中東呼吸器症候群(MERS-CoV)ーアラブ首長国連邦(UAE)

2021年11月17日、アラブ首長国連邦(UAE)の国際保健規則(IHR)に基づく担当窓口は、UAEにおける中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)の検査確定例1例をWHOに通知しました。
 
この症例は、UAEのアブダビ(Abu Dhabi)地域に住む60歳の男性です。11月3日に発熱、咽頭痛、息切れ、鼻水を発症し、11月5日に来院しました。11月6日にコンピュータ断層撮影(CT)により肺炎と診断され入院となりました。11月11日、鼻咽頭ぬぐい液を採取し、逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)によりMERS-CoVが陽性となりました。また、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の検査も行われ、こちらは結果は陰性でした。 この患者は、糖尿病、高血圧、脂質異常症を併発しています。患者はアブダビでヒトコブラクダの牧場を所有しており、発症前の14日間に、牧場でヒトコブラクダとの濃厚接触歴がありました。同時期に旅行歴はありませんでした。この患者は、回復し、MERS-CoVの検査が2回とも陰性となったため、退院しました。
 
2013年7月以降、UAEからは今回のMERS-CoVを含む計93例の感染が報告されています。

公衆衛生上の取り組み

患者の身元の確認後、症例報告、症例調査、接触者追跡が開始されました。調査は現在進行中で、患者の家庭、ラクダ農場、医療施設におけるすべての濃厚接触者のスクリーニングが行われています。51人の接触者が確認され、確定した症例に最後に接触してから14日間、呼吸器系または胃腸系の症状が現れるかどうかを毎日モニターされました。
 
患者の濃厚接触者から採取した検体はすべてMERS-CoVが陰性でした。濃厚接触者として確認された医療従事者1名は、現在アラブ首長国連邦外にいるため、通知を受け、自己モニタリングを行うよう指示されました。彼は無症候性です。
 
獣医当局にも通知が行われ、動物の調査を行っています。

WHOによるリスク評価

中東呼吸器症候群(MERS)は、中東呼吸器症候群コロナウイルスと呼ばれるコロナウイルスを原因とする、ヒトとヒトコブラクダに感染するウイルス性呼吸器感染症です。MERS-CoVに感染すると、重篤な疾患を引き起こし、高確率で死亡します。MERS-CoV患者の約35%が死亡していますが、これは実際の死亡率を過大評価している可能性があります。これは、既存のサーベイランスシステムではMERS-CoVの軽症例が見逃されている可能性があるためで、この疾患についてさらに詳しい情報が得られるまでは、検査確定例のみを致死率算出の対象としているからです。
 
ヒトは、MERS-CoVの自然宿主および人獣共通感染源であるヒトコブラクダとの直接的または間接的な接触により、MERS-CoVに感染します。MERS-CoVは人から人へと感染する能力を持っていますが、これまでは主に医療現場で発生し、親しい人の間では限定的にしか発生していません。
 
今回の追加症例の報告は、全体的なリスク評価を変えるものではありません。WHOは、ヒトコブラクダ間でMERS-CoVが蔓延している中東および、あるいは他の国から、さらに追加のMERS-CoV患者が報告されると予想しています。またヒトコブラクダや動物性食品との接触(例えばラクダの生乳の摂取)、あるいは医療現場でウイルスにさらされた個人によって、他の国に症例が輸出され続けると考えられます。WHOは引き続き疫学的状況を監視し、入手可能な最新情報に基づいてリスク評価を行っています。しかし、現在進行中のCOVID-19パンデミックでは、資源のほとんどがパンデミックの予防と制御に振り向けられているため、一部の国ではMERS-CoVの検査能力に深刻な影響が出ています。
 
2012年9月から2021年11月18日までにWHOに報告された検査確定しているMERS-CoV患者の累積数は2,583人、関連する死亡者数は888人です。これらの症例の大部分はアラビア半島で発生していますが、この地域以外では、2015年5月に韓国で大規模なアウトブレイクが発生し、検査確定例186名(韓国185名、中国1名)、死亡者38名が報告されています。全世界の報告数は、国際保健規則(IHR2005)に基づいてWHOに報告された検査確定例のこれまでの累積数を反映しています。死亡者数は、感染の発生した加盟国へのフォローアップを通じてWHOが現在までに把握している死亡者数を含んでいます。

WHOからのアドバイス

現在の状況と入手可能な情報に基づき、WHOはすべての加盟国が急性呼吸器感染症に対するサーベイランスを強化し、異常な兆候があれば慎重に検討することの重要性を改めて強調しています。
 
医療現場におけるヒトからヒトへの感染は、MERS-CoV感染の初期症状の認識の遅れ、疑いのある症例のトリアージの遅れ、感染・予防・制御(IPC)対策の実施の遅れと関連しています。したがって、医療施設内でMERS-CoVが人の間に広がる可能性を防ぐためには、IPC対策が重要となります。 医療従事者は、診断にかかわらず、すべての患者に対して常に標準予防策を一貫して適用する必要があります。急性呼吸器感染症の症状がある患者の治療を行う場合には、標準予防策に飛沫防御策を追加し、MERS-CoV感染が疑われる症例や確定した症例の治療を行う場合には、接触予防策と眼の保護を追加し、エアロゾルを発生させる処置を行う場合では、空気感染予防策を適用する必要があります。MERS-CoVのヒトからヒトへの感染は、早期発見、症例管理、症例の隔離、接触者の隔離支援に加え、適切な感染予防・管理策と公衆衛生意識の向上によって防ぐことができます。
 
MERS-CoVは、糖尿病、腎不全、慢性肺疾患、免疫不全などの基礎的な慢性疾患を持つ人はより重症化すると考えられています。したがって、これらの基礎疾患を持つ人は、ウイルスが潜在的に蔓延していることが知られている農場、市場、家畜小屋などを訪れる際には、動物、特にヒトコブラクダとの濃厚接触を避けるべきです。動物に触れる前と後のこまめな手洗いや、病気の動物との接触を避けるなど、一般的な衛生対策を遵守する必要があります。
 
また、食品の衛生管理にも注意してください。ラクダの生乳や尿を飲んだり、十分に加熱調理されていない肉を食べることは避けるべきです。
 
WHOは、今回のイベントに関して、入国地での特別なスクリーニングを推奨しておらず、現在、UAEとの旅行や貿易のいかなる制限も推奨していません。

出典

Disease outbreak news: Middle East respiratory syndrome coronavirus (MERS-CoV) – United Arab Emirates
Disease outbreak news 13 December 2021
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/middle-east-respiratory-syndrome-coronavirus-(mers-cov)-united-arab-emirates