複数国における猩紅熱と侵襲性A群溶血性レンサ球菌感染症の増加

Disease outbreak news  2022年12月15日

発生状況一覧

2022年12月8日現在、欧州事務局管轄地域の少なくとも5つの加盟国から、侵襲性A群溶血性レンサ球菌(iGAS)感染症、および猩紅熱の患者数の増加がWHOに報告されました。また、これらの国の一部では、侵襲性A群溶血性レンサ球菌関連死の増加も報告されています。10歳未満の小児が最も多く罹患している年齢層です。

A群溶血性レンサ球菌(GAS)感染症は、一般的に扁桃炎、咽頭炎、膿痂疹、蜂巣織炎 、猩紅熱などの軽症の疾患の原因となります。しかし、まれにA群溶血性レンサ球菌感染症が侵襲性A群溶血性レンサ球菌感染症を引き起こし、生命を脅かす状態になることがあります。

今回の症例増加は、A群溶血性レンサ球菌感染が増加するシーズンが早まったことと呼吸器系ウイルスの流行の重なり、および侵襲性A群溶血性レンサ球菌疾患のリスクを高める可能性のあるウイルスの共感染の同時発生を示唆していると思われます。これには、新型コロナウイルス感染症流行時にA群溶血性レンサ球菌の伝播が減少したのですが、再び人が活動を開始し、他者と触れ合う機会が増加したという背景があります。

侵襲性A群溶血性レンサ球菌の症例の増加が中程度で推移していること、A群溶血性レンサ球菌の蔓延地域の限定性、新しいMタンパク遺伝子配列が確認されていないこと、抗菌薬耐性菌の増加の報告がないことを考慮し、WHOは侵襲性A群溶血性レンサ球菌感染による市民生活へのリスクは現時点では低いと評価しています。

発生の概要

2022年、フランス共和国、アイルランド、オランダ王国、スウェーデン、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(英国)では、侵襲性A群溶血性レンサ球菌感染症および猩紅熱の患者数が増加しており、主に10歳未満の小児が罹患していることが確認されています。特に今年後半に増加が顕著になっています。
 
フランスでは、2022年11月中旬以降、臨床医からフランス公衆衛生局(Santé Publique France (SpF))および地域保健機関(ARS)に、侵襲性A群溶血性レンサ球菌患者数の異常な増加や侵襲性A群溶血性レンサ球菌クラスターの検出が報告されました。小児患者の中には、死亡例もあります。12月8日、フランス公衆衛生局は、2022年初めからフランス国内のさまざまな地域(オクシタニー(Occitanie)、オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ(Auvergne-Rhône-Alpes)、ヌーヴェル=アキテーヌ(Nouvelle-Aquitaine))で、主に10歳以下の小児の侵襲性A群溶血性レンサ球菌感染者数が増加しているとする現状報告を発表しました。フランス公衆衛生局は、2022年9月以降、国内の外来診療所で報告されたA群溶血性レンサ球菌感染症の症例の増加も検出しました。

12月6日、アイルランド健康保護監視センター(HPSC)は、アイルランドにおける侵襲性A群溶血性レンサ球菌患者数が10月初めから増加していることを報告しました。2022年12月8日現在、57件の侵襲性A群溶血性レンサ球菌患者がアイルランド健康保護監視センターに届出されており、そのうち15件は10歳未満の小児が罹患しています。侵襲性A群溶血性レンサ球菌57例のうち23例は2022年10月以降に報告されており、2019年同期(新型コロナウイルス感染症パンデミック前)の報告例が11例であったことと比較すると、その差は歴然としています。

オランダ公衆衛生局(RIVM)は、2022年3月以降、小児の侵襲性A群溶血性レンサ球菌感染症が増加していることを明らかにしました。2022年3月から7月までのデータでは、既に存在の知られているMタンパク遺伝子配列型の化膿レンサ球菌(多くの化膿レンサ球菌血清型に関与するMタンパク質を構成する遺伝子)による侵襲性A群溶血性レンサ球菌症例が増加していることが示されています。この増加は、今のところ収束していません。水痘帯状疱疹ウイルスや呼吸器系ウイルスとの併発も認められています。

