ニパウイルス感染症 - バングラデシュ人民共和国

Disease outbreak news  2023年2月17日

発生状況一覧

バングラデシュ人民共和国(以下、「バングラデシュ」という。)ではニパウイルス感染症の発生は季節的なものであり、例年12月から5月の間に患者が発生しています。2001年に最初の症例が報告されて以来、年間の症例数は0~67件ですが、ここ5年間は2016年の0件から2019年の8件まで比較的少ない報告数となっています。
 
しかし、2023年1月4日以降、2月13日現在、バングラデシュの2つの管区において、8人の死亡者を含む11人の患者(確定例10人、可能性例1人)が報告されています(症例致死率(CFR)73%)。
 
バングラデシュ保健家族福祉省は、監視活動の強化、症例管理、感染予防と管理、リスクコミュニケーション・キャンペーンの実施など、多方面にわたる対応を実施しています。
 
WHOは、本感染症の発生のリスクレベルに関して、国レベルでは高リスク、地域レベルでは中リスク、世界レベルでは低リスクと評価しています。

発生の概要

2001年以降、バングラデシュでは、11月から3月に国内で行われるナツメヤシ樹液(DPS)の収穫期に呼応するように、12月から5月にかけてニパウイルス感染症の季節的流行が報告されています。報告された症例は、0例(2002年、2006年、2016年)から67例(2004年)までの幅があります。生のナツメヤシ樹液の摂取に対する大規模な啓発活動の実施後、2016年からは報告症例数が減少していることが確認されています(図1)。
 
しかし、2023年1月4日から2月13日の間に、バングラデシュの2管区にわたる7地区から、死亡者8人を含む合計11人(確定例10人、可能性例1人)のニパウイルス感染症例(CFR 73%)が報告されました。これは、11人の死亡者を含む15人の感染者が報告された2015年以降、最も多い感染者数です。
 
報告された11例のうち10例は検査確定されましたが、1例は死亡前に検体を採取できなかったため、疫学的関連性に基づいて可能性例とされました。ニパウイルス感染の検査確定においては、咽頭ぬぐい液の検体を用いたリアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)と酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)による抗体検出が、疫学・疾病管理・研究機関(IEDCR)およびバングラデシュ国際下痢症研究センター(ICDDR, B)の研究室で行われました。
 
ダッカ管区では、ナルシンディ(Narsingdi)地区で死亡1例、ラジュバリ(Rajbari)地区で死亡3例を含む4例、シャリアトプール(Shariatpur)地区で1例の各地区から合計で4人の死亡を含む6例が報告されました。ラジシャヒ(Rajshahi)管区では、ナオガオン(Naogaon)地区で死亡1名を含む2例、ナトール(Natore)地区で死亡1例、パブナ(Pabna)地区で死亡1例、ラジシャヒ(Rajshahi)地区で死亡1例の、死亡4名を含む合計5例が報告されています(図2)。

図1.年次別のニパウイルス感染者数および死亡者数の報告(2001年1月1日~2023年2月13日、バングラデシュ)。
出典:バングラデシュ保健家族福祉省、2023年2月16日現在


図2.ニパウイルス症例と監視サイトの分布(2001年~2023年)[左]と2023年のニパ症例[右]。
出典:バングラデシュ保健家族福祉省
 
報告された11例のうち、4例が女性で、7例が男性でした。症例の年齢の中央値は16歳で、15日から50歳まで幅があります。11例のうち、10例はナツメヤシの樹液の摂取歴があり、1例は生後15日の乳児で、二次感染と考えられます。
 
これらの症例の推定潜伏期間は3日から15日で、中央値は14日でした。11人の症例はすべて、症状発現後、入院しています。
 
11人の患者の周辺で合計310人の接触者が確認されており、最後に接触した可能性のある日から3週間、監視されています。

ニパウイルス感染症の疫学

ニパウイルス感染症は、感染動物や汚染された食物を介して人に感染するコウモリを媒介とする新興の人獣共通感染症です。また、感染者との密接な接触により、ヒトからヒトへ直接感染することもあります。ニパウイルスの自然宿主は、オオコウモリ(オオコオモリ属:Pteropus)です。
 
潜伏期間は4日から14日とされています。しかし、報告では潜伏期間が45日のものもあります。ニパウイルス感染症の罹患歴のある患者の検査確定診断は、急性期および回復期に、いくつかの検査を組み合わせて行うことができます。主な検査は、体液からのRT-PCRとELISA法による抗体検出です。
 
