デング熱 - バングラデシュ人民共和国

Disease outbreak news  2022年11月28日

発生状況一覧

2022年11月20日現在、バングラデシュ人民共和国(以下、「バングラデシュ」という。)の保健家族福祉省から、2022年1月1日以降、検査確定したデング熱患者数合計52,807人、関連死亡者230人、致死率は0.44%と報告がなされています。デング熱はバングラデシュの風土病ですが、2022年6月から患者数の急増が始まりました。現在、国内の全8管区から症例と死亡例が報告されています。これは、2000年以降で2番目に大きな発生で、最大の発生は2019年に発生しています。今回のデング熱の流行は、その規模や季節性において通常とは一線を画すものです。

発生の概要

2022年1月1日から11月20日の間に、保健家族福祉省(以下、「MOHFW」という。)より、関連死亡230人を含む合計52,807人のデング熱患者(致死率=0.44%)が報告されました(図1)。症例は、非構造タンパク質(NS1)診断キットまたは免疫グロブリンM(IgM)検査で確認されました。報告された症例の40%にあたる20,982例の情報によると、年齢の中央値は25歳(範囲:0~89)で、男性が症例の60%を占めています。これは2000年以降2番目に多い年間患者数で、最も多かったのは死亡者164人を含む101,354人の患者が報告された2019年でした(図2および図3)。
 
最も影響を受けた管区はダッカで、全患者の70.6%、死亡者の60.4%を占めています。ダッカ管区に位置するバングラデシュ最大の都市ダッカ市では、総症例数の64.5%にあたる34,071例が報告されています。その他、チョットグラム(Chattogram) 管区では総患者数の13.2%、総死亡者数の24.8%、クルナ(Khulna)管区では総患者数の5.5%、総死亡者数の4.8%が報告されています。(図4)。
 
今年のデング熱患者の多発は、2022年6月以降の異常な降雨量に加え、高温多湿を伴い、バングラデシュ全域で蚊の発生が増加している状況下で起きています。

図1. バングラデシュで報告されたデング熱の患者数および死亡者数。(2022年1月1日から11月20日 )* 11月のデータは未完


図2. バングラデシュで報告された年別のデング熱患者数および致死率。(2000年1月1日から2022年11月20日)


図3. 11月20日現在、週別デング熱患者報告数(2017年から2022年、第46週まで)


図4.  バングラデシュの管区別デング熱患者数。(2022年1月1日から11月20日)

デング熱の疫学

デング熱は、感染した蚊に刺されることでヒトに感染するウイルス感染症であり、世界中の熱帯・亜熱帯気候の都市部や半都市部で多く見られます。この病気を媒介する主なベクターは、ネッタイシマカとヒトスジシマカです。
 
デングウイルス(以下、「DENV」という。)には4つの血清型(DENV-1、DENV-2、DENV-3、DENV-4)があり、それぞれに感染する可能性があります。ある血清型に感染すると、同型の血清型には長期間の免疫ができますが、他の血清型には免疫ができないため、連続して感染するとデング熱が重症化する危険性が高くなります。多くのDENV感染症は軽症で、80%以上が無症状です。DENVは急性インフルエンザ様症状を引き起こすこともあります。
 
デング熱に特異的な治療法はありませんが、患者の死亡を防ぐには、適時の発見、重症デング熱感染の前兆の特定、適切な症例管理が重要であり、重症感染者の致死率を1%未満にすることができます。
 
デング熱は1960年代にバングラデシュ(当時は東パキスタン)で初めて記録され、「ダッカ熱」として知られていました。ネッタイシマカという媒介蚊の定着と都市での循環によって、バングラデシュではデング熱が風土病のようになったのです。2010年以降のデング熱患者の増加要因は、5月から9月の時期の地域の降雨パターンと関連しているようで、環境温度の上昇と重なっています。バングラデシュの気候条件は、大量の降雨、蚊湛水、洪水、気温の上昇、バングラデシュ国内における本来の気候にはない異常な状況により、デング熱やマラリアやチクングニアなどの他の蚊媒介性疾患の感染に好都合になってきています。

公衆衛生上の取り組み

○保健サービス総局(DGHS)は、以下の対応を行いました。
・ダッカ市内の6つの新型コロナウイルス専用病院をデング熱の症例管理に再利用
・医科大学病院にデング熱専用病棟/デング熱コーナーを設置しました。
・すべての管区病院と医科大学病院にコントロールルームを設置し、関係者(メディアや地元のリーダーを含む)が現地で入手可能な情報にアクセスできるよう、啓発情報や状況の最新情報を共有できるようにした。
・DGHSで研修を受けた講師による臨床ケースマネジメントの能力向上活動を実施し、250人の医師と300人の看護師に臨床ケースマネジメントに関する研修を行いました。
○MOHFWとWHOは、合計28万4千個の非構造タンパク質(NS1)診断キットを、国内のすべてのウパジラ保健複合体、管区病院、医科大学病院に配付しました。
○WHOが支援する緊急備蓄品から、即座に対応できるよう十分な量の生理食塩水やその他の支援薬を全国の医療施設に供給しました。
○血液バンクは、出血性デング熱患者のために血小板を利用できるようにするための準備を進めています。
○大衆啓発キャンペーンの強化-テレビなどのマスメディアを通じての啓発を継続しています。地域の区民カウンセラーは、地域啓発のための研修を受けました。市役所は意識向上プログラムを実施し、建設中の建物を含む建物の所有者に水が溜まらないよう注意を促し、ボウフラが発見された建物には罰金が課されました。
○地方政府技術局(LGED)は、繁殖地の除去、TemephosやDeltamethrinなどの殺虫剤を用いた蚊の幼虫・成虫駆除など、媒介蚊対策活動を主導しています。
○WHOは、DFCを通じてモンスーン前の昆虫学的調査を支援し、国家レベルでの発生対応に技術的なガイダンスを提供しています。  

