき行われます。また、WHOは、国際食品規格委員会(Codex Alimentarius Commission)によって作成された国際食品安全基準、ガイドライン、推奨事項に基づく科学的な評価を提供しています。

感染源の封じ込め

 WHOは、感染源で感染の発生を封じ込めるために、国や地方の担当当局との調整を図ります。

支援の配給

 WHOは、国際機関、専門家、国立研究所、航空会社、商業団体の間で、ボツリヌス抗毒素の提供と投与など、対策のための機器、資材および供給を弾力的に行うために調整を図ります。

出典

WHO.Fact sheet, Media Centre.Reviewed October2017
Botulism
http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs270/en/