スウェーデンでは、2022年10月以降、10歳未満の小児における侵襲性A群溶血性レンサ球菌が、新型コロナウイルス感染症のパンデミック前の相当期間と比較して増加していると指摘されています。10月から12月7日までに報告された93例のうち、17.2%にあたる16例が10歳未満の小児で発生しています。2018年10月から12月にかけて、この年齢層では7例の侵襲性A群溶血性レンサ球菌患者が報告され、2019年には10例が報告されています。スウェーデン公衆衛生庁によると、2021年7月1日から2022年6月30日のシーズン中に220例の侵襲性A群溶血性レンサ球菌患者が報告され、前シーズンの2020/21年には173例が報告されたとのことです。2004年にスウェーデンで侵襲性A群溶血性レンサ球菌が届出可能になって以来、最も患者数が多かったのは、パンデミック前の2018/19シーズンで794例(発症率10万人あたり7.8)、2017/18シーズンで800例(発症率10万人あたり7.9)と報告されています。

英国保健安全庁によると、英国では夏にA群溶血性レンサ球菌感染症の活動が予想以上に活発化し、2022年8月中に減少した後、9月中旬から12月上旬の届出が再び増加し、通常のこの時期の状況を上回る状況が続いています。2022年~2023年の今シーズンの第37週から第46週までのA群溶血性レンサ球菌感染症の届出は合計4,622件で、第46週には851件の届出がありました。これは、過去5年間の同期間となる第37週から第46週の平均1,294件(258~2,008例の範囲で推移)と比べても、遜色ないものです。想定内とは言え、保育園や学校でのA群溶血性レンサ球菌感染症の流行が複数報告されており、その中には呼吸器系ウイルスの共流行が含まれているものも少なくありません。同様に、2022年夏、侵襲性A群溶血性レンサ球菌の届出水準は予想以上に高く、現在、すべての年齢層で侵襲性A群溶血性レンサ球菌の届出は過去5シーズンの報告を上回っています。過去の実績は、平均届け出数248件、年次によるばらつきは142~357件です。12月8日現在、英国における検査施設でのサーベイを通じて509件の侵襲性A群溶血性レンサ球菌疾患の届出があり、11月14日に始まる第46週には週間の最高値となる73件の届出がありました。今シーズンこれまで、そして2022年12月8日現在、英国では15歳未満の小児で侵襲性A群溶血性レンサ球菌の診断から7日以内に13人の死亡が報告されています。これは、2017年から2018年の新型コロナウイルス感染症パンデミック前シーズンの同時期の死亡者数4名と比較して増加しています。英国における検査施設における通常のサーベイの一環として行われる抗菌薬感受性検査の結果、抗菌薬耐性菌の増加は認められませんでした。さらに、新たなMタンパク遺伝子配列型は検出されていません。

A群溶血性レンサ球菌の疫学

化膿レンサ球菌は、A群溶血性レンサ球菌とも呼ばれ、人の喉や皮膚に感染するグラム陽性球菌の一種で、世界中で年間50万人以上が死亡する原因となっています。
 
感染は、感染者との濃厚接触によって起こり、咳やくしゃみ、傷口への接触によって伝播します。
 
A群溶血性レンサ球菌は、扁桃炎、咽頭炎、膿痂疹、蜂巣織炎 、猩紅熱などの軽症の疾患の原因となることが多いです。A群溶血性レンサ球菌感染症は抗生物質で簡単に治療でき、軽症の人は24時間の治療で感染力がなくなります。
 
A群溶血性レンサ球菌は学童期の細菌性咽頭炎の原因としてよく知られており、低年齢の子供にも感染する可能性があります。A群溶血性レンサ球菌咽頭炎の発生は、通常、冬季 から春先にかけてピークを迎えます。幼稚園や学校での集団発生がよく見られます。A群溶血性レンサ球菌咽頭炎は、迅速抗原検査(Rapid Strep)または細菌培養によって診断され、抗生物質と支持療法によって治療されます。手指の衛生や個人の一般的な衛生状態を良好に保つことで、感染を抑制することができます。
 
しかし、まれにA群溶血性レンサ球菌感染症が侵襲性A群溶血性レンサ球菌を引き起こし、壊死性筋膜炎、レンサ球菌性毒素性ショック症候群 などの重症感染症や、レンサ球菌感染後糸球体腎炎、急性リウマチ熱、リウマチ性心疾患などの免疫後介在性疾患などの生命を脅かす状態になることがあるため、注意が必要です。

