腸チフス-パキスタン・イスラム共和国

Disease outbreak news 2018年12月27日

パキスタン保健当局は、2016年11月にシンド州のハイデラバード県で発生した超多剤耐性(XDR)腸チフスの進行形のアウトブレイクを報告しています。サルモネラ(Salmonella enterica)血清型Typhi(または腸チフスS. Typhi)の抗菌剤耐性(AMR)株によって引き起こされる腸チフス症例の増加傾向は注目すべき公衆衛生上の懸念を提起しています。 2018年5月、パキスタン出身の疫学者、臨床医および微生物学者の専門家グループによる再検討の結果、非耐性、多剤耐性(MDR)および超多剤耐性(XDR)腸チフスの症例定義がカラチの地域疾病サーベイランスおよび対応部門(RDSRU)によって正式に合意されました。2016年から2018年までに報告されたすべての腸チフスの症例は、これらの症例定義に従って再検討され分類されました(表1参照)。

表1.2018年パキスタンにおける薬剤耐性状態による腸チフス熱症例の分類
分類 症例定義
非耐性
腸チフス
第1選択薬1及び第3世代セファロスポリン2に感受性がある腸チフス菌株またはパラチフス菌A,B又はC株によってひき起こされる腸チフス。第2選択薬3に対して耐性か否かを問わない。
多剤耐性
(MDR)
腸チフス
治療に推奨されている第1選択薬に耐性の腸チフス菌株またはパラチフス菌A,B又はC株によってひき起こされる腸チフス。第2選択薬に対して耐性か否かを問わない。
超多剤耐性
(XDR)
腸チフス
腸チフスに推奨されている全ての抗生物質4に耐性の腸チフス菌株によってひき起こされる腸チフス

 *1.クロラムフェニコール、アンピシリン、トリメトプリム - スルファメトキサゾール
 *2.セフィキシムは、複雑ではない腸チフスのためにフィリピン国際アカデミー(IAP)によって推奨されています。セフトリアキソンは、複雑な腸チフスに推奨されています。
 *3.フルオロキノロン
 *4.第1および第2選択薬、および第3世代セファロスポリン

2016年11月1日から2018年12月9日までの間に、8,188の腸チフス症例のうち5,274の超多剤耐性腸チフスが、パキスタンのシンド州にある州疾病サーベイランス及び対応部門(PDSRU)によって報告されました。 症例の69%がカラチ(州都)で、27%がハイデラバード県で、4%が他の県で報告されています(表2)。 腸チフス菌(S. Typhi)ハプロタイプ58の伝播型超多剤耐性株は、第1選択および第2選択抗生物質、ならびに第3世代セファロスポリンに対して耐性でした。 パキスタンの他の地域で発生した超多剤耐性腸チフス症例の非公式の報告が行われ、さらなる検証が必要とされました。

表2.パキスタンのシンド州で報告された超多剤耐性腸チフス症例の分布[2016年11月1日から2018年12月9日まで]
   年
           シンド州の県
   計
 カラチ  ハイデラバード  その他の県
  2016        0       11       0       11
  2017     175     488     67     730
  2018   3483     906   144   4533
   計   3658   1405   211   5274

さらに、2018年1月から10月にかけて、パキスタンを訪れた人々を通じて超多剤耐性腸チフス株が国際的に伝播したことを示す報告がありました。 超多剤耐性腸チフスの6例の旅行関連症例、1例がイギリス、5例がアメリカ合衆国から報告されました。 旅行関連症例のうち4例では、パキスタンのカラチ(シンド州)、ラホール(パンジャブ州)およびイスラマバード(首都)もしくはそれらのいずれかを訪問または居住していました。これら4症例に関する詳細は以下のとおりです。
●このうちの2人はカラチ、ラホール、そしてイスラマバードを訪れました。
●1人はカラチだけに旅行しました。
●確認待ちの1人はラホール出身で米国への渡航歴があり、そこで診断され治療を受けました。その患者はその後パキスタンに戻りました。
これらの症例のばく露の機序や発病の正確な日については限られた情報しか入手されていませんが、旅行関連の症例はすべてうまく治療されたという証拠があります。

