E型肝炎ウイルス ―南スーダン共和国

Disease outbreak news   2021年12月23日

南スーダン(South Sudan)では、2014年から常態的にE型肝炎ウイルス(HEV)の感染例が報告されており、国内避難民(IDP)のキャンプがある南スーダン中北部のユニティ(Unity)州ルブコナ(Rubkona)郡ベンティウ(Bentiu)で繰り返しの発生が報告されています。
 
2021年、同国ではHEV感染者数が大幅に増加しており、2018~2020年の3年間に報告された564人が、2021年になると1,143人の疑い例と5人の死亡例の報告となっています(11月29日現在)。2020年から2021年の過去2年間では、合計1,420人の疑い例が報告され、そのうち47人がウガンダウイルス研究所(Uganda Virus Research Institute: UVRI)でポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により検査によりHEV感染と確定されています。
 
今回の2021年のアウトブレイクはユニティ州で発生しており、主にベンティウの国内避難民キャンプからの患者が報告されています。このため、保健省(MoH)は2021年8月にベンティウの国内避難民(IDP)キャンプでのHEVアウトブレイクを宣言しました。患者数うち323人(全体の28.3%)は、キャンプ外のベンティウおよびルブコナ(Rubkona)から報告されており、周辺コミュニティでも感染が継続していることが示唆されています。 15~44歳の男性が最も多く、次いで1~4歳の男児、15~44歳の女性となっています。現在、入院している患者はおらず、外来診療にて臨床管理が行われています。
 
ベンティウの国内避難民キャンプには107,000人以上が暮らしており、5つのセクターに分かれています。HEVの症例は5箇所すべてのセクターから報告されており、感染が広がっていることが明らかになっています。
 
ユニティ州は洪水の被害も受けており、大規模な避難民が発生し、新しい国内避難民が生まれたことにより、ベンティウの国内避難民キャンプに受け入れられているIDPが3万人増えています。

公衆衛生上の取り組み

リーダーシップとコーディネート
 
・保健省は、キャンプ管理やクラスター(健康と” 水・衛生設備・衛生促進:WASH”)のパートナーを含む州のHEVタスクフォースを発足させ、定期的に会議を開き、健康状況や人道的対応を確認しています。
・洪水に対する包括的な人道支援としては、避難民の深刻なニーズに対応し、尊厳ある生活環境を確保するために進められています。
 
サーベイランス
 
・保健省はWHOとパートナーの支援を受け、統合的な疾病の監視と対策(IDSR)・早期警報・警告・対応システムを通じて、HEVのサーベイランスを続けています。
・合同評価チームが結成され、積極的な症例調査、サンプル収集、WASH関連の非食料品の配布、リスクコミュニケーションを行っています。
・迅速診断検査は、コミュニティとプライマリケアクリニックで実施されており、特定された症例は国境なき医師団(MSF)の病院へ紹介されています。
 
支援型ケースマネジメント
 
・国境なき医師団の病院では、軽度から中等度の症例には外来での支援型ケースマネジメントを、重度のHEV症例には専門的な支援型ケースマネジメントのための入院を提供しています。現在、入院の必要な症例はありません。
 
 
WASH(水・衛生設備・衛生促進)
 
・非常用のボーリング孔が稼働し、水の汲み上げ時間が増え、毎日トイレの修理が行われ、衛生設備のメンテナンスが行われています。
・11月には、手洗い場を備えた54基の新しいトイレの建設が始まり、毎週水質検査が行われています。
・HEV感染者、妊娠中、授乳中の女性を対象とした200個のWASHキットが配布されました。
・WASHサービスを継続できるように、敷地外の液体廃棄物処理施設と埋立地までの道路を埋め立てました(国内避難民のキャンプからの下水などの処理のため、国連南スーダン派遣団の人道支援拠点による)。
 
コミュニティとの関わり
 
・キャンプ調整・キャンプ管理(Camp Coordination and Camp Management: CCCM)の集団支援チームは、ベンティウ国内避難民キャンプの5つのセクターすべてで、HEVやその他の水を媒介とする感染症のリスクについて、コミュニティへの啓発を続けています。
・リスクコミュニケーションのメッセージは、地元のラジオのトークショーで放送され、リスナーに衛生習慣とHEVの予防について啓発しています。
・5つのキャンプセクターにあるコミュニケーションセンターでは、HEVに関する情報を提供し、コミュニティからのフィードバックを受けています。
・パートナーは、HEV、急性水様性下痢症、COVID-19の啓発に焦点を当てた感染予防と管理のための家庭訪問を通じてメッセージを伝え、衛生促進活動を実施しています。
 
HEVワクチン
 
・HEVワクチン接種キャンペーンの詳細計画が策定され、妊娠中の女性を含む16~40歳のキャンプ居住者を対象に3回のワクチン接種が行われる予定です。
・合計57,000回分のHEVワクチンがすでに南スーダンにあり、ワクチンキャンペーンの最初の2ラウンドに使用される予定です。
・パートナーは、コミュニティの関係者とともに、キャンペーンや他のHEV対策介入支援をするよう住民に働きかけています。
・ワクチン接種後の副反応等の有害事象のサーベイランスは、各地でモニターされ、接種後の調査も実施される予定です。

