医原性ボツリヌス症 – ヨーロッパ地域

Disease outbreak news 2023年3月24日

発生状況一覧

2023年3月7日、ドイツの国際保健規則による国の連絡窓口(NFP)は、トルコの医療機関で注射によるA型ボツリヌス神経毒(BoNT/A)を使用した医療処置を受けた患者における医原性ボツリヌス症例5件をWHOに報告しました。2023年3月17日現在、WHOヨーロッパ地域の4カ国で合計71件の症例が報告されており、主にトルコの2つの病院で発生しています。
 
治療に使用された注射製剤はトルコ医薬品・医療機器庁(Türkish Medicines and Medical Devices Agency)による検査・評価のために押収されました。2023年3月8日以降、新規患者は報告されていません。
 
ボツリヌス症の発生は非常にまれで、自然、偶発的、場合によっては人為的な感染源に関連しているものがあります。

 

発生の概要

2023年3月7日、ドイツの国際保健規則による国の連絡窓口は、トルコの医療機関でA型ボツリヌス神経毒(BoNT/A)の注射による医療処置を受けた患者で5例の医原性ボツリヌス症が発生したとWHOに通知しました。 2023年3月17日の時点で、2023年2月22日から3月1日の間にトルコで行われた前述の医療行為に関連して、トルコで53例、ドイツで16例、オーストリアで1例、スイスで1例の合計71件のボツリヌス症が報告されました。
 
全例が成人であり、ほとんどの症例が中年の女性です。治療現場の情報が判明している69例のうち、トルコの2か所の私立病院が確認されており、66例が1つの病院、3例が別の病院と関連していることが分かっています。
 
患者の臨床症状は、軽度から重篤のものまで様々でした。ボツリヌス中毒の臨床症状がみられ、症状は倦怠感、頭痛、目のかすみおよび/または複視、めまい、眼瞼下垂、嚥下障害、呼吸困難、頸部脱力、全身の筋力低下、舌腫脹などでした。数名の患者は入院が必要となりました。ボツリヌス抗毒素で治療を行った症例もありました。少なくとも5例が集中治療室に入院となっていますが、死亡例は報告されていません。
 
トルコ当局が実施した調査により、認可されたボツリヌス製剤を使用していたものの、使用目的が、認可されたものとは異なる目的で投与される適応外使用をされていたことが判明しました。両病院の関連部門は2023年3月1日に活動を停止させられ、関係者に対して調査が開始されました。 治療に使用された製品は、トルコ医薬品・医療機器庁による検査・評価のために押収されました。最後に報告された患者の発症日である2023年3月8日以降、新たな症例の報告はされていません。
 

公衆衛生上の取り組み

トルコ保健省は、トルコ医薬品・医療機器庁およびトルコ国立毒物連携センター(Turkish National Poison Solidarity Center)と協力して、今回の事例を調査しています。トルコ公衆衛生総局感染症・早期警戒部(Turkish General Directorate of Public Health, Department of Communicable Diseases and Early Warning)は、地方の保健センターおよび関連部門と共同で疫学調査を行っています。保健省の関連部署とトルコ警察は、事例の発生した上記の2つの病院を緊急で調査しました。現在、中毒の原因が製品の品質/安全性、医療ミス、または過剰摂取によるもののうちどれにあたるかを含め調査中です。
 
WHOは、欧州疾病予防管理センター(ECDC)および影響を受けた国際保健規則の締約国と、本症例に関する調査、リスク評価、情報共有、対応について協力しています。
 
トルコ医薬品・医療機器庁は、2023年3月10日に同庁のホームページで発表を行いました。同様に、ECDCは2023年3月10日に一般公開されている感染症の脅威に関する報告(Communicable Disease Threats Report)で本事象に関する最新の情報を発表し、2023年3月14日にECDCのウェブサイトにニュース記事が掲載されました。
 

