鳥インフルエンザA(H5)のヒト感染例報告-チリ共和国

Disease outbreak news 2023年4月10日

発生状況一覧

2023年3月29日、チリ共和国(以下、「チリ」という。)保健省は、アントファガスタ(Antofagasta)州で鳥インフルエンザA(H5)ウイルスのヒト感染症の確定症例の発生をWHOに報告しました。これは、チリから報告された鳥インフルエンザA(H5)ウイルスによるヒト感染症の初発症例で、アメリカ大陸地域で現在までに報告された症例の3例目になります。本症例は単独の1例で、現時点で本疾病がヒトの間で広がっている証拠はでていません。患者へのウイルスへの曝露源の特定を含め、調査が進行中です。2023年のここ数ヶ月、チリから動物における高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)A(H5N1)のかなりの数のアウトブレイクが報告されています。鳥インフルエンザA(H5N1)ウイルスは、裏庭で飼育されるような家禽、農場飼育の家禽、野鳥、海獣から検出されています。
 
鳥インフルエンザがヒトに感染すると重症化する可能性があり、国際保健規則(IHR, 2005)に基づき届出が必要です。

 

発生の概要

2023年3月29日、チリ保健省は、国立インフルエンザセンターであるチリ公衆衛生研究所(スペイン語の頭文字をとってISP)が確認した鳥インフルエンザA(H5)ウイルスによるヒト感染例の検出をWHOに報告しました。患者は、チリ北部のアントファガスタ州出身の53歳の男性です。併存疾患や最近の渡航歴はありませんでした。
 
2023年3月13日、患者には、咳、咽頭痛、嗄声などの症状が現れました。3月21日、症状が悪化したため、地元の病院を受診。2023年3月22日には呼吸困難を呈し、アントファガスタ州の病院に入院となりました。重症急性呼吸器感染症(SARI)サーベイランスの通常の手順の一環として鼻咽頭拭い検体を採取し、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)により新型コロナウイルス感染症は陰性と判定されました。3月23日、患者は集中治療室に入院となりました。3月24日、抗ウイルス薬(オセルタミビル)と抗生剤による治療が開始され、肺炎を発症したため機械的に人工呼吸も行い、多角的管理のもと入院が続いていています。
 
3月27日、気管支肺胞検体を採取し、RT-PCR検査を行った結果、インフルエンザAウイルス(亜型不明)が陽性となりました。この検体はチリ公衆衛生研究所に送られ、3月29日に鳥インフルエンザA(H5)陽性と判定されました。ノイラミニダーゼの型はまだ確認されておらず、今回の症例で検出された鳥インフルエンザA(H5)ウイルスの系統情報はまだわかっていません。国立インフルエンザセンターは、この患者の検体をWHO協力センターに送付し、さらなる解析を行っています。
 
この患者の濃厚接触者3人は無症状で、インフルエンザ検査も陰性であったため、健康観察期間を終了しました。さらに、医療従事者の接触者9名も4月4日に監視を終了しましたが、4月5日にそのうちの1名が呼吸器症状を呈したため、さらなる検査を継続し、この接触者については健康観察期間をさらに7日間延長しています。
 
鳥インフルエンザA(H5N1)は、2014年12月にアメリカ大陸で初めて鳥類で検出されました。2022年12月から2023年2月にかけて、患者が居住するアントファガスタ州の野生の水鳥(ペリカン、ペンギン)および海獣(アシカ)から高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)が検出されました。この患者に関する疫学調査によれば、感染経路は、患者の居住地に近い地域で、病死した海獣や野鳥からの環境暴露によるものが最も妥当であるとされています。
 
 

鳥インフルエンザの疫学

人獣共通感染症であるインフルエンザは、ウイルスや宿主に関連する要因によって、無症状または軽症の上気道感染(発熱や咳)から、重症の肺炎、急性呼吸窮迫症候群 、ショック、死亡へと急速に進行することがあります。まれに、消化器症状、神経症状が報告されています。鳥インフルエンザのヒトへの感染は、通常、生死は問いませんが、感染した家禽や汚染された環境に直接または間接的にさらされた結果です。
 
2022年から2023年にかけてWHOアメリカ地域では、裏庭で飼育されるような家禽、農場飼育の家禽、野鳥、野生の哺乳類で高病原性鳥インフルエンザA(H5)のアウトブレイクが増加していることが報告されています。2014年にこの地域で初めて鳥インフルエンザA(H5N1)が確認されて以来、鳥インフルエンザA(H5)によるヒトへの感染は、2022年4月に報告された米国での1例目、2023年1月に報告されたエクアドルでの2例目、そして本例と3例報告されています。世界的には、2003年以降、A(H5N1)ウイルスによるヒト感染873件、うち死亡458件(CFR52%)がWHOに報告されています。さらに、インフルエンザA(H5)ウイルスによるヒト感染3件、A(H5N6)ウイルスによるヒト感染84件、A(H5N8)ウイルスによるヒト感染7件が、WHOに報告されています。