ニパウイルスによるヒトへの感染は、無症状(不顕性感染)から急性呼吸器感染、致死的な脳炎まで、さまざまな臨床症状を引き起こします。感染者は、まず発熱、頭痛、筋肉痛、嘔吐、咽頭痛などの症状を呈します。その後、めまい、眠気、意識変容、神経症状などが現れ、急性脳炎を示します。また、人によっては、非定型肺炎や、急性呼吸困難などの重篤な呼吸器障害を起こすことがあります。重症例では脳炎やてんかん発作が起こり、24時間から48時間以内に昏睡状態にまで進行します。急性脳炎から生還した人のほとんどは完全に回復しますが、これらの患者では長期にわたる神経学的疾患が報告されています。約20%の患者には、発作性障害や人格変化などの神経学的な後遺症が残ります。回復した患者の中には、再燃したり、遅発性脳炎を発症する人もいます。
 
世界全体の症例致死率は、疫学調査や臨床管理の能力にもよりますが、40%から75%と推定されています。抗ウイルス剤は開発中ですが、ニパウイルス感染症の予防や治療に使用できる認可済みのワクチンや治療薬はありません。

公衆衛生上の取り組み

バングラデシュ政府により、以下のような公衆衛生対応が実施されています。
 
連携:
・感染症対策ユニットと保健サービス総局(CDC-DGHS)は、2023年1月28日にすべての部門長、民間の外科医、保健・家族計画担当官、その他の公衆衛生専門家が緊急会議を開き、発生への対応について議論し戦略を立てました。
 
サーベイランス:
・バングラデシュ国際下痢症研究センターと共同で国の緊急対応チーム(NRRT)による接触者追跡を含む疾病の流行に関する調査が進行中です。
・感染症対策ユニットと保健サービス総局(CDC-DGHS)、疫学・疾病管理・研究機関、保健教育局、バングラデシュ国際下痢症研究センター(ICDDR, B)、WHOは、既存の監視システムの強化、緊急介入のための戦略策定、提言や啓発のための情報・教育・コミュニケーション(IEC)コンテンツに重点を置いて取り組んでいます。
 
症例管理:
・感染症対策ユニットと保健サービス総局(CDC-DGHS)とダッカ医科大学病院の臨床指導医が症例管理を強化しています。新型コロナウイルス感染症の指定の病院内にある集中治療室(ICU)のベッドは、ニパウイルス感染症例管理のために一時的に利用されました。
・ダッカの感染症病院(IDH: Infections disease hospital)は、ニパウイルス感染疑い例の検疫と隔離を支援するよう指定されています。
 
感染予防とコントロール (IPC):
・すべての医療従事者は、マスクや手袋の着用など最適な感染予防と管理を行い、感染の発生している現地で症例を調査・管理し、必要な場合以外はダッカに患者を紹介しないよう指示されています。
・医療従事者の安全対策や感染予防・管理(IPC)を中心に、「ニパウイルス感染症の管理・予防・制御に関する国家ガイドライン」の見直し・更新を進めています。

リスクコミュニケーションとコミュニティ活動:
・アドボカシー、リスクコミュニケーションやコミュニティ参画活動(RCCE)が進行中です。
・疫学・疾病管理・研究機関(IEDCR)とバングラデシュ国際下痢症研究センター(ICDDR,B)にニパウイルス感染症に関する2つのホットラインを開設し、ニパウイルス感染症の症例に関する公式・非公式な報告を集めるとともに、ニパウイルス感染症やその他の感染症に関する一般の人々の問い合わせに対応することを目的としています。
 

