麻疹(はしか) - ネパール

Disease outbreak news  2023年3月14日

発生状況一覧

2023年1月2日、ネパールのバケ(Banke)群ネパールガンジ(Nepalgunj)準都市で、発熱と発疹の症例が集団発生し、麻疹のアウトブレイクが確認されました。確認後、積極的な症例調査により、2022年11月24日に発症した初発症例が特定されました。2022年11月24日から2023年3月10日の間に、ネパール西部の7地区とネパール東部の3地区(主にテライ生態系地域)から、関連死1例を含む690例の麻疹患者が報告されています(致死率(CFR):0.14%)。症例の大部分にあたる591例(86%)は15歳未満の小児で報告されています。
 
麻疹はネパールの風土病であり、毎年報告されていますが、今回のアウトブレイクの規模や範囲は、例年に比べて異常に高くなっています。12,000例を超える大規模なアウトブレイクが報告された2004年以降、散発的かつ独立した麻疹症例しか発生していません。 ネパールガンジ準都市から他の地区や州へ流行が広がっていること、国境を越えて頻繁に移動を繰り返す集団内で麻疹患者が検出されたこと、影響を受けた地区の集団免疫力が低いことから、麻疹の拡大リスクは国家レベルで高、地域レベルで中と評価されています。感染発生地区では、積極的な症例の検索や症例管理、アウトブレイク対応予防接種(ORI)などの対応策が実施されています。

発生の概要

2022年11月24日から2023年3月10日の間に、ネパール西部のバケ(Banke) 郡 - 327例、スルケット(Surkhet) 郡 -62例、バルディア(Bardiya) 郡 -49例、カイラリ(Kailali) 郡 -39例、カンチャンプール(Kanchanpur) 郡 -27例、バジュラ(Bajura) 郡 -13例、ダン(Dang) 郡 -12例の7郡と、ネパール東部のマハッタリ(Mahottari) 郡 -103例、スンサリ(Sunsari) 郡 -34例、モラン(Morang) 郡 -24例の3郡から、1例の関連死を含む合計690件の麻疹患者が報告されています(CFR 0.14%) 。
今回のアウトブレイクは、2022年12月29日に発熱と発疹を発症した集団の報告がされた後の調査の結果、ネパール西部に位置するルンビニ県バケ郡ネパールガンジ準都市で始まったとされました。麻疹の確定診断は、2023年1月2日に国立公衆衛生研究所(以下、「NPHL」という。)によりなされました。ネパールガンジ準都市と隣接する自治体での確認と積極的な症例検索に続き、2022年11月24日に症状を発現した最初の麻疹症例がネパールガンジ準都市からであったと遡及的に確認されました。
 
また、NPHLはネパール東部においても麻疹の検査確定を行いました。マハッタリ郡、モラン郡、スンサリ郡での流行の初発日は、それぞれ2022年12月24日、2022年12月23日、2023年1月16日と報告されました。これらの麻疹の流行は現在も進んでおり、隣接する地区への拡大を防ぐために十分なアウトブレイク対応予防接種を実施する必要があります 。
今回の流行は、インドと国境を接するネパール南部の2つの地区で発生しています(図2)。国境が脆弱であること、ネパールとインドの両国で麻疹が流行していることから、分子疫学的な調査を進めなければ、この国の感染源を確定することはできません。

図1:2022年11月24日~2023年3月10日にネパールで報告された麻疹患者数(n=690)
図1に示すように、12月最終週に急増したものの、1月第2週から減少に転じ、現在も減少傾向を示しています。


図2:2022年11月24日~2023年3月10日にネパールで報告された地区別の麻疹患者(n=690)の分布図

症例のほとんどとなる47%にあたる327例は、インドと国境を接するルンビニ県バケ郡地区から報告されています。さらに、定期予防接種の出張接種会場やマイクロプラン(すべての地区にワクチンを届ける戦略:Reaching Every District (RED)をもとにした予防接種サービス提供の細かな計画)がコミュニティの参画を得ずに作成されたため、出張接種会場が非常に少なく、認知度も低く、接種を受けられなかった子どもたちが多くいました。
 
