マラリアーパキスタン・イスラム共和国

Disease outbreak news  2022年10月17日

発生状況一覧

2022年1月から8月にかけて、パキスタン・イスラム共和国(以下、「パキスタン」という。)では、340万件以上のマラリアの疑い例が報告されました。これは、2021年に報告された260万件の疑い例と比較して非常に多くなっています。17万件以上の症例に対して検査が行われ、そのほとんどが三日熱熱マラリア原虫が原因と報告されました。2022年6月中旬の大規模な洪水の後、バロチスタン(Balochistan )州とシンド(Sindh)州で患者が急増し、全確定患者の78%がこの2州で発生しています。今回の大規模な洪水が国の保健システムの能力に影響を与えていることを考慮すると、リスクは非常に高いと評価されています。

発生の概要

パキスタンではマラリアが風土病として存在しています。2022年1月から8月の間に、パキスタンでは、340万件以上のマラリアの疑い例が報告されました。これは、2021年に報告された260万件の疑い例と比較して非常に多くなっています。17万件以上の症例に対して検査が行われ、そのうちの77%が三日熱マラリア原虫、23%が最も重症で致命的な症例に関連する熱帯熱マラリア原虫に起因しています。
 
パキスタンは2022年6月に大規模かつ壊滅的な洪水に見舞われ、3300万人以上が被災し、81地区が被災地として宣言され、保健インフラに大きな打撃を受けました。
 
洪水の後、マラリア症例の報告が急増しました。シンド州では、2021年8月に報告された19,826件のマラリア患者に対し、2022年8月の患者報告数は69,123件に達しています。バロチスタン州では、2021年8月に22,032件の報告に対し、2022年8月には41,368件の確定症例が報告されています。この2つの州を合わせると、2022年にパキスタンで報告された全確定症例の78%を占めます。62の大きな被害を受けた地域からの報告では、2022年8月に178,657例、2022年9月には210,715例のマラリア症例が報告されています。

マラリアの疫学

マラリアは、感染したハマダラカの雌に刺されることで人に感染する寄生虫によって引き起こされる命に関わる病気です。マラリアは、輸血や臓器移植、感染した血液で汚染された針や注射器の共用によっても感染する可能性があります。また、マラリアは出産前や出産時に母子感染することもあります。
 
ヒトにマラリアを引き起こす寄生虫は5種あり、そのうち最も公衆衛生上の脅威となるのは、熱帯熱マラリア原虫と三日熱マラリア原虫の2種です。パキスタンではこの2種の寄生虫が報告されており、三日熱マラリア原虫が最も多く、全体の80%以上であることが分かっています。
 
最初の症状である発熱、頭痛、悪寒は、通常、感染した蚊に刺されてから10~15日以内に現れますが、症状が軽く、マラリアと認識することが困難な場合があります。マラリアを治療せずに放置すると、24時間以内に重症化し、死亡することもあります。

公衆衛生上の取り組み

パキスタン政府は、WHOや他のパートナーの支援を得て、対応を主導しています。以下のアクションが実施されました。
 
・2022年7月に他の国連機関とともに保健関連のニーズ評価を実施。
・洪水の被害を受けた地区における統合疾病監視・対応(IDSR)活動の実施と強化、および疾病の日常的な報告のためのDHIS2ツールの活用。
・州防災当局により、13の洪水被害地区で長期残効性殺虫処理済みの蚊帳の大量配布キャンペーンを実施。さらに60万個の蚊帳がシンド州とバロチスタン州の保健当局に引き渡され、洪水の被害を受けた地区の避難民に配布。
・ベクターサーベイランスを支援するために、追加チームの配備。
・WHOは、州やパートナーとの連絡・調整の強化や、緊急対応のための国家タスクフォースの設立など、保健当局のための複数のハイレベル会議での調整を通じて支援。
・WHOは、マラリアや急性水様性下痢症、デング熱、A型・E型肝炎、チクングニア熱などの疾患に対する約23万個のRDT(迅速診断キット)と抗マラリア薬を各州に提供。
・WHOは、世界基金に提出する6ヶ月間の緊急時対応計画の策定を支援。

