2015年06月18日更新 中東呼吸器症候群(MERS)の発生状況評価-韓国

6月15日付けで世界保健機関(WHO)からMERSの発生状況評価(MERS situation assessment)が公表されています。内容は以下のとおりです。

6月13日に、WHOと韓国保健福祉部は、先の中東呼吸器症候群(MERS)の集団感染に対する合同評価の結果を発表しました。評価では、以下の一連の提言に繋けられています。その内容は、接触者の追跡強化など現在の集団感染を制御するための対策の強化、感染伝播を防止するための病院での予防対策の強化に加えて、国民への情報伝達の増強、さらなる集団感染に対するより適切な準備、を行うことからなります。

現在の発生状況

2015年6月15日現在、韓国では150人の患者が検査により確定診断され、15人の死亡が報告されています。ひとりの感染した旅行者によってMERS-CoV感染症が国内の持ち込まれたことから始まる集団感染は、院内感染および病院内並びに病院間を患者が移動したことによって増幅されました。

集団発生が減速しているかどうかの最も正確な画像となる、毎日の新たな患者発生数は、減少してきているようです。これは、実行された封じ込め対策が新たな感染の抑制に効果を上げていることを示唆しています。しかし、これらの封じ込め対策は最近になって強化されたために、感染伝播に対して十分に衝撃度をもっていることを測るには時期が早すぎます。

当初懸念していたことは、このMERS-CoVウイルスが変異したのかどうか、そして韓国での感染パターンが中東で過去に起きた流行発生とは異なるかどうか、という点でした。韓国と中国の研究者たちは、この集団感染で得られたコロナウイルスの全遺伝子配列の解析を完了しました。その結果は、WHOによって招集されたウイルス学者グループによって分析されました。これらの結果の予備解析からは、韓国で分離されたMERS-CoVウイルスは中東で分離されたものと類似しています。さらに、合同会議は、感染伝播のパターンが以前に中東でみられたパターンと類似していることも確認しました。

早期診断への課題

MERS-CoVは、相対的に感染への意識が薄い集団感染の初期段階では、診断が非常に難しいウイルスです。最初の患者が治療を受けようとしたときには、中東への旅行歴を報告していませんでした。そのため、MERSを疑われることなく、隔離されるまでに、最初の患者は1週間以上にわたって他の人と接触しました。また、MERSの初期症状は他のインフルエンザ様疾患と似ており、MERS感染を認識したり、疑ったりすることを非常に難しくしています。

上気道に感染したこの病気の初期段階では、ウイルスを検出することはかなり難しいようです。検査室診断は、通常、患者が入院する疾患後期に下気道から採取された検体で行うことが確実です。採取が難しい下気道での検体では陽性であるとしても、上気道系(例えば、鼻腔スワブ)から取られた検体では検査結果が陰性になることがあります。

合同会議が指摘したとおりに、韓国は最初の検査結果が陰性であっても、症状がある接触者には再検査を行うことにしています。今回、そしてこれまでの集団感染でみられるように、早期での発見と隔離の失敗、さらに、検査と治療を求めて他の医療施設に患者が移動する傾向は、ひとりの感染者から急速に感染を拡大させる後押しをします。

韓国でのMERS-CoVの拡大の要因

韓国固有の条件や伝統文化も、おそらく流行の急速な拡大に役割を果たしたようです。韓国の医療の利便性の良さと医療費の安さは、「ドクターショッピング」を助長しています。患者は、自分が治療を受ける施設を決める前に、しばしば、いくつかの施設の専門家に相談を行います。

さらに、患者が救急室にいる、もしくは入院しているときに、たくさんの家族や友人が患者に付き添い、見舞うことを好むことが韓国では通例です。家族が一晩中病室にとどまり付きっきりでベッドの横で世話をすることも通例で、これらは医療施設での濃厚なウイルス暴露へのリスクを増加させています。

MERS-CoV集団感染を制御するための行動

WHOと韓国は、韓国でのMERS CoVの疫学的パターン、並びにウイルスの特性および臨床的特徴を評価するために専門家合同会議を実施しました。また、2015年5月20日に最初の患者が発見されて以降に実施された公衆衛生対策についても検討しました。

専門家合同会議は、韓国でこの会議の終了した6月13日に、韓国政府に対し、および公開の記者会見で、調査結果を発表しました。その提言は、感染対策に対して以下の3つの主要分野に分けて提示されています。

