デング熱-パキスタン・イスラム共和国

Disease outbreak news  2022年10月13日

発生状況一覧

2022年1月1日から9月27日の間に、パキスタン・イスラム共和国(以下、「パキスタン」という。)では計25,932人のデング熱患者が確認され、62人が死亡(CFR 0.25%)しました。このうち74%が9月単月で報告されました。現在の患者数の急増は、2022年6月中旬に始まった未曾有の大洪水を受けてのものです。現在の洪水による危機的状況が国の保健システム能力に影響を与え、さらに人道的状況が拡大しており、デング熱やその他の同時発生する疾病の発生により、深刻な健康被害が生じる危険性が高いです。また、パキスタンと国境を接する国(特にアフガニスタン、イラン・イスラム共和国)の間で人口の移動が激しいため、デング熱の国際感染を否定することはできません。

発生の概要

デング熱はパキスタンの風土病で、季節的なピークはあるものの、年間を通じて感染が発生しています。しかし、6月中旬から始まった同国史上最悪の洪水により、2022年(1月~9月)のデング熱患者報告数は過去4年の同時期と比較して著しく多くなっています。
 
国立衛生研究所-イスラマバードによると、2022年1月1日から9月27日の間に、全国で累計25,932人のデング熱患者が確認され、62人が死亡したと報告されています。このうち74%は9月の1カ月間だけで報告されたものです。9月22日現在、全症例の83%にあたる21,777例について州別の分布が確認でき、そのうちシンド(Sindh)州から32%(6,888例)、イスラマバード首都圏を含むパンジャブ(Punjab)州から29%(6,255例)、ハイバル・パフトゥンハー(Khyber Pakhtunkhwa)州から25%(5,506例)、バロチスタン(Balochistan)州から14%(3,128例)の報告がありました(図1)。


図1. パキスタンにおけるデング熱確定患者の州別分布(2022年1月1日~9月22日)

デング熱の疫学

デング熱は、4種類のデングウイルス(DENV 1、DENV 2、DENV 3、DENV 4)によって引き起こされる蚊が媒介するウイルス感染症です。一つの血清型に感染すると、同型の血清型には長期間の免疫ができますが、他の血清型には免疫ができないため、連続して感染すると重症化する危険性が高くなります。デングウイルスは急性のインフルエンザ様疾患を引き起こすことがありますが、多くのデングウイルス感染症は軽症で、80%以上が無症状です。
 
デング熱に特異的な治療法はありませんが、患者の死亡を防ぐには、適時の発見、重症デング熱感染の前兆の特定、適切な症例管理が重要であり、重症感染者の致死率を1%未満に抑えることが可能です。
 
デング熱はパキスタンの風土病で、季節的な流行があります。国内のさまざまな地域で4つの血清型が広く循環しています。ネッタイシマカとヒトスジシマカは、都市部や都市近郊の環境に広く適応した媒介蚊です。デング熱はパキスタン国内で再発生を繰り返すため、住民は再感染のリスクにさらされる可能性があり、したがって、迅速かつ正確に管理されなければ、深刻な合併症が発生する可能性があります。

公衆衛生上の取り組み

保健省は世界基金と協力し、統合ベクター管理の一環として、以下のようなベクターサーベイランスとコントロール活動を実施しています。
 
・保健省が議長を務める週次の技術委員会の開催
・すべての医療施設に「デング熱カウンター」を設置し、救急部門にデング熱の疑いのある患者を受け入れるための場所を確保する
・ラホール(Lahore)とその他の地区における媒介蚊の監視活動の強化
・毎日の状況分析を含む、感染症サーベイランス活動を支援するための追加チームの派遣
 
WHOは、以下のような支援を行っています。
 
・WHO代表の訪問や会議を含む、保健当局のための複数のハイレベルな会議での調整
・国内のすべての州において、研究所および病院ベースの疾病サーベイランスの強化を開始
・デング熱の症例管理について、国内のすべての州から選ばれた医療従事者の研修の実施
・家庭訪問時の感染源削減指導を含む、媒介蚊の監視と媒介蚊の制御に関する研修の実施
・マラリア、急性水様性下痢症、チクングニア、A型肝炎、E型肝炎など、デング熱やその他の病気に対する23万件の迅速診断検査(RDT)の提供

