リフトバレー熱 - モーリタニア・イスラム共和国

Disease outbreak news  2022年10月20日

発生状況一覧

2022年8月30日から10月17日の間に、モーリタニア・イスラム共和国(以下、「モーリタニア」という。)の15のウィラーヤ(Wilaya:アラブ世界で用いられる”行政区画単位”でいわゆる州の事、以下、「州」という。)のうち9のウィラーヤから、主に家畜生産者の間でリフトバレー熱の感染確認例合計47例が報告され、うち23名が死亡しています。羊、ヤギなどの小型反芻動物、ラクダ、牛などの動物におけるリフトバレー熱の原因ウイルスの循環は、モーリタニアの8つの州で確認されています。合計で12の州で人または動物の感染例が確認され、そのうち9つは近隣のマリ、セネガル、アルジェリアの3カ国と国境を接しています。流行への対応には、「One Health(ワンヘルス)」アプローチが採用されています。
 
モーリタニアでは、1987年、2010年、2012年、2015年、2020年にリフトバレー熱ウイルスの流行が発生しており、ウイルスは恒常的に循環している状態です。大多数のィラーヤにおける媒介動物の増加や近隣国への人や動物の移動が高頻度で発生していることなどを考慮すると、本アウトブレイクの地域的な広がりは否定できません。

発生の概要

2022年8月30日、モーリタニア保健省(MoH)は、8月29日に国立公衆衛生研究所でポリメラーゼ連鎖反応(PCR)による患者を確認した後、リフトバレー熱(RVF)のアウトブレイクが発生したとWHOに通知しました。患者は、ホード・エルガルビ(Hodh El Gharbi )州、タンターヌ(Tintane moughataa)地区出身の25歳の男性で、家畜生産者でした。8月25日に重度の血小板減少を伴う出血性症候群(鼻出血)で保健所を受診し、翌日、地域の病院に移送されましたが、2日後の8月29日に死亡しました。
 
2022年10月17日現在、モーリタニアの15州のうち9州から、家畜生産者を中心に、死亡者23人を含む合計47人(CFR 49%)の確定患者が報告されています(図1、表1)。47の確定症例中、男性が女性を上回っており、男性:女性の比は4.4:1となっています。患者の年齢の中央値は22歳で、全体は3歳から70歳までとなっています。死亡例23名のうち、ほぼ全員が病院で発症し、症状は出血性症候群(点状出血、吐血、歯肉出血)に伴う重度の血小板減少症や発熱などでした。
 

図1. 2022年8月30日~10月17日にモーリタニアで発生した9つの州におけるリフトバレー熱のヒト確定例(n=47)および死亡例(n=23)の地理的な分布
 
表1. 2022年8月30日~10月17日、モーリタニア内で感染が発生した9つの州ごとの、ヒトのリフトバレー熱確定患者数及び死亡数


図2. 2022年8月30日~10月17日モーリタニアにおける確定日別リフトバレー熱の確定例(n=47)および死亡例(n=23)

動物におけるリフトバレー熱の症例

2022年10月17日現在、9つの州でヒトのリフトバレー熱が報告されている一方、12の州で確定および疑いのある動物感染例が報告されています(確定8例、疑い4例)(表2)。
 
ホード・エルガルビ州のアユーン(Aioun) 地区でセンチネル群モニタリングから、家畜の死亡と流産が通知され、動物におけるリフトバレー熱症例の可能性の警告がありました。その後、ホード・エルガルビ州のとさらに以下の7つの州で、動物の群れにおけるリフトバレー熱の発生が確認されました。発生が確認されたのは、アドラール(Adrar)州、アッサバ(Assaba) 州、ギディマカ(Guidimakha) 州、ホード・エッシャルギ(Hodh Echargui) 州、タガント(Tagant) 州、ティリス ・ムール(Tiris Zemmour) 州、およびトラルザ(Tralza) 州です。2022年8月18日から10月10日の間に、牛、ラクダ、小型反芻動物の合計1,148検体が分析されました。全体の陽性率は24.1%にあたる277例でした。動物群別の検査陽性率は以下の通りです。牛は96検体中5.2%にあたる5例( ELISA法IgM値)、ラクダでは438検体中25.8%にあたる113例(RT-PCR法)、小型反芻動物では614検体中25.9%にあたる159例( ELISA法IgM値)が陽性でした。
 