公衆衛生上の取り組み

2017年1月、パキスタン政府は、シンド州で増加している超多剤耐性腸チフス症例の公衆衛生上の取り組みを開始しました。結果としてなされた活動は次のとおりです。
●手指衛生、安全な飲料水の使用、および環境衛生に関する具体的な健康教育を含む、安全な衛生および衛生慣行に関する地域社会および学校における意識向上キャンペーンがハイデラバードで実施されました。
●ハイデラバードの汚染地域への塩素錠の配布など、浄水および衛生活動が実施されました。
●ハイデラバードの一般開業医および臨床医は、世界保健機関(WHO)の支援を受けて、保健省およびパートナーから腸チフスに対する抗菌薬の合理的な使用について認識を深めました。
●2017年8月5日にハイデラバードで、Vi多糖体腸チフスワクチン(ViPS)を用いた腸チフスワクチン接種キャンペーンが開始されました。 6ヶ月から10歳までの約6000人の子供たちが予防接種を受けました。その後の腸チフス結合(コンジュゲート)ワクチン(TCV)を用いた集団予防接種キャンペーンが2018年1月にハイデラバードで開始され、6ヶ月から10歳までの約118,000人の子供がこれまでに予防接種を受けました。パキスタン政府はまた、2019年から始まる、定期予防接種に関する国家予防接種プログラムへの3年間の段階的腸チフス結合ワクチン導入のために、ワクチンと予防接種のための世界同盟(GAVI)の支援を申請しました。導入に先立って、都市部で段階的なキャッチアップ・キャンペーンが行われる予定です。この活動の対象年齢層は9ヶ月から15歳までの子供です。
●2018年7月に超多剤耐性国家特別委員会が設立され、WHOと米国疾病予防管理センター(US CDC)の合同ミッションが設立されました。これらの共同作業による勧告は現在パキスタンにおける国家行動計画案に変換されているところです。
●2018年9月7日に、腸チフス症例に関するデータ収集のための最新のサーベイランス・ツールとアウトブレイクの症例リストのテンプレートがすべての州保健省と共有されました。これは、特に超多剤耐性腸チフスの発生とパキスタンの他の地域への拡大に関する追加情報の収集とサーベイランスの強化を目的としました。
WHOは抗菌薬耐性の継続的な問題に持続的な変化をもたらすための取り組みを主導してきました。これらの取り組みは次のとおりです。
1.世界抗菌剤耐性サーベイランスシステム(GLASS):GLASS-EAR(新興抗菌薬耐性)Emerging Antimicrobial Resistance)を介した新たな耐性の報告を含む、抗菌剤耐性(AMR)に関連するデータの収集、分析および共有への標準化されたアプローチ。この活動の目的は、意思決定に情報を提供し、地方、国および地域の行動を推進することでした。
2.WHOは、抗菌剤耐性に関する国家行動計画*5の策定において、健康局長を議長とするパキスタンの超多剤耐性国家特別委員会を支持しました。
    *5. http://www.nih.org.pk/wp-content/uploads/2018/08/AMR-National-Action-Plan-Pakistan.pdf
3.世界的な抗生物質研究開発パートナーシップ(GARDP):腸チフスを含む官民の研究パートナーシップを奨励する、WHOと顧みられない疾病のための薬剤イニシアチブ(DNDi)の共同取り組み。

WHOのリスク評価

国レベルでの超多剤耐性腸チフス菌のリスクは、水の不足、不十分な衛生環境および衛生慣行(WASH)、低い予防接種率、腸チフスに対するサーベイランスが限定的であるためパキスタンでは高いと考えられています。 薬剤耐性腸チフス菌の確認試験および抗菌薬感受性試験が主要な検査室および三次医療病院によってのみ行われているという事実は、リスクという面からもう一つの優先的に考慮すべき事項です。これらの要因は、最適以下の抗生物質処方慣行と相まって、超多剤耐性腸チフス菌の発生、拡大、および封じ込めを追跡する能力を制限してきました。

