バングラデシュ人民共和国・コックスバザールのロヒンギャ難民/強制移住させられたミャンマー国民(FDMN)キャンプにおけるデング熱について

Disease outbreak news  2022年8月3日

発生状況一覧

バングラデシュ人民共和国(以下、「バングラデシュ」という。)では、デング熱が風土病として存在しています。過去4年間(2018年から2021年)と比較して、コックスバザール地区のロヒンギャ難民/ミャンマー国民強制移住者(以下、「FDMN」という。[注1])キャンプでは、2022年5月末(疫学週22週目)からデング熱患者が急増していることが判明しました。7月24日(疫学週29週終了)時点で、合計7,687人の確定患者と6人の死亡者が報告されており、累積患者数の93%(7,178人)が2022年5月末に始まった急増以降に報告されています(図1)。ロヒンギャ難民/FDMNキャンプ以外のコックスバザール地区広域や国レベルでは同様の急増は見られず、患者数や動向は同時期に予想される発生率の範囲内となっています。この地域ではデング熱が再発しているため、住民は二次感染の危険にさらされ、重症化するリスクが高い可能性があります。 

発生の概要

2022年1月1日から7月24日までに、コックスバザール地区、Ukhia 郡、Teknaf 郡のロヒンギャ難民/FDMNキャンプから、迅速診断検査(RDT)で確認された合計7,687例のデング熱患者と死亡者6例(患者致死率、0.08%)の報告がありましたが、Ukhia郡は2地区のうち最も大きな影響を受けた地区となっています。5月23日に始まる週(疫学週22週)から患者数が急増し、6月26日に終わる週(疫学週25週)にピークを迎え、累積患者数の93%(7,178人)が5月23日から7月24日の間に報告されたものでした。デング熱の患者報告数は、第25週に報告された1,291例をピークに減少傾向にあります。一方、第26週(1,241例)、第27週(1,152例)、第28週(962例)、第29週(1,000例)と減少傾向にあるものの、患者数自体は多い状態で推移しています。 
 
ロヒンギャ難民/FDMNキャンプで報告されたデング熱の症例は、過去4年間の同様の時期、2018年(4例)、2019年(7例)、2020年(3例)、2021年(10月から12月に急増し1,530例と3名の死亡)と比較して著しく高くなっています(図1)。 しかし、国レベルおよびコックスバザール地区広域では、患者数は予想される流行レベルの範囲内で推移しており、キャンプからのデング熱患者との比較では、コックスバザール地区広域では1月1日から6月末(疫学週27週)までに約121件の患者が報告されています。 
 
Ukhia郡に位置するキャンプが、主に流行の影響を受けています。2022年7月24日現在、キャンプ3が全報告症例の50%以上を占め、キャンプ4と1Wはそれぞれ症例の10%未満を占めています。3分の2以上(67%)の患者が15歳以上であり、男性が60%を占めています。患者の大半(81%)は血行動態が安定しており、重症化(デング出血熱(DHF)やデングショック症候群(DSS)など)の警告サインを示さず、併存疾患もありませんでしたが、約15%の患者は軽度で経過観察と主要医療施設での入院が必要な状態でした。DHFやDSSの兆候を伴う重症デング熱は0.3%にみられ、キャンプ内にあるコックスバザール地区病院への入院が必要となりました。入院した患者のうち、1%が輸血を必要とし、デング熱の感染歴がある患者は1%でした。 
 
首都ダッカの疫学・疾病管理・研究機関(IEDCR)基準研究所で処理された10検体の血清型判定の結果、DENV-3(5検体)、DENV-2(3検体)が同定されました。2検体では結果が出ませんでした。 
 
バングラデシュではデング熱が風土病として流行しており、繰り返し発生しています。コックスバザール地区のロヒンギャ難民/FDMNキャンプでは、以前2021年10月から12月にかけて急性デング熱の流行が発生し、3名の死亡者を含む1,530名の患者が報告されました。2022年の初めに患者数が減少し始め、2月末には、2022年5月に患者が再増加するまで、落ち着いていました。 


図1. バングラデシュ、コックスバザール地区、ロヒンギャ難民/FDMNキャンプにおけるデング熱の迅速診断検査確認症例(届出日別、2018年1月1日~2022年7月24日※)。 
※2018年から2020年の症例数が比較的少ないため、これらの年の曲線はグラフに表示されません。

デング熱の疫学

デング熱は、感染した蚊に刺されることで人に感染するウイルス感染症で、世界中の熱帯・亜熱帯気候の地域、主に都市部や半都市部で発生しています。この病気を媒介する主なベクターは、ネッタイシマカと、それより少ない程度ではありますが、ヒトスジシマカです。 
 