公衆衛生上の取り組み

・現地当局は、疫学調査を実施し、患者の家庭内や医療従事者の接触者追跡調査を実施しています。
・チリ保健省、チリ農業省農業・畜産局、チリ国立漁業・養殖局などが、この地域で発生した鳥インフルエンザを追跡調査するために、各分野で活動を実施しています。
・呼吸器症状があり、野鳥、家禽、哺乳類に接触した人、家禽との接触によりインフルエンザが疑われる人、鳥に接触した人の積極的な追跡調査が行われています。
・季節性インフルエンザの予防接種は、国の予防接種プログラムのガイドラインに従って、リスク集団に対して実施されています。
・住民には、さまざまな対象者に向けたメッセージを通じて、本疾病の発生と予防策についての情報が提供されています。
 

 

WHOによるリスク評価

現地疫学調査の速報によると、患者の居住地に近い地域で、病死した海獣や野鳥が発見されており、環境暴露によるものと考えるのが最も妥当だとされています。なお、これまでの情報では、他の個体からはウイルスが検出されていません。
 
鳥インフルエンザウイルスが家禽類、野鳥、哺乳類に流行している場合、感染した動物や汚染された環境にさらされることにより、ヒトにおける散発的な感染や小規模な集団感染の危険性があります。
 
検査確定症例の医療従事者やその他の接触者を監視するなど、ヒトと動物の両保健機関により公衆衛生対策が実施されています。このヒトの症例に由来するウイルスのさらなる特性解明が待たれますが、現在入手可能な疫学的およびウイルス学的情報からは、A(H5)ウイルスがヒトの間で継続して感染していく能力を獲得しておらずヒトからヒトへの伝播の可能性は低いことが示唆されています。現在までに得られた情報に基づき、WHOはこのウイルスが一般市民にもたらすリスクは低いと評価しています。
 
感染地域から感染者が海外に渡航した場合、渡航中または到着後に他国で感染が発見される可能性があります。このような事態が発生しても、本ウイルスがヒトの間で容易に感染する能力を獲得していないため、コミュニティレベルでのさらなる拡大は考えにくいと考えられています。

この予備的リスク評価は、今後、疫学的あるいはウイルス学的な新たな情報が得られた場合、必要に応じて見直される予定です。
 

WHOからのアドバイス

インフルエンザウイルスは常に変異しており、動物たちの間で大規模なアウトブレイクが発生しているため、WHOは、ヒトまたは動物の健康に影響を与える可能性のある新規の、または既に流行しているインフルエンザウイルスに関連するウイルス学的、疫学的、臨床的変化を検出・監視する世界規模でのサーベイランスと、リスク評価のための迅速なウイルス情報の共有の重要性を引き続き説いています。ヒトへの感染を引き起こした人獣共通感染症であるインフルエンザウイルスの多様性は非常に危険であり、動物およびヒトの集団におけるサーベイランスの強化、すべての人獣共通感染症の徹底的な調査、およびパンデミックへの準備計画が必要となります。ヒトからヒトへの感染を引き起こす可能性をもたらすウイルスの変異を防ぐため、養鶏場の従業員には季節性インフルエンザワクチンを接種することが推奨されています。
 
WHOは、入国地で旅行者向けの特別なスクリーニングは推奨していません。 鳥インフルエンザや変種ウイルスを含む、パンデミックの可能性を持つ新型インフルエンザウイルスにヒトが感染したことが確定している、または疑われている場合には、確定検査結果を待っている間も含めて、接触者の追跡を開始し、動物への曝露歴や渡航歴について徹底した疫学調査を行う必要があります。疫学的調査には、新型ウイルスのヒトからヒトへの感染を示唆するような通常は見られないような異常な呼吸器系疾患の兆候を早期に発見する項目を含めるのがよく、患者が発生した時間と場所から採取した臨床検体を検査し、さらに特性を調べるためにWHO協力センターへ送るべきです。
 
ヒトのインフルエンザA(H5)を予防するための承認済ワクチンはありません。パンデミック対策として、ヒトのインフルエンザA(H5)感染を予防するワクチン候補のウイルスが開発されています。
 
野鳥や一部の野生哺乳類において鳥インフルエンザの発生が比較的頻繁に確認されていることから、我々市民は原因不明の病気にかかっている動物や動物の死骸に触れることを避け、病気の動物や動物の死骸を発見した際には、関係当局に報告する必要があります。
 
動物のインフルエンザの発生が確認されている国への渡航者は、農場や生きた動物を扱う市場での動物との接触、動物が屠殺される可能性のある場所への立ち入り、動物の糞便やその他の体液で汚染されていると思われる物との接触を避けるべきです。また、石鹸を使って頻繁に手洗いを行い、食品の安全性と適切な食品衛生の習慣(火を通したものを食べる等)をしっかり守る必要があります。
 
疫学的状況の綿密な分析、ヒトや家禽で見つかった最新のウイルスのさらなる解析、血清学的調査は、リスクを評価し、リスク管理策を適時に調整するために重要となります。
 
新型インフルエンザの亜型によるヒトへの感染はすべて国際保健規則(IHR 2005)の下で届出対象となり、IHRの締結国は、パンデミックを引き起こす可能性のあるA型インフルエンザウイルスによるヒトへの感染が検査確定した場合、直ちにWHOに通知することが求められています。この通知には、証拠データは必要ありません。
 

出典

Human infection caused by Avian Influenza A (H5) - Chile
Disease Outbreak News 6 April 2023
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2023-DON453