症例の大半となる86%にあたる591例は15歳未満です。しかし、9例の麻疹患者が高齢者(45歳以上)でも観察され、最高齢は73歳でした。
 
今回の流行は、新型コロナウイルス感染症パンデミックによって混乱が生じた定期予防接種サービスへの影響や、2020年に実施された全国規模の麻疹風疹(MR)未接種者への補完的予防接種活動の質にも起因し、集団免疫が不十分な集団で発生しています。症例の半数以上となる58%、400人の患者はワクチン未接種であり、そのうち68%となる272人は4歳未満です。また、麻疹風疹ワクチンを2回以上接種した者は1~4歳では31%、5~9歳では28%しかおらず、この集団では麻疹への感受性が高いことが示されています。WHO/UNICEFの全国予防接種率の推定によると、ネパールでは2021年の全国で麻疹含有ワクチン1回目(MCV1)の接種率は90%、2回目(MCV2)の接種率は87%と報告されました。


図3:2022年11月24日から2023年3月10日までのネパールにおける麻疹患者の年齢分布と予防接種状況
 

麻疹の疫学

麻疹は、麻疹ウイルスによって引き起こされる非常に感染力の高い疾患です。感染経路は主に、感染者の咳やくしゃみで数分間以内に広がる空気中の呼吸器飛沫による人から人への感染です。また、感染者の分泌物との直接の接触によっても感染することがあります。無症状の感染者で免疫を獲得している場合には、その人から別の人への感染は確認されていません。ウイルスは空気中や付着した表面で最大2時間まで感染力を維持します。 患者は発疹が始まる4日前から発疹が現れてから4日後まで感染力のある状態となります。ウイルスはまず呼吸器に感染し、その後、他の臓器に広がります。麻疹に対する特異的な抗ウイルス治療はなく、ほとんどの人が2~3週間以内に回復します。
 
幼い子供や栄養不良の子供、HIVや癌、免疫抑制剤による治療を受けた人など免疫不全の人、妊婦では、麻疹は失明、脳炎、重度の下痢、耳の感染、肺炎、死亡などの深刻な合併症を引き起こすことがあります。
 
予防と対策として、有効で安全なワクチンがあります。麻疹含有ワクチン1回目(MCV1)は生後9ヶ月に、麻疹含有2回目(MCV2)は生後15ヶ月に接種します。麻疹の流行と発生を止めるためには、MCV1およびMCV2の接種率が95%以上であることが必要とされています。
 
ワクチン接種率が低い地域では、流行は通常2~3年ごとに起こり、2~3ヶ月間続きますが、その期間は人口規模や人口密度、住民の免疫状態によって異なります。

公衆衛生上の取り組み

保健省(以下、「MoH」という。)は、WHO、パートナー機関、非政府組織(NGO)の支援を受け、対応策を実施しました。その内容は以下の通りです。
 
・発熱と発疹のある患者の積極的な症例検索とリスト化を継続的に行っています。発熱と発疹が確認された患者には、ビタミンAを投与しています。
・医療従事者、地元のNGO、WHO、ユニセフ、地区公衆衛生局、ネパールグンジ準都市の保健部門からの技術スタッフを含む保健・医療関係者が動員され、対応策が実施されました。
・2023年1月6日にネパールグンジ準都市により、生後6ヶ月から15歳までの子ども全数を対象とするアウトブレイク対応予防接種が開始されました。2月6日現在、合計153,485人の子どもたちが麻疹風疹(MR)ワクチンを1回接種しています。アウトブレイク対応予防接種は、ネパールグンジ準都市では100%のカバー率を目標と定め、更には隣接する自治体であるカジュラ(Khajura)、ナライナプル(Narainapur)、ドゥドゥワ(Duduwa)、ジャンキ(Janki)、ラプティセナリ(Raptisenari)、バイジャナート(Baijanath)、コハルプル(Kohalpur)などでも実施されています。
・バケ郡地区とカイラリ郡地区で、6カ月から15歳の子ども全数を対象に、MRワクチンアウトブレイク対応予防接種を実施中。政府は、このアウトブレイク対応予防接種の対応をネパール西部の他の流行発生地および高リスク地区に拡大する予定です。
・バケ郡地区での麻疹サーベイランスと地区迅速対応チーム(RRT)の動員体制を強めました。
・ワクチンやロジスティックス、支持療法用の医薬品などの十分な在庫を確保し、緊急の必要性に備えて州政府および連邦政府で利用できるようにしています。

