ジカウイルス感染症ーインド

Disease outbreak news   2021年10月14日

2021年7月8日、インド南西部ケララ(Kerala)州の住民において、ジカウイルス(ZIKV)の感染が検査機関で確認されました。これは、ケララ州から報告された初めてのジカウイルス感染症患者です。この患者は、トリバンドラム(Trivandrum)地区に住む24歳の妊娠3期目の妊婦で、採取した血液検体から、プネ国立ウイルス研究所(National Institute of Virology: NIV Pune)において、RT-PCR検査によりジカウイルス(ZIKV)RNAが検出されました。2021年6月28日、彼女は発熱、頭痛、全身の発疹というアルボウイルスのような症状で私立病院に入院しました。検査結果は、デングウイルス(DENV)およびチクングニアウイルス(CHIKV)は陰性でした。女性は7月7日に出産しましたが、健康状態は良好で、生まれた子供に明らかな異常は見られなかったと報告されています。出産前の3カ月間はトリバンドラム(Trivandrum)地区に居住しており、その間の旅行はしていません。患者の濃厚接触者のうち、母親が娘である患者のジカウイルス感染症確定の1週間前に同様の症状を訴えていました。

2021年5月に発熱、筋肉痛、関節痛、点状斑を呈したことのある同じ私立病院の病院スタッフと患者19名を対象に、遡及的に検査を実施しました。これら19名のジカウイルス(ZIKV)感染症疑い症例から採取した血液検体をプネ国立ウイルス研究所(NIV Pune)に送付し、7月10日の検査結果では、19の検体のうち13の検体において、RT-PCR法によりプネ国立ウイルス研究所(NIV Pune) 陽性であることが確認され、2021年5月以降のケララ(Kerala)州におけるジカウイルス(ZIKV)の不可解な感染が明らかになりました。

2021年7月8日から26日までの間に、ケララ(Kerala)州では積極的な症例発見と受動的サーベイランスにより590の血液検体が採取されました。そのうち、70人(11.9%)がプネ国立ウイルス研究所(NIV Pune) でRT-PCRによりジカウイルス(ZIKV)の陽性反応を示し、その中には4人の妊婦が含まれていました。これらの症例は、エルナクラム(Ernakulam)県とコッタヤム(Kottayam)県から報告された2例を除いて、すべてトリバンドラム(Trivandrum)県の患者でした。2名においては、いずれもトリバンドラム(Trivandrum)県への最近の訪問歴がありました。

2021年7月31日、マハラシュトラ(Maharashtra)州でも、プネ(Pune)地区のPurandar Taluka行政地区に位置する人口3500人の村であるベルサール(Belsar)から、検査確定された最初のジカ熱患者が報告されました。この症例は50歳の女性で、プネ国立ウイルス研究所(NIV Pune) でジカウイルス(ZIKV)(RT-PCRおよび血清中和法)とチクングニアウイルス(CHIKV)(RT-PCRおよびIgM ELISA法)の両方に陽性反応が出ました。ベルサール(Belsar)村では、ジカウイルス(ZIKV)が疑われる症例から51の追加検体が採取されましたが、そのうち40検体はジカウイルスが陰性で、11検体はまだ結果が出ていません。