1.ウイルスのさらなる拡大を阻止するための行動:
これらの提言は、全ての接触者の早期の完全な同定と調査、全ての接触者および疑い患者の厳重な停留措置/隔離、感染予防と制御の対策の徹底、感染者と接触者の旅行、特に海外渡航の防止、からなります。さらに、会議は、選定された病院にMERS感染が疑われる患者の安全な振り分けと評価を行うために設備が整備されるべきであることを提言しました。受診に対する潜在的な停滞により日常の公共サービスの提供が混乱する可能性を最小限に抑えることは、医療施設がMERS患者を治療する支援となるとともに、これは医療従事者を保護することにも役立ちます。

2.国民への定期的な情報の提供:
国民が集団感染の進展を情報として十分に知ることを保証するために、会議は、情報を韓国語と英語で定期的に提供することを提言しました。この目的には、集団感染の進展に関する情報以外にも、行うべき、また避けるべき感染対策も含みます。テレビやマスメディアなどの多くの人々が見られる通信手段は、最大限に情報提供に使用されるべきです。地方行政は、この大規模かつ複雑な集団感染への国家的な戦いに対して、積極的に関わり、活動しなければなりません。

3.今後の感染発生に対する準備:
会議は、以下のことを提言しています。深刻な容態の感染者を扱うために韓国が陰圧室の増設を含めた必要となる施設を強化すること、「ドクターショッピング」の習慣を減らす方法を考えること、感染予防と制御のための専門家、感染症学に精通した専門医、疫学専門家、リスク伝達の専門家をさらに養成すること、医療への対応能力とリーダーシップの強化に投資すること。この集団感染は、血清疫学研究などの知識の重大なギャップを埋めるために包括的な調査研究が企画される機会をも提供しています。

この会議の提言は、医療施設、特に多くの患者が関係した2つの病院でのMERS-CoVの感染伝播を評価したいくつかの調査とともに発表されました。この対策活動はまだ進行中で、会議のメンバーは、環境汚染、不十分な換気、その他の要因が、この集団感染でのウイルス伝播において果たした役割について、どの要因が、どのような役割であったかを、決定することはできませんでした。これらの問題にさらなる緊急調査が必要です。

感染発生に対する今後の進展

発見された全ての患者は、これまでのところ、5月20日に診断され隔離された最初の患者に遡れるようです。ここまで、拡散が大々的に医療施設の制限された環境で発生していますが、巨大人口の中に漏れ出た者はいません。韓国の保健行政は大量の濃厚接触者や軽度の接触者を積極的に監視しています。それでも、感染の発生が終息するまでにさらなる患者が報告されることは予想されます。

現実には、患者がさらにペースを上げて増え始めることはなく、韓国は、疑い患者に対する関心の高さ、疑い患者を速やかに隔離する迅速な体制準備、十分な隔離ベッド、個人防護具の備蓄、地方レベルまで整備された検査施設を踏まえると、対処する十分な能力を備えています。

WHOはMERS-CoVを恐れて閉鎖されていた学校を再開することを韓国行政に促しています。学校は、韓国のMERS-CoVの感染伝播と繋がる場所にはなく、全く別の場所にあります。国民に対して理由を明確なメッセージで発信し再開することが、韓国内で国民との信用と信頼を築き上げる第一歩となります。同様に、感染発生の進展に対する情報を定期的に発信することは、韓国国内だけでなく国際的にも信頼を築きます。

会議は、先月始まった感染発生は、大規模で複雑ではあるものの、中東で以前に病院で発生したMERS-COVの集団感染と疫学的パターンが類似している、と結論づけました。中東では、感染予防と制御、患者の早期発見と隔離といった基本的な公衆衛生の対策が厳重に行われることによって十分に制御されています。しかし、感染発生の規模と複雑さはより厳重な制御対策の効果が現れるまでには、まだ数週間かかるであろうことを示唆しています。

WHOの取り組み

WHOは、今回の感染発生が終息をもたらすまで活動を続ける韓国の保健福祉部を積極的に支援していきます。これは、最新の情報を提供し、今回、完結したようなリスク評価と合同調査を行うことも含んでいます。WHOの事務局長は、MERS-CoVに関して、さらに専門家のガイダンスを提供するために、IHR緊急委員会の会議を招集します。

集団感染は全て予測できるものではありません。これは、疫学、感染伝播の様式、自然史、および臨床的特徴についてほとんど解明されていないMERSのような比較的新しい疾患に、特に当てはまることです。

出典

WHO.MERS situation assessment. 15 June 2015
Middle East Respiratory Syndrome(MERS)in the Republic of Korea
http://www.who.int/csr/disease/coronavirus_infections/situation-assessment/update-15-06-2015/en/