鳥インフルエンザA(H5N1)-グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(英国)

Disease outbreak news 2023年5月30日

発生状況一覧

5月中旬、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(以下、「英国」という)は、高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)A(H5N1)ウイルスが飼育中の家禽から検出された英国の農場において、同農場の養鶏従事者から鳥インフルエンザA(H5)ウイルスが検出されたと世界保健機関(WHO)に報告しました。また、同農場で殺処分作業を行っていた別の労働者からもウイルスの検出が報告されました。2例とも、後に追加検査を実施しインフルエンザA(H5N1)型であることが確認されました。両症例とも無症状であり、鳥インフルエンザに感染した家禽に接触のあった無症状の労働者を対象とした検査の強化の一環として検出されました。 
 
農場の労働者と接触者はすべて特定されましたが、接触者は誰も発症しておらず、他のインフルエンザ症例は確認されていません。英国健康安全保障局(UKHSA)は、ヒトからヒトへの感染の証拠となるものは発見していません。 
 
現在までに得られた情報から、WHOはこれらの事例を鳥インフルエンザウイルスがヒトに散発的に検出されたものとみなし、現在までにヒトからヒトへの感染を示す証拠はないと考えています。従って、ヒトを介した国際的な鳥インフルエンザ伝播の可能性は低いと考えられます。
 
インフルエンザウイルスは鳥類に広く蔓延し、かつ、常に変異していることから、WHOは、ヒト(または動物)の健康に影響を与える可能性のある循環するインフルエンザウイルスに関連するウイルス学的、疫学的、臨床的変化を検出するためのグローバルサーベイの重要性を強調しています。

発生の概要

4月下旬、英国健康安全保障局は動植物衛生保護庁(APHA)から、英国イングランドの家禽農場でHPAI(H5N1)が発生したとの通知を受けました。鳥インフルエンザに感染した家禽に接触歴のあった無症状の労働者を対象とした継続的な調査の強化の一環として、今回のヒトの症例が検出されました。 
 
英国健康安全保障局からの迅速調査チームは、2023年5月上旬に農場に派遣され、調査のために家禽との接触者を集めました。対象者24名のうち、1名が、敷地内で自己採取した最初の検体でインフルエンザA陽性(ヒトの季節性インフルエンザ亜型であるH1またはH3は検出されず)と判定されました。同人からさらに採取した2つの鼻咽頭検体は、英国健康安全保障局の地域ラボと英国健康安全保障局の国立インフルエンザ基準検査所でインフルエンザA陰性と判定されました。この対象者は、終始無症状でした。 
 
2023年5月中旬に英国当局からWHOに届いた最新情報で、同じ農場から2つの別々の検体でインフルエンザA(H5)陽性の患者が追加で発見されたことが通知されました。この2人目の感染者は、1人目と同じ農場で殺処分作業にあたっており、鳥インフルエンザに感染した家禽との接触歴がありました。この労働者は、5月上旬に個人用保護具(PPE)を使用して農場で働いていました。この労働者は臨床的評価が実施されていますが、無症状のままです。オセルタミビルでの治療をうけ、隔離最終日に採取された呼吸器検体は陰性でした。 
 
その後、塩基配列解析により、2人から検出されたウイルスがA(H5N1)であることが確認されました。この2人から採取したすべての検体は、季節性インフルエンザウイルスに対して陰性でした。他の調査対象者は全員健康で、現在までに採取された検体ではインフルエンザAは陰性でした。接触者の追跡調査も終了しています。この感染が発生した農場は、鳥インフルエンザに感染した家禽に接触歴のある無症状の労働者を対象とした現在進められている強化サーベイ研究で最初に対象として選定された農場の1つです。 
 
今回のウイルス検出が感染によるものなのか(一過性にウイルス粒子が鼻粘膜に付着したことによるものなのか)結論を出すことは難しいかもしれませんが、現在、検証作業が行われています。