これまでのところ、今回の集団感染に関連して小頭症やギランバレー症候群(GBS)が発生した事例はありません。

公衆衛生上の取り組み

ケララ(Kerala)州保健局は、地方自治体の保健局とともに、以下の対応活動を実施しました。

・ 2021年7月8日、ケララ(Kerala)州は、ジカウイルス感染症のサーベイランス強化に関するガイドラインを発行し、全14地区にガイダンスを発出しました。
・ ジカウイルス感染症に関する情報・教育・コミュニケーション活動は、州全体で直ちに強化されました。医療従事者や一般市民を対象とした啓発活動も継続しています。
・ すべての超音波検査センターに対して、定期の妊婦健診で小頭症が発生した場合、生殖・小児保健担当官に報告するよう通達しています。
・ 現在、ケララ(Kerala)州のアラップーザ国立ウイルス研究所(National Institute of Virology Alappuzha)、トリバンドラム(Trivandrum) 、トリチュール(Thrissur)、とコジコード(Kozhikode)にある医科大学の検査機関の4施設でジカウイルス感染のRT-PCR検査を行う設備が整っています。また、同州のトリバンドラム(Trivandrum)地区の別の公衆衛生研究所でも検査を開始する予定です。これまでに州は、ジカウイルス感染者を検出するためのRT-PCRキットをプネ国立ウイルス研究所(NIV Pune) から2100個受け取り、上記の4つの検査機関に配布しています。
・ 過去2週間以内に発熱の既往のある献血者からの献血を延期させる措置が厳格にとられています。
・ 中央チームがトリバンドラム(Trivandrum)地区を訪問し、症例の発生があった住宅地から蚊とボウフラを収集し、ケララ州のコッタヤムフィールドステーション(Kottayam field station)にあるベクター管理研究センター(Vector Control Research centre)での検査に送りました。現在は結果報告を待つ状況です。
・ 州保健大臣は複数回の検討を行い、すべての地区で積極的なサーベイランス、蚊の駆除、ジカウイルスの制御に関連する情報・教育・コミュニケーション活動を行うように注意喚起しました。
・ ジカウイルス感染者が集中していると宣言されたトリバンドラム(Trivandrum)地区では、1週間にわたり、広範囲にわたる殺虫剤の噴霧、散布、幼虫駆除剤の使用、発生源の削減、周辺地域の除菌など、集中的なベクターコントロール活動が行われました。さらに、現場チームが各家庭を訪問し、積極的な症例発見を行い、蚊の繁殖場所を確実に消していくとともに、蚊の予防対策や、ジカ熱の症状を識別して適時に医療支援を求めるよう、地域住民に注意を促しました。
・ WHOに対し、標準作業手順書およびガイドラインの更新を支援するよう要請しました。その内容は、症候性および症例ベースのサーベイランス、検査機関のサーベイランス、ベクター・サーベイランス、出産前の女性を対象としたサーベイランスの強化、小頭症サーベイランス、急性弛緩性麻痺(AFP)およびギランバレー症候群(GBS)のサーベイランスです。
 

WHOによるリスク評価

ジカウイルスは大規模な流行を引き起こす可能性があり、サーベイランスや症例管理に加え、ジカウイルス感染症をデング熱やチクングニアなどの蚊が媒介するウイルスによる病気と区別するための検査能力など、公衆衛生システムに大きな負荷をかけます。ジカウイルス感染者の60~80%は無症状または軽度の症状にとどまりますが、小頭症、先天性ジカ症候群(CZS)、ギランバレー症候群 (GBS)を引き起こす可能性があります。さらに、ジカウイルスは主にヤブカ(Aedes)種の蚊によって媒介されますが、妊娠中の母親から胎児への垂直感染、性的接触、輸血や血液製剤の使用、臓器移植などによっても感染する可能性があります。

インドでは、2018年にグジャラート(Gujarat)州、マディヤ・プラデシュ(Madhya Pradesh)州、ラジャスタン(Rajasthan)州でジカウイルスの罹患者/感染者が検出されていますが(東南アジア系)、ジカウイルスに関連した小頭症は報告されていません。今回の症例発生は、ケララ(Kerala)州とマハラシュトラ(Maharashtra)州に主要な媒介生物となる蚊であるネッタイシマカ(Aedes aegypti)とヒトスジシマカ(Aedes albopictus)が広く分布していることを考えると、想定外ではありませんが、これらの州でジカウイルス感染症患者が確認されたのは初めてであり、異例のことです。

包括的なリスクは、地域レベルおよび世界レベルでは低いと考えられますが、国家レベル(ケララ(Kerala)州およびマハラシュトラ(Maharashtra)州)では、以下の点を考慮して、現在、中程度と評価されています。

