中東呼吸器症候群(MERS)(ファクトシート)

2022年8月5日 WHO(原文〔英語〕へのリンク)

要点

・中東呼吸器症候群( Middle East respiratory syndrome :MERS)は、中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)によるウイルス性呼吸器疾患で、2012年にサウジアラビアで最初に確認されました。
・コロナウイルスは、風邪から重症急性呼吸器症候群(SARS)、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)まで幅広い疾患を引き起こす可能性のあるウイルス属です。
・典型的なMERSの症状は、発熱、咳、息切れなどです。肺炎がよく見られますが、MERS患者は必ずしもこの症状を発症するとは限りません。また、MERS患者の間では、下痢などの消化器症状も報告されています。
・WHOに報告されたMERS患者の約35%が死亡しています。
・MERS-CoVは人獣共通感染症ウイルスであり、動物と人間の間で感染します。MERS-CoVは、中東、アフリカ、南アジアの複数の加盟国で、ヒトコブラクダと人への感染が確認され、関連性が指摘されています。
・ヒトからヒトへの感染は可能であり、主に濃厚接触者の間や医療現場で発生しています。医療現場以外では、ヒトからヒトへの感染は限定的です。
 

症状

MERS-CoV感染症の臨床スペクトラムは、症状のない無症状や軽度の呼吸器症状から、重症の急性呼吸器疾患や死亡に至るまで、多岐にわたります。MERSの典型的な症状は、発熱、咳、息切れです。肺炎はよく見られる所見ですが、MERS患者が必ずしもこの症状を発症するとは限りません。また、下痢を含む消化器症状も報告されています。重症化すると、呼吸不全を起こし、人工呼吸器や集中治療室での治療が必要となることがあります。高齢者、免疫力が低下している人、腎臓病、癌、慢性肺疾患、高血圧、心血管疾患、糖尿病などの慢性疾患を持つ人は、重症化するリスクが高いようです。
 
WHOに報告された症例の約35%が死亡していますが、MERSの軽症例が既存の監視システムで見逃されている可能性があるため、正確な死亡率よりも高く見積もられている可能性があります。
 
2012年にMERS-CoVが特定されて以来、27の加盟国が国際保健規則(IHR2005)に基づき、MERSの症例をWHOに報告しています。アルジェリア民主人民共和国、オーストリア共和国、バーレーン王国、中華人民共和国、エジプト・アラブ共和国、フランス共和国、ドイツ連邦共和国、ギリシャ共和国、イラン・イスラム共和国、イタリア共和国、ヨルダン、クウェート国、レバノン共和国、マレーシア、オランダ王国、オマーン国、フィリピン共和国、カタール国、大韓民国、サウジアラビア王国、タイ王国、チュニジア共和国、トルコ共和国、アラブ首長国連邦、英国、米国、イエメン共和国です。

感染経路

人獣共通感染症:MERS-CoVは人獣共通感染症ウイルスであり、動物とヒトとの間で感染します。感染したヒトコブラクダに直接または間接的に接触することでヒトも感染しますが、正確な感染経路はまだ不明です。MERS-CoVは、中東、アフリカ、南アジアの複数の加盟国で、ヒトコブラクダでの感染が確認されています。中東以外では、ヒトへの感染報告は限られていますが、多くの加盟国で、ヒトコブラクダと接する職業に従事している人たちにおける最近の研究から、アフリカ地域の加盟国でも動物由来の感染症が発生していることが示唆されています。
 
ヒトからヒトへの感染:ヒトからヒトへの感染は可能であり、主に濃厚接触者の間や医療現場で発生しています。これには、家族、医療従事者および他の患者などが含まれます。最大の感染源は、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、および韓国の医療施設で発生しました。医療施設以外では、ヒトからヒトへの感染が継続した例は記録がありません。
 
ヒトの感染例の約80%はサウジアラビアから報告されており、その多くは感染したヒトコブラクダとの直接または間接的な接触、あるいは医療施設での感染者との直接または間接的な接触の結果です。中東以外で感染が確認された症例は、通常中東で感染し、その後中東以外の地域へ移動したと思われる人において発生しています。中東以外の地域での感染は数える程度しか発生していません。

予防と治療

現在、ワクチンや特異的な治療法はありませんが、いくつかのMERS-CoVに特異的なワクチンや治療法が臨床開発段階にあります。MERSに特異的な治療薬がないため、MERS患者の治療は支持的で、患者の臨床状態に応じて行われます。
 