WHOのリスク評価

バングラデシュでは今年10月、例年にない量の降雨がありました(通常モンスーンは5月から9月までで終わる)。このような時期はずれの降雨と蚊の繁殖に好条件な気候により、ヤブカの生息密度が高まっています。また、多くの人が家の中でバケツやポットなどの容器に水を溜めており、そのような人工的な水溜まりに蚊が繁殖しやすくなっています。
 
今年初めに保健総局が行ったモンスーン前の調査では、2021年に比べて首都でのヤブカの生息密度が高くなっていることが判明しました。保健サービス総局(以下、「DGHS」という。)の伝染病対策(以下、「CDC」という。)ユニットの専門家は、予防措置が取られない限り、今年ダッカ市でデング熱の状況が悪化すると予測しまた。CDCユニットは9月に最新のモンスーン調査を明らかにし、ダッカ市内の蚊の生息密度がモンスーン前の調査の2倍であると確認しました。
 
デング熱は、4種類のデングウイルス血清型(DENV-1、DENV-2、DENV-3、DENV-4)によって引き起こされる蚊媒介性のウイルス感染症である。バングラデシュで現在流行している主な血清型は現段階では不明ですが、限られた血清型判定によりデングウイルス3型(DENV-3)およびデングウイルス4型(DENV-4)が検出された。DENV-3は2019年以降一貫して検知されていますが、DENV-4はここ数年報告されていません。
 
デングウイルスは、高い罹患率と死亡率をもたらす疫病を引き起こす可能性があります。特異的な治療法はありません。しかし、デングウイルス感染を早期に認識し、適切な臨床管理を行うことで、デング熱患者の重症度や死亡率を低下させることができます。現在、重症デング熱患者の数と症例死亡率は増加しているように見えますが、これはおそらく、医療を求める行動が遅れたり、アクセスに問題があることが原因だと思われます。
 
新型コロナウイルスの減少に伴い、渡航制限が解除されました。これにより、ダッカとの間で人々の移動が行われるようになりました。過去数ヶ月間、ダッカでのデング熱の発生を抑えるために、地方自治体技術局(LGED)、市役所、保健省が一致団結して取り組んできましたが、それでも移動が続くため、デング熱の感染サイクルを助長する可能性のある感染者の流入が続いています。バングラデシュの他の管区では、感染症対策活動はあまり活発ではありません。
 
デング熱は、季節的なデング熱の流行が定期的に起こるバングラデシュにとって、公衆衛生上の重大な懸念事項となっています。さらに、重症化した人々の臨床管理は、しばしば病院での治療を必要とし、すでに負担の大きい医療制度にさらなる負担を強いています。

WHOからのアドバイス

デング熱は、蚊が繁殖する場所が人間の居住地に近いことが大きなリスク要因となっています。デング熱は人から人へ直接感染することはありませんが、デング熱に感染した人を刺したヤブカが感染し、デング熱を拡大させる感染サイクルを形成し、患者のクラスターを作ることがあります。
 
デング熱の予防と制御は、効果的な媒介蚊の制御にかかっています。WHOは、デング熱の主な媒介蚊であるヤブカを含む蚊の媒介を制御するために、統合的媒介管理(IVM)と呼ばれる戦略的アプローチを推奨しています。IVMは、潜在的な繁殖場所を取り除き、蚊の個体数を減らし、個人の曝露を最小限に抑えるために強化されるべきものです。これには、幼虫や成虫に対する媒介蚊の制御戦略(環境管理や発生源の削減、生物学的制御、化学的制御手段など)と、人々や家庭を守るための戦略が必要です。バングラデシュは、2021年に策定されたIVM戦略を実施する必要があります。
 
媒介蚊対策活動は、人と媒介蚊が接触するリスクのあるすべての地域(居住地、職場、学校、病院)に重点を置くべきです。媒介蚊対策活動には、家庭用貯水容器に蓋をし、週単位で水を抜き、洗浄することが含まれます。緊急対策として、殺虫剤の空間散布を行うこともできます。また、屋外に設置された貯水容器の塩素消毒や適切な幼虫成虫に対して殺虫剤の散布も検討する必要があります。
 
屋外での活動時の個人的な保護対策としては、露出した皮膚や衣服に虫よけを塗布し、長袖シャツとズボンを着用することが挙げられます。屋内では、家庭用殺虫剤製品や蚊取り線香を使用することも有効です。窓やドアの網戸、エアコンは、蚊が家の中に侵入する確率を下げることができます。殺虫剤で処理された蚊帳は、日中寝ている間に蚊に刺されるのを防ぐのに有効です。蚊は夜明けから夕方にかけて活動するため、特にこの時間帯に個人的な防護策をとることが推奨されます。
 
デング熱に特異的な治療法はありませんが、デング熱の合併症や死亡のリスクを減らすためには、感染者を早期に発見し、重症化の兆候を見極め、適切な臨床管理を行うことが重要な要素となります。すべての感染地域と国内全域で、症例サーベイランスを引き続き強化する必要があります。可能であれば、デング熱ウイルスの確認と亜型分類のための検査室サンプル照会メカニズムの強化にリソースを割くべきです。
 
WHOは、今回の情報に基づいて、バングラデシュへの渡航や貿易の制限を行うことを推奨していません。

出典

Dengue – Bangladesh
Disease Outbreak News 28 November 2022
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2022-DON424