1. 感染が発生した2つの州では住民の集団免疫の確立状態が不明なことや、ジカウイルス感染者のほとんどが無症候性の臨床症状を示すことから、実際のジカウイルス感染率は報告例の数より高い可能性があること。
2. 主な媒介生物であるネッタイシマカ(Aedes aegypti)とヒトスジシマカ(Aedes albopictus)がこの地域に定着しており、しばしば高密度で生息していること、生態学的条件がジカウイルスの感染と潜在的な風土病に好都合であること。
3. 現在の状況を根拠とすると、主な感染源は媒介感染によるものと考えられているが、疫学的・昆虫学的な調査が進行中であり、発生規模が変化する可能性があること。
4. 適切な対策が実施されていることに加え、COVID-19パンデミックの状況下では渡航が制限されているが、無症候性および軽度の症状の感染者を介した更なる感染の拡大を排除することができないこと。
5. 現在モンスーンの季節のため、媒介蚊が増加し、蚊を介したさらなる感染拡大の可能性があること。
6. ケララ(Kerala)州は観光地であり、国内外の他の地域との行き来が頻繁に行われていること。しかし、COVID-19のパンデミックのため、現在は渡航が制限されています。
7. インド国内や他の州、国への流出も否定できません。他の州には媒介蚊であるネッタイシマカ(Ae. aegypti)が存在し、感染した帰国者を刺すことでこれらが感染蚊となり、病気がさらに広がる可能性があること。
8. 地域全体としては、媒介蚊が多数存在するため、ジカウイルス感染のリスクがあること。また、他の国ではパンデミックのためにベクター対策が中断されている可能性があること。ジカウイルス
 

WHOからのアドバイス

日中から夕方にかけて蚊に刺されないようにすることが、ジカウイルス感染を防ぐための重要な対策です。特に、妊娠中の女性、生殖年齢にある女性、幼児が蚊に刺されないように細心の注意が必要です。

媒介蚊となるヤブカ(Aedes)は、家庭や学校、職場などの周辺にある小さな水溜りで繁殖します。水を貯める容器に蓋をする、植木鉢の水を取り除く、ゴミや廃タイヤを片付けるなど、適切な方法でこれらの蚊の繁殖場所をなくすことが重要です。蚊の繁殖場所を減らすためには、地方自治体や公衆衛生プログラムを支援する地域社会の取り組みが不可欠です。保健当局は、蚊の個体数や病気の蔓延を抑えるために、ボウフラ等の幼虫の駆除剤や殺虫剤の使用を勧告することもあります。半都市部では、ゴムのプランテーションやその他の水のたまる場所でのヤブカ(Aedes spp.)の繁殖を防ぐ必要があります。

蚊に刺されないようにするための基本的な予防策は、リスクの高い地域に旅行する人、特に妊娠中の女性がとるべきです。具体的には、忌避剤の使用、明るい色の長袖シャツとズボンの着用、蚊の侵入を防ぐための網戸の設置などが挙げられます。

ジカウイルス感染症が蔓延している地域では、ジカウイルス感染症が疑われるすべての人とその性的パートナー(特に妊娠中の女性)に対して、ジカウイルスの性的感染のリスクについての情報を提供する必要があります。

WHOは、先天性ジカ症候群(CZS)やその他の妊娠・胎児への悪影響を防ぐために、性的に活発な男女が、ジカウイルス感染について正しいカウンセリングを受け、妊娠するかどうか、いつ妊娠するかについて十分な情報を得た上で選択できるよう、あらゆる種類の避妊法を提供することを推奨しています。

避妊をしないで性交渉をしたことがあり、ジカウイルス感染を懸念して妊娠を望まない女性は、緊急避妊サービスやカウンセリングを受けることができます。妊娠中の女性は、妊娠期間中、コンドームの正しい使用を含む、より安全な性行為を行うか、性行為自体を控えるべきである。妊娠中の女性は州や国の推奨する妊産婦検診を受け、計画に従って、妊娠中のジカウイルス感染に伴う小頭症やその他の発育異常・先天異常を検出するための超音波画像診断を含む、より手厚い妊産婦ケアとフォローアップを受けるべきです。

WHOは、ジカウイルスの感染が確認されていない地域では、ジカウイルス感染が活発な地域から戻ってきた男性は6ヶ月間、女性は2ヶ月間、セックスパートナーへの感染を防ぐために、安全な性行為または性行為自体を行わないことを推奨しています。ジカウイルスの感染が発生している地域に住んでいる、またはその地域を訪問し戻ってきた性的パートナーは、妊娠しているパートナーの妊娠期間中、より確実な避妊を実践するか、性行為を控えるべきです。

出典

Disease outbreak news- Zika Virus Disease- India
14 October 2021
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/zika-virus-disease-india