公衆衛生上の取り組み

侵襲性A群溶血性レンサ球菌症例の増加が報告された国々では、A群溶血性レンサ球菌症例の早期発見、報告、迅速な治療開始を可能とするため、一般市民や臨床医に向けた公衆衛生メッセージとともに、監視活動の充実がはかられています。他の国々に対しても、同様の症例数の増加に備え、国や地域の侵襲性A群溶血性レンサ球菌感染症発生率の予期せぬ増加をWHOに報告するよう呼びかけています。
 
WHOは引き続き、地域全体の疫学的状況の評価と対応について各国を支援し、国民に向けた助言も提供していきます。

WHOによるリスク評価

WHOは現在、欧州の一部の国で報告されている侵襲性A群溶血性レンサ球菌感染の増加がもたらす一般市民へのリスクは、侵襲性A群溶血性レンサ球菌症例の症例の増加が中程度で推移していること、A群溶血性レンサ球菌の蔓延地域の限定性、Mタンパク遺伝子配列型の新たな出現がないこと、抗生物質耐性菌の増加は特に観察されないことを考慮し、低いと評価しています。
 
今後、入手可能かつ共有された情報をもとに、継続的にリスクを評価します。

WHOからのアドバイス

これらの報告に基づき、侵襲性A群溶血性レンサ球菌の公衆衛生対策とサーベイランスに関する現在のWHOの勧告が変更されることはありません。
 
一般的な勧告
  • WHOは、欧州地域の各国における疫学的状況を引き続き詳細に分析することを推奨しています。これは、現在発生しているリスクを評価し、リスク管理策を速やかに調整するために重要です。
  • WHOは、特に現在欧州全域で起きている呼吸器系ウイルスの循環量の増加を考慮し、すべての国で同様の患者数の増加に警戒するよう勧告しています。
  • 重症化する可能性を考慮すると、猩紅熱やレンサ球菌性毒素性ショック症候群を含む群溶血性レンサ球菌関連感染症は、特定の抗生物質で迅速に治療することが重要です。これにより、侵襲性群溶血性レンサ球菌のような潜在的合併症のリスクを減らし、さらなる感染を減らすことが可能となります。
  • 各国は自国内や地域において予期せぬ、侵襲性群溶血性レンサ球菌感染症の発生率の増加を、IHRまたは同等のメカニズムを通じて、国際保健規則(IHR2005)の付属文書2にある意思決定手段により、通知または協議としてWHOに報告する必要があります。
 
臨床上の勧告
  • WHOは、 A群溶血性レンサ球菌感染と合致する症状を有する患者の適切な臨床評価および診断検査、ならびに A群溶血性レンサ球菌患者の迅速な治療を実施するための公衆衛生広報活動および医療従事者への情報提供を行うよう各国に奨励しています。さらに、医療従事者は、侵襲性A群溶血性レンサ球菌(感染については、早期検出、患者に適切な支持療法を迅速に開始することが救命につながることを再認識する必要があります。
  • 医療従事者は、特に水痘などのウイルス感染の症状のある患者や、猩紅熱及び侵襲性A群溶血性レンサ球菌患者の濃厚接触者を評価する際に、 A群溶血性レンサ球菌感染を十分に疑う必要があります。入院の場合の医療従事者の対応には、飛沫感染予防策の実施は当然、常に標準予防策を実施するとともに、リスク評価を行い、追加予防策の必要性を評価することが肝要です。
  • 医療従事者は、猩紅熱及び侵襲性A群溶血性レンサ球菌患者の家庭内接触者における侵襲性疾患のリスクが高いことにも注意を払う必要があります。これらの症例の濃厚接触者は、国のガイダンスに従って管理されるべきです。さらに、冬季には、手指と呼吸器の適正な衛生管理と室内の十分な換気が、重要な予防策として引き続き重視されるべきです。
検査機関及びサーベイへの勧告
  • 侵襲性群溶血性レンサ球菌のクラスターは、追加の検査のために地域または国の保健当局に報告されるべきです。
  • さらに、検査機関は、侵襲性疾患の分離株、およびクラスターやアウトブレイクが疑われる非侵襲性分離株を、さらなる特性評価と抗生物質感受性試験のために国立標準研究所に提出するよう奨励されるべきです。
 
渡航
 WHOは、今回の事態に関する利用可能な情報に基づき、感染発生国への渡航や貿易に関するいかなる制限も推奨していません。
 

出典

Increased incidence of scarlet fever and invasive Group A Streptococcus infection - multi-country
Disease Outbreak News 15 December 2022
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2022-DON429