WHOによるリスク評価

E型肝炎は、E型肝炎ウイルスによる肝臓疾患で、主に汚染された水を介した糞口経路で感染します。特に、国内避難民(IDP)キャンプにいる人々や妊娠中の女性といった特定の人々の間で、公衆衛生に深刻な影響を及ぼす可能性があります。HEVの危険因子は、衛生状態の悪さと関連しており、感染者の便に排泄されたウイルスが、飲用水に混入することで広がります。
 
通常、感染症は2~6週間以内に自然に治癒し、致死率(CFR)は0.5~4%となっています。まれに、急性E型肝炎が重症化し、劇症肝炎(急性肝不全)に移行することがあります。一般に、妊婦の致死率はHEV感染症全体の致死率よりも高く、25%に達することが報告されています。避難民や難民は、その過密な生活環境と劣悪な衛生状態から、流行が発生すると最も高い発症率となります。
 
HEVの症例は2014年以降、常態的にしてベンティウ国内避難民キャンプから報告されていますが、2021年には上昇し、流行閾値を超えました。
 
世界レベルでの全体的なリスクは低いままですが、国レベルでは、以下の理由により高いと評価されています。
 
・特にベベンティウ国内避難民キャンプにおける劣悪な衛生習慣と、安全な飲料水が限定的であること。
・ベンティウ国内避難民キャンプとその周辺地域では、必要な医療サービスへのアクセスが制限されている。
・流行地における全体的な人口移動、大規模な国内避難民の存在、進行中の洪水による被害状況の悪化、新たな国内避難民の流入により、HEV拡大のリスクが高まる可能性があります。
・現在発生中の洪水は、対応活動の実施に影響を与え、HEVワクチン接種の対応を一時停止し、その結果、妊婦を含む高リスク者の死亡リスクを高めています。また、ベンティウ国内避難民キャンプの劣悪な衛生状態をさらに悪化させました。
 
流行地はスーダンやエチオピアとの国境に近いため、地域レベルでは、国境を越えて移動する国内避難民や難民の存在により、全体的なリスクは中程度と考えられています。エチオピアから南スーダンに来る難民の記録は少ないですが、スーダンへ向かう人々、特にベンティウ国内避難民キャンプがあるルブコナ郡からスーダンの首都であるハルツーム(Khartoum)へ向かう人々の往来はかなりの量にのぼります。
 
さらに、現在、スーダンの南ダルフール(South Darfur)州との国境でHEVが流行しており、国境を越えて広がる潜在的なリスクがあります。

WHOからのアドバイス

HEVに対する特異的な治療法はありません。この病気は予防が最も効果的なアプローチ方法です。
急性 E 型肝炎の蔓延を防ぐために、WHO は安全な飲料水と適切な衛生設備へのアクセスを改善することを推奨しています。この流行の影響を受けている地域では、飲料水の水質を定期的に監視する必要があります。野外排泄を防ぎ、手指の衛生を確保するために、トイレと飲料水源の普及率を上げる必要があります。健康増進と予防活動、そしてHEVの流行に対抗するための早期かつ適切で公平な医療サービスの確保は、特に資源が限られた環境において、公衆衛生の成果を向上させるのに役立ちます。個人レベルでは、清潔な水と石鹸で手を洗う、特に食品を扱う前に洗う、衛生状態の分からない水や氷の摂取を避ける、食品の安全のためにWHOの衛生習慣に従う、などの衛生習慣を維持することで感染リスクを低減することができます。
 
HEVの潜伏期間は2~10週間であるため、安全な水、衛生設備、衛生促進を確保するための対策を行っても、10週目(最大潜伏期間)まで患者が発生し続ける可能性があります。
 
症状のある妊婦に対する出生前診断の確立または強化、診断および臨床ケース管理のための国の能力の強化、近隣諸国との国境を越えた協力など、脆弱な人々を対象とした介入を継続しなければなりません。
 
現在までに、E型肝炎ワクチンは上市に向けて開発され、中国とパキスタンでは認可されています。WHOは、国の定期予防接種プログラムの一環としてこのワクチンを導入することを推奨していませんが、アウトブレイク状況下において、国家当局が妊婦のような高リスクの集団に対するこのワクチンの使用を検討することは推奨しています。したがって、ワクチンの使用は、E型肝炎の発生を緩和または予防するため、また妊婦のような高リスクの人々における発生の影響を軽減するために検討されるべきです。
 
WHOは、現在入手可能な情報に基づき、南スーダンまたはHEVの流行下にある国々への渡航や貿易のいかなる制限をすることも推奨していません。
 

出典

Hepatitis E Virus – Republic of South Sudan
Disease Outbreak News 23 December 2021
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/hepatitis-e-virus-republic-of-south-sudan