WHOのリスク評価

マラリアは、パキスタンの主な疾病・死因の一つです。マラリアは、イラン・イスラム共和国やアフガニスタンと国境を接する地域やシンド州、バロチスタン州の海岸沿いの地域で多く発生しています。また、パキスタンと国境国(アフガニスタン、イラン・イスラム共和国)の間で人口の移動が激しく、特にハイバル・パフトゥンハー(Khyber Pakhtunkhwa)州では100万人を超えるアフガニスタン難民がいます。このうち、約80万人の難民が、洪水による災害として公式に通知された地区に住んでおり、国際的に感染が広がる危険性は否定できません。
 
3,300万人以上が洪水の影響を受け、81の地区が被災地として指定されました。保健医療インフラも被害を受け、簡易評価により、約1,543の保健医療施設が被害を受けていることが判明しています。
 
パキスタンの現状と保健・医療施設へのアクセスの制限、医療従事者と必須医療物資の不足を考えると、マラリアや新型コロナウイルス感染症、急性水様性下痢症、腸チフス、はしか、リーシュマニア症、HIV、ポリオなど現在発生している他の流行による深刻な健康被害のリスクが高まっています。現在の洪水被害が国の保健システムの能力に影響を及ぼしていることを考慮すると、リスクは非常に高いと評価されます。洪水の被害を受けたいくつかの地区では、発症率が倍増し、熱帯熱マラリアの比率が高くなり、緊急用の医薬品、殺虫剤、物資の在庫が限られ、調達に長い時間がかかることが報告され、対応策への多くの課題が表面化しました。予防的なベクター対策に割ける十分な資源がないため、マラリアやその他の媒介性疾患の蔓延が助長されることは間違いないでしょう。

WHOからのアドバイス

WHOは、マラリアの世界的な負担を軽減するために、効果的な媒介蚊の駆除や予防的な抗マラリア薬の使用など、マラリアの予防手段や戦略を推奨しています。また、マラリアの監視強化は、高リスク地域や感染しやすい人口を特定し、変化する疾病パターンの監視を可能にし、効果的な公衆衛生上の介入策の立案を支援するために重要です。マラリア感染のリスクを低減するための重要な公衆衛生メッセージを継続的に発信することも、マラリアの予防と制御のための重要な手段です。
 
マラリアの早期診断と治療は、病気の重症度を下げ、死亡を予防し、マラリア感染の抑制に貢献します。WHOは、マラリアが疑われるすべての症例について、寄生虫をもとにした診断検査(顕微鏡検査または迅速診断検査)を行って確認することを推奨しています。診断検査により、医療従事者はマラリア熱と非マラリア熱を迅速に区別することができ、適切な治療が可能になります。
 
現段階では、マラリアの症例管理は、医薬品や迅速診断の利用可能性を含め、パキスタンのマラリアの状況に対応するための重要な優先事項となっています。
 
マラリアの感染を減らすための予防策としては、殺長期残効性殺虫処理済みの蚊帳の使用や室内残量型の殺虫剤散布(IRS)などもあります。ベクターコントロールは、感染の予防と病気の伝播の抑制に非常に効果的であるため、マラリア対策と撲滅戦略には欠かせない要素です。しかし、長期残効性殺虫処理済みの蚊帳の数は限られており、配布されている長期残効性殺虫処理済みの蚊帳も十分ではありませんし、洪水の被害を受けた人々の長期残効性殺虫処理済みの蚊帳の使用率も高くはありません。さらに、現段階ではIRSに利用できるリソースは極めて限られています。
 
2021年10月以降、WHOは熱帯熱マラリア感染が多いあるいは中程度以上ある地域に住む子どもたちの間で、RTS,S/AS01マラリアワクチンの幅広い使用を推奨していることも明らかにしました。このワクチンは、幼い子どもたちのマラリア、および致命的な重症マラリア感染を大幅に減少させることが確認されています。
 
WHOは、今回のイベントに関する情報に基づき、パキスタンへの一般的な渡航や貿易の制限を推奨していません。

出典

Malaria – Pakistan
Disease Outbreak News 17 October 2022
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2022-DON413