WHOによるリスク評価

以下の理由により、WHOは国レベルで総合的にリスクが高いと評価しています。
 
1.バングラデシュではほぼ毎年ニパウイルス感染者が報告されていますが、2023年にはすでに11人の感染者と8人の死亡者が報告されており、過去7年間と比べても異例な事態となっています。
2.ニパウイルス感染症による症例致死率は高い(73%)です。ニパウイルス感染症の初期症状は非特異的であり、受診時に診断が疑われないことが多いため、正確な診断が妨げられ、流行発生の検出や効果的で迅速な感染対策、流行時対応活動において課題が生じます。
3.WHOはニパウイルス感染をWHOの研究開発計画(Research and Development Blueprint)の優先疾患としていますが、現在ニパウイルス感染症に有効な特効薬やワクチンはありません。 重症の呼吸器系や神経系の合併症には、集中的な支持療法が推奨されます。
4.現在、リスクコミュニケーションやコミュニティ参画に向けた努力が続けられていますが、一般住民の認知度はまだ低いのが現状です。
5.今回の流行では、すでにヒトからヒトへの感染が疑われる事例が1件発生しており、過去にバングラデシュで二次感染事例が報告されています。
6.バングラデシュにはニパウイルスの自然宿主であるオオコウモリ(Pteropus species.)が存在し、バングラデシュの感染者から分離されたニパウイルスの遺伝子多様性は、野生生物の宿主におけるウイルスの多様性と宿主からヒト集団へのウイルスの流出が繰り返されていることを示しています。
ラジシャヒ管区はインドと隣接しているため、地域レベルのリスクは中程度である。過去にヒトによる国境を越えた感染はありませんでしたが、ウイルスの自然宿主(オオコウモリ)の生態学的な移動経路が国をまたいでおり、過去に両国で家畜やヒトの間で感染が発生したことから、リスクは残っています。インドでも過去にニパウイルスによる感染症が発生したことがあります。
 
多くの国に自然宿主がいないこと、バングラデシュ、インド、マレーシア、シンガポール以外では過去に事例がないことを考慮すると、世界レベルで評価されるリスクは低いと言えます。

WHOからのアドバイス

ニパウイルス感染症に対するワクチンや認可された治療法がないため、人々の感染を減少または予防する唯一の方法は、危険因子に対する認識を高め、ニパウイルスへの曝露を減らすために人々が取ることのできる対策について教育することです。治療では、患者に支持療法を提供することに重点を置く必要があります。重度の呼吸器系および神経系合併症の治療には、集中的な支持療法が推奨されます。
公衆衛生教育メッセージは、以下のことに焦点を当てるべきです。
コウモリからヒトへの感染リスクを低減する:感染を防ぐためには、まずコウモリがナツメヤシの樹液やその他の新鮮な食品に触れる機会を減らすことに注力する必要があります。採取したばかりのナツメヤシの果汁は煮沸し、摂取前には、果実は十分に洗浄し、皮をむきましょう。コウモリに噛まれた形跡のある果物は廃棄しましょう。コウモリの住処がある地域からの果実等の採取は避けるべきです。ウイルスに感染したオオコウモリの尿や唾液で汚染された果物や果物製品(生のナツメヤシジュースなど)を介しての国際感染のリスクは、こういった製品の摂取前に十分に洗浄し、皮をむくことで防ぐことができます。
 
動物から人への感染リスクを低減する:家畜への自然感染は、豚、馬、山羊、羊のほか、犬、猫でも報告されています。病気の動物やその組織を扱うとき、また屠殺や殺処分の際には、手袋やその他の保護服を着用する必要があります。また、感染した豚との接触はできるだけ避けなければなりません。感染症の流行地域では、新規に養豚場を設立する場合、その地域のオオコウモリの存在に配慮し、一般に、豚の飼料や豚舎は、可能な限りコウモリから保護する必要があります。ニパウイルス感染が疑われる動物から採取した検体は、適切な設備を備えた研究所で働く、訓練を受けたスタッフによって取り扱われるべきです。ニパウイルス感染症は、感染流行地でのコウモリやその他感染した動物との接触を避け、感染したコウモリが部分的に食べた果物を食べたり、生のナツメヤシの樹液/ジュースを飲んだりしないことで予防することが可能です。
 
ヒトからヒトへの感染のリスクを減らすこと:ニパウイルス感染者との無防備かつ密接な身体的接触は避けるべきです。病人の世話や見舞いの後は、定期的に手洗いをすること。感染が疑われる、あるいは確定患者の世話をする医療従事者、あるいは検体を取り扱う医療従事者は、常に標準的な感染予防策を実施する必要があります。家族を含む介護者間や医療現場でのヒト-ヒト感染が報告されているため、標準予防策に加えて、接触・飛沫予防策も講じるとよいです。状況によっては、空気感染予防策が必要な場合もあります。

出典

Nipa virus infection – Bangladesh
WHO Disease Outbreak News 17 February 2023
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2023-DON442