多剤耐性腸チフスのアウトブレイクおよびセフトリアキソン耐性腸チフス菌による感染の散発症例がいくつかの国で報告されています。しかし、超多剤耐性腸チフス菌によって引き起こされた大規模なアウトブレイクがパキスタンで観察されたのは今回が初めてです。

地域レベルでのリスクは、同様の環境および腸チフスの治療アプローチ、ならびにその地域内のかなりのレベルの移住によって一層増大する抗菌剤の広範な過剰使用のために中程度と考えられています。

世界的に見て、抗菌薬の入手可能性と合理的な処方慣行により、リスクは低いと考えられています。しかし、腸チフス菌は世界規模で分布しており、特に衛生慣行のインフラが乏しい国で旅行者がこの耐性クローンを広める可能性を排除することはできません。パキスタンの一部で伝播していることが確認されているH58クローン株の伝統的な第1選択薬の抗生物質に対する高度の耐性は、3つのレベルすべてで潜在的なリスクを高めます。

WHOからの助言

このアウトブレイクは、抵抗性および非抵抗性病原体の拡大を防ぐための公衆衛生対策の重要性を浮き彫りにしています。 腸チフス菌の耐性の出現は治療を複雑にしていますが、腸チフスは衛生状態が悪く安全な飲料水が不足している場所ではよく見られる疾病であり続けます。安全な水へのアクセスと適切な衛生管理、食品取扱者の間の衛生管理、腸チフスの予防接種は、主要かつ最も重要な推奨事項です。
WHOは、確認された腸チフスのアウトブレイクに対応して腸チフスワクチン接種を勧告します。そして腸チフス流行地域への旅行者はワクチン接種を考慮すべきです。さらに、結合ワクチンが認可されている場合、WHOは結合ワクチンを好ましい腸チフスワクチンとして推奨します。腸チフスの予防接種は、病気を制御するための他の努力と組み合わせて実施されるべきです。
腸チフス菌が新たな抵抗性メカニズムを迅速に獲得する能力が認められたことを考慮して、WHOは、既知の抗菌剤耐性を監視し、新たな抵抗性を検出し、その拡大を軽減するための薬剤耐性サーベイランスを含む腸チフスのサーベイランスを強化することを勧告します。 WHOはまた、サーベイランスデータを適時に国内外で共有することを推奨します。
現在、アジスロマイシンは、超多剤耐性腸チフスの患者を低資源の状況で管理するための唯一の信頼性があり手頃な価格の第1選択の経口治療薬です。腸チフスが疑われる患者は、患者管理に情報を提供し、サーベイランスの努力に貢献することが可能なところでは、腸チフス菌を検出し、可能であれば抗菌薬感受性を定めるために微生物学的検査を受けるべきです。通常ではない耐性を有する腸チフス菌株の検証および高度な試験(分子生物学的手法を含む)は、そのような能力が国内に存在する場合、確定試験を提供する指定された専門研究所によって実施されるべきです。現在、検査室の能力がない国々では、近隣諸国の参照検査室(reference laboratory)またはWHO共同研究センターが検査室の役割を果たすことができる地域協力が選択肢となるでしょう。。
詳細については:
WHO recommends use of first typhoid conjugate vaccine
Antimicrobial Resistance in Typhoid: implications for policy & immunization strategies
Surveillance standards recently published by WHO “Typhoid and other invasive salmonellosis”
Antimicrobial Resistance, National Action Plan, Pakistan

(注釈)Vi多糖体腸チフスワクチン(ViPS)、腸チフス結合(コンジュゲート)ワクチン(TCV)は、いずれも日本では未承認です。

出典

Typhoid fever - Islamic Republic of Pakistan
Disease outbreak news  27 December 2018
https://www.who.int/csr/don/27-december-2018-typhoid-pakistan/en/