一般的な予防措置として、農場、市場、納屋、その他ヒトコブラクダやその他の動物がいる場所を訪れる人は、動物に触れる前と後にこまめに手を洗うなど一般的な衛生措置を行い、病気の動物との接触を避ける必要があります。
 
生乳や肉などの生や加熱不十分な動物由来製品を摂取すると、ヒトに病気を引き起こす可能性のある様々な病原体に感染するリスクが高くなります。調理や低温殺菌など適切に処理された動物性食品は安全に摂取できますが、未調理の食品との相互汚染を避けるため、取り扱いには注意が必要です。ラクダの肉や乳は栄養価が高く、低温殺菌や調理などの熱処理を行った後でも引き続き摂取することはできます。
 
重症化するリスクの高い人は、ヒトコブラクダとの接触、生のラクダ乳やラクダの尿の飲用、適切な調理をされていない肉を食べることを避けるとよいでしょう。

医療施設

MERS-CoVの感染は、いくつかの加盟国の医療施設において、患者から医療従事者への感染として発生しています。これには、MERS-CoVが診断される前の患者から医療従事者への感染も含みます。しかし、症状やその他の臨床的特徴が非特異的である場合もあるため、早期に、または検査なしでMERS-CoV患者を特定できるとは限りません。
 
特に、感染予防と管理の実施が不十分または不適切である場合、医療施設において患者の集団感染の発生が起こり得ます。したがって、医療施設におけるMERS-CoVの感染を防ぐために、感染予防と管理・対策は非常に重要です。MERS-CoV感染が疑われる、または確定患者のケアを行う施設は、感染した患者から他の患者、医療従事者、または病院を訪れる人へのウイルス感染のリスクを減らすために適切な措置を取る必要があります。医療従事者は、感染予防と管理について教育・訓練を受け、定期的にその知識ブラッシュアップする必要があります。
 

旅行

WHOは、MERS-CoVに関連した渡航や貿易の制限および入国審査などの適用は推奨していません。

WHOの取り組み

WHOは引き続き、加盟国において、感染が発生している国および感染発生のリスクのある国の公衆衛生および動物衛生の専門家、臨床医、科学者と協力して、ウイルスが引き起こす疾患について理解を深めるための科学的証拠を収集・共有し、MERSやその他の呼吸器疾患に対する最適かつ統合的な監視戦略、ワンヘルスアプローチに則った総合的な現地調査、臨床管理・治療アプローチなどの発生対応の優先順位決定を行っています。WHOは、国連食糧農業機関(FAO)および世界動物衛生機関(WOAH)および各国政府と協力して、ヒトおよびヒトコブラクダのワクチン候補の開発を含む、ヒトを通した人獣共通感染症の広がりを阻止する公衆衛生における予防戦略を策定しています。
 
感染が発生した加盟国、国際的な技術提携先やネットワークとともに、WHOはMERSへの世界的な公衆衛生の対応調整を実施しています。これには疫学的状況に関する最新情報の提供、リスク評価と各国当局との共同調査の実施、学術会議の開催、保健当局や技術保健機関向けの技術ガイダンスや研修資料の作成が含まれます。
 
WHO事務局長は、2013年に国際保健規則(IHR2005)に基づく緊急委員会を初めて招集し、MERSの発生が国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(以下、「PHEIC」という。)に該当するかどうかの議論を行い、同時に委員会は実施すべき公衆衛生措置について助言を提供しました。同委員会はこれまで10回開催され、その都度、発生はPHEICの基準を満たさないとの結論を出しています。WHOは引き続き、すべての加盟国に対し、MERS-CoVがヒトコブラクダで循環していることが分かっている加盟国ではMERSを含む重症急性呼吸器感染症(SARI)のサーベイランスを行い、SARIや肺炎の症例において通常とは異なるパターンを発見した際には慎重に検討するよう強く勧めています。
 
加盟国では、感染発生国もリスク国、さらに特に中東から帰国した多数の旅行者や移住労働者を抱える加盟国では、高いレベルの警戒を維持する必要があります。感染発生国では、WHOのガイダンスに従って、医療施設における感染予防と管理手順とともに、サーベイランスを引き続き実施すべきです。国際保健規則(IHR2005)の規定により、WHOは加盟国に対し、準備と対応活動や指針 への反映を目的として、MERS-CoVの感染確定例と推定例、ならびに、感染曝露、検査、臨床経過に関する情報を報告するよう引き続き要請しています。

出典

WHO. Fact sheets 5 August 2022
Middle East respiratory syndrome coronavirus (MERS-CoV)
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/middle-east-respiratory-syndrome-coronavirus-(mers-cov)