デング熱ーネパール連邦民主共和国

Disease outbreak news  2022年10月10日

発生状況一覧

ネパール連邦民主共和国(以下、「ネパール」という。) ではデング熱が風土病として存在しています。同国では、8月8日の週から8月26日にかけて、患者が急増しています。2022年1月から9月28日までに、デング熱の確定症例と疑い症例が合計28,109件、デング熱による死亡が38件確認され、全7州に影響を及ぼしています。原因となる血清型は不明です。これは、年間を通じて全国で報告された累積症例数に関して、ネパールで過去最大のデング熱の流行となります。

発生の概要

2022年1月から9月28日の間に、ネパールの全7州から、死亡38人を含む合計28,109例のデング熱の疑い例および確定例が報告され、ネパールの全77地区に影響を及ぼしています(図1)。2番目に人口の多いバグマティ(Bagmati)県では、患者数(全体の78.2%)、死者数(全体の68.4%)ともに最多の報告がされています。
 
保健人口省の疫学・疾病管理部(EDCD)によると、2022年の新規感染者数はカトマンズ(Kathmandu)郡で9,528例(33.8%)、ラリトプール(Lalitpur) 郡で6,548例(23.2%)、マクワンプール(Makwanpur) 郡で2,776例(9.8%)の3郡で最も多く報告されています。
 
人口統計に関するデータが得られたのは、症例の23%、6,734例で、そのうち76%にあたる5,175例は15-59歳、54%にあたる、3,637例は男性でした。9月28日現在、38人の死亡が確認されており、そのうち男性および15~59歳の患者がそれぞれ55%にあたる21例を占めています。60歳以上の患者は、報告された死者の39%にあたる15例です。
 
デング熱の症例は雨季の7月から増加しており、9月に多くの症例が報告されています(83.6%; 23,514例)。


図1.  2022年1月1日~9月28日にネパールの各地区から報告されたデング熱の患者数分布。


図 2.   2022年1月1日から9月28日までのネパールにおける月別のデング熱患者報告数

 

デング熱の疫学

デング熱は、感染した蚊に刺されることでヒトに感染するウイルス感染症であり、世界中の熱帯・亜熱帯気候の都市部や半都市部で多く見られます。この病気を媒介する主な媒介生物は、ヒトスジシマカと、数は少ないものの、ネッタイシマカです。
 
デングウイルス(DENV)には4つの血清型(DENV-1、DENV-2、DENV-3、DENV-4)があり、それぞれに感染する可能性があります。ある血清型に感染すると、同型の血清型には長期間の免疫ができますが、他の血清型には免疫ができないため、連続して感染するとデング熱が重症化する危険性が高くなります。多くのデングウイルス感染症は軽症で、80%以上が無症状です。デングウイルスは急性インフルエンザ様疾患を引き起こすこともあります。
 
デング熱に特異的な治療法はありませんが、患者の死亡を防ぐには、適時の発見、重症デング熱感染の兆候の特定、適切な症例管理が重要であり、重症感染者の致死率を1%未満に抑えることができます。

公衆衛生上の取り組み

保健人口省の疫学・疾病管理課は、対応を管理・調整するため、以下の活動を開始しました。
 
全体的な対応: 保健人口省(以下、「MoHP」という。)は、WHOおよび病院とともに、国内でのデング熱の発生に対する備えを見直し、戦略的な介入策を立案するための会議を開催しました。MoHPの州、地区、地方レベルとのオンライン会議が実施され、現在の疫学と必要な対応を検討しました。WHOはデング熱対応を加速させるための多部門にわたる関与計画を起草し、行動計画の検討と実施のためにEDCDに提出しました。
 
媒介蚊対策: WHOは、ベクター対策活動のための標準作業手順書の作成を支援しました。デング熱対応を促進し、カトマンズ渓谷(バグマティ県)とルンビニ (Lumbini)県の高リスク・高症例報告地区におけるベクターサーベイランス活動を強化するために技術ワーキンググループ会議が招集されました。 ラリトプールやカトマンズなどの自治体では、主な繁殖地を優先した蚊の探索・駆除キャンペーンが開始されました。カトマンズの患者報告数の多い地区では、媒介蚊の監視と検体採取が開始されました。
 
検査: WHOと政府の資金援助により、合計39,000個の診断キットが提供されました。 WHOは、EDCDと国立公衆衛生検査所(NPHL)の協力のもと、全国で特定された10の病院から血清型を決定するための検体収集を促進しました。
 
臨床管理:9月に合計200人の医師と医療担当者が、デング熱の症例管理、デング熱患者の連携対応、デング熱監視システムのための報告に関する研修を受けました。 これにはカトマンズ渓谷の主要病院から70人の医療従事者が直接参加し、さらに全州から130人がオンライン参加しました。オリエンテーションの記録ビデオはEDCDによって配布され、広く利用されるようになりました。

WHOのリスク評価

ネパールでは、2004年にインドから帰国した旅行者が最初のデング熱患者として報告されました。それ以来、ネパールではデング熱が流行しています。同国にはデング熱管理の専門知識と経験がありますが、WHOは以下の理由により、今回のデング熱発生に対する国レベルの総合的なリスクは高いと判断しています。
 