WHOによるリスク評価

ボツリヌス神経毒は、クロストリジウム属のいくつかの種(C. botulinum, C. baratii, C. butyricum, C. sporogenesなど)が嫌気的条件下で産生する危険な毒素です。ボツリヌス神経毒は、これまで知られている中で最も致死性の高い物質の一つであり、8種類の血清型(A~H)が存在します。ボツリヌス神経毒は、神経機能を遮断し、呼吸を含む筋肉の麻痺を引き起こす可能性があります。人におけるボツリヌス症は自然発生する非常にまれな疾患で、ボツリヌス食中毒、乳児ボツリヌス症、創傷ボツリヌス症、吸入ボツリヌス症などを指すこともあります。
 
ボツリヌス菌の培養は、ボツリヌス毒素を含む医薬品の製造に使用されます。これらの医薬品は、20以上の神経疾患および非神経疾患の治療、ならびに美容のために、臨床使用目的で注射用製剤の形でボツリヌス神経毒(適応症に応じてA型またはB型)が用いられます。本来治療は、医療現場で、患者さんのニーズや希望する治療効果に応じて調整しながら行われます。
 
ボツリヌス症の症状は非常に重篤で、集中治療室でのケアや特異的な抗毒素の投与が必要な場合があります。このような治療が可能な場合でも、ボツリヌス症の重症例では、人工呼吸を含む支持療法が必要となります。完治には通常数週間から数ヶ月かかります。
 
今回の症例は、少なくとも2つの医療現場における特定の処置や医療製品に関連している可能性があります。症例の確認と報告については、さらなる調査が進められています。また、追加の症例がないかについても調査中です。この処置が行われた2つのクリニックのそれぞれの部門は、3月1日から閉鎖されており、それ以上の症例は報告されていません。
 
ボツリヌス神経毒の使用には複数の臨床適応がありますが、肥満症例での適応外使用が多数の国で増えてきています。使用される製品によっては、毒性作用の警告の表現が不十分であったり、患者の同意プロセスでリスクが十分に取り上げられなかったりすることがあります。
 

WHOからのアドバイス


ボツリヌス症の発生はまれですが、発生源の特定、発生の種類(自然発生、偶発的発生、意図的発生の可能性)の区別、追加事例の防止、罹患患者への効果的な治療実施のために、発生を迅速に認識する必要があります。
 
治療の成功には、早期診断とボツリヌス抗毒素の迅速な投与がカギになります。患者が最近ボツリヌス神経毒を投与された場合は、医原性ボツリヌス症を疑うべきで、臨床医はボツリヌス療法による全身性ボツリヌス症のリスクを常に意識しておく必要があります。ボツリヌス神経毒素を診断的に判断することは、非常に困難であると考えられています。理由は、存在する毒素の量が極めて少なく、血液検体の採取時期の制約が極めて厳しいためです。これまでのところ、検体を用いたボツリヌス神経毒素検出の基準とされている古典的なマウスバイオアッセイ(マウス法)よりも優れた感度で、臨床検体からボツリヌス神経毒素を検出する方法はほとんどありません。現時点では、報告されているボツリヌス症の症例が、製品の品質/安全性、医療ミス、または過剰摂取によるものかどうかは確認できていません。
 
今回の事例に関しての発生源は取り除かれたかもしれませんが、WHO加盟国は引き続き警戒する必要があります。したがって、国際保健規則(IHR)締約国にとって、新たに発生する症例を特定し、原因を究明し、処置に使用された製品が規格外品または偽造品である可能性を判断することは極めて重要となります。本件含め、各事例の調査は、さらなる症例の発生を防ぐため、かつ、発生した段階で迅速にさらなる広がりを封じ込めるために必要です。
 
WHOは、現在までに得られた情報に基づき、トルコへの渡航および/または貿易の制限を推奨していません。
 

出典

Iatrogenic Botulism-European Region
Disease Outbreak News 24 March 2023
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2023-DON450