WHOによるリスク評価

麻疹はネパールの風土病であり、毎年報告されていますが、今回のアウトブレイクの規模や程度は、例年に比べ異常に多いです。12,074例の大規模なアウトブレイクが報告された2004年以降、散発的な独立した麻疹症例しか発生していません。現在のデータと入手可能な情報に基づき、国レベルでの麻疹の全体的なリスクは、以下の理由により高いと評価されます。
 
・当初ルンビニ県のネパールグンジ準都市で報告された流行が拡大し、ネパール西部の隣接する自治体や県、さらにネパール東部でも患者が報告されています。
・監視活動が不十分であったり、確認症例が過小報告されていたりし、コミュニティ内の症例が必ずしも全例カウントされていないため、実際の症例数が報告より多い可能性があります。
・多数の移住者や流入者がいるため、麻疹に感染しやすい者が多くなっています。移住者のかなりの数が、定期的な予防接種の場所に関する情報やアクセス手段を持っていない可能性があり、定期的な予防接種を受けられていない可能性があります。
・インドとネパールの国境が脆弱な地域で発生したこと。
・新型コロナウイルス感染症のパンデミックに起因する混乱により、ワクチン接種率が低く、住民に免疫格差が発生しています。2020年にネパールで独自に行われた麻疹風疹(MR)ワクチン接種キャンペーン後のカバー率調査(新型コロナウイルス感染症パンデミック時に実施)では、全国カバー率が84%であり、麻疹感染に弱い子どもが多いことが分かります。
 
近隣の地区や州への流行の広がり、流動的人口集団や少数民族のコミュニティでの麻疹患者の検出、麻疹が発生している地区の住民の免疫力の低さ、国境を越えた移動などの要因から、麻疹の州内・州間および国際的な伝播の危険性があることがわかります。
 
地域レベルのリスクは国境を超えた移動が非常に容易なため、国境をまたいだ両国で流行が継続しているため中程度、世界レベルでは低と評価されます。

WHOからのアドバイス

麻疹はワクチン接種により予防可能であり、接種を実施したほとんどの者が生涯にわたって免疫を獲得できます。麻疹ワクチンの接種は、すべての子供とワクチン接種ができない者を除いた成人に推奨されます。国の予防接種プログラムでは、すべての子供に2回分の麻疹ワクチンを安全に接種できるよう提供するべきです。医療体制が脆弱か、中程度までの国では、定期的な麻疹予防接種キャンペーンの実施によって、定期的な健診のような医療サービスを受けられない子供たちを守ることにつながります。WHOは、麻疹ワクチンの1回目と2回目の接種で少なくとも95%の均質なカバー率を持続的に維持し、公共、民間、社会保障の業態を問わず、すべての医療機関において疑わしい症例は、すべてタイムリーに発見するために、麻疹と風疹の統合疫学サーベイランスを強めておくことを推奨しています。
 
麻疹の重症度と死亡率を下げるためには、麻疹の合併症を迅速に診断し、治療することが重要です。麻疹による重篤な合併症は、良好な栄養状態、十分な水分摂取、WHOが推奨する経口補水液による脱水症状の治療をする支持療法によって軽減することができます。経口補水液は、下痢や嘔吐によって失われた水分やその他の必須元素を補うものです。目や耳の感染症、肺炎の治療には、抗生剤の投与も必要となります。麻疹に対する特定の抗ウイルス治療薬はありませんが、感染した子どもの合併症と死亡率を減らすために、治療に必要な量のビタミンAを迅速に投与することが推奨されます。
 
医療従事者は、医療現場での感染予防のため、ワクチン接種が推奨されます。
 
WHOは、今回の情報に基づいて、ネパールへの渡航や貿易を制限することを推奨していません。

出典

Measles - Nepal
Disease Outbreak News 14March 2023
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2023-DON446