・ネパールではデング熱が再流行しているため、国民が再感染するリスクがあり、そのため迅速かつ正確に管理されないと、深刻な合併症が発生する可能性があります。 現在、デング熱の重症例と死亡率は増加しており、これは国内の病院のキャパシティが限られており、医療サービスへのアクセスや利用が限られていることが原因だと思われます。ネパールでは今年、日本脳炎やツツガムシ病など、他の生物媒介感染症が増加しており、国の保健システムの能力に影響を与えているため、デング熱が健康に深刻な影響を与える危険性が高いです。
・デングウイルスは、高い罹患率と死亡率をもたらす流行を引き起こす可能性を持っています。 特異的な治療法はありません。デングウイルス感染を早期に認識し、適切な臨床管理を行うことで、デング熱患者の重症度や死亡率を下げることができます。
・現在流行している血清型は現段階では不明ですが、さらなる検査が予定されています。ある血清型に感染すると、同型の血清型に対して長期間の免疫が得られますが、異なる血清型のデングウイルスに2回目に感染した場合、デング熱が重症化するリスクが高いです。
・現在のデータでは、気候変動や急速な都市化により、デング熱の発生規模が拡大し、一般的に従来のヤブカの繁殖に適した低地から高地へと拡大している可能性が指摘されています。
 
今回の流行は、ネパールで効果的にをデング熱をコントロールするために、媒介蚊のサーベイランスを改善し、患者発見のための検査能力を強化し、急性熱性疾患のサーベイランスを改善する必要性を示しています。
 
ネパールとインドの陸上国境を越えて、人々の移動が頻繁に行われています。デング熱は、ネパールと国境を接するインド北部の州を含む、インドの多くの地域で流行しています。 ネパールでの発生率が高いことから、デング熱が国境を越えてインドに広がる可能性はありますが、その結果は、媒介蚊の生息数、流行している血清型、インドの近隣州の公衆衛生対応のレベルなど、多くの要因に左右される可能性があります。ネパールは人気のある観光地で、新型コロナウイルス後の対応として海外渡航者の制限を緩和していることから、海外渡航者を介した感染拡大も否定はできません。

WHOからのアドバイス

蚊の媒介生物の繁殖地が人間の居住地に近いことは、デングウイルス感染の重要なリスク要因です。 デング熱は人から人へ感染することはないですが、蚊は感染者を刺した後に感染することがあります。このため、感染した蚊は、家庭内や近隣にデングウイルスを拡散させ、感染者の集団化につながるというサイクルができています。
 
デング熱の予防と制御は、効果的なベクターコントロールが重要となります。WHOはデング熱の媒介であるヤブカの亜種を含む蚊の媒介を制御するために、統合的媒介管理(以下、「IVM」という。)と呼ばれる戦略的アプローチを推奨しています。IVMは、潜在的な繁殖場所を取り除き、媒介蚊の個体数を減らし、個人の曝露を最小限に抑えるために必要です。これには、幼虫や成虫に対する媒介蚊対策(環境管理や発生源の削減、化学薬品を用いた対策)と、人間や家庭を守るための対策が必要です。
 
ベクターコントロール活動は、人とベクターが接触するリスクのあるすべての場所(居住地、職場、学校や病院、カトマンズバレーの建設現場等)に焦点を当てる必要があります。ベクター対策として、家庭用貯水容器に蓋をしたり、水を抜いたり、週単位で清掃することが考えられます。緊急対策としては殺虫剤の空間散布を行うことも有効です。また、屋外に設置された貯水容器の塩素消毒や適切な、ボウフラや蚊に対する殺虫剤の使用も検討する必要があります。
 
屋外での活動時の個人的な保護対策としては、露出した皮膚や衣服に忌避剤(虫よけ)を塗布し、長袖のシャツとズボンを着用することが挙げられます。屋内では、さらに、家庭用殺虫剤のスプレーや蚊取り線香を使用するなどの保護対策があります。窓やドアの網戸、エアコンは、蚊の侵入を減らすことができます。殺虫剤処理された蚊帳は、日中寝ている間に蚊に刺されるのを防ぐのに有効です。蚊は夜明けと夕暮れ時に活動するので、この時間帯は特に個人的な防護策をとることが推奨されます。
 
デング熱に対する特別な治療法はありませんが、感染の兆候を早期に発見し、適切な医療施設への紹介を含む適切な臨床管理を行うことで、デング熱の重症化および死亡のリスクを軽減することができます。すべての感染地域を含む国土全体で、媒介蚊と人の症例監視を引き続き強化する必要があります。可能であれば、デング熱ウイルスの確認と分類のための検体検査依頼の仕組みを強化するための資源を割り当てる必要があります。
 
WHOは、今回の情報に基づいて、ネパールへの一般的な旅行や貿易の制限を適用することを推奨していません。

出典

Dengue fever- Nepal
Disease Outbreak News 10 October 2022
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2022-DON412