表2. 2022年8月18日から10月10日までのモーリタニアにおける、症例報告のあった12の州別のリフトバレー熱検査数(牛、ラクダ、小型反芻動物対象)および結果。

 

リフトバレー熱の疫学

リフトバレー熱は、サハラ以南のアフリカで、牛、羊、ヤギ、ラクダなどの家畜に最もよく見られるウイルス性疾患です。リフトバレー熱は主に動物に感染しますが、ヒトにも感染する可能性があります。
 
感染した蚊に刺されたことによるヒトへの感染もありますが、ほとんどのヒトへの感染は、感染した動物の血液や臓器に接触することによって起こります。牧畜業者、農家、食肉処理場労働者、獣医師などの職業に就く人は、感染のリスクが高くなります。
 
また、感染した動物の未殺菌または未調理の牛乳を摂取することによっても感染する可能性があります。リフトバレー熱のヒトからヒトへの感染は確認されていません。
 
リフトバレー熱は動物ではしばしば重症化しますが、ヒトでは、軽いインフルエンザ様疾患から致死的な重症出血熱まで様々です。リフトバレー熱に感染しても、ほとんどの人は症状がないか、軽症(発熱、脱力感、背部痛、めまいなど)です。しかし、ごく一部(8~10%)の人は、眼病、出血、脳炎(脳の腫れ)などの重篤な症状を呈します。
 
 2020年9月から11月にかけてモーリタニアでリフトバレー熱のアウトブレイクが発生し、78人のヒト感染例が報告され、25人が死亡しました(CFR 32%)。リフトバレー熱の動物症例は合計186件報告されました。ラクダ94例、小型反芻動物89例、牛3例です。
 

公衆衛生上の取組

国家レベルでの協調的な対応のためのワンヘルス技術委員会の設立など、ワンヘルスアプローチが流行対応の管理に用いられています。感染の発生した州では、人間の健康部門と動物の健康部門が集まる調整会議が毎週開催されています。
 
以下の優先的な活動が実施されています。
 
  • 保健省の調整の下、この疫病の管理のためのワンヘルス技術委員会の毎日の会議の組織化。
  • 綿密な疫学的および昆虫学的調査の実施。
  • 定期的な状況報告書の作成
  • 感染が発生した地域社会、特に危険にさらされている人々(家畜生産者と精肉業者)に対する予防措置と、群での動物の流産や死亡、または人の出血性症候群の発生と積極的な捜索の際の対応についての啓蒙活動。
  • 流行地の医療施設に医薬品と個人防護具()を供給。
  • 流行地の保健施設の診断・管理能力の強化。
  • 物的・財政的支援リソースのためのパートナーの動員。

WHOによるリスク評価

リフトバレー熱はモーリタニアでは珍しいものではありません。同国では過去に1987年、2010年、2012年、2015年、2020年に大発生を経験しました。感染経路は、蚊に刺されること、汚染された血液や組織との接触、動物の屠殺の際に起こる可能性があります。州の大部分を占めるいくつかの地域の動物でウイルス循環が確認された場合、ヒトへの感染が増幅する大きなリスクがあります。
 
不安定な環境条件、感染発生地の不十分な衛生管理、動物が過密に存在していることなどは、媒介蚊の増殖とウイルスの拡散を助長しています。今年の記録的な降雨量と、多くの州の大部分での洪水は、地域の廃タイヤ、使用済み容器やゴミの投棄と相まって、媒介蚊の繁殖地となる水たまりを作り、媒介蚊の増殖を増やしています。
 