鳥インフルエンザA(H5N1)の疫学

動物性インフルエンザウイルスは、通常、動物の間で循環していますが、ヒトにも感染する可能性があります。ヒトへの感染は、主に感染している動物との直接の接触や汚染された環境を通して起こります。 
 
宿主によって、A型インフルエンザウイルスは、鳥インフルエンザ、豚インフルエンザ、その他の動物性インフルエンザウイルスに分類されます。 
鳥、豚、その他の動物性インフルエンザウイルスがヒトに感染すると、軽度の上気道感染から重症な疾患を引き起こすこともあり、死に至る場合もあります。また、結膜炎、消化器症状、脳炎、脳症も報告されています。 
 
インフルエンザのヒトへの感染を診断するためには、臨床検査が必要です。WHO は、分子生物学的手法、例えば逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)を用いた人獣共通感染症インフルエンザの検出に関する技術指導要領を定期的に更新しています。一部の抗ウイルス薬、特にノイラミニダーゼ阻害剤(オセルタミビル、ザナミビル)は、ウイルスの複製期間を短縮し、一部の症例では患者の生存可能性を改善できることが示された例もあります。 
 
2023年、ヨーロッパでは鳥類におけるA(H5N1)ウイルスの大流行が起きており、24カ国の家禽、野鳥、哺乳類での発生が報告されています。野鳥および家禽での発生は、2023年5月まで引き続き報告されています。

公衆衛生上の取り組み

英国は、以下の公衆衛生上の取り組みを実施しました。 
 
連携と対応: 2023年4月下旬以降、英国における鳥インフルエンザの制御のための標準的な措置が、鳥インフルエンザの発生が確認された家禽農場で適用されました。状況評価とヒトからのウイルス検出への対応は、英国健康安全保障局とスコットランド公衆衛生局が調整し、地域住民の健康保護と国民保健サービスのクリニックによって提供されました。 
 
サーベイランス: 最初の検出例では、曝露された労働者の受動的および能動的なサーベイランスを含むフォローアップ対応が実施されました。2例目に検出された患者では、濃厚接触者に予防薬とぬぐい液検体採取が実施され、最後の曝露から10日間自己隔離するように要請し、健康状態についての情報を報告してもらいました。この患者は、ぬぐい液による検査結果が陰性になるまで隔離されました。 
 
検査:スコットランドの基準検査所で分析するために、2例目からさらに検体を採取しました。ウイルスの特性解析とゲノム解析は、英国健康安全保障局およびスコットランドの基準検査所の呼吸器ウイルス部門によって進められています。 
 
感染予防と管理: 感染の発生した農場では、現場での殺処分、ウイルスを媒介する可能性のある汚染物の破棄、施設の清掃・消毒など、発生抑制に関わる対策が実施されました。殺処分作業に携わるすべての労働者は、個人用保護具を着用しました。 
 
英国では、感染した家禽が確認された場合の標準的な対応として、英国環境・食糧・農村地域省(United Kingdom Department for Environment, Food and Rural Affairs)により、感染施設の周囲10キロメートルの監視区域の設置と、3キロメートルの保護区域の設置が定められています。この区域の設定は、予備洗浄と消毒が完了した後、少なくとも21日間維持されます。保護区域内のすべての商業施設において臨床検査を含む監視活動が実施されるまでは、保護区域の設定は解除されません。

WHOによるリスク評価

検体からインフルエンザA(H5N1)が検出された2名は、現在まで無症状のままであり、最新の検体でもインフルエンザは陰性でした。彼らの濃厚接触者も無症状であり、健康観察期間も終了しています。 
 