WHOのリスク評価

パキスタンは、異常なモンスーン雨と未曾有の洪水に見舞われています。国土の3分の1にあたる84の災害指定地区で推定3,300万人が影響を受けています。200万戸以上の家屋が倒壊し、推定1,460の医療施設も被害を受けたと報告されています。また約790万人が家を失い、12,900人が負傷し、1,600人が死亡したとの報告もあります。豪雨と洪水により、何百万人もの人々が医療や保健を受けられなくなっています。
 
現在の洪水による危機が国の医療システム能力に影響を及ぼしているため、デング熱による深刻な健康被害が発生する危険性が高いです。 現在、疾病による医療システムへの負担と季節性パターンをより明確にするため、媒介蚊のサーベイランスの改善、より検出精度の高い検査能力の強化、重症デング熱の警告サインを見逃さないことを含む症例管理に関する医療従事者の啓発、急性熱性疾患のサーベイランス改善が急務となっています。
 
洪水後にデング熱などの媒介感染症が流行することはよく知られている現象であり、これは停滞した水が蚊の繁殖に適した生息地を提供するためです。デング熱の患者発生までには、通常3~4週間程度のタイムラグがあります。
 
パキスタンでは、急性水様性下痢症、デング熱、マラリア、はしか、ポリオ、新型コロナウイルス感染症といった現在進行している病気の発生が、特に国内避難民や難民キャンプ、水や衛生設備が被害を受けた場所でさらに悪化している状況です。
 
デング熱は、蚊が媒介するウイルス感染症の中で、世界で最も急速に広まっている感染症です。パキスタン、特にハイバル・パフトゥンハー州と国境を接するイラン・イスラム共和国やアフガニスタンとの間で、人口の移動が活発です。また、ハイバル・パフトゥンハー州には120万人のアフガニスタン難民がおり、そのうち80万人は洪水による被害が公式に通知された地域に居住しています。パキスタンから国境国へのデング熱の伝播は否定できない状況です。

WHOからのアドバイス

蚊の媒介する繁殖地が人間の居住地に近いことは、デングウイルス感染の重大な危険因子です。デング熱に特異的な治療法はありませんが、早期発見と適切な医療へのアクセスにより、死亡率は低下します。さらに、デング熱の予防と制御は、効果的な媒介蚊の監視と制御にかかっています。
 
WHOは、デング熱の媒介となるヤブカ属を含む蚊の活動や個体数を制御するために、統合ベクター管理(IVM)と呼ばれる戦略的アプローチを推進しています。
 
統合ベクター管理活動は、潜在的な繁殖場所を取り除き、媒介蚊の個体数を減らし、個人の曝露を最小にするために強化されるべきです。これには環境管理、発生源の削減、化学薬品による制御手段などを用いたボウフラと成虫の蚊のコントロール戦略と、人と家庭を守るための両方の戦略が必要です。ベクターコントロール活動は、居住地や職場、学校や病院など人と蚊が存在するすべての場所に焦点を当てる必要があります。
 
ベクター対策には、家庭用貯水容器にふたをしたり、貯水をなくしたり、貯水用機の清掃を週単位で行うことも含まれます。さらに、飲料水の塩素消毒や、屋外に設置した貯水容器に適切なボウフラや成虫の蚊の殺虫剤を散布することも含まれます。
 
室内で刺される場合は、蚊取り線香や虫よけスプレーを使用したり、家庭用殺虫剤スプレー製品、蚊取り線香、その他の殺虫剤などを使用することをお勧めします。また、窓やドアの網戸の設置、エアコンなどの家庭用備品を利用することでも、蚊に刺されるのを減らすことができます。感染の主な媒介主であるヤブカ属の蚊は、夜明けと夕暮れに活動のピークを迎え、日中に主に人を刺さすため、皮膚の露出を最小限に抑える衣服の使用など、個人的な保護対策が推奨されます。屋外での活動時には、虫よけを皮膚や衣服に塗布することが有効です。殺虫剤処理された蚊帳は、屋外で寝る人や日中寝ている人(乳幼児、寝たきりの人、夜間働いている人など)、あるいは夜間睡眠中に蚊に刺されないようにするために有効な保護手段です。

さらに、すべての感染発生地域と国土全体で、媒介蚊とヒトの症例サーベイランスを引き続き強化する必要があります。国民の間でデング熱の感染リスクを減らすための重要な公衆衛生メッセージは引き続き提供される見込みです。
 
WHOは、今回の事象について入手可能な情報に基づき、パキスタンへの一般的な渡航・貿易制限を勧告していません。

出典

Dengue fever- Pakistan
Disease Outbreak News 13 October 2022
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2022-DON414