デングウイルス(DENV)には4つの血清型(DENV-1、DENV-2、DENV-3、DENV-4)があり、それぞれに感染する可能性があります。ある血清型に感染すると、同型の血清型には長期間の免疫ができるが、他の血清型には免疫ができないため、連続して感染するとデング熱が重症化する危険性が高くなります。多くのデングウイルス感染症は軽症で、80%以上が無症状です。デングウイルスは急性インフルエンザ様疾患を引き起こすことがあります。 
 
デング熱に特異的な治療法はありませんが、患者の死亡を防ぐためには、適時の発見、重症化デング熱感染の兆候の特定、適切な症例管理が重要な要素となり、重症化の場合の致死率を1%未満に下げることが可能です。 
 
デング熱の感染が活発な地域から帰国した人が海外で感染した例が時々報告されていますが、バングラデシュにデング熱が輸入されたという決定的な証拠はありません。 

公衆衛生上の取り組み

・バングラデシュ政府と保健部門は、対応を管理・調整するために、多部門調整グループを設立し、技術パートナーとの会議を開催しました。 
・WHOは、バングラデシュ保健家族福祉省(以下、「MOHFW」という。)がキャンプ地内とその周辺で、デング熱媒介蚊を含む病気の原因となる蚊の昆虫学的調査を実施することを支援しました。 
・WHOは、2022年6月21日に現在のアウトブレイクの発生地(キャンプ3)へのリスクアセスメント訪問を主導しました。 
・WHOは疫学技術作業部会(TWG)を通じて、状況の最新情報をタイムリーに提供し、適切な対応について引き続き指導しています。 
・デング熱の治療プロトコルは、紹介先施設を含むデング熱患者の発見と管理の指針として、WHOによって最終化されつつあります。 
・WHOは現在、症例検出と管理に関するプロトコルを最終化しています。 
・コックス地区における紹介先病院と国境なき医師団(MSF)が重症例に対処しています。その他の病院やプライマリーヘルスケアセンター(PHC)の隔離施設、または専用のセンターが中等症や軽症の患者を管理しています。 
・キャンプ3にある国際移住機関(IOM)のプライマリーヘルスケアセンターでは、急増に対応するため、デング熱患者管理のために10床の隔離ベッドと6床の観察ベッドが用意されています。 
・WHOは、すべてのセンチネル施設で適時に診断できるように、RDTキットを調達し、医療部門のパートナーに配布しています。いくつかの施設は隔離設備も備えています。 
・水と衛生(WASH)、環境管理、保健、リスクコミュニケーションとコミュニティ活動(RCCE)を含む複数機関の統合的な対応策は、現在流行が発生しているキャンプで拡大されているところである。 
・WHOは、さまざまな医療施設からNS1抗原陽性のデング熱サンプルを首都ダッカにある疫学・疾病管理・研究機関リファレンスラボに輸送し、PCR検査と血清型判定を行うことを支援しています。 
 
 

WHOによるリスク評価

2017年8月、約70万人のロヒンギャがミャンマーからコックスバザール地区に逃れ、すでにいた20万人以上のロヒンギャに加わり、非公式の仮設キャンプに定住しましたが、飲料水や質の高い衛生施設へのアクセスが十分でないことや厳しい生活環境が特徴的でした。流入のスピードと規模は、既存の資源に圧力をかけ、医療サービスや水、その他の社会設備を圧迫しました。その結果、5歳未満の子どもたちの高いレベルの世界的な急性栄養失調(GAM)、急性水様性下痢症(AWD)の持続的な感染、風土病状態に移行しつつあるコレラの再発、2017年から続くジフテリアの感染、そして偶発的かつ突然に麻疹、水痘、皮膚感染症が発生しています。 
 
デングウイルスは、高い罹患率と死亡率をもたらす伝染病を引き起こす可能性があります。 バングラデシュでは、病院のキャパシティが限られており、重症デング熱患者のさらなる増加は、症例管理にかなりの困難をもたらす可能性があります。重症急性呼吸器感染症治療センター(SARI ITC)の新型コロナウイルス感染入院患者のベッド占有率は、6月26日現在26%です。病院が新型コロナウイルスに感染した人々で埋まるにつれ、入院デング熱患者の増加は医療能力に過度な負担をかける可能性があります。 
 
現在、コックスバザール地区では、Ukhia郡とTeknaf 郡にある33のキャンプに分散した約50のセンチネルサイトで行われる迅速診断検査でデング熱を検出することができます。現在、コックスバザール医科大学の検査施設では、デングウイルスの血清型判定を行う能力はありません。 
 