どちらの患者も、鳥インフルエンザに感染した家禽類に接触歴のある無症状の労働者を対象とした現在進められている調査の強化により検出されました。これらの症例では、検出は一過性の呼吸器汚染(感染が確立しておらず、ウイルス複製なし)または無症状感染のいずれかに起因している可能性があります。感染を確認するためには、さらなる検査(例:血液検査)が必要です。 
鳥インフルエンザウイルスが鳥類で流行している場合、鳥類に直接または間接的に接触のあったヒトは感染のリスクにさらされます。 
散発的なヒトの感染例や一過性のヒトへの汚染は稀ですが、現在のような状況では起こり得るものです。これまでのところ、今回の事象ではヒトからヒトへの感染を示す証拠はありません。 
今回報告された症例はいずれも無症状でしたが、過去のA(H5N1)感染症では、ヒトに重篤な感染症が発生しています。 
 
現在までに得られた情報に基づき、WHOは今回のA(H5N1)ウイルスがもたらす一般市民へのリスクは低く、職業的に暴露される人達のリスクは低から中程度であると評価しています。

WHOからのアドバイス

本報告は、WHOインフルエンザに対する公衆衛生対策とサーベイに関する現在の勧告に変更を加えるようなものではありません。
インフルエンザウイルスは常に変異しており、かつ鳥類にも広く分布していることから、WHOは、ヒトまたは動物(鳥類や哺乳類)の健康に影響を与える可能性のある新たな、あるいは既存のインフルエンザウイルスに関連するウイルス学的、疫学的、臨床的変化を検出・監視し、リスク評価のために適時にウイルス情報を共有するグローバルな監視体制を整えることが重要であると強調しています。 
 
鳥インフルエンザウイルスが地域で蔓延している場合、感染した鳥や哺乳類の検査、殺処分、感染した動物や卵の処分、汚染された施設の清掃などのリスクの高い活動に関わる人は、適切なPPEの使用に関するトレーニングを受け、かつ、適切なPPEを提供されるべきです。こうした作業に携わるすべての人は、感染した動物またはその環境と接触した最後の日から少なくとも7日間、地元の保健当局に登録され、厳密に健康観察をされる必要があります。呼吸器症状を発症した場合は、迅速に検査する必要があります。無症状の人への検査は、利用できる資源と目的に応じて、臨機応変な対応を検討することも可能です。
 
豚インフルエンザAのような変異ウイルスを含むパンデミックの可能性を持つ新型インフルエンザウイルスによるヒトへの感染が確認または疑われた場合、動物への曝露歴、旅行歴、接触者追跡調査などの徹底した疫学調査を行う必要があり、これは検査確定を待つ間でも実施するべきです。疫学的調査には、新型ウイルスのヒトからヒトへの感染を示唆するような、異常な呼吸器症状の早期発見が含まれるべきです。 
患者から採取された検体は検査とさらなる解析のために WHO 研究協力センターへ送られるべきです。WHOは、潜在的なウイルスの変異リスクを軽減するために、家禽や鳥を扱う仕事に携わる人達全員が季節性インフルエンザのワクチン接種を受けることを推奨しています。
動物性インフルエンザが発生している国への渡航者は、農場や生きた動物を扱っている市場で動物と接触すること、および動物が殺処分されている可能性のある場所への立ち入り、動物の糞便で汚染されていると思われる物への接触を避けるべきです。 
 
一般的な予防策としては、こまめな手洗い、食品安全や食品衛生に必要な行動に従うことが挙げられます。感染地域から感染者が海外に渡航した場合、渡航中または到着後に他国で感染が検出される可能性があります。この場合、このウイルスはヒトの間で簡単に感染する能力がないため、さらなる地域レベルでの広がりは考えにくいとされています。

新型インフルエンザの亜型によるヒトへの感染は、国際保健規則(IHR2005)の下で全例通知義務があり、締約国では、パンデミックを引き起こす可能性のあるA型インフルエンザウイルスによるヒトへの感染が検査で確認された場合、直ちにWHOに通知するよう求められています。この報告には、疾病の証拠となるデータ等は必要ありません。
 
WHOは、この事象に関する入手可能な情報に基づき、英国への渡航および/または貿易に関するいかなる制限も推奨しません。

出典

Avian Influenza A(H5N1) - United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland 
Disease Outbreak News30 May 2023
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2023-DON468