地域レベルでの感染拡大のリスクは中程度です。モーリタニアは農牧民の国であり、水や牧草を求めて動物が移動することで、病気の蔓延のリスクが高まります。国境を越えた牧畜の移動が繰り返されることで、近隣諸国への地域的な感染拡大のリスクが高まります。モーリタニアの15の州のうち14の州で、ヒト、動物、または動物の感染疑い例が確認されており、そのうち9州はマリ、セネガル、アルジェリアと国境を接しています。具体的には、アッサバ 州、、アドラール州、ホード・エッシャルギ州、ホード・エルガルビ州、ギディマカ(Guidimakha)州、ティリス ゼムール州はマリに、ブラクナ(Brakna)州、ゴルゴル(Gorgal)州、ギディマカ(Gridimakha)州、トラルザ(Tarza)州はセネガルに、ティリス・ゼムール州はアルジェリアとも国境を接している。また、リフトバレー熱は国境での牛のワクチン管理の対象疾病ではなく、モーリタニア国内および国境を越えてマリやセネガルでは牧民が家畜を移動させる移牧(transhumance)が頻繁に行われています。また、サブリージョン内のいくつかの国の家畜市場は、モーリタニアから供給されています。
 
世界的なリスクは低いと推定されます。

WHOからのアドバイス

リフトバレー熱は、主に家畜、特に牛、羊、ラクダ、ヤギが感染する人獣共通感染症です。ヒトへの感染は、家畜の発生と同時に起こることが多く、蚊を媒介とするウイルスの伝播がおこりやすい環境下にあります。ヒトへの感染の多くは、感染した動物の血液や臓器に直接または間接的に接触することによって起こります。病気の動物や患者、またその製品や検査用検体に接触する際には、注意が必要です。リフトバレー熱のヒトからヒトへの感染は記録されていません。
 
公衆衛生メッセージ :リフトバレー熱感染の危険因子に関する情報配信と、媒介蚊の制御や蚊に刺されないようにするなどの防御策は、人々の間の感染と死亡の数を減らすために不可欠です。リスク低減を目的とした公衆衛生メッセージは、以下の点に焦点を当てる必要があります。
 
  • 病気の動物やその組織を扱うとき、または動物を屠殺する場合に、手指の衛生、手袋やその他の適切なを着用するなど、より安全な方法を用いることで、動物から人への感染のリスクを低減する。
  • 血液、生乳、動物の肉などを安全でない状態で摂取することから起こる動物から人への感染リスクを軽減する。感染発生地域では、すべての動物製品(血液、肉、牛乳)を慎重に調理してから消費しなければなりません。
  • 媒介蚊コントロール活動(ボウフラの駆除など)の実施、殺虫加工処理された蚊帳や虫よけの使用。
  • 明るい色の衣服(長袖シャツ、長ズボン)を着用し、媒介蚊が最も活発に活動する時間帯には屋外での活動を控える。
  • 家畜の移動を制限または禁止し、感染発生地域から非感染発生地域へのウイルスの拡散を抑える。
 
動物へのワクチン接種:発生前に定期的なワクチン接種を行えば、リフトバレー熱の伝播を予防することができます。ワクチン接種キャンペーンは、強毒性変異を引き起こす危険性があるため、感染・伝播発生中は推奨されません。動物のリフトバレー熱感染症はヒトの感染症に先行するため、獣医およびヒトの公衆衛生当局に早期に警告を与えるには、活発な動物衛生監視システムの確立が不可欠です。
 
医療従事者:リフトバレー熱のヒトからヒトへの感染は確認されていませんが、感染した患者の汚染された血液や組織との接触により、医療従事者にウイルスが感染するリスクは理論的には存在します。従って、リフトバレー熱の疑い例または確定例に対応する医療従事者は、患者の検体を取り扱う際に標準的な予防策を適用する必要があります。
 
WHOは、この感染について現在得られている情報に基づき、モーリタニアおよび感染地域へのいかなる渡航・貿易制限も適用しないよう勧告しています。

出典

Rift Valley fever – Mauritania
Disease Outbreak News 20 October 2022
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2022-DON417