超多剤耐性ソンネ赤痢菌感染症ー欧州・ヨーロッパ

Disease outbreak news  2022年3月24日

発生状況一覧

世界保健機関(以下、「WHO」という。)は2022年2月4日、2021年後半からグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(以下「英国」という。)およびWHO欧州地域の数カ国で報告されている広範囲薬剤耐性(extensively drug-resistant: XDR)赤痢菌の患者数が異常に増加していると通知を受けました。S. Sonnei(以下「ソンネ赤痢菌」という。)への感染の多くは罹患期間が短く、致死率は低いものの、多剤耐性(multi-drug resistant: MDR)および広範囲薬剤耐性の赤痢は、中等度から重度の症例では治療選択肢が非常に限られているため、公衆衛生上の懸念事項となっています。

英国における状況

英国では現在、2021年9月4日から2022年3月1日の間に検体が採取された84例の広範囲薬剤耐性ソンネ赤痢菌の集団感染の調査を実施しています。これは、2020年4月1日から2021年8月31日までの17カ月間の16例(いずれも広範囲薬剤耐性ではない)と比較して顕著な増加をしていますが、この間の症例届出率はCOVID-19パンデミックコントロール対策により過小評価されていた可能性があります。調査したクラスターからの症例は、イングランド、スコットランド、北アイルランドの全地域に分布しています。

図1. 2021年9月4日から2022年3月1日の間に英国イングランドで報告された広範囲薬剤耐性ソンネ赤痢菌症例の流行曲線(検体採取日別)
 
*この流行曲線は、英国内のイングランド以外の地域から報告された8例を除外しています。データは、ケアの要請や検査・報告における慣例を十分に考慮して解釈する必要があります。
 
調査期間中、37例の聞き取りが行われ、そのうち46%(17/37)が救急にかかり、24%(9/37)が入院しました。聞き取り調査の結果、性愛者の男性(Men who have sex with men: MSM)の間での性行為を含む直接的な人から人への感染が、聞き取りした症例の中で最も頻度の高い感染経路であることが確認されました。37例全てが各種抗菌薬(ペニシリン、第3世代セファロスポリン、アミノグリコシド、テトラサイクリン、スルホンアミド、キノロン、アジスロマイシン)に非感受性であることが報告されており、重症例に対する治療の選択肢は非常に限られています。

WHOによるリスク評価

チャドでは、4年近く報告されていなかったE型肝炎ウイルスの疑いのある症例が検出されたことになります。洪水を引き起こす豪雨は、清潔な飲料水、衛生設備、衛生や保健サービスが制限された不安定な状況で暮らす大量の避難民を含め、E型肝炎ウイルスの感染に好都合な条件を作り出しています。
 
国レベルでの主な感染拡大リスクは、1)特に洪水の影響を受けた地域における衛生習慣の不備、2)野外排泄の多さ、3)安全な飲料水へのアクセスの乏しさ、4)大規模な国内避難民の存在などにあります。
 
地域レベルでは、現在、E型肝炎ウイルスの感染リスクは低いと考えられます。しかし、タンジレ(Tandjile)地方やその他カメルーンや中央アフリカ共和国と国境を接する南部地域からの避難民の増加により、この感染拡大リスクは影響を受ける可能性があります。E型肝炎ウイルスの流行は現在、南スーダン共和国とスーダン共和国で発生していますが、チャドでの流行との疫学的な関連は確立されていません。2018年に終了したチャドでの記録されている最後の流行の間、南スーダン共和国で報告されたE型肝炎ウイルス症例からの分離株のゲノム配列決定では、チャドおよびウガンダ共和国で分離された株と密接に関連するE型肝炎ウイルス遺伝子型1、サブ遺伝子型1eを示しました。

WHO欧州地域の他国の状況

2022年3月17日現在、欧州地域の少なくとも9カ国から、広範囲薬剤耐性ソンネ赤痢菌感染を含むソンネ赤痢菌感染の追加症例報告がされています。これらの症例は、英国で報告された症例と同様の耐性の特徴を示しています(図2、表1)。
(図2)2022年3月17日現在における2020-2022年に広範囲薬剤耐性ソンネ赤痢菌を報告したWHO欧州地域の国々