コックスバザールでは、以前、2021年10月から12月にかけて急性デング熱の流行がありました。現在のデング熱患者の急増は、昨年の感染の継続と考えられます。この地域ではデング熱が繰り返し発生しているため、住民には二次感染のリスクがあり、迅速かつ適切な治療が行われないと重篤な合併症につながる可能性があります。 
 
昨年のデング熱流行時に経験した主な課題は、デング熱迅速診断検査キットの国際調達プロセスの遅れ、コックスバザールではそのような能力がないため、首都ダッカでデング熱ウイルス血清型検査を行うのに長いプロセスが必要だったこと、ベクターの監視と制御が弱かったことです。 
 
新型コロナウイルスパンデミックに加え、コレラ/急性水様性下痢症(感染レベルは低いが持続的に続いている)やジフテリア(2021年9月以降感染レベルは低いが持続的に続いている)など、現在進行中の健康関連の問題は、限られた資源を分配しなくてはならず、対応策にさらなる負荷を与える可能性があります。 
 
バングラデシュでは新型コロナウイルス関連の移動規制が緩和され、人口移動が顕著になりました。コックスバザールには直接の国際入国地点はない。しかし、チッタゴン港に近く、国内空港もあり、国内外の観光客や国際人道支援者を大量に受け入れています。これらの要因から、国際的なデング熱の持ち込みと伝播の可能性が高まっています。

WHOからのアドバイス

デング熱は、蚊が繁殖する場所が人間の居住地に近いことが大きなリスク要因となっています。デング熱はヒトからヒトへは感染しませんが、デング熱に感染したヒトを刺したヤブカが感染し、デング熱を拡大させる感染サイクルを形成し、患者のクラスターを招きます。 
 
ベクター対策はヤブとベクターが接触する危険性があるすべての地域に重点を置いて行わなければなりません。WHOは蚊の媒介を制御するために統合的媒介管理(IVM)と呼ばれる戦略的なアプローチを推奨しています。IVMは、潜在的な繁殖場所を取り除き、ベクターの個体数を減らし、個人の曝露を最小限にするために強化されるべきものです。そのためには、以下のような幼虫や成虫の蚊の媒介蚊を制御する戦略が必要です。 
 
・環境管理(例:貯水方法の改善による水源の削減)およびの停滞した水(水たまりなど)の排除 
・WHOが認定した幼虫駆除剤を使用した非飲料水の幼虫駆除 
・深刻な被害を受けたキャンプでの殺虫剤処理された蚊帳(ITN)の配布 
・医療施設での発熱/デング熱入院患者へのITNの提供 
 
屋内空間噴霧(フォギング)もデング熱の発生を迅速に食い止めるための方法ですが、キャンプ内の人口密集地では難しいかもしれません。MOHFWとWHOが推奨する幼虫駆除対策は、フォギングや燻蒸で蚊の成虫を狙うよりも、感染阻止のインパクトが大きいと考えられています。 
 
屋外での活動時の個人的な保護対策としては、露出した皮膚への忌避剤の局所塗布や衣類の処理、長袖シャツやズボンの使用などが挙げられます。屋内では、家庭用殺虫剤のエアゾールスプレー製品や蚊取り線香を使用することができます。窓やドアの網戸、エアコンは、蚊が家の中に侵入する確率を下げることができます。殺虫剤で処理された蚊帳は、寝ている間に蚊に刺されるのを防ぐのに有効です。蚊は夜明けと夕暮れ時に活動するので、特にこの時間帯に個人的な防護策をとることをお勧めします。 
 
昆虫学的なサーベイランスを実施し、ヤブカの繁殖可能性を評価するとともに、ベクトル制御介入のための殺虫剤耐性試験を実施する必要があります。 
 
重症デング熱患者の迅速な発見と三次病院へのタイムリーな紹介は、死亡率を下げることができます。すべての感染地域と国全土で、症例サーベイランスを引き続き強化する必要があります。可能であれば、デング熱ウイルスの確認と亜型分類のためのサンプル照会メカニズムの強化に資源を配分すべきです。 
  
WHOは、今回の情報に基づいて、バングラデシュへの一般的な渡航や貿易の制限を適用することを推奨していません。 

 
[注1]バングラデシュ政府は、ロヒンギャを「強制移住させられたミャンマー国民(FDMN)」と呼んでいます。国連システムは、適用される国際的な枠組みに沿って、この集団をロヒンギャ難民と呼んでいます。この文書では、適切な場合、同じ人々を指すために両方の用語が使用されていることにご留意ください。

出典

Dengue in Rohingya refugee/Forcibly Displaced Myanmar Nationals (FDMN) camps in Cox’s Bazar - Bangladesh 
Disease Outbreak News 3 August 2022 
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2022-DON401