 
(表1)2020-2022年のWHO欧州地域各国からの広範囲薬剤耐性ソンネ赤痢菌の報告(英国を除く)(2022年3月7日現在)
報告症例数または検体数 報告日 検体採取日
または分離日
主な特徴
オーストリア 9例 2022/2/10 2021/6/28 - 2021/1/16 これらの症例から検出された菌株はすべてシプロフロキサシンとアジスロマイシンに耐性を示す。シークエンスおよびゲノム解析の結果すべての検体が英国でのクラスターと関連有。
ベルギー 20例(薬剤耐性ソンネ赤痢菌の無作為抽出サンプル) 2022/2/9 2021/7/19 - 2021/9/2
  
全ゲノムシークエンス解析により、英国でこのクラスターに関連する4つの株が確認。
デンマーク 2例の広範囲薬剤耐性赤痢菌 2022/3/23 2021/11/29 - 2022/2/11 症例からの検体は、英国の報告と同様の耐性の特徴を示した。 
フランス 100例以上の分離例 2022/2/9 2020/9 - 2022/2 分離菌は、英国で報告されたものと同様の耐性の特徴を示した。
ドイツ 14例 2022/2/1 2022/2/10 症例の分離株は英国で報告されたものと類似の配列を持ち、2株は同じ耐性特徴を有していた。
アイルランド  8例の広範囲薬剤耐性赤痢菌と追加2例のが確認中 2022/2/2 検体採取日不明
発症日は2021/10-2021/12 
症例の分離株は、英国で報告されたものと同じ遺伝子と耐性特徴を有した。情報が得られた7例のうち3例は、英国、イタリア、スペインへの最近の渡航歴があり。
イタリア  6 例 2022/2/1 2021/7 - 2021/9 2021年9月に同地域から分離された2株は、アンピシリン、スルフォンアミド、フルオロキノロン、第3世代セファロスポリン、アジスロマイシン、トリメトプリム、トリメトプリム/スルファメトキサゾールに耐性を示した。
ノルウェー 6例 2022/2/4 2021/9/21 - 2022/1/16 症例の分離株は互いに類似。英国の代表的な配列と密接に関連。
スペイン 30例  2022/3/23 2021/2 - 2022/3  分離株の塩基配列とゲノム解析の結果、19株が英国に関連する同一クラスターに属していると判明。3例は除外され、8例は検査中。これら19の分離株は、いずれもアンピシリン、第3世代セファロスポリン、フルオロキノロン、スルホンアミド、トリメトプリム、アジスロマイシン、ストレプトマイシンに耐性を有す。
 
 

赤痢菌感染症の疫学

赤痢は、ソンネ赤痢菌(S. sonnei)を含む4種の赤痢菌のいずれかによって引き起こされる消化器感染症です。赤痢菌は病原性が高く、感染量が非常に少ないため、10~100個程度の少ない菌数で発病します。ヒトが唯一の保菌者であり、血性下痢の後、数週間にわたって便中に細菌を排泄することがあります。
 
赤痢菌は感染者の腸管内に存在し、人から人への接触、感染者の糞便との接触、あるいはハエやダニ、汚染された食物や水の摂取などの間接的接触により、糞口経路で感染します。また、無症候性保菌者からも感染します。持続的な性的感染は、赤痢菌症の重要な感染経路となっています。
 
ソンネ赤痢菌感染に伴う最も一般的な症状は、水様性または血性の下痢、腹痛および痙攣、発熱、吐き気、嘔吐、食欲不振、頭痛、倦怠感などです。ソンネ赤痢菌に感染すると、ほとんどの場合、1週間以内に回復し、死亡率も低いですが、免疫不全の場合は必ずしも予後が良くなく、合併症を引き起こす可能性があります。中等度から重度の感染に対しては、通常、抗菌薬で治療しますが、多剤耐性菌や超多剤耐性の赤痢菌が世界的に増加していることから、治療の選択肢はますます限られてきています。超多剤耐性ソンネ赤痢菌の症例は、オーストラリアと米国で過去に報告されています。
 
赤痢は、ほとんどの低・中所得国で流行しており、世界中で血性下痢の主な原因となっています。毎年、少なくとも8000万件の血性下痢を引き起こし、70万人が死亡していると推定されています。赤痢菌の感染はほぼすべて(99%)が低・中所得国で発生しており、症例の大部分(~70%)と死亡者数(~60%)は5歳未満の小児で発生しています。病院で治療を受けているのは症例の1%未満と推定されています。

公衆衛生上の取り組み

各国の保健当局は、英国で検出されたクラスターの代表株との感染経路や症例のゲノム的関連性を明らかにするため、自国で疫学的調査やゲノム調査を実施しています。
 
WHOは各国当局に対し、薬剤耐性ソンネ赤痢菌の症例またはクラスターを(世界的な抗菌薬耐性菌のサーベイランスシステムと新興抗菌薬耐性レポート フレームワーク(GLASS EAR)を用いて報告し、この情報を性感染症を扱う関連サービスやクリニックで共有するよう通達しています。
 

WHOによるリスク評価

現段階で入手可能な限られた情報によれば、英国から他国への伝播の可能性と薬剤耐性ソンネ赤痢菌の蔓延が懸念されています。症例聴取から得られたいくつかの知見は、他国での曝露の可能性を示唆するものもあります。英国当局は、同じクラスターに関連する可能性のある他国の事例を調査しています。  ソンネ赤痢菌のこの特殊な株が一般集団に広がるリスクや、ハイリスクでない集団における二次感染者の割合は不明です。
 
英国における最近のソンネ赤痢菌感染の増加は、COVID-19パンデミック後の報告活動の増加や、特に高リスクの性行為となる男性の同性愛者や免疫不全の成人における社会的接触の再開を表しているのかもしれません。このアウトブレイクは、病原体が超多剤耐性であり、2020年から2021年にかけて英国で報告された既報告数を異常に上回っているため、公衆衛生上の重大な影響を表している可能性があります。また、このソンネ赤痢菌株が超多剤耐性の特徴を獲得した抗菌薬耐性のメカニズムは珍しく、この種の耐性メカニズムを持つ細菌は、最近英国でほとんど報告されていません。現在、分離株の表現型データおよび全ゲノムシークエンス解析のデータは限られており、この事象の特徴づけと追跡が課題となっています。
 
これまでのところ、症例は監視能力が高く、水と衛生設備(WASH)の水準が高い国でのみ報告されています。しかし、感染後の赤痢菌の長い保菌期間、無症状保菌者となる可能性、および感染に必要な菌の量は非常に低く、超多剤耐性株の世界的な拡大を可能にする要因となっています。もし超多剤耐性ソンネ赤痢菌がWASH環境が最適でない資源に乏しい国に持ち込まれた場合、小児を含む高い症例致死率を伴う大規模な下痢性疾患のアウトブレイクを引き起こす危険性があります。  

WHOからのアドバイス

予防: 赤痢菌の感染を減らすには、石鹸と水による手洗いを含む一般的な衛生対策が重要です。赤痢菌による血性下痢症の予防は、主に、人から人への感染を含め、地域社会内での菌の拡散を防ぐ対策に依存しています。これには、石鹸を使った手洗い、安全な飲料水の確保、人間の排泄物の安全な処理、乳幼児の母乳育児、食品の安全な取り扱いと加工、イエバエの駆除などが含まれます。
 
症状のある人は、感染を減らすために性的接触を避けることが推奨されます。
 
治療: 中等症から重症の非耐性赤痢患者には、抗菌薬による治療が推奨されます。この結果、重篤な合併症や死亡のリスクが減少し、症状の持続期間が短くなり、便から赤痢菌が除去され、感染拡大の可能性が低くなります。
 
サーベイランスの強化: 超多剤耐性ソンネ赤痢菌地理的な広がりは、まだ報告されていません。WHOは各国当局に対し、新しい地域への感染拡大の可能性を検出し、地域社会における感染サイクルの確立を防ぐため、抗菌薬耐性検査を含む赤痢菌のサーベイランスを強化するよう助言しています。 この集団発生は、国内および国を超えて薬剤耐性病原体を検出し、予防し、その蔓延を抑制するための公衆衛生対策の重要性を浮き彫りにしています。
 

出典

Disease outbreak news: Extensively drug-resistant Shigella sonnei infections- Europe
24 March 2022
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/extensively-drug-resistant